北村紗衣ファンの「itchie」氏を批判した記事3本が、「管理者通報」により、またもや公開停止になりました。
今朝の与那覇潤氏の最新記事、
・"歴史否定主義者" 玉田敦子氏が行った「noteへの削除要請」について
を受けてアップした、私の記事、
・「note」管理者からの「削除要請に関する問い合わせ」など、私には一度として無かった。
をアップし、それから30分も経たないうちに、この記事の中に、「管理者通報関連記事」の実例としてリンクを張っておいた、「itchie」氏関連の記事3本が、突然「公開停止」になっていました。
前記の与那覇記事によると、「note」の運営事務局から、事前に「あなたの記事を削除せよという通報が入っていますが、削除に応じますか? あなたが応じないのであれば、運営として強制的に削除することはありません」という趣旨の、事前問い合わせがあったといいます。
それで「私には、そんな通知など一度もなかったぞ」ということで、上に紹介した本日の記事に、次のように書いておきました。
『ここではっきりと公言しておくのだが、私の場合、
管理者から『削除に応じるか否かについては、お客さまのご判断になります』などという問い合わせがあったならば、決してそんなことを許可したりはしない(削除に応じたりはしない)。
一一ということだ。
だから、そんな無駄な「管理者通報」などするな、ということである。
仮に、今回の与那覇氏の場合とは違って、なぜか私にはそうした問い合わせが無く、一方的に「公開停止」状態に捨て置かれたまま、回答期限が過ぎて「時間切れ」だということにされても、先日の「公開停止」にされた2本と同様に、必要に応じて同じものを【新版】として、何度でもアップすることだろう。』
しかし、この記事をアップして、30分もしないうちに、この記事の中に「管理者通報による公開停止の実例」として示しておいた、「itchie」氏関連の記事3本(内2本は公開停止にされたものの【新版】。残りの1本は、その事情なついて書いた記事)のリンクが、「note」管理者(運営)による「公開停止」措置によって、デッドリンクとなっていたのです。。
それで、この記事をさっそく読んでくれた友人が「3本のリンクが無効になっているが、あれはあなたが意図的にやったものなのか?」との問い合わせコメントをくれたりもしました。
今回の3本の「公開停止」が、このタイミングになったのは、たぶん、たまたまなのでしょうが、それにしても、なんというタイミングなのでしょう。
私が本日アップした当該記事、
・「note」管理者からの「削除要請に関する問い合わせ」など、私には一度として無かった。
のトップ画像には、
◎ 管理者通報者に告ぐ ◎
「記事削除」要請は無駄である
と、大書してあったからです。
これまでの私の経験と、今回の与那覇氏の事例を考え合わせれば、記事が「公開停止」になるのは、記事をアップした者(被通報者)が削除を認めた場合だけであって、管理者(運営)の判断だけで「公開停止」にはならない、という建前のようです。
だから当然、記事で批判された当事者以外からの通報など、端から相手にしないのでしょう。
与那覇氏は、今回の記事で、次のように明言しています。
『当方の着信時刻で12/17の18:05に、「運営事務局(note)」名義のアドレスからメールが届いた。
前回も触れたとおり、中部大学で歴史学を講じる玉田敦子教授が、私の記事を削除するようnoteに要請してきたので、それを取り次ぐ形である。
https://note.com/yonahajun/n/n588516b4db66
noteはマメなサービスで、書いた記事に1つ「いいね」(スキ)が付くごとに、 noreply@note.com というアドレスからメールが届く。なので多くの人は、別のフォルダに分けてnoteからのメールを受けていると思う。
だが今回の「運営事務局(note)」は、それとは別のアドレスである。おかげで他のフォルダに回されず、受信後すぐに目にすることができた。事務局の心遣いに感謝したい。
都合の悪い事実が記された記事や投稿を、圧力をかけ削除させる "歴史否定主義" そのものの振る舞いが、ここ数年、恥ずべきことに大学教員の手で横行しているらしいことは、さまざまな事例で広く知られるようになった。
https://note.com/nenkandokusyojin/n/nc8ed27e7bad2
そうした場合、いかなるプロセスを経て事態が進行するのかについて、言論の自由を防衛するために知りたい人も、多いに違いない。なので、あくまで「今回の場合」という例示としてだが、私の体験を明らかにしておこう。
noteの運営からのメールは、「削除に応じるか否かについては、お客さまのご判断になります」と明記した上で、7日以内の返信を求めていた。もし著者が削除、ないし訂正(編集)する場合の、操作法の説明も添えてある。
削除要請が不当なものであり、応じられない場合はどうするか。
①「削除しません」とnoteに伝えた場合は、
〈請求者の方〔今回は玉田氏〕に、お客さまが削除に同意されなかった旨をお伝えさせていただきます。 弊社がこの段階で削除をすることはございません。 請求者の方が納得されなかった場合、更に弊社またはお客さまに対して請求者から裁判上の請求等がなされる可能性はございます。〉
との説明だった。つまり拒否の旨を回答すれば、noteの側で一方的に削除することはない模様だ。』
(※ 引用した与那覇文中の引用文は、〈 〉で括った)
しかし、にも関わらず、私の場合は三度(昨年8月、10日前、本日)とも、事前の問い合わせなどはなく、いきなり公開停止になった。
そしてその後、管理者(運営)の指示に従って所定のメールフォーム「リクエストを送信」から、異議申し立てのメールを送り、受理したという自動メールは届いたものの、その後はすべて梨の礫。
管理者(運営)からの説明メールさえ、一切届がなかったのです。
私の異議申し立てを受け入れるか否かは、先方の判断ですから、それはそれで対応のしようもあるのですが、そもそも返信すらないのですから、私は、
「通告者の言い分を丸々認めて、公開停止のままにしておくつもりなんだな。しかも、下手に返事して、私からその判断の根拠を示せと言われると面倒なので、返信さえしないんだな」
と、そう解釈せざるを得ませんでした。
ところが今回、与那覇氏の記事を読んで、問い合わせに対して返信が無いどころか、管理者(運営)の方から、「公開停止」にする前に、事前に問い合わせがあったというような話だったので、びっくり仰天したというわけです。
「私の場合と、ぜんぜん違うじゃないか。これはどういうことなのだ」と。
しかも、与那覇氏の記事では、通報者が特定されていますが、これも管理者(運営)が与那覇氏に教えないかぎり、確認のしようもないことです。
つまり、与那覇氏のプロの物書きとしての慎重な態度からすれば、推測だけで書いたとは到底思えない書きっぷりで、「裏が取れた」としか読めない。
私の場合、10日前の2本の件についての、管理者(運営)への異議申し立ての際も、そこに通報したのは「itchie」氏に違いないと書きはしたものの、まさか管理者(運営)が通報者名を漏らすわけもないと思い、「itchie氏が通報者なんですね?」と問うこともしませんでした。
しかしまあ、通報者が誰かなんてことは、私の場合はわかりきった話なんだから、どうでもいい。
私にとって肝心なのは、私の場合は毎回、何の事前問い合わせもなく、いきなり公開停止になり、それに気づいた私が、指定のメールフォームから異議申し立てのメールを送っても、管理者(運営)からはいっこうに返信はなく、記事は「公開停止」のままにされているという、事実の方です。
もしも管理者(運営)が、プロの文筆家である与那覇氏と無名の私を「差別」しているのだとしたら、それは同じ「note」利用者に対する態度として、当然、企業倫理の問題として不正な態度だとは思います。
ですが、実際問題としては、そんなこともあるだろうというくらいの諦めもある。
ただ、どうしても私が譲れないのは、せっかく書いてアップした記事に対する、実質的には「削除」でしかない「公開停止」が、あまりにも簡単になされているしまっている事実です。
与那覇氏も、私のコメントに対して「言論の自由」の問題だとおっしゃってらした。
私は、10日前の件についても、管理者(運営)に対する異議申し立てのメールの中で、
「私の記事が規約違反だというのであれば、どの部分がどの規約に違反しているのか、それをご教示願いたい」
と書いており、その説明が筋の通ったものであれば、誤りを改めるにしくはないという姿勢を示しておいたのです。一一ですが、それへの返答は、いまだに無い。
そんなわけで、公然と論理的に批判した相手からは、反論もなければ、管理者通報をしたという事実を認めることすらないまま、姑息に何度も「通報削除」されるという状態は、とうてい我慢ならない、道義的にも許すべきではないでしょう。
ですから、今回「公開停止」になった3本についても、また【新版】を作ってアップするつもりですし、その後の「itchie」氏の通報に備えて、予備も作っておくことにします。
通報者がほぼ特定されているにも関わらず、反論もしないまま、臆面もなく通報を繰り返す「itchie」氏に屈する気など、私にはありません。
たぶん「itchie」氏は、いずれそのハンドルネームを捨てて出なおすつもりもあるから、こんなことができるのでしょう。
ですが、これこそが「匿名の卑怯者」の典型であり、こんな人が「ご立派」な評論文を書いているのですから、まさに反吐の出る思いです。
私のこんな鬱陶しい記事を読んで下さる皆さんには、心より感謝しています。
しかし、私の書いたものを読むだけでは不十分です。
是非とも、「itchie」氏記事を読んで、その表裏のギャップの凄さを味わって下さい。彼は、紛れもない「北村紗衣の信者」です。
『社会全体を見れば、全員が痛みを感じ、手を取り合う「正気」の世界のほうが、長期的には健全で幸福なはずだ。しかし「正直者」「素面」で生きることは、今や「損」なのだ。感情を捨てた「サイコパス」に搾取されないためには、自分もサイコパス化するしかない。
「視野を狭めたほうが幸せだ」「サイコパスになったほうが生きやすい」。この認識が一度広まってしまえば、社会のサイコパス化は止まらない。正気を保ち、社会の痛みに向き合おうとする人間が、最も生きづらく、淘汰されかねない世界。私たちは今、その分岐点に立っているのではないか。』
こんな臆面もない人間が現にいるのだと実感できるだけでも、大変な人生勉強になるのではないかと、私はそう思います。
(2025年12月19日)
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https://note.com/nenkandokusyojin/n/nbaf89b1ecd73 (下のオリジナル)
https://note.com/nenkandokusyojin/n/nfb997741821b (下のオリジナル)
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(※ 北村紗衣は、Twitterの過去ログを削除するだけではなく、それを収めた「Togetter」もすべて削除させている。上の「まとめのまとめ」にも90本以上が収録されていたが、すべて「削除」された。そして、そんな北村紗衣が「Wikipedia」の管理に関わって入ることも周知の事実であり、北村紗衣の関わった「オープンレター」のWikipediaは、関係者名が一切書かれていないというと異様なものとなっている。無論、北村紗衣が「手をを加えた」Wikipediaの項目は、多数にのぼるだろう。)
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