見出し画像

【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第20話: グリルプレートと赤ワイン


内容紹介

今日の一皿は、牛ステーキ、鶏もも肉と砂肝のコンフィに、ズッキーニのフリットとケールソテーが添えられた、みんなで食べたい「グリルプレート」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、赤ワインと心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。

本編

のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。

 根岸哲生ねぎしてつおは、その日たまたま図面の校正を終えたあと、まっすぐ家に帰る気分にはなれなかった。
 ふと思い出して、あの路地裏へ足を向けた。今日はなぜかあの白いのれんが、自分の訪問を待っているような気がしてならなかった。

 店内に入ると、先客が二人いた。一人は、チェロのハードケースを壁に立てかけた若い女性。もう一人は、スーツのネクタイを緩めたばかりの青年だった。

 「いらっしゃいませ」

 紺の作務衣に白の前掛け、真城一献ましろいっこんが静かに迎える。哲生は軽く会釈して、カウンターの端に腰を下ろした。

 「お久しぶりです」
 「ええ、根岸さん。お酒はいかがですか?」
 「赤を、お願いします」

 青年は、水を口に含んだまま、ちらと隣の客を見た。年齢の離れた相席に少し緊張した様子だったが、それよりも、あのチェロを担いで入ってきた女性が気になるようだった。

 「もしかして、演奏家の方、ですか?」

 その声に応じて、坂元奏さかもとかなではふっと微笑んだ。

 「ええ、チェロを弾いています。坂元といいます。お仕事帰りですか?」 
 「あ、はい─。工務店に勤めてます。最近、東京に来たばかりで。岸本壮太きしもとそうたといいます」

 その名前に、哲生が反応した。

 「─岸本さん。もしかして群馬でお仕事を?」
 「えっ、はい。前は高崎の方にいました」
 「そうか─。あの、数年前にキッチンカーを改造した古い車を持ち込んできた人、知ってるかい?河合って人で─」
 「河合さん。─あ、いました!河合修吾かわいしゅうごさんですよね。たしか、娘さんとよく話してるって言ってました」
 「─やっぱり。私はその車体のキッチン部分の改修で、監修を頼まれたんです」

 「もしかして─」

 今度は奏が言葉を挟んだ。

 「河合修吾さんの娘さんって、河合彩音かわいあやねさん?私、知り合いなんです」

 偶然が、一本の糸を手繰り寄せてきたようだった。全員の間に、共通の人物の存在が立ち上がる。あの河合修吾という男と、その娘・彩音。


 「お待たせしました」

 真城が静かに木の板を差し出した。
 その、自然が作り上げた非幾何学的な形をした木目の上で、牛ステーキが赤く艶を帯びている。傍らには、鶏もも肉。皮はパリッと焼きあがり、肉の中心はわずかにピンク色だ。隣には表面をこんがり焼かれた砂肝。その隙間を埋めるように、ケールのソテー、ズッキーニのフリットが彩りを添えていた。

 「グリルプレートです。お三方、ご一緒でよろしければ、どうぞ」
 「それじゃあ、ありがたく」
 「はい。─わぁ、美味しそう」

 哲生がステーキにナイフを入れると、肉の繊維が素直に切れ、中心からじんわりと脂がにじんだ。
 奏は砂肝を一つ口に運び、目を丸くした。

 「なにこれ─。ほろって、溶けてく」
 「コンフィってやつだな。低温で火を入れてある」
 「へぇ─。外と中で、重奏的な感じ」

 壮太は、同じくコンフィされた鶏もも肉にかぶりつきながら、グラスに注がれた赤ワインに目をやった。

 「─赤ワインって、あまり飲んだことないんですけど」
 「これは、スペインのリオハです。テンプラニーリョという葡萄の。─まあ、試してみてください」

 真城の言葉を受けて、岸本はそっと口をつけた。香ばしく、果実の甘みと微かなスモーキーさが舌に広がる。

 「─うわ。うまいです。なんで今まで試してこなかったんだろう」

 「─真城さん。今日は、なぜこの組み合わせを?」

 奏が尋ねると、真城は少し考えてから答えた。

 「肉も、内臓も、野菜も、全部が主役に立てる一皿にしたかったんです」
 「同じ皿に、ですか?」
 「はい。年齢が違っても、役割が違っても、旨みの出し方はそれぞれですから」

 三人はそれぞれ、箸とフォークを動かしながら、自分のことを少しずつ話した。音楽の話。建物の話。故郷の話。たった今この空間だけが、偶然にも重なったような人生の断面だった。

 「人って、不思議なもんですな。誰ともつながってないようで、どこかで、似た香りを纏ってる」

 哲生は、まるで何かにそう言わされているように、でも確かに自分の言葉で、そうつぶやいた。三人は思い思いに笑い、再び木のプレートへ手を伸ばした。

 「『酒肴録』って、不思議な店ですね」
 「まさか知らない人と、グリルの皿をシェアするとは思わなかったです」
 「でも─。案外、こういうのもアリなのかも」

 三人は再びのれんをくぐった。二回目も、三者三様の想いをその顔に浮かべながら。

 真城一献は、三人の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。

第1話へ戻る
第19話へ戻る
第21話へ続く…

おまけレシピ

グリルプレート
  1. ステーキの焼き方はこちら

  2. 鶏もも肉と、3~4本ほど切れ込みを入れた砂肝にきつめに塩胡椒をし、つぶしたにんにくとローズマリーと一緒に耐熱皿でオリーブオイルにひたし、オーブンで75度、3時間ほど放置する(または低温調理器を使うなど)。

  3. 鶏もも肉を取り出してフライパンで皮面に焼き色をつける。砂肝の表面にも焼き色をつける。

  4. 輪切りにして表面に格子状の切れ込みを入れ、塩胡椒をしてキッチンペーパーに包んで10分ほど放置した、水分を適度に抜いたズッキーニに薄力粉をまぶし、鶏もも肉と砂肝を取り出したフライパンで焼く。

  5. さらに、ケールをそのまま焼く。

材料紹介

  1. オリーブオイル : 味と値段のバランス最強。普段使いに。

  2. リオハ・ソムリエ・レセルバ : 料理も、人も、幅広く包み込む。

お酒別レシピ集はこちら

いいなと思ったら応援しよう!