令和人文主義≒谷川嘉浩≒反教養主義≒三宅香帆≒北村紗衣≒キャンセルカルチャー≒オープンレター≒小林えみ…etc、という「隠された連環」
つい最近知った流行語(?)「令和人文主義」について、昨日一文を草したばかりだが、今朝になって、与那覇潤が私の記事を紹介した「note」記事をアップしているのを知った。
・やはり、令和人文主義の正体は "キャンセルカルチャー2.0" だった。
タイトルに「令和人文主義」が入っているので、てっきり、紹介された私の記事とは、昨日アップした、
・「令和人文主義」とは何か : 「軽い映画評論家」北村紗衣も、その一人?
のことかと思ったら、違っていた。
与那覇文に引用されていたのは、その少し前にアップした、
だったのだ。
そこで、この与那覇文を読んでみると、かねてより与那覇が胡散くさいと睨んでいた「令和人文主義」が、「小林えみ」というリング(輪)を介して「キャンセルカルチャー」と完全に繋がった、という内容なのである。
私の場合、上記の拙文「「令和人文主義」とは何か」にも書いたとおりで、「令和人文主義」という言葉の存在を知ったのは、北村紗衣ファンの「itchie」氏の文章においてであった。
私に批判された「itchie」氏は、私の文章が所詮は「オールドな批評」でしかなく、こんな老害でしかないようなものが蔓延っていたからこそ、いまや「令和人文主義」が人気になっているのだ一一と、そういう趣旨のことを、私に対する反論文の中で書いていたのである。
「itchie」氏は、私による批判文、
・三宅香帆や北村紗衣に「学ぶ」と、こうな(れ)る。 あるいは「お前はすでに死んでいる」
に対して、以降二度反論したのだが、それはおよそ「反論」と呼べるようなシロモノではなかった。
なぜなら、そこで「itchie」氏の語る、私への批判の論拠らしきものとは、私の批判が、
(1)「妄想」でしかない。
(2)「オールドな批評」でしかない。
という、単なる「決めつけ」だけ、だったからである。
当然、私は「itchie」氏にさらに反論を加えた。
つまり、次のような順に、私と「itchie」氏の間での応酬があったのだ。
(1)私(N-0)
↓
(2)「itchie」氏(i-1)
↓
(3)私(N-1)
↓
(4)「itchie」氏(i-2)
↓
(5)私(N-2)
私の(5)による批判のあと、「itchie」氏は即座に反論を寄越さず、妙に静かになった。
(2)と(4)での反応が素早かったので、「さすがに反論できなくなって、だんまり戦術に入ったかな?」と思っていたら、昨日、私の記事(1)と(3)が、いきなり「公開停止」になっていて、驚いた。


そうした事情について報告したのか、一昨日アップした拙文、
・言論弾圧教授・北村紗衣のファンは、師匠直伝の「管理者通報」がお得意?
だ。一一当然、「itchie」氏が「管理者通報」したためだ。


無論、「note」管理者は、「通報者」の名前など教えてはくれないから、今回の通報者が「itchie」氏であるという「確証」は無い。だから私は、上の報告文で、
『通報者は、「itchie」氏か、その意を受けた「ファンネル・オフェンス仲間」かと思われる。』
と書いている。
だが、常識的に考えて、通報者が「itchie」氏であることは明らかであり、それを疑う人などいないだろう。
それに、上の記事をアップして丸1日が過ぎても、「itchie」氏から「通報者は、私ではない」との反論は、いまだなされてはいない。
つまり、「itchie」氏自身、そんな嘘をついてみても、まったく説得力が無く、誰にも信じてもらえないというのは、さすがに認めざるを得なかったのであろう。
そこで、「管理者通報」の師匠である北村紗衣に(やっと)倣って、「だんまりモード」に入ったということなのだ。
一一「itchie」氏に異論反論があるなら、ぜひお聞かせ願いたい。
ともあれ要は、論争に勝てる能力もなければ、勝てる中身でもなかったので、「itchie」氏は、お師匠さんの北村紗衣に倣って、「裏から手を回す」ことで、言論封圧を狙ったのである。
しかしながら、当然、これは裏目に出た。
つまり、この行為によって「itchie」氏は、誰が見ても、
「北村紗衣の根っからのファンなんだな」
と、そう考えるしかない、自己証明をやらかしてしまったのである。
私が、現在「公開停止」中の拙文(2)で、「itchie」氏に対し、アマチュアとは言え、批評家を名乗り、あまつさえ私に対して、「スマートな批評」を書きましょうよ、なんて言ったからには、北村紗衣が、私の「須藤にわか氏へのコメント」を「故意に曲解することで、note管理者に誣告の管理者通報をした」ことについて、批評家としての客観的な評価を聞かせてもらいましょうか、と問うたところ、「itchie」氏は(3)や(5)ではこの問いに応答せず、そればかりか「北村紗衣」という名前さえ出さなくなってしまった。
そもそも、私が「itchie」氏を、「北村紗衣の本をたまたま読んだだけの一読者」ではなく、「北村紗衣の信者的なファン」であると確信したのは、拙文(0)で書いたとおりで、私が「itchie」氏の記事に一度「スキ」を押しただけにもかかわらず、その翌日にコメントを書き込もうとしたら、すでに「ブロック」をされていたという「極端な行動」があったこと。
さらに、それを指摘された「itchie」氏が自ら語った「ブロックをした理由」とは、「itchie」氏が以前、私による一連の「北村紗衣批判」レビューを何本か読んで、もう読みたくないし、「おすすめの記事」などで、私の記事が目に入ってくることさえ嫌だったから、その際にブロックしたのであって、「スキを押されて、慌てたブロックしたのではない。ずっと前からだ」と、そう説明していたからである。
『なんか勝手に、私が「自分が批判されるのは嫌」だから、年間読書人さんをブロックしたことにされてるんですけど、違いますからね。
いつブロックしたかも覚えてません。
おそらく、年間読書人さんの記事を何本か読んで、ぜんぜん賛同できないなと思ったので、ホーム画面の「おすすめの記事」の中に年間読書人さんの記事が出てこなくなればいいなーくらいの気持ちでブロックしたんだと思います。』
つまり、「itchie」氏は、私の「北村紗衣批判」の記事を何本か読んでおり、したがって、おのずと「北村紗衣がやった卑怯な振る舞い」のことも十二分に承知していながら、それでも北村紗衣を支持する人物だというのが、この「自供」によって、明らかになったのだ。
まただからこそ、私は「itchie」氏のことを、北村紗衣の批判者を匿名で攻撃するのを任務とする、北村紗衣の「ファンネル・オフェンス」メンバーの一人ではないかと、そこまで疑ったのである。
(※ このあたりのことについては、現在「公開停止」になっている(2)で詳しく論証している)
ともあれ、こうした「itchie」氏自身の言動から、「itchie」氏が「北村紗衣の盲信的なファン」である事実が証明された。
なにしろ、師匠の北村紗衣に学んで、私の記事を「管理者通報」により「削除」させようとしたのだから、この露骨な「共通性」は、誰の目にも否定できないものだし、ご当人でさえ、今や「否認」することの出来ない事実なのである。
○ ○ ○
さて、しかしながら、ここまでは、本稿の前説でしかない。本稿で語ることの、前提となる「経緯」を説明しただけである。
つまり、問題の中心は、「北村紗衣の盲信的なファンであるitchie」氏が、図らずも「令和人文主義」という言葉を好意的に連呼して、自身もそれに連なるものだと、そうアピールした点にある。
このことによって「令和人文主義」は、「itchie」氏を介して北村紗衣と繋がり、北村紗衣の主導した、かの「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」をさらに介するかたちで、「キャンセルカルチャー」と繋がったのだ。
実際、北村紗衣と「対談」した、数少ない「有名人」である三宅香帆は、「令和人文主義」を代表する人物の一人なのだ。
だが、これだけでは、「令和人文主義」と、「オープンレター」的な「キャンセルカルチャー」の繋がりを、十分に証するものではない。
だから、私は、昨日アップした「「令和人文主義」とは何か」では、「令和人文主義」に対しては、かなり擁護的論調だった。
よく知らないものを否定するわけにもいかないからだ。
一一だが、「胡散くさい」とは感じていたのだ。
『無論、それなりに有名な「令和人文主義」者なら、それなりに「教養の重要さ」を知っているだろう。
だが、彼らの「平易な文章」に甘やかされるばかりの読者は、いっこうに「咀嚼力」が育たないから、「教養なんかいらないんだ」と、そう安直に勘違いしてしまいがちなのだ。』
『もちろん、谷川嘉浩をはじめとした「令和人文主義」的な「教養人」は、「若さ=新しくて優れている」とか、「年寄り=古くでつまらない」ものだなどとは、考えていない。
彼らが考えているのは、
「頭が悪いくせに、長年溜め込んだ知識だけを振り回して威張る年寄り」
そして、
「その割りを食っている、われわれ若い世代」
といったことなのである。』
つまり、谷川嘉浩をはじめとした「令和人文主義」に与する論客たちは、いかにそのファンが馬鹿揃いであろうと、そのファンほどには馬鹿でも無知でもないはずだ一一と、そう擁護していた。
しかしながら、拙論「「令和人文主義」とは何か」の結論は、次のようなものであった。
『およそどんな思想であれ、「被害者意識(ルサンチマン)」から生まれたものに、ろくなものはないのである。』
つまり、この「「令和人文主義」とは何か」で指摘したとおり、「令和人文主義」には、前世代に対する「お前らがいるから、われわれ若者の活躍の場が失われるのだ(お前らがいるかぎり、われわれが一流の知識人と認められることがない)」という「被害者意識」が、濃厚に窺われるのだ。
そしてこれは、北村紗衣的、あるいは「オープンレター」的なフェミニズムの「被害者意識」に通ずるものだと、私はそう感じていたのである。
「われわれは不当に虐げられている」だから「いまに見ていろ」という「復讐心」を秘めたそれは、しばしばなり振りかまわず「力」の獲得を目指し、それを得た途端に、自分たちを虐げた世界に対する、「報復」のテロリズムに走りがちだ。
そのわかりやすい実例とは、ユダヤ人国家「イスラエル」の、虐殺戦争国家的な現状であろう。
かつて民族絶滅の危機にさらされた被害民族が、今では別の民族を絶滅させようとする、加害者民族となっている。
いまやイスラエルのユダヤ人は、可哀想な戦争被害者の少女アンネ・フランクを、民族の象徴として語るわけにはいかなくなっているのである。
無論、「人が人を虐げたり差別したりする」ことは許されない。
そうしたことは無くされなければならないから、虐げられた側、差別されだ側が、力を得、「発言権」を得るというのは、必要不可欠なことである。
ただし、発言権を得ることによって、言論の力において、世の誤りが正されるのなら良いのだが、かつて虐げられた側、差別された側が、「力」を得たことで、それを「復讐」に使ってしまえば、そこで生み出されるのは、「報復の連鎖」でしかあり得ない。
現在、日本のフェミニズムをめぐって生じている「男女の分断」あるいは「左右の分断」も、結局のところは「報復の連鎖」の一形態でしかない。
お互いに「やられたから、やり返しただけ」というレベルで、それぞれの主張がなされるから、問題は解決されないまま、分断だけが深まっているのである。
ともあれ、今回の記事で与那覇潤も指摘しているとおりで、「令和人文主義」は、谷川嘉浩が「自己賛美」的に語るような、「他者批判的ではない、害のない楽しい思想」などではない。
そこには、本質としての「被害者意識(ルサンチマン)」が秘められているからこそ、「オープンレター」的なフェミニズムとも繋がってくれば、「キャンセルカルチャー」とも繋がってくるのだ。
したがって、北村紗衣と三宅香帆が「対談」したのも、決して偶然ではない。
「北村紗衣を高く評価している、知識人」でネット検索してみると、よくわかることなのだが、普通にまともな知識人が、北村紗衣を避けるのに対して、なぜ三宅香帆は、北村紗衣を避けなかったのか?
それは、三宅香帆が、北村紗衣なフェミニストだったからではなく、「被害者意識(ルサンチマン)」を原動力にしている人間だという点で、両者は本質的に「似た者同士」だったからなのである。
つまり、北村紗衣ファンである「itchie」氏が、北村紗衣と並べて三宅香帆を論じていたのは、三宅香帆が北村紗衣と対談した売れっ子評論家だからというだけではなく、「itchie」氏自身が「共感」する「令和人文主義」を代表する人物でもあったからなのだ。
無論、「itchie」氏と「令和人文主義」を貫く「心性」とは、「若い私が、もっと評価されるべきだ。年寄りは邪魔だ」というものだった。
だからこそ、「itchie」氏は、私の批評の中身ではなく、私の「年齢」を問題にして「オールドな批評」と呼び、それで私を否定できたつもりにもなれたのである。
○ ○ ○
しかしながら、与那覇潤が今回の記事で注目しているのは、私の注目してきた「北村紗衣ライン」ではなく、北村紗衣らと共に、発起人の一人として「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」を主導しただけではなく、
・「トランスジェンダリズム批判本」の出版妨害事件
・「現代フェミニズム研究会」の立ち上げ
などにも関わった、個人出版社「よはく舎」の社主で、「マルジナリア書店」の経営者である、小林えみが、本年になって、プロテスタント神学者・深井智朗の「キャンセル」に取り組み始めた、という点であった。
与那覇潤が紹介したのは、小林えみに関する、次の私の記事だったのだ。
この記事のどこが、与那覇潤の目を惹いたのか?
それは、深井智朗を神学書の翻訳者として起用した講談社に対し、小林えみより先に、「公開質問状」を出した人物・松井健人の方を、与那覇は、すでに注目していたのである。
上の「石打ち好きのキリスト教「律法主義者」・小林えみの原罪」を書いた段階では、私は、この「松井健人」という人を、まったく知らなかった。
ただ、ネット検索してみて、この人には 『教養・読書・図書館――ヴァイマル・ナチス期ドイツの教養理念と民衆図書館』という著書があるので、『十九世紀のドイツ・プロテスタンティズム:ヴィルヘルム帝政期における神学の社会的機能についての研究』といった、ドイツ知識層関連の著書のある深井智朗とは、守備範囲に重なるところがあることから「近親憎悪的な、妬みの感情を持ったのだろう」くらいに、私は思っていたのだ。
ところが、今回の与那覇の記事を読んでみると、松井健人には『大正教養主義の成立と末路』という著書があって、それは露骨な「反教養主義」を掲げた本であったことを知った。
(※ 以下、引用文中の引用文については、前後を「点線」で挟んだ)
『この松井氏は今年の8/1に、『大正教養主義の成立と末路』を出している。「結論としては「教養はいらない!」ということになりました」とする本人のツイートに映る、同書の帯はこんな感じだ。
…………………………………………………………………………………………
たくさん読み、たくさん考え、差別する
(中 略)
リハビリテーション不可能なありさまを描き切った、教養主義の死亡診断書、発行!
…………………………………………………………………………………………
いやはや、煽りタイトルでは人後に落ちない私も(苦笑)、正直ビビるくらいのスゴい帯である。
強調箇所も原文に倣った 』

しかも、それだけではない。
松井健人の、この「反教養主義」の著作を絶賛したのが、他でもない、「令和人文主義」の名付け親である、谷川嘉浩だったのだ。
与那覇文から、上に引用した部分の続きを引用する。
『で、そんな松井氏の8月の新刊に、すかさず喰いつき自説の論拠に使う学者がいた。
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167900847
すでにその経緯を紹介したとおり、9/11のネットコラムで「令和人文主義」を自称し始め、10月・11月と雑誌連載でも連チャンで同じ趣旨を連呼し続けた、哲学者の谷川嘉浩氏だ。
11/6に出た『Voice』12月号の記事では、のっけから松井氏の著書を「とんでもない名著だ」と絶賛する。大正教養主義が「何の実体ももたない虚像」だとジッショーされたというのだが、谷川氏が援用する論旨はこんな感じだ。
https://www.php.co.jp/magazine/voice/?unique_issue_id=12576
…………………………………………………………………………………………
誰も理解できないがすごそうな話を展開する〔東京帝大の〕ケーベルに対して、当時の知識階層がとった態度は、「なんかとにかくすごい」「いやもう教養人と言えば彼だ」「人格者なんだよ」と褒め称えることだったと思われることが示される。
加えて、ケーベルのハラスメント実態を明らかにし、人格者とも言えないことまで暴露されるのだからもう大変だ。
32頁(強調と改行を付与)
…………………………………………………………………………………………
……はぁ(笑)。あのさ、キミは学者なの? スキャンダル記者なの?
ケーベルはその講義が東京帝大の学生に影響を与え、大正教養主義の礎になったとされる美学者だが、彼が(今日の基準で)ハラスメントをしていたらどうだというのか。そんなことで、大正期の教養は全否定できるのか。
そもそも大正教養主義じたい、今日 "絶賛" する人などまずいない。むしろ、昭和の戦争への歩みを止められなかった「ひよわな思想」として、批判的に回顧されるのが戦後の通例だった。
https://note.com/yasaka2633/n/n35875e7e8f20
もし哲学者として、大正教養主義に新たな批判を加えるというなら、たとえば和辻哲郎(ヘッダー写真)の思想のどこがまちがっていて、虚妄なのか、具体的に指摘すればよい話だ。
なにも、岩波文庫で4巻分の倫理学の本を書けというのではない。和辻と重なるテーマを選び、「今日の水準では、ぼくの分析の方が妥当だ!」という腕前を見せればいい。平成前半には、そんなのはあたりまえだった。
https://www.iwanami.co.jp/book/b260945.html
学者や学風を "否定" する際に、真正面からその業績に取り組んで、克服することはしない。むしろ周辺のゴシップを蒐集し、「アイツ、いまで言えばハラスメントなんだよ。進んだボクらは、もう無視でよくね?」と安易なレッテルを貼る。
そんな態度がキャンセルカルチャーに通じ、かつ最もチープな反知性主義に他ならないことは、いまや自明すぎて、繰り返すまでもないだろう。』
長々と引用したが、この引用で私が言いたいのは、谷川嘉浩が松井健人の著書を絶賛したのは、その内容が良かったからではなく、谷川嘉浩自身の「反教養主義」に直結するものを松井の著書に見つけて「この人なら、仲間にできる!」と判断して、絶賛したのだろうというのが容易に透けて見えると、そういうことなのだ。
一一つまり、谷川嘉浩という人は、きわめて「政治的」に動く人であり、「自党派」の勢力拡大のために、似たような傾向や「被害者意識」を持つ学者やインフルエンサーの名前を挙げて絶賛し、ツバをつけて回って仲間に引き入れようと画策している人だ、ということである。
まさに、昔からよくある「悪しき論壇(文壇)政治」そのものなのだ。


したがって、そうした松井健人に続き、深井智朗に「公開質問状」を出したのが、「オープンレター」の中心メンバーである小林えみだったというのは、決して偶然などではない。
両者に共通するのは、自らに比して「社会的に恵まれている」と目される先人・年長者・先行世代を「キャンセル」することで、自分の方が「目立ち」、そのことで自分が「成り上がろう(リーン・インしよう)」とする、そんな卑しい態度なのである。
思想や言論の中身で勝負しようとするのではなく、「目の上のたんこぶ」的な人に対し、スキャンダルを仕掛けて、その脚を引っ張り、社会的に引きずり下ろすことで、相対的に自分の地位を上げようという、そんな振る舞いなのだ。
したがって、恥知らずなまでの「立場的な利益の追求」という点において、松井健人と小林えみは共通していたし、当然、松井健人と谷川嘉浩の立場も共通していた。
だからこそ、「令和人文主義」と「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」は、その「キャンセルカルチャー」的な性格において、繋がっていたのだ。
その本質としての「被害者意識に由来する報復心」で、完全に一致していたからこそ、両者は繋がったのである。
つまり、松井健人や小林えみが、深井智朗を「キャンセル」しようとしたのと、北村紗衣とそのファンである「itchie」氏が、私の記事を「管理者通報で削除」することで、できれば私を「キャンセル」しようとしたのとは、まったく同じ「心性」から出た、まさに類似行動だったのである。
その結果、本稿タイトルのとおり、
ということになる。
一見優しげな顔をした「令和人文主義」と、わかりやすく攻撃的な「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」とは、その見せかけに反して、「私たちに、もっと地位と権力を与えよ」という、はしたないまでの欲望と、自らを顧みることを知らない「被害者意識(ルサンチマン)」において、共通する。
与那覇潤の今回の記事によれば、「令和人文主義」という言葉は、谷川嘉浩がごく最近になって連呼し始めたものでしかなく、私が知らなかったのも当然だと分かった。
谷川嘉浩自身が「ブームにしよう」という明確な意図を持って「自家宣伝」している、というのが「令和人文主義」の実態でしかないようなのだ。
だから、谷川嘉浩以外で「令和人文主義」という言葉に言及する人は、むしろそれを批判する人の方が多く、「令和人文主義」はそうした「炎上」によってこそ、流行語にもなっているのである。
私は、昨日の段階では、その著書を1冊読んだだけの谷川嘉浩のことを、そこまで酷い人間だとは思っていなかった。
だから、昨日の「「令和人文主義」とは何か」では、谷川嘉浩のことを少しも批判せず、むしろ擁護的だったとさえ言えるだろう。
『このレビュー(※ 谷川嘉浩の著書『スマホ時代の哲学』のレビュー)を読んで貰えばわかるとおり、私はこの本も、そこに示された著者の考え方も、決して否定・批判してはいない。むしろ同感だと書いている。
ただし、「言ってること、書いてることは、至極あたりまえの話だから、ちょっと物足りない」という、注文をつけているだけだ。』
つまり、谷川嘉浩について、哲学者としての力量はさほどではないとしても、その著書『スマホ時代の哲学』で訴えていること自体には「同感だ」と書いていたのである。
だがまた私は、この『スマホ時代の哲学』のレビューにおいて、3年前に、すでに次のように書いてもいた。
『著者の気持ちや意図は、きわめて真っ当なものなのだが、この「面白そうな」アプローチでは、「常時接続」というものに象徴される「資本主義リアリズム=ネオリベラリズム」の厚い壁(非情さ)を打ち破ることはできないだろう、と感じるのである。
例えば、本書には、奥付付近の「著者紹介」が無く、「はじめに」や「あとがき」などの中で、著者は簡単な「自己紹介」をしているのだが、エッセイ的にくだけた語り口の自己紹介なので、いまいち客観的なデータがつかめない。例えば、生年はどこにも書かれていない。
で、どんな人かとネット検索してみると、こんな「自己紹介ページ」が見つかった。(註: もちろん、3年前の「2022年12月当時」のものである)
…………………………………………………………………………………………『 基本情報
所属 京都大学人間環境学研究科共生人間学専攻
学位 博士(人間・環境学)(2020年3月 京都大学)
修士(人間・環境学)(2016年3月 京都大学)
(中略)
学位論文では、互いを見知らぬ大規模かつ複雑な「社会」という領域を見出し、そこに存在する諸問題に取り組んだ、19世紀後半から20世紀前半におけるアメリカの知識人たちの思想と実践について論じました。その中心に据えたのは、哲学・心理学・政治学・社会学・大衆社会論・消費社会論など、多領域にまたがって活動した知識人であるジョン・デューイ(1859-1952)です。
これは、勁草書房から『信仰と想像力の哲学:ジョン・デューイとアメリカ哲学の系譜』として2021年2月19日に発売されました。
私の主専門は「哲学」です。ただし、哲学の知識を活かしたり、哲学で培ったスキルを汎化したり、あるいは、新しく知識やスキルを身につけたりして、やれることは何でもやるという研究スタイルを採用しています。
例えば、『メディア・コンテンツ・スタディーズ』(ナカニシヤ出版)への寄稿、「ゲームはどのような移動を与えてくれるのか:マノヴィッチとインゴルドによる移動の感性論」(『Replaying Japan』)、「コンテンツ・ツーリズムから《聖地巡礼的なもの》へ:コンテンツの二次的消費のための新しいカテゴリ」(『フィルカル』)などは、そうした研究スタイルをわかりやすく伝えるものだと思います。
メディア論、ゲーム研究、教育学、文化社会学など複数分野で論文等の研究成果を出しているだけでなく、教育面でも、デザイン論や文化社会学をテーマにした卒論・修論、エスノグラフィーをベースにした卒論・修論を書く学生を輩出しています。
より詳細な自己紹介として、ウェブメディア「Less is More.」(株式会社インフォマート)に掲載されたインタビュー(こちら)を挙げておきます。
ビジネスの個人受託も、しばしば請け負っています(コンサルテーションやコンセプトメイキングが大半ですが、ライティング、研修・講演、リサーチ、ヒアリングなどもそれぞれ複数回経験があります)。
学術/非学術問わず、講演、執筆、リサーチなど依頼があれば、Gmailのアドレス宛(yshr.tngw)にご連絡ください。』
(サイト「researchmap」より)
…………………………………………………………………………………………
一連の、ネオリベラルな(成果主義的な)「大学改革」によって、今どきの大学教師は「大学にこもって、もっぱら専門の研究にいそしみ、その結果を学生に教授する」だけでは済ませてもらえない、というのは知っている。 要は「見える実績を出せ」と「お国」から言われているのは知っているし、このページなどは、そのための「売り込み(自己宣伝)」ページだというのもわかってはいるが、やっぱり、私のような昭和の人間には、「哲学者」とか「哲学教授」といった人が、こういう「なんでも対応できますので、どうぞよろしく」みたいなことを書いているのを見ると、いささかゲンナリさせられてしまう。
「たしかに有能なのだろうし、何にでも対応できるのかもしれないけれど、それって、結局は、資本主義リアリズムに上手に適応した、器用な何でも屋だってことじゃないの? お国が右向け右といえば、右を向くし、右を向くことこそが正しいといった理屈だって、求められれば、巧みに構築できますよ、って感じなんじゃないの?」と疑ってしまう。
著者自身も本書で書いているとおり、「哲学者」というのは「自分の頭で、一人でうんうん言いながら考える人」みたいなものではなく、「2500年続いてきた哲学の伝統を継承し、その知を時代に合わせて活用する、知の専門技術(伝承)者」みたいなものだという考え方は、決して間違いではないと思う。
著者も言うとおり、先人の知恵をないがしろにして、自分だけで何か考えようとするのは、あまりにも非効率的だし、そもそも独善的に傲慢な考えで、そんなものなど多くの場合「休むに似たり」といったことしか結果しないであろうというのは、容易に想像のつくことだからだ。
しかし、「哲学」的な知識が「どうとでも使えるような知識」であるというのは、やっぱりおかしいと思う。
「哲学的な知」は、その徹底性において、おのずと「人の生き方」を規定し、拘束するものだとも思うからである。つまり、「流される」ことを容易には是認しない、「哲学」となるはずなのだ。
無論、こう言うと、著者は、そんなつもり言ったのではないと言うのだろうし、事実、そんな「便利で使い勝手の良い、哲学的技術屋であるつもりはない」と言うのだろうが、私は「でも、歴史を見れば、大半の知識人は、知の命ずるままには生きれませんでしたよね。すなわち、長いものに巻かれた。あなたの現状だって、それに近いんじゃないですか?」と、意地悪な追求をしてしまうだろう。
彼(著者)も「哲学で、食っていかなければならない」のだから、ある程度の妥協は致し方のないことだと、そう理解してはいても、だからと言って、「哲学」をやっている人が、世間並みの「妥協」をするというのは、やはり「何のための哲学なのか?」という疑問を感じずにはいられず、やはり釈然としないものが残ってしまうのだ。』
私が、谷川嘉浩の、
『私の主専門は「哲学」です。ただし、哲学の知識を活かしたり、哲学で培ったスキルを汎化したり、あるいは、新しく知識やスキルを身につけたりして、やれることは何でもやる』
といった言葉に感じた『釈然としないもの』が、今回の「令和人文主義」の「自家宣伝」となって現れたのだ。
谷川嘉浩は、自分でそう明言していたとおり、その哲学の知識を生かして、自分が売れっ子になるためなら、『やれることは何でもや』ったのである。
そしてこれは、北村紗衣の「リーン・イン・フェミニズム」と、同質のものと言えよう。
フェミニズムの知識を、「虐げられた女性の権利獲得のため」に使うのではなく、自身の立身出世のために使う。自身の欲望を満たすためだけに使うのだ。
北村紗衣にとっての「フェミニズム」がそうであったように、谷川嘉浩の「哲学」もまた、所詮は、自己の「立身出世の道具」でしかなかった。
だから、言っていることは間違いではなくても、その言葉は不実で「薄っぺらい」ものだったのである。
(2025年12月10日)
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(※ 北村紗衣は、Twitterの過去ログを削除するだけではなく、それを収めた「Togetter」もすべて削除させている。上の「まとめのまとめ」にも90本以上が収録されていたが、すべて「削除」された。そして、そんな北村紗衣が「Wikipedia」の管理に関わって入ることも周知の事実であり、北村紗衣の関わった「オープンレター」のWikipediaは、関係者名が一切書かれていないというと異様なものとなっている。無論、北村紗衣が「手をを加えた」Wikipediaの項目は、多数にのぼるだろう。)
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