【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第2話: いもカレーと芋焼酎
内容紹介
今日の一皿は、日本の定番料理に新じゃがいもをふんだんに使った「いもカレー」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、芋焼酎と心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。
本編
のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。
岸本壮太は最近、群馬の山間から東京へ引っ越してきた。全国展開の工務店の営業職であったため、いつきてもおかしくない転勤が決まったのである。
人付き合いも社内以外はほとんどなく、東京の街にはまだ馴染みがなかった。毎晩、身体にのしかかる重たい疲労を抱えて、スーパーの惣菜を買って家でビールを煽った。
今日は、だいぶ遅くなった自分の歓迎会が開かれたが、壮太はその空気に馴染めず、早々に中座した。ひとり店を出てぼんやり歩いていたら、道に迷ってしまった。街灯も少ない、知らない夜道、焦りと歩幅が比例して、背中が汗ばんできた。
何度目かわからない曲がり角を折れたところで、遠くにぼんやりとした行燈を見つけた。そういえば、取引先の立花里緒が最近、白いのれんに何も書かれていない、不思議な店があったと、商談中に誰かと話していた気がする。壮太はすがるような思いでその灯りに吸い寄せられていくと、その勢いのままのれんをくぐった。
「いらっしゃいませ」
「あの、すみません。ここはどこでしょうか?」
「ここは、酒肴録という名の居酒屋です」
「あ、いえ、そうではなくて─」
「お客さん、だいぶ汗をかいてますね。道に迷いましたか?まあ、とりあえずお好きな席で一息ついてください」
店主の真城一献に言われるがままに、壮太はカウンターについた。真城は、カランコロンと音を立てて透明なコップに氷の張った水を注ぎ、壮太に差し出した。
「今日は、二軒目ですか?」
「あ、はい、そうなんです。ただ、お酒は飲んだけど、ろくに食べてはいなくて─」
「わかりました、すぐにお出ししますね」
そう言うと真城は壮太に背中を見せ、深皿を取り出した。水を飲んで少し落ち着きを取り戻した壮太は、改めて店内を見回してみた。席はカウンターのみで、メニューのようなものは見当たらなかった。殺風景だが、ずっとここに居てもいいと、空気がそう囁いているような気がした。
厨房から、身に覚えのある香りが漂ってきた。
「いものカレーです」
カウンターに出されたのは、これぞカレー皿と言わんばかりの白い楕円の上に、これまた昔からの知り合いのような、普通のカレーが盛られていた。
ただよく見ると、たしかに真城が言った通り、ルーには大ぶりのじゃがいもがたくさん入っているし、何しろご飯の中にもじゃがいもが顔を出していた。
「いただきます」
そう言うと、壮太はスプーンでじゃがいもを掬って口に運んだ。煮崩れてないが、口の中で簡単にときほぐれる。コクと甘みを伴ってスパイスが鼻腔を通り抜けていく。そしてその後に、じゃがいものやさしい甘みが舌を包んだ。
「美味しいです。なんか、懐かしいような、でも新しいような─」
「いたって、普通でしょう?新じゃががたくさん手に入ったので、じゃがいもを主役にしました。─ところでお客さん、せっかくだからよかったらもう一杯、どうですか?」
「あ、では、ビールを─」
「ビールですね。ちなみに、このカレーには、芋焼酎なんかも合うと思いますよ。暑くなってきましたが、あえてお湯割りで」
「焼酎─。そういえば、東京に来てから飲んでなかったです。では、そのおすすめで」
真城は、陶器のグラスにお湯を注ぐと、その上に一升瓶を傾けた。
「三岳のお湯割りです」
「ありがとうございます」
壮太は一度スプーンを休め、グラスを手に取った。うっすら立ち上る湯気から、芋の香りが心地よく脳を刺激する。口をつけると、今度は口腔が芋でいっぱいになった。
「あ、これは。合いますね」
壮太はそうつぶやくと、急いでスプーンを持ち直し、今度は鶏肉とご飯を口に運んだ。鶏肉は柔らかく、香ばしい。ご飯に入ったじゃがいもが、やさしく米の甘味を引き立てている。そして今度は左手でグラスを持ち、ちびちびと芋の香りを口へ運び込んだ。
「お客さん、最近東京に?」
「ええ、そうなんです。転勤です。それまではずっと、生まれてこのかた、群馬にいたんですけど。こっちはなんでもあって便利だけど、僕にはちょっとまだ、忙しい街ですね。それに─」
「─それに?」
「あ、いえ。それに、僕は母子家庭で育ったんですが、母ひとり田舎に置いてきてしまって。─なんかこのカレーを食べてたら、ふとそれを今、思い出してしまいました」
壮太は、無意識に語ってしまった身の上話で空いた心を埋めるように、カレーと芋焼酎へ戻っていった。
「すみません、お店の名前、もう一度教えてください」
外へ出かかった身体をもう一度カウンターへ向けると、壮太は尋ねた。
「『酒肴録』という名です。酒に肴で、酒肴録です」
「酒肴録。─覚えておきます。東京なら、ここだって」
壮太は再びのれんをくぐった。二回目は、カレーと芋の懐かしい香りを纏わせて。
真城一献は、壮太の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。
おまけレシピ

鶏肉の皮にややきつめに塩をし、鍋に皮面を下にして焼く。
鶏肉を取り出し、鶏の油の残った鍋に玉ねぎの薄切りを入れ、水分を飛ばし少し焦げる程度までよく炒める。
(野菜のソフリットを作ってあれば、ここに入れる)
乱切りしたにんじん、大きめに切った多めのじゃがいもを入れて鍋に残った油を絡める。
先ほど皮面を焼いた鶏肉を、一口台に切って鍋に戻す。
水を入れて沸かす。
ウスターソースと、隠し味程度の白だしを入れ、ローリエを入れて弱火でやさしく、野菜が柔らかくなるまで煮込む。
火を止めて、お好きなルーを入れる。
冷ましながら味を染み渡らせる。
再び温める。
米に対して通常の水量を入れた後、一口台に切ったじゃがいもを入れて、通常通り炊飯する。
