【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第29話: ゴーヤとミョウガのパスタとサワー
内容紹介
今日の一皿は、夏の南国の苦味さっぱりな「ゴーヤとミョウガのパスタ」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、サワーと心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。
本編
のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。
駅の階段を駆け上がると、うねるような熱気が顔を撫でた。コンクリートに蓄積された熱は、まるで地面そのものが怒っているようだった。芳賀紘は腕時計をちらと見て、やれやれと肩をすくめた。17時52分。約束の時間まであと8分。
駅から少し離れた細道に入る。蒸された空気が喉に貼りつくようだ。Tシャツの背中にじっとりと汗が染み、リュックのストラップが皮膚に食い込む。それでも、今日ばかりはこの暑さすら歓迎すべきものだった。
InstagramのDMをきっかけに繋がった小説家志望の青年、阿久津湧との待ち合わせ。きっかけは、紘が読んだ『椅子の詩学』という随筆集。帯の推薦コメントに「記憶に座る椅子のような本でした」とあり、その名前に惹かれて調べた。投稿してみると、まさかの本人から反応が来た。
「『酒肴録』という店で話しませんか?」
たったそれだけのメッセージが、なぜか今の自分にしっくり来たのだ。
白いのれんをくぐると、すでに湧がカウンターに腰掛けていた。
「紘さんですね。どうぞ、隣に」
「─本物だ。声、低いんですね」
「よく言われます」
笑いながら湧が促すと、カウンターの向こうで真城一献が会釈をした。作務衣に前掛け、無駄な動きのない仕草。紘は自然と背筋を伸ばして水を受け取った。
「お腹は、空いていますか?」
「いえ、あまりお腹は空いてないかも─。軽めでお願いします」
「わかりました」
厨房に火が入る。オリーブオイルが温まり、にんにくが低く唸るように香りを放つ。豚肉が追加され、動物性の旨みが漂ってくる。包丁がゴーヤを薄く削る音。ミョウガがまな板の上で跳ねる音。
「沖縄出身なんですよね」
「はい。那覇です。ゴーヤチャンプルー、毎週のように食べてました」
「東京の夏、つらくないですか?」
「─暑さより、匂いですね。コンクリの匂いが、どうも苦手で」
「わかります」
二人の間に少しの沈黙が落ちる。やがて、厨房から再び音がした。茹で上がったパスタが鍋に投入され、汁気を吸い込む音。ゴーヤとミョウガが加えられ、炒め合わせる。香りが変わる。焦げ、香草、そしてほのかな甘み。
「お待たせしました。ゴーヤとミョウガのパスタです」
皿に盛られたそれは、思いのほか色鮮やかだった。深緑と赤紫のコントラスト。湯気の向こうに、夏の輪郭がぼんやりと揺れている。
紘はフォークを手に取って、ゴーヤとミョウガを刺すと、その周りに丁寧に麺を巻きつけて口に運んだ。細めの麺が、油と絡み合いながらも軽やかに舌を滑る。ゴーヤの苦味がまず来て、爽やかなミョウガが後を追う。その合間に、にんにくと唐辛子が小さな炎のように点滅する。
「シークヮーサーサワーです」
薄く黄緑がかった液体がカウンターに置かれた。紘はグラスを受け取り、口をつけた。喉の奥がびりりと痺れる。苦味と酸味が混ざり合い、暑さを剥がしていくようだった。
「─ああ、懐かしいな」
紘がぽつりと呟いた。
「家でも、飲んでたんですか?」
「いえ、実は飲み始めたのは、東京に来てから。でも、なんか─。自分がどこから来たかを思い出させてくれる味でした。俺、東京で起業したくて出てきたんですけど、味覚だけはやっぱり沖縄から持ってきた感じで」
湧はうんうんと頷いていた。
「僕は、小説を書きたくて東京に出てきました。音を描くことができなくて苦しんでた時、炒飯で思い出したんです。音の記憶って、味から引っ張り出せるんだって」
「─それ、わかるかもしれない。うちは三人兄弟で、全員男だったんです。母親が仕事しながらご飯作ってて、いつも慌ただしくて。でも、ゴーヤを炒める音だけは妙に静かで、特別だったんです」
「特別?」
「兄貴たちが苦くて残すから、自分だけの料理って感じだったのかも。黙って食べて、母ちゃんがそれ見て、うっすら笑ってたのを思い出しました」
湧は、グラスを軽く傾けた。
「使う人がいないと、完成しない椅子があるように。食べることで完成する記憶がある気がしてて」
「─それ、帯に書いてましたよね」
「はい、あなたが拾ってくれて嬉しかったです」
しばらくの間、紘がパスタとサワーを往復し、それを湧が横目に感じながら、静かに酒を飲む時間が続いた。やがて、真城が口を開いた。
「苦味は、香りを目覚めさせます。記憶もまた、同じように」
その声に、紘ははっとして顔を上げた。
「それ、メモしていいですか?」
「もちろん」
スマホの備忘録に、紘は書いた。
─苦味もまた、記憶を起こす。夏の音が目覚める。
「今日は、ありがとうございます」
「こちらこそ。いつか、椅子に座ってくれる読者が、あなたの開発したレシピに出会うかもしれませんね」
「じゃあ、その椅子は緑色でしょうね」
二人は軽口を叩き合いながら、短い夏のその時間を楽しんだ。
紘は再びのれんをくぐった。二回目は、遠い南の潮風を纏わせて。
真城一献は、紘の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。
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第30話へ続く…
マガジン: バーチャル居酒屋『酒肴録』
おまけレシピ

フライパンにオリーブオイルを垂らし、みじん切りしたにんにくと唐辛子を熱して香りを立てる。
塩漬けした豚肉を入れて焼き色をつける。
そのフライパンに水を400ccほど入れ、沸かす。(パスタの茹で時間に合わせて水の量を微調整する)
7分茹でのパスタを入れ、茹でる。
最後の30秒ほど、フライパンの水分がなくなってきたところに、薄切りにしたゴーヤと細切りにしたミョウガを入れてさっと和える。
