「note」管理者からの「削除要請に関する問い合わせ」など、私には一度として無かった。
今朝、与那覇潤氏の記事に拙「note」記事が紹介されている(リンクが張られている)という通知を受け取って、その記事を読んだところ、とても驚いた。
・"歴史否定主義者" 玉田敦子氏が行った「noteへの削除要請」について
こんな書き出しである。
『当方の着信時刻で12/17の18:05に、「運営事務局(note)」名義のアドレスからメールが届いた。
前回も触れたとおり、中部大学で歴史学を講じる玉田敦子教授が、私の記事を削除するようnoteに要請してきたので、それを取り次ぐ形である。
https://note.com/yonahajun/n/n588516b4db66
noteはマメなサービスで、書いた記事に1つ「いいね」(スキ)が付くごとに、 noreply@note.com というアドレスからメールが届く。なので多くの人は、別のフォルダに分けてnoteからのメールを受けていると思う。
だが今回の「運営事務局(note)」は、それとは別のアドレスである。おかげで他のフォルダに回されず、受信後すぐに目にすることができた。事務局の心遣いに感謝したい。
都合の悪い事実が記された記事や投稿を、圧力をかけ削除させる "歴史否定主義" そのものの振る舞いが、ここ数年、恥ずべきことに大学教員の手で横行しているらしいことは、さまざまな事例で広く知られるようになった。
https://note.com/nenkandokusyojin/n/nc8ed27e7bad2
そうした場合、いかなるプロセスを経て事態が進行するのかについて、言論の自由を防衛するために知りたい人も、多いに違いない。なので、あくまで「今回の場合」という例示としてだが、私の体験を明らかにしておこう。
noteの運営からのメールは、「削除に応じるか否かについては、お客さまのご判断になります」と明記した上で、7日以内の返信を求めていた。もし著者が削除、ないし訂正(編集)する場合の、操作法の説明も添えてある。
削除要請が不当なものであり、応じられない場合はどうするか。
①「削除しません」とnoteに伝えた場合は、
〈請求者の方〔今回は玉田氏〕に、お客さまが削除に同意されなかった旨をお伝えさせていただきます。 弊社がこの段階で削除をすることはございません。 請求者の方が納得されなかった場合、更に弊社またはお客さまに対して請求者から裁判上の請求等がなされる可能性はございます。〉
との説明だった。つまり拒否の旨を回答すれば、noteの側で一方的に削除することはない模様だ。』
(※ 引用した与那覇文中の引用文は、〈 〉で括った)
端的に言って、私は「note」管理者から、一度として、このようなメールを受け取ったことがない。
だから、与那覇氏の当該記事のコメント欄にも先程、次のような報告コメントをしておいた。
年間読書人
> だが今回の「運営事務局(note)」は、それとは別のアドレスである。おかげで他のフォルダに回されず、受信後すぐに目にすることができた。事務局の心遣いに感謝したい。
> noteの運営からのメールは、「削除に応じるか否かについては、お客さまのご判断になります」と明記した上で、7日以内の返信を求めていた。もし著者が削除、ないし訂正(編集)する場合の、操作法の説明も添えてある。
というのを読んで、びっくりしました。 私のところには、こんな問い合わせは来なかったからです。
これが、「note」運営の利用者に対する差別待遇なのか、何らかの手違いなのか、もしくは私のメールの見落としなのか、それは定かではありませんが、私の記事をある程度は読んで下さっている与那覇さんなら、こんなふうに尋ねられれば、私なら絶対に削除に応じないというのは、自明だと思います。
「note」管理者へのこちらからの問い合わせにも、返答が無いので、登録したメールアドレスだけではなく、携帯のメールアドレスまで添えて、問い合わせしているのに、それにさえ応答が無いというのは、どういうことなのか?
人を有名無名で差別しているとは考えたくないですが、あり得ない話ではないとも思います。
(※ 2025.12.18 am6:50送信)
今回の記事にリンクの張られている、拙記事は、昨年(2024年)8月、私が「北村紗衣批判」を始めた際に書いた、2本目の記事だ。
この記事は、最初に書いた北村紗衣批判の記事「北村紗衣という「ひと」:「男みたいな女」と言う場合の「女」とは、フェミニズムが言うところの「女」なのか?」(以下「北村紗衣という人」と略記)が、いきなり公開停止になった際に書いたものだが、この時も「note」管理者からは何の通知も無かったので、私はこの2本目の記事のタイトルを、
・私の記事「北村紗衣という人」(2024年8月30日付)が、通報削除されました。
としたのである。
後に私は、最初の記事「北村紗衣という人」が、正確には「削除」ではなく、「公開停止」状態であることに気づいた。
どのようにして気づいたのかというと、記事そのものは閲覧できない状態になっており、事実上は「削除」されているにもかかわらず、利用者当人だけは見られる「ダッシュボード」の「アクセス状況」を見ると、まだそこに「北村紗衣批判いう人」は残っていたからだ。
で、私は当初、これを「アクセス状態の数値記録が残っているだけなのだろう」と理解したのだが、だいぶ経ってから、この記事のタイトルをクリックしてみたところ、記事が「公開停止」状態だったことを、初めて知ったのだ。

ところが、この時には、すでに「公開停止」から1週間以上が経っていたし、そもそも、それ以前の「note」管理者(運営)への問い合わせにも回答がなかったので、記事「北村紗衣という人」の復活は諦め、むしろその「管理者通報による公開停止」という事実を契機に、私は、北村紗衣批判を本格化させていったのである。

また私にすれば、読者に読んでもらえない「公開停止」状態は、実質的に記事の「削除」であり、事実、ブラウザ上で閲覧者の目からは消されたのだから、それは記事の「削除」に他ならなかったのだ。
それにしても、私の場合、「note」管理者との意思疎通がうまくいっていないのは、どういうことなのか?
指定の問い合わせフォームを使ってメールを送っても、「送信されました」だか「受信しました」だかの表示はなされ、受信確認のメールだけは届いたのに、それ以降、いっこうに返事は返って来ない。
たしか、その受信確認のメールには「返信は、登録のメールアドレスでお願いします」みたいなことが書枯れていたので、もしかすると、フォームからの問い合わせ送信時は、登録したメールアドレスとは違っていたメールアドレスを書き込んだのかとも思い、さらに、私が使っている、パソコン用のアドレスと携帯用のアドレスの2種類で、再度問い合わせしたのだが、それでもやはり返事は返ってこなかった。
それで、これはもう、こっちの申し立てが却下されたということなのだろうと理解していたのだが、今回の与那覇氏の記事を見ると、その対応の落差に、愕然としてしまったのだ。
私としては、「note」管理者が、利用者の有名無名で対応を変えたとは考えたくない。
それに、そんな面倒くさいことはしないだろうと、そう考えていたのだが、しかし、今回の与那覇氏の場合を見てみると、そういうことも、あながち無いとは言えないのではないかという疑念が湧き上がってきて、この記事を書いたのである。
与那覇氏の記事のコメント欄にも書いたとおり、私の方に見落としなどのミスが絶対に無かったとまでは言わないが、しかし、もう少し確実に、問い合わせに対応できるシステムにしてもらわないと、こうした疑念は払拭できないだろう。
そもそも、削除要請されるような記事を書いてアップした者は、削除されてもいいと思って、その記事を書いたわけでもアップしたわけでもない。
ずっと掲載されているのならそれに越したことはないし、その記事によって批判された人物が、こちらを訴えるというのであれば、訴えれはいいとも思って、そうしているのだ。
だから、「note」管理者から『削除に応じるか否かについては、お客さまのご判断になります』と言われれば、誰だって「削除しないでください。もとの公開状態に戻してください」と言うに決まっている。
また、そうしたシステムだと知っておれば、「削除要請の管理者通報」をする者など、ほとんどいなくなるだろう。
要請しても、ほぼ徒労に終わるだろうし、その一方、自分が「管理者通報」した事実だけは相手に伝わって、逆にその事実を論われてしまうからである。
たぶん、私の場合、今後も記事に対する「管理者通報」をされることがあるだろう。
だから、ここではっきりと公言しておくのだが、私の場合、
管理者から『削除に応じるか否かについては、お客さまのご判断になります』などという問い合わせがあったならば、決してそんなことを許可したりはしない(削除に応じたりはしない)。
一一ということだ。
だから、そんな無駄な「管理者通報」などするな、ということである。
仮に、今回の与那覇氏の場合とは違って、なぜか私にはそうした問い合わせが無く、一方的に「公開停止」状態に捨て置かれたまま、回答期限が過ぎて「時間切れ」だということにされても、先日の「公開停止」にされた2本と同様に、必要に応じて同じものを【新版】として、何度でもアップすることだろう。
若干の手間はかかって面倒ではあるが、これは私の「削除は認めない(応じない)」という、一貫した意志の表明だとご理解いただきたい。
最初に「公開停止」になった記事「北村紗衣という人」について、私が故意に「問い合わせに回答せず、実質的な削除を受け入れたとの誤解」を受けるのは業腹なので、この一文を草した次第である。
(2025年12月18日)
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