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【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第45話: ミントのジェノベーゼパスタと白ワイン


内容紹介

今日の一皿は、濃厚だけど、爽やかさっぱりで不思議な「ミントのジェノベーゼパスタ」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、白ワインと心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。

本編

のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。

 冷却ファンの回転音が止まった。小さな作業場に、静けさが降りる。

 五十嵐剛士いがらしたけしは手を止め、汗のにじんだ首筋を袖でぬぐった。整備台の上には、1978年式のホンダCB。試運転を終えたばかりの車体から、微かに熱と金属の匂いが立ちのぼっていた。

 ふと、窓辺に目をやる。そこには小さな鉢植え。ペパーミントが、風に揺れていた。

 数年前のことだ。百貨店の催事に使う什器のメンテを頼まれたことがある。古い木製の作業台、金属製の工具棚、回転脚のスツール。どれも年季が入っていた。

 搬出に来たのは、背の高いスーツ姿の男だった。職人というより企画側の人間らしい。多くは語らなかったが、帰り際、整備場に並ぶ工具を眺めながら「道具が喋ってました」と呟いた。

 その意味はよくわからなかった。けれど、そのひとことが妙に残った。その翌日だった。剛士はなぜか、帰りに立ち寄った園芸店で、ミントの鉢をひとつ買っていた。

 香りを育てるなんて、これまでの人生にはなかったことだ。自分は鉄とオイルでできていると思っていた。

 だがあれから、整備場の片隅に置かれたその鉢が、仕事の合間に目を向けさせた。汗をかいた手で触れると、指先に残る香りが、思考の余白になる。誰に言われたわけでもない。ただ、そこにあるだけでよかった。

 今夜も、その鉢に水をやって、工具を片づけて、店のシャッターを半分だけ下ろした。夕飯を作る気にはなれず、コンビニにでも寄るかと歩き出した足が、ふと路地の奥に向かったのは、偶然だったのかもしれない。

 どこかで嗅いだような香りが、夜気のなかに漂っていた。排気ガスでも油でもない、そのやわらかい香りに誘われて進んでいくと、白無地ののれんが目に入った。

 立ち止まる。もう一度だけ、空気を吸い込む。のれんをくぐった。

 中にはカウンターだけの、静かな店があった。客は他にいない。厨房にいた男、真城一献ましろいっこんが、目で迎えた。

 「いらっしゃいませ」

 剛士は何も言わず、端の席に腰を下ろした。

 音がしはじめた。湯が立つ音、包丁の刻む音、火の移ろい。
 剛士は、店の木の匂いに耳を澄ませながら、音に満ちる時間を過ごした。

 「ミントのジェノベーゼパスタです」

 ほどなくして、皿が置かれた。翡翠色のパスタ。ミントの香りが、油の奥から立ちのぼる。

 普段はあまりそうしないのに、フォークで綺麗に巻いてから、口に入れてみた。清涼感と、渋みの輪郭の中に、コクが舌の奥で広がる。
 馴染みのある香りなのに、全然違う。自分が育てていた鉢とはまるで別物のように、ミントが香っている。

 整備場にいるときの自分と、ここに座る今の自分が、まるで違うような感覚だった。

 「グリューナー・ヴェルトリーナーです」

 パスタを半分ほど食べた頃、静かにグラスが置かれた。

 「ありがとう」

 淡いレモン色をした白ワイン。緑がかすかに溶け込んだような、鉱石のような涼しさをたたえていた。

 ひと口。酸が立つが鋭くはない。白胡椒、青リンゴ、そしてどこか、石のような清らかさ。喉をすっと通って、ミントの余韻と折り重なる。

 グリューナー・ヴェルトリーナー。知らない名だ。だが、妙にしっくりきた。

 ふと、あの百貨店の催事が脳裏をよぎる。照明の下に並んだ作業台と什器。それらを見つめていたあの男。確か、朝比奈匠あさひなたくみという名だったか。あれは、展示企画をしていたのだろう。
 道具が喋っていたというあの言葉。あの展示も、香りと同じだったのかもしれない。目に見えない温度や記憶に、光と時間を与える仕事。

 自分も、もう少しだけ、そういう手をしてみてもいいのかもしれない。

 グラスを口に運ぶ。香りが、熱とともに喉を伝い、記憶の奥に沈んでいく。

 「─ありがとうございました」

 そう言って立ち上がると、真城が、微かに頷いた。

 剛士は、再びのれんをくぐった。二回目は、コクのある清涼感を纏わせて。
 真城一献は、剛士の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。

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第46話へ続く…
マガジン: バーチャル居酒屋『酒肴録』

おまけレシピ

ミントのジェノベーゼパスタ
  1. パスタは表示通り茹でる。

  2. ミントの葉30g程度に、にんにく1/2片、パルミジャーノ・レッジャーノ大さじ2、松の実大さじ1、オリーブオイル50cc、レモン汁小さじ1、塩ひとつまみをミキサーなどにかけてソースを作る。

材料紹介

  1. オリーブオイル : 味と値段のバランス最強。普段使いに。

  2. グリューナー・ヴェルトリーナー : ミントの清涼感とも合います。

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