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北村紗衣の「若者への悪影響」:「管理者通報による記事の削除」という言論弾圧

武蔵大学の教授」でフェミニストの北村紗衣が、自身のネット上での発言ログを、「管理者通報」などによって次々と削除し、証拠隠滅しているという事実は、斯界ではすでに数年前からの周知の事実だ。

なにしろ、そのことを知って、北村紗衣の発言ログの「まとめサイト」や「まとめページ」を作り始めた人が、少なくとも100人以上はいたのだが、まとめサイトで知られる「Togetter」では、北村紗衣からの「削除要請」を受けて、100件ほどの「まとめページ」を、一夜にして削除してしまった。
これは、私自身、目の当たりにして確認している事実であり、だからこそ最低でも「100件ほど」と書いたのである。

(※ 上は、まとめ記事がすべて削除された、北村紗衣に関するまとめページのまとめページ

そんなわけで現在、北村紗衣の発言ログをまとめている人たちは、「Togetter」以外の、削除されにくいSNSを利用することで、自衛策を講じている。

もちろん、独自のサーバでページを作ればそれに越したことはないのだが、それは私も含めて、普通の者にはなかなかハードルが高い。
まただからこそ、北村紗衣はそこを狙って、もう数年来、管理者通報による記事の削除を遂行し続けている(だから、ネット関係の技術面に人は、是非そのあたりでのご協力をお願いしたい)。

だがまた、そうした状況があるからこそ、その事実の知れ渡るのも、当然の結果なのだ。

しかしながら、こんな北村紗衣にも、ファンは少なからずいる。

なにしろSNS「X」のフォロワーが50000人というのだから、一介の大学教員としては大した人気なのだが、これは北村紗衣が「フェミニスト」として、男性に対する「人を人とも思わない物言い」で、主として一部の女性からの人気を集めたせいであろう。

それまでのフェミニストというのは、学問や思想としての「フェミニズム」を語ったり、政治や運動の話をしたりして、一般の女性には、いささか敷居の高い存在だった。

だが、北村紗衣の場合は、話題を映画や演劇などのサブカルチャーに限定して難しい話をせず、ただその中で、男性攻撃的で挑発的な断言を(ネットフェミニズムブームに乗って)繰り返したので、それがウケたのである。

これは、職場などで、男性に恨みつらみを募らせていた女性が、それなりにいたということであろうし、この点については、われわれ男性は真摯に反省しなければならない。
女性に恨まれ、男女の分断が進んでも、何も良いことはないのである。

しかしながら、北村紗衣的な「言いたい放題」に対する、世間の風向きは徐々に変わってきた

当初「被害者」を演じていた、北村紗衣とその周辺の「大学フェミニスト」たちは、自分たちの「政治的な言動」への軽蔑を隠さない男性教員たちを、「言論」によってではなく、ネットフェミニズムブームに乗ることで、「数の圧力」や「法的措置」によって、論敵を黙らせ始めた

それが、北村紗衣への軽蔑を隠さなかった、歴史学者・呉座勇一に対する、千数百人もの署名を集めて公開された、

「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」

であり、
また、この「オープンレター」によって、呉座勇一の仕事まで奪い、キャンセルしたことに激しく抗議した、大学助教の山内雁琳に対する、北村紗衣による「名誉毀損のスラップ訴訟」であった。

こうした「見せしめ」によって、ついに北村紗衣は、ネット上で「名前を出して、批判してはいけない人」とまで言われるようになったのである。
言論の自由も何も、あったものではなくなってしまったのだ。

だが、2020年前後から盛り上がりを見せ始めた、日本のこうした「ネットフェミニズム(第四波フェミニズム)」は、アメリカでの「#MeToo」運動の盛り上がりを直接的に輸入したものであり、その「キャンセルカルチャー」的な性格までも、そのまま輸入したものであった。

だから、言論によるのではなく、「数の力」や「法的措置」などによって、論敵の「言論(意見)」ではなく、論敵の「社会的な立場」を攻撃したのである。

だが、このような非民主主義的なやり方が、いつまでも広範な支持を受け続けるはずがない。

当初、北村紗衣をはじめとした大学フェミニストたちは、「弱者としての女性を代表」して見せていたから、世間やマスコミの支持を得ることも出来た。

だが、その成果において、彼女らが、ひと睨みで男たちを黙らせてしまうほどの「権力者」になりおおせてしまうと、そうした極端な状況に対して、「これはおかしい」という風向きに変わってきたのである。

そんなキャンセルカルチャーとしての、ネットフェミニズム」に対する抵抗のひとつが、「発言ログのまとめ」だ。

当初は「傷ついた女性被害者」を演じていた北村紗衣が、実際には、日頃どのような発言をしていたのかを検証するために作られた、「発言ログのまとめページ」などのことである。

では、その結果は、どうであったか?

北村紗衣自身が必死になって、自身のログの削除をしてまわっているという事実自体が、すべてを物語っている。

つまり、北村紗衣のネット上での発言は、常識的な物言いを遥かに逸脱した、いかにも人を小馬鹿にしたような非常識なもので、これでは、つい頭に来て、悪口や陰口をする者が出たとしても、何の不思議もないような、わかりやすく「程度の低いもの」だったのだ。

ネットやITにうとい私は、人様が収集して保存した「北村紗衣のログ」のごく一部だけを、ありがたく利用させていただいているのだが、そのログとて、北村紗衣のそれとしては「比較的マシなもの」だと見て、間違いはない。
北村紗衣とて、自身のログを削除するのに優先順位はつけているはずで、本当にまずいものは、優先的にさっさと削除しているはずだからである。

そして、その優先的な削除の代表的な例が、前記の「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」である。

この「オープンレター(公開質問状)」が発表されたサイトは、現在は、その中身がほぼすべて削除されている。
つまり、タイトル(看板)ばかり残るのみであり、誰が何をしたものなのかが、さっぱりわからない状態にされたまま、長らく放置されているのだ。

また、北村紗衣は、自身が「日本語版Wikipedia」の編集人でもあるので、自身やフェミニズム仲間に関するWikipediaの項目については、主に「不都合な部分は削除」するという方針で、編集が推められている。

その証拠が、前述の「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」の、Wikipedia項目である。

「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」は、通称「オープンレター」として知られているのだが、Wikipediaでは「オープンレター」で検索しても、当該項目がヒットしないように設定されている
「女性差別的な文化」とまで入力しなければ、検索に引っかからないようになっているのだ。

これは、典型的な「ダークパターン」であろう(つまり、わざと使いづらく設計されている)。

しかも、このWikipediaの「女性差別的な文化を脱するために」の項目にも、やはり「関係者名」が一切出てこず、この事件に巻き込まれた「第三者の名前だけ」が記されているという、本末転倒な記述なのである。

ともあれ、北村紗衣とその周辺に関する「証拠隠滅」は、ここまで徹底して行われているのだ。

 ○ ○ ○

北村紗衣は、武蔵大学によって終身雇用の保証された、テニュアの教授である。

他人の仕事を奪った人だけあって、自分の立場だけはしっかりと固めているのだ。

しかも、准教授になる際には、「准教授になんかなりたくない」という白々しい言葉を、当時の「Twitter」(現「X」)に残している。

(※  この一番下のものは、たぶん「院生」を持つと、教えるべき内容が高度化して、おのずと仕事が大変になるから持ちたくないと、そんなわがままを通すための、あれこれの言い訳であろう)

無論、結局は教授になり、テニュアの資格までしっかり取っているのだ。自分で「教授」という柄ではないなどと書いておきながらだ。
二枚舌にも程があろうというものである。

北村紗衣は、「英文学」の教授だと紹介されることもあるが、正確にはそうではない。
正確には「主に英国文化」の研究者であって、「英文学」の専門家ではないのだ。

たしかに「シェイクスピアの研究者」を名乗ってはいるが、正確に「英国におけるシェイクスピアの需要史」の研究者であって、「シェイクスピアの文学」そのものを研究しているわけではない
そうではなくて、「当時のシェイクスピアの女性ファンはどうであったか」ということを研究したのが、書籍化もされた 『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち 近世の観劇と読書』 (白水社)の元もなった、博士論文の中身なのである。

したがって、この論文は「文学オンチ」であって書ける内容のものであり、事実、そもそも北村紗衣は文学オンチなのだ。

なにしろ「最近になってわかったことだが、私は発達障害であったために、他人の感情には鈍感で、そのため、中学時にはイジメにもあったのだ」と、お得意の「被害者アピール」の一環だとは言え、自身の「他者の感情への鈍感さ」を認めてしまっているのである。

だから、これが事実なのであれば、「文学オンチ」でしかあり得ないというのは、明白な話なのだ。

そんなわけで、北村紗衣の書くものは「フェミニズムの視点から、男性中心主義作品を斬る」みたいなものばかりなのだ。そうした紋切りを一歩も出ないものばかり。
言うなれば「サルでもできるフェミニスト批評入門」みたいな本しか書いていないのである。

先の博士論文本以外は、すべて基本的にはそういうもの。
あとはせいぜい、現地直輸入の「英国文化マメ知識」が売りの、軽いエッセイばかりなのである。

したがって、北村紗衣の場合、

シェイクスピア受容史の研究者
英国文化の研究者
映画評論家
ネットフェミニスト(第四波フェミニズム)

といったことになるのだが、北村紗衣は、このあたりの本業で、高く評価されているわけではない

これまでに幾つかの「業界賞」をもらってはいるが、それは数年前の話で、「いま注目のフェミニスト」であったり「いま注目の若手研究者」であったりした時期のものでしかないのだ。

話題になりやすい若手に頑張ってもらって、業界全体を盛り上げてほしいと、そういう趣旨の「授賞」なのである。

その証拠に、北村紗衣のことを、個人名で絶賛している有名人など、「一人も存在しない」

北村紗衣を絶賛しているのは、いても自分自身が二線級であり、二線級どおしの褒め合いで、お互いの地位を高めたいといった連中だけである。
(このあたり「令和人文主義」一派の戦略と似ている)

私のこの断言が嘘だと思うのであれば、

北村紗衣を絶賛している著名人は誰ですか?」

と、Google検索でもしてみると良い。

AIが、それらしい名前を「数人」くらいは見繕ってくれるはずだが、しかしその中身を見れば、「絶賛している人」ではなく、単に「対談した人」「インタビューした人」といったものにすぎないという事実がわかるだろう。

つまり、そのくらいの、薄い関係者名まで挙げないことには、北村紗衣に好意的な人など、そもそも名前など挙がらないということなのだ。
したがって、北村紗衣を「絶賛している人」など「一人もいない」ということにもなるのである。

そりゃあ、北村紗衣の「評判」を少しでも知っていれば、いまさら北村紗衣に太鼓判を押して、あとで自分の評判まで落とすことになるのを避けるというのは、当然の保身なのだ。

一一そんなわけで、北村紗衣の人気とは、もっぱら「毒舌フェミニスト」という点にあると言っていいし、北村紗衣が世間にもたらした「影響」も、そうした点に限られる。

北村紗衣を読んで「賢くなった人」はいないが、北村紗衣に「裏工作の証拠隠滅」を学んだ人は、確実にいる

それが、以下で紹介する「隠れ北村紗衣ファン」の、ハンドルネーム「itchie」氏なのである。

 ○ ○ ○

「itchie」氏の存在を知ったきっかけは、下の記事に詳しい。

三宅香帆や北村紗衣に「学ぶ」と、こうな(れ)る。 あるいは「お前はすでに死んでいる」

この記事の後、当該「itchie」氏からの反論があり、上の記事「三宅香帆や北村紗衣」から数えて「2往復半」のやりとりが交わされたのだが、その「itchie」氏が反論を返してこなくなったかと思っていると、数日後には、このやりとりに関わる、私の記事2本が、「管理者通報」によって削除されてしまった。

「itchie」氏と私のやりとりとは、次のようなものであった。
(※  なお(N)は年間読書人、(I)は「itchie」氏である)

(N-1)三宅香帆や北村紗衣に「学ぶ」と、こうな(れ)る。 あるいは「お前はすでに死んでいる」(2025.12.04)

(I-1)年間読書人さんになぜか「死んでいる」認定された件。──機関銃のような批評より、「ハチのように刺す」スマートな批評を目指してはいかがですか?(2025.12.04)

(N-2)北村紗衣ファン 「itchie」氏による、自称「スマートな批評」 : 三宅香帆のファンではなかったようだ。(2025.12.05)
https://note.com/nenkandokusyojin/n/nbaf89b1ecd73

(I-2)「的外れな批判」の有害さ──ある「オールド批評家」が教えてくれた、「令和人文主義」が支持されるシンプルすぎる理由(2025.12.06)

(N-3)人間性が実によく出ています :北村紗衣ファン 「itchie」氏による、自称「スマートな批評」について【第2回】(2025.12.07)(https://note.com/nenkandokusyojin/n/nfb997741821b

(※ ●印が、削除された2本)

これではどう考えたって、通報者は、「itchie」氏以外にはいまい。

のちに、文芸評論家の与那覇潤氏が、別人からの同様の「管理者通報」に遭い、その際の【note】運営事務局の対応についての報告記事を書いている。

それは、私の場合とはぜんぜん違った、好待遇だったようだ。

"歴史否定主義者" 玉田敦子氏が行った「noteへの削除要請」について

なにしろ、【note】運営事務局は、与那覇氏に「通報者名」を告げた上で、削除に応ずるか否かは、「note」の利用者である与那覇氏の一存に任されており、削除を拒絶するなら、「運営の一存で記事を強制的に削除することはしない」と、そう告げたというのだ。

私の場合だと、「どうしますか?」もへったくれもなく、いきなり削除だったのだが、やはり、意見発表のためのメディアを、他に押さえている著名人には(会社防衛のためにも)親切だった、ということなのであろう。

『当方の着信時刻で12/17の18:05に、「運営事務局(note)」名義のアドレスからメールが届いた。
前回も触れたとおり、中部大学で歴史学を講じる玉田敦子教授が、私の記事を削除するようnoteに要請してきたので、それを取り次ぐ形である。

https://note.com/yonahajun/n/n588516b4db66

noteはマメなサービスで、書いた記事に1つ「いいね」(スキ)が付くごとに、 noreply@note.com というアドレスからメールが届く。なので多くの人は、別のフォルダに分けてnoteからのメールを受けていると思う。

だが今回の「運営事務局(note)」は、それとは別のアドレスである。おかげで他のフォルダに回されず、受信後すぐに目にすることができた。事務局の心遣いに感謝したい。

都合の悪い事実が記された記事や投稿を、圧力をかけ削除させる "歴史否定主義" そのものの振る舞いが、ここ数年、恥ずべきことに大学教員の手で横行しているらしいことは、さまざまな事例で広く知られるようになった。

https://note.com/nenkandokusyojin/n/nc8ed27e7bad2

そうした場合、いかなるプロセスを経て事態が進行するのかについて、言論の自由を防衛するために知りたい人も、多いに違いない。なので、あくまで「今回の場合」という例示としてだが、私の体験を明らかにしておこう。

noteの運営からのメールは、「削除に応じるか否かについては、お客さまのご判断になります」と明記した上で、7日以内の返信を求めていた。もし著者が削除、ないし訂正(編集)する場合の、操作法の説明も添えてある。
削除要請が不当なものであり、応じられない場合はどうするか。

①「削除しません」とnoteに伝えた場合は、

〈請求者の方〔今回は玉田氏〕に、お客さまが削除に同意されなかった旨をお伝えさせていただきます。
弊社がこの段階で削除をすることはございません。
請求者の方が納得されなかった場合、更に弊社またはお客さまに対して請求者から裁判上の請求等がなされる可能性はございます。〉

との説明だった。つまり拒否の旨を回答すれば、noteの側で一方的に削除することはない模様だ。』

(※ 引用した与那覇文中の引用文は、〈 〉で括った)

【note】運営事務局の、差別的なまでの対応の違いについては、ここでは問わない。

ここでの問題は、上の様子からも明らかなとおり、【note】運営事務局は、「誹謗中傷を受けたとする当事者」以外からの通報など、初手から「相手にしない」というのは明らかだ、という点だ。

当事者からの通報でさえ、記事を書いた当人が削除を拒否すれば、記事はそのまま残るというのだから、ましてや第三者が「あの記事は、○○さんに対する誹謗中傷だ」などという管理者通報をしたって、そんなものに【note】運営事務局が、いちいち取り合うわけがないというのは、目に見えているのである。

したがって、私と「itchie」氏とのやりとりにおける、私の記事2本について、「管理者通報により削除させた」のは、「itchie」氏だと、そう断じて良い。

事実、「itchie」氏は、最初の2本の記事削除から数えて、3回もの「管理者通報による記事削除」を行っているのだが、最初の記事削除の数日前からは、私への反論はおろか、私の名や北村紗衣の名に触れることさえ避けてまま、現在に至っている。

これは、北村紗衣の「管理者通報によるログ削除」が、世間で評判の良くないことを、北村紗衣のファンである「itchie」氏が、よく承知しているからであろう。

(北村紗衣にかかると、上の『北村さんの本を読んで、きっちり切り刻んでやろうかな(笑)』が、下のとおり『私の本を切り刻むというコメント』だと、器物損壊予告の脅迫ということにされ、管理者通報の理由にされる)

だから、「管理者通報」を始めてからは、頬被りをしてだんまりを決め込み、死んだふりをしているのだ。

これが単に、「忙しくて」ネットに書き込みをしている暇がない、とかいうような理由ではないというのは、「itchie」氏が「自分自身の書き込みを削除している」という事実にも、明らかだろう。

「itchie」氏は、私への最初の反論である、

(I-1)年間読書人さんになぜか「死んでいる」認定された件。──機関銃のような批評より、「ハチのように刺す」スマートな批評を目指してはいかがですか?(2025.12.04)

をアップした当日かその翌日、年間読書人に「かましてやったぜ」と言わんばかりのコメントを、自身の別のSNS「読書メーター」の方に書き込んでいた。

『かの有名な(?)年間読書人さんに絡まれましたらまさに「令和に嫌われる批評」のサンプルを読ませていただきました。優しい「令和人文主義」が流行るのも必然ですね。→年間読書人さんになぜか「死んでいる」認定された件。一一機関銃のような批評より、「ハチのように刺す」スマートな批評を目指してはいかがですか?
(https://note.com/1tch1e/n/nd1d701aaa8dd ) 』

この記事を私に晒され、しかも「ネット右翼北村紗衣ファン」以外には無名な私について、政治的には左派リベラルの「itchie」氏が、『かの有名な(?)年間読書人さん』と書いている点もまた、同氏が「隠れ北村紗衣ファン」の証拠だと、私がそう指摘した途端、「itchie」氏は、noteホームページの「自己紹介文」に記していた、読書メーターへのリンクを削除し、さらには上のやりとりのコメント自体も削除してしまったのである。

それにしても、現在も、「note」にアップした、私への反論記事2本は残しているのに、どうして、こんな些細なコメントまで削除してしまったのだろうか?

それはたぶん、北村紗衣との関係を匂わすような文言を残したくなかったということなのであろう。

そして、どうしてそこまでして「北村紗衣との関係を隠す」のかと言えば、それは、私が、「itchie」氏によって削除された記事

(N-2)北村紗衣ファン 「itchie」氏による、自称「スマートな批評」 : 三宅香帆のファンではなかったようだ。(2025.12.05)
https://note.com/nenkandokusyojin/n/nbaf89b1ecd73

の中で、「itchie」氏に、

北村紗衣の故意の曲解による、誣告の管理者通報について、スマートな批評を自認する批評家としての、あなたのご意見を是非お聞かせ下さい

と要求しておいたことと、私が、「itchie」氏を、北村紗衣「ファンネル・オフェンス」の一人ではないかと疑って見せたためであろう。

「ファンネル・オフェンス」とは、ネット上において、この場合、北村紗衣の批判者に対して、匿名で、よってたかっての攻撃を加えるメンバーのことである。

(北村紗衣と須藤にわか氏による「アメリカン・ニューシネマ」論争の際、北村紗衣側のファンネル・オフェンスが湧いて出て、須藤氏をいたぶり続けたが、北村紗衣はこれを黙認して、止めようともしなかった)

つまり、「itchie」氏が、北村紗衣「ファンネル・オフェンス」メンバーの一人でありながら、同時に個人としては「公正な左翼リベラル系のアマチュア批評家」を演じようとした場合、北村紗衣との関係は、隠しておきたくなるのは、当然なのだ。

「おまえ、そんな偉そうなことを言ってるけど、おまえが大好きな北村紗衣は、どうなんだよ。あんなのを擁護できるのか?」

と、そう言われるに決まっているからである。

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だが、いずれにしたところで、「itchie」氏の「正体」は、すでにバレている。

いくら「だんまり」戦術によって、私の記事に対する「管理者通報による削除」攻撃が、自身の手によるものであることを隠そうと、また同じことをした「師匠」とも呼ぶべき北村紗衣との関係性を隠そうとも、たったひと月の間に3回も、自分(「itchie」氏)の批判された記事だけが削除されたとなれば、その「通報者」が「itchie」氏当人であるというのは、すでに誰の目にも明らかなのだ。

北村紗衣が、若者たちに残した「影響」が、「itchie」氏には、ハッキリとしたかたちで刻まれている。

その影響は、シェイクスピアや英国文化への興味、あるいはフェミニズムや映画に対する興味などではない。

「itchie」氏が、北村紗衣から被った影響とは、

議論などではなく、裏工作で相手の言論を封じよ。
恥じることはない。結果がすべてなのだから、
北村紗衣先生のやり方に学ぶべし。

と、そういうことだけだったのである。

そしてそんな北村紗衣が、今も「武蔵大学」で、若者たちに授業をしているのだ。

北村紗衣、恐るべし」と言うべきなのか、「武蔵大学、恐るべし」と言うべきなのか、いささか迷わされるところだが、ともあれこれが、「itchie」氏が代表して見せた、北村紗衣の悪影響」の現実なのである。

(2025年12月24日)


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(※ 北村紗衣は、Twitterの過去ログを削除するだけではなく、それを収めた「Togetter」もすべて削除させている。上の「まとめのまとめ」にも90本以上が収録されていたが、すべて「削除」された。そして、そんな北村紗衣が「Wikipedia」の管理に関わって入ることも周知の事実であり、北村紗衣の関わった「オープンレター」のWikipediaは、関係者名が一切書かれていないというと異様なものとなっている。無論、北村紗衣が「手をを加えた」Wikipediaの項目は、多数にのぼるだろう。)

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