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【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第5話: ポッサムと白ワイン


内容紹介

今日の一皿は、韓国料理の定番、豚肉を使った「ポッサム」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、白ワインと心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。

本編

のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。

 石井葉月いしいはづきのスマホが光った。

 「久しぶりー 元気? 面白い店見つけたよ」

 幼馴染の小川京介おがわきょうすけからの短いメッセージと、Google Mapの位置情報が送られてきた。

 葉月は二ヶ月前から休職している。傷ついた人たちから相談を受ける立場の彼女は、自分自身の体調を崩してしまった。まさに医者の不養生だと、自嘲するしかなかった。

 「ふふ。元気じゃないよ」

 葉月は、カーテンの閉め切った暗い部屋でひとり、つぶやいた。
 葉月は食べ歩きが趣味で、よく京介の記事を読んでは感想を送っていた。その京介の紹介だ。きっと、期待していいのだろう。そう思いながらも、なかなか決心がつかず、家で寝たり起きたりを繰り返していると、気づいたらあたりはもう暗くなっていた。

 「もう二ヶ月か─」

 もうそろそろ、元の生活を少しずつ取り戻して、小さな刺激をもらわないと。葉月は自分自身を診断しながら、重たい身体をゆっくり動かして、支度を始めた。

 店は路地をいくつも通り抜けた先にあった。久々に外出した葉月の脚には、かなり応えた。もう店に入る前から、くたくただ。こんな状態で、他人と会話できるだろうか。弱い行燈の明かりと白いのれんを前に、葉月はしばらく考え込んだが、来た道をそのまま歩いて帰ることを想像したら、やはり一度腰を下ろしたくなった。

 「いらっしゃいませ」

 店の中は狭かった。カウンター席があるのみで、さっぱりとしていた。カウンターの向こうには、紺の作務衣と白い前掛けをした真城一献ましろいっこんが立っていた。ただ今の葉月にとっては、これが妙に心地よかった。

 「お好きな席へどうぞ」

 葉月は真城に促されるまま、カウンターに腰を下ろした。

 「あの。友人の紹介で来たのですが─」
 「わかりました。少々お待ちください」

 まだ注文もしていないのに、真城は氷水の張ったグラスを差し出すと、葉月に背を向けて作業を始めた。
 しばらくすると、厨房からコーヒーの香りが漂ってきた。

 「コーヒー?京介から聞いていたイメージと、だいぶ違うな」

 葉月は心の中でそうつぶやいたが、声にはできなかった。なんとなく目のやり場に困って、スマホを開いてSNSをチェックし始めた。

 「ポッサムです」

 ふと顔を上げると、もう料理は出来上がっていた。その皿には、太陽の生命力を思わせる大きなサンチュとエゴマが敷かれ、その上には、外側がほのかに茶色く、中はわずかに頬を赤らめたような薄ピンク色をした豚肉が並んでいた。傍には、赤い味噌のようなものが乗せられた小皿がある。

 「ポッサムジャンをつけて、葉に巻いてお食べください」

 真城に添えられた一言で、葉月は徐々にそれを思い出した。ああ、ポッサムってこういう料理だったか。

 「いただきます」

 蚊の鳴くような声でそう言うと、葉月は左手にサンチュとエゴマを乗せ、箸で掴んだ豚肉をその上に重ねると、箸の先で味噌ダレを少量持ち上げ、豚肉の赤らめた頬に化粧をした。そしてサンチュの両端を内側へ織り込んで、大きな口を開けてそれにかぶりついた。
 まず、舌には青々しさが訴えかけてきた。さらに咀嚼すると、すぐにそれを追いかけるように、豚肉の熟された、でもさっぱりとした脂が絡み合ってくる。全く、臭みという存在が一切感じられない。味噌の甘辛いタレが、朽ち果てていた食欲を再生させていくようだった。

 「やさしいのに、力強い─」

 葉月はボソッとつぶやいた。

 「よろしければ、少しだけ、お酒もいかがですか?」

 真城にそう促されると、葉月は数秒考え込んだが、ここは身を預けることに決めた。

 「はい、お願いします」

 それを聞くと、真城は大きな冷蔵庫へ向かい、ワインボトルを取り出した。そしてカウンターに小ぶりのワイングラスを置くと、白い液体を注ぎ込んだ。

 「グリド甲州です。日本の、白ワインです」

 葉月はしばらく、グラスの中で輝く淡いレモンイエローを眺めた。そしてグラスを指先で持ち上げ、香ってみると、すだちのような匂いがした。そっと口をつけた。柑橘のような、繊細な酸味が脳内を駆け抜けた。そしてわずかな苦味が舌に残る。甘さは限りなく少なかった。不意に、もう一度あの葉に巻かれた豚肉を頬張りたいという欲求が生まれた。

 「ごちそうさまでした」

 葉月は幾分出るようになった声で、お礼を言った。

 「─そういえば、さっきコーヒーの香りがした気がしたのですが」
 「塩豚を茹でる時に、コーヒーの粉を少し入れたんです。そうすると、臭みをとりながら色付けをしてくれる。いらないものを取り除いて、欲しいものを与えてくれるんですよね」
 「なるほどそれで。そして、甲州ワインとさらに。─『酒肴録』、その名の通りまんまとやられました」
 「酒に肴も、時には薬になるかもしれません」
 「またリハビリに来ようと思います。運動にもなるしね」

 葉月は再びのれんをくぐった。二回目は、爽やかな柑橘の香りを纏わせて。

 真城一献は、葉月の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。

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第6話へ続く…

おまけレシピ

ポッサム
  1. 豚肉の塊をあらかじめ、重さに対して5%の塩をして、一日以上冷蔵庫で寝かせておく。一日経ったら水分が出るので、捨てる。

  2. 水を沸かして豚を茹でる。コーヒーの粉を少量入れるとよい。

  3. コチュジャン大さじ1、味噌大さじ1、砂糖小さじ1、ごま油小さじ1、おろしにんにく、すりごまを混ぜて、ポッサンジャンを作る。

材料紹介

  1. 豚バラ塊: 塩漬けすれば一週間以上保ちます。使い方色々。

  2. ごま油 : ごま油は香りが勝負。香ばしさが段違い。

  3. 味噌 : 減塩で美味しい。保つからまとめ買いがお得。

  4. コチュジャン : 小分けで便利。意外と使うコチュジャン。

  5. インスタントコーヒー : 1,000円ポッキリ。実は料理にも使える。

  6. グリド甲州 : ポッサムをさらに包み込んでまとめ上げる白ワイン。


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