見出し画像

【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第3話: 自家製キムチとマッコリ


内容紹介

今日の一皿は、韓国のみならず日本でも定番の「キムチ」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、マッコリと心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。

本編

のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。

  庄司昭吾しょうじしょうごはこの春、長年勤めた小学校の教論を定年退職した。これまで、とにかく忙しく働いてきた。平日はもちろんのこと、休日には行事があることもあるし、子供たちにとっての長期休暇は、教論にとっては子供たちがいる間にできない仕事を片付けるためにある。
 だから、昭吾はずっと、悠々自適な生活を送ってみたいと想い続けてきた。しかし、いざ解放されると、かえって身動きが取れなかった。

 今日も結局、午前中は何もしないまま家でだらだらと過ごし、昼食をとると、うとうとしてしまった。目覚めるとすでに日は傾き始めていた。昭吾は焦って、特に目的もないまま家を飛び出した。

 長年住んでいる我が家だが、近所を散歩することもあまりなかった。昭吾はあえて知らない道を、導かれるままに前へ進んでいった。とにかく、自分の知らない世界がどこかにないか、探し求めていた。
 そのまま路地を右へ左へと進んでいった。まだ日が落ち切っておらずあたりは明るかったが、その中にポツンと、弱々しく灯る行燈がある、小さな店を見つけた。もう、開店しているのだろうか。垂れ下がる白いのれんには何も書かれていなかった。そういえばこの前、家をリノベーションした時に、工務店の岸本壮太きしもとそうたが、面白い店があると言っていたことを思い出した。もしかしたら、これはその店かもしれない。昭吾は少し不安な気もしたが、これこそがきっと自分の知らない世界への入り口だと自分に言い聞かせ、のれんをくぐることにした。

 「いらっしゃいませ」

 中は、カウンター席しかない、小さく殺風景な店だった。もしかしたら失敗したかもしれないと、昭吾は思った。カウンターの向こうには、紺の作務衣に白の前掛けを結んだ真城一献ましろいっこんが立っていた。

 「ここは、何のお店で?」
 「酒と肴、何でも、出せますよ。」
 「なるほど─」

 昭吾はもう一度、今日何度も考えたことを自分に言い聞かせて、思い切ってカウンターにかけてみた。

 「お客さん、お腹は空いていますか?」
 「あー、いえ。昼が遅かったもんだから。それに、帰ったら妻が夕食を作って待っているからね」
 「わかりました、すぐにお出しします」

 そう言うと真城は大きな冷蔵庫から壺を取り出して、菜箸でつつき始めた。昭吾は思わず覗き込んだ。

 「梅干しか何か?」
 「いえ、これはキムチです」

 真城は壺からキムチを少量取り出すと、小皿に盛り付け、いりごまを乗せてカウンターへ差し出した。

 「自家製キムチです」

 昭吾は拍子抜けしたように、しばらくその小皿を眺めた。妻がスーパーで買ってくるものよりもだいぶ、赤みが少ない。ニラの食欲を掻き立てる香りが漂ってきて、その後を海を思わせる匂いが追いかけてきた。

 「いただきます」

 昭吾はまず、白菜とニラを箸で掴み、口へ運んだ。見た目通り、やさしい、浅漬けのような瑞々しさだ。唐辛子はわずかにその辛味を感じられる程度だ。でもニラと、動物性の旨みはしっかりと舌に重力を与えてくる。昭吾は、若いなと、思った。でも、今はこの若さがちょうど欲しかった。
 次に、大根が入っていることに気づいた。細長く切られた大根を箸に取り、口に含んだ。こちらも瑞々しい。そして、甘い。生の大根はこんなに甘くなるものなのか。これは、若さゆえなのだろうか。

 「夕食前ということでしたが、このやさしいキムチに合う、やさしいやつを一杯だけ、いかがですか?」

 昭吾は一瞬、真城が何を誘っているのかわからなかったが、間を置いて酒のことだと気がついた。まあ一杯だけならいいだろうと、昭吾は黙って頷いてみせた。

 真城は再び冷蔵庫を開けると、白いどろどろとした液体の入った瓶を取り出し、蓋を開けた。ぷしゅっと、ぎりぎり鼓膜に届くような小さな音を立てた。そして、漆黒の陶器のグラスにそれを注ぐと、キムチの横に差し出した。

 「クッスンダンマッコリです。自然発酵由来で発泡しています」

 昭吾はマッコリを何度か居酒屋で飲んだことはあったが、発泡しているもの初めてだった。グラスを持ち上げると、口をつけて少し口に含んだ。トロッとしているが微炭酸で爽やかな、不思議な感覚だ。そしてもう一度箸を取ってキムチを口に放り込む。これは間違いない。発酵の旨みが口中を行き渡っていった。

 「どちらも若くてやさしい味だね」
 「しかもこのマッコリは糖質ゼロ。この後夕食でも、大丈夫ですよ」

 昭吾はなぜか、この自分よりも若い店主に、気持ちを開き始めていた。

 「いやね、長年小学校で、毎日忙しく子供たちの相手をしてきて、つい先日、定年退職したんだけど。毎日やることがなくてね。今日は思い立って、知らない場所に行ってみようと。実際、思わぬ出会いがあるもんだね」

 昭吾はそうしみじみというと、再びキムチとマッコリを交互に指名して、胃袋に落としていった。

 のれんをくぐるのが惜しいように、昭吾は振り返ると、尋ねた。

 「そうだ、このお店、なんて言うの?」
 「『酒肴録』という名です。酒に肴で、酒肴録です」
 「なるほどね。俺の第二の人生に、ぴったりだ」

 昭吾は再びのれんをくぐった。二回目は、キムチと乳酸菌の香りを纏わせて。

 真城一献は、昭吾の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。

第1話へ戻る
第2話へ戻る
第4話へ続く…

おまけレシピ

自家製キムチ
  1. 白菜は縦1/4〜1/6にカットし、葉の間に丁寧に塩をまぶす

  2. バットに重ねて重しをのせ、4〜6時間放置(途中で上下を返す)

  3. しんなりしたら流水で2〜3回すすぎ、ザルにあげてしっかり水切り

  4. 鍋に小麦粉と水を入れて火にかけ、とろみがつくまで練り、冷ます

  5. ボウルに粉唐辛子を入れ、4の糊を加えてよく混ぜる

  6. すりおろしりんご・にんにく・生姜・砂糖・魚醤・あみの塩辛を加えて混ぜる

  7. 3の白菜に6を塗り込む

  8. 壺に入れ、大根とニラを加える

材料紹介

  1. 漬物壺 : キムチを漬けても、冷蔵庫に匂いが広がらず、中の水分を自然に調整してくれて長持ちします。

  2. アミの塩辛魚醤と粉唐辛子 : 自家製キムチ初挑戦にもおすすめです。

  3. クッスンダンマッコリ : 微炭酸で、キムチによく合います。しかも嬉しい糖質ゼロ。


お酒別レシピ集はこちら



いいなと思ったら応援しよう!