【創作小説×レシピ】バーチャル居酒屋『酒肴録』第13話: ナスの白ボロネーゼと白ワイン
内容紹介
今日の一皿は、夏が旬の茄子を豚挽肉と絡めた「ナスの白ボロネーゼ」。
バーチャル居酒屋で繰り広げられる、白ワインと心ほぐれる物語、そしてレシピや材料紹介をお楽しみください。
本編
のれんをくぐると、ちいさなせかいにつつまれる。
ことばは酒にほどけ、肴にかたらう。
こんやは、なにが録されようか。
締め切りとブルーライトに追いかけ回され、目の奥に鈍痛が走る。荒川伊吹はパソコンのモニタの電源を指で押すと、椅子の背もたれに身を預けて、大きく伸びをした。
「限界だ。ロケハンに行こう」
そう心の中でつぶやくと、ゆっくりと椅子から立ち上がり、スマホをカバンに突っ込んで、制作スタジオを飛び出した。
今、アニメの世界には、仕事は山ほどある。背景美術も同様だ。そしてその分だけ、毎日何かしらの作品の納期に追われていた。
伊吹は特に考えもなしに途中下車をすると、自分の感覚だけを頼りに歩き始めた。しばらくすると、不思議な雰囲気が漂う裏路地を発見した。伊吹はその入り口を何枚かスマホに収めると、その路地に一歩踏み入れた。
路地は右へ左へ、複雑な形状をしていた。伊吹は、その次々と目まぐるしく視点が変わる様子を、動画撮影しておくことにした。夢中になってスマホの画面と現実を行ったり来たりしていると、ふっとまた空気が変わった気がした。気づいたら目の前には、淡い行燈を灯した白いのれんの店があった。
「あれ、もしかして。篠原先輩がこの前言ってた店かな」
そう思うと、この店に入らなくてはいけない運命のようなものを感じ、伊吹はスマホの画面を切ってカバンにしまうと、のれんをくぐった。
「いらっしゃいませ」
中に入るとまず、日本画が目に飛び込んできた。そこから目線を動かしていくと、それ以外はあまりものがない、殺風景で狭いカウンター席があるのみだった。カウンターの向こうには、紺の作務衣に白の前掛けをした真城一献が立っていた。その一つ一つのパズルをはめていくたびに、伊吹の勘は確信に変わっていった。
「もしかして、以前ここに、篠原龍生さんっていう、舞台照明デザイナーの方は来ませんでしたか?」
「龍生さん、いらっしゃいましたよ」
「ああやっぱり!あ、すみません。私は篠原さんの大学時代の後輩で、アニメの背景マンをやっている、荒川伊吹と申します」
「ようこそいらっしゃいました。ところで、背景マンというのは?」
「家の中とか商店街とか、アニメの背景を描く美術の仕事です。今その、ロケハンをしていたら、偶然このお店に辿り着きまして」
「そうでしたか。それでは、お好きな席にお掛けになって、少々お待ちください」
真城はそう言うや否や、アルミパンを取り出して、みじん切りにしたにんにくをオリーブオイルで熱し始めた。すぐに、にんにくの食欲を呼び覚ます香りがしてくる。伊吹は、疲労で忘れかけていた空腹を思い出し始めた。
次に、真城はそのアルミパンの上で、ひき肉を炒め始めた。肉の脂と、肉が焼ける匂いが、にんにくと混ざり合って香ばしい。その間、真城は冷蔵庫からナスを取り出すと、手早く包丁で切って、にんにくとひき肉の仲間に加えた。そしてしばらく炒めた後、水と塩を加えて沸騰させると、パスタをその鍋に投入した。
「え、そこに入れるんだ」
伊吹は心の中で驚嘆の声を上げた。そんなことには目もくれず、真城は背を向けたままじっと、アルミパンの中を覗き込んでいた。
アルミパンの上の水分がなくなると、真城はもう一度オリーブオイルを回し入れ、パセリ振って火から下ろした。
「ナスの白ボロネーゼです」
「白?トマトが入ってないということですか?」
「はい。ぜひお試しください」
皿からは、オリーブオイルの緑色の香りを纏った湯気が立ち上っていた。伊吹はフォークを取り上げると、ナスを突き刺してパスタを巻き、口に運んだ。噛んだ瞬間に、ナスが吸い込んだ熱々の豚肉の旨みがどろっと流れ出た。パスタもそれによく絡んでいる。もう一口。伊吹は口の中を火傷しそうになりながらも、抑えきれない衝動を舌の上に転がせていった。
「甲州シュール・リーです」
伊吹が夢中になっている間に、カウンターにグラスが差し出された。その中には、レモン色の液体が光っていた。
「いただきます」
伊吹はつい忘れていた挨拶を思い出すと、グラスの脚を指で掴み、鼻を近づけた。柑橘の香りが伊吹の鼻腔を撫でる。口をつけた。見た目とは違う、複雑な果実とミネラルが、口腔を満たした。
「なるほど。この白ボロネーゼは、この白ワインの背景だったんだ」
伊吹は皿を見つめたままそうつぶやくと、もう一度フォークを持ってパスタを口に運んだ。
「ごちそうさまでした。ボロネーゼは、赤じゃなくてもいいんですね」
「ええ。あえてトマトを抜くことでしか果たせない役割も、あるようです」
「大変勉強になりました。さすが、篠原先輩です。『酒肴録』、でしたよね?」
「はい。酒に肴で、酒肴録です」
「ありがとうございました。スタジオに帰って、続きを描いてみます」
伊吹は再びのれんをくぐった。二回目は、白い香りを纏わせて。
真城一献は、伊吹の背中を見送ると、再び厨房へ戻った。今夜もまた、ひとつの酒肴が録された。
おまけレシピ

にんにくをみじん切りにして、オリーブオイルとフライパンに入れて熱す。
にんにくの香りが立ってきたら、豚ひき肉を入れて、焼き色がつくまで炒める。
ナスを半月切りして入れる。足りなければオリーブオイルを足す。
ナスが十分に油を吸ったら、水を400cc程度入れて沸かす。
1.7mm9分茹でのパスタを入れて、7分ほど沸いている状態で茹でる。
水分がほとんどなくなったら、オリーブオイルを回し入れ、みじん切りしたイタリアンパセリを振り、混ぜ合わせる。
材料紹介
オリーブオイル : 味と値段のバランス最強。普段使いに。
パスタ : パスタならこれがおすすめ。ブロンズダイスでソースとよく絡む。
深皿 : 高級感あるのに、1,000回落としても割れない?最強か。
甲州シュール・リー : ナスの白ボロネーゼと合わせてはいかが?
