現代フェミニズム研究会 こと 元「北村紗衣先生応援団」 : オープンレター「女性差別的な文化を脱するために」という欺瞞を脱するために
与那覇潤が面白い記事を書いていたので、その紹介かたがた、私もそれに便乗させてもらおう。
(※ なお、トップ画像は「第1回 現代フェミニズム研究会」の会場となる「専修大学 神田キャンパス 10号館」)
与那覇による上の記事は、平たく言うと
「武蔵大学教授」の北村紗衣を中心とした「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」に集った面々(発起人や賛同署名者)を中心とした、「フェミニズム研究者」の新しいサークルが立ち上げられた。
ところがそこには、「オープンレター」の「オ」の字もなく、「現代フェミニズム研究会」という、いたって無個性なサークル名となっているのだが、これって、大学などで、「統一教会」が「原理研究会(原理研)」を名乗ったり、「創価学会」が「東洋哲学研究会」を名乗ったりして、事情にうとい学生を相手にしてやっている、「覆面布教」そっくりではないか。一一と、そういう話である。

与那覇も指摘しているとおり、この「現代フェミニズム研究会」の「呼びかけ人」や「賛同者」は、「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」とほぼ同じなんだから、わかりやすく「オープンレター・フェミニズム研究会」とか「脱女性差別研究会」とでも名乗ればいいようなものだが、どうやら「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」グループだという「出自」を、隠したいらしい。
まあ、与那覇潤が言うところの、この「オープンレターズ」は、よほど「やましい」ところがあるのか、
(1)ネット上に公開した「オープンレター:女性差別的な文化を脱するため」サイトから、関係者名を全削除。
(2)Wikipedia「女性差別的な文化を脱するため」からも、関係者名を全削除。
などしている。
そもそも、この「オープンレター」の中心人物である北村紗衣は、「ウィキペディア日本語版」の記事の編集に直接関わるウィキペディアンで、自分たちに不都合な記事からは、関係者名などをどんどん削除しているという、もっぱらの評判である。
もちろん「評判」だけなら、「悪意ある噂」だという可能性だってあるだろう。
だが、私自身、北村紗衣を批判した「note」記事を、北村が「note」管理者に事実無根の「通報」をしたために「公開停止」にされたという経験を現にしているし、同様の事例は山のようにあって、ほとんど「北村紗衣といえば、ログ削除による証拠隠滅」女だというのが「ネットフェミニズム」界隈の常識となっている。


例えば、北村紗衣の「Twitter(現「X」)」のツイートをまとめた「Togetter」などは、すでに「全滅」状態であり、そのためわざわざ、よそのSNSの「まとめ」に乗り換えた人もいるくらいなのだ。
だから、こんなことをする北村紗衣が中心人物であった「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」から、関係者名が全削除されたというのも、ごく自然なことでしかない。
だが、なぜそんなことをするのかと言えば、それは無論「掘り返されては困る(恥ずかしい)ツイート」が、山ほどあったからである。
そもそも「オープンレター:女性差別的な文化を脱するため」の発端というのは、北村紗衣と歴史学者の呉座勇一がネット上で言い争いになった後、呉座が「閲覧者限定の場所」で北村紗衣の悪口を書いてたら、それが北村紗衣にリークされ、北村がそれを捉えて、
「呉座勇一は、陰でこんな酷いことを書いている。私は、とても傷ついた。呉座のような差別主義者は断じて許すべきではないと思うので、その女性差別を批判するオープンレターを公開したい。ついては、フェミニズムの研究者や出版関係者の皆さんには、こぞって賛同の署名をお願いします」
とやり、折からの世界的な「#MeToo」ブームに乗って、千数百人もの賛同署名を添えて公開された、というものなのである。
つまり、もともとは自分たちの「正義」を確信して、呉座勇一に向けて差し出された「公開状(オープンレター)」であり、その成果として、呉座を痛い目に遭わせ謝罪もさせたのだから、それで満足したというのなら、呉座の名前だけ削除すれば良かった。
なぜなら、「女性差別的な文化」というのは、呉座勇一ひとりを痛めつけたからといって無くなるようなものではないからだ。
したがって、最初から呉座個人を痛めつけるのを目的としていたのではないかぎり、「オープンレター」そのものを取り下げる理由は無いし、そうした「社会的主張をした関係者」名を、後になって隠す必要もないのである。
なのに、どうして「関係者名を全削除」したのかと言えば、それは、呉座への個人攻撃が、その社会的な立場まで奪うような「キャンセル」(社会的抹殺)行為であり、謝罪している相手に対する「過剰報復」だと、非難されることになってしまったからである。
つまり、「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」の「差出人」である関係者は、良いことをやったつもりだったのに「過剰報復」だと非難され、世間の風向きが変わってきたのを察知して、「証拠隠滅」に走った、ということなのである。
そして、「オープンレターの中心人物」である北村紗衣は、自分が呉座勇一にしたことを、自分が他の者からされるのを怖れて、「備えあれば憂いなし」だとばかりに、徹底的に「自身の過去ログの削除」を始めたというわけなのだ。
なお、以上の説明について「それは違う」という「オープンレター」関係者がいるのなら、この記事のコメント欄に「反論」をお願いしたい。
私の記述に誤りがあれば、喜んで、訂正でも謝罪でもさせていただく。
ただし、よくある「捨てアカウントの匿名」による「いやがらせ(荒らし)」(ファンネル・オフェンス)ではなく、根拠を示した「反論」をお願いしたい。
ともあれそんなわけで、今や「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」関係者だったというのは、公言できない「恥ずべき過去」となってしまっているようだ。
北村紗衣は、弁護士を使ってまで「オープンレターには触れるな(話題にするな)」をいう「威嚇的要請」を方々に行って、その多くを黙らせたりしたというのも、今や有名な事実である。

そんなわけで、「オープンレター」関係者が、新しい「フェミニズム」サークルを組織するにあたって、その出自を隠したというのは、そんな「やましい過去」がある以上、しごく当然なことなのである。
「統一教会」の学生部が「統一教理研究会」と名乗ったり、「創価学会」の学生部が「創価仏法研究会」などと正直に名乗れば、いくら世間知らずの学生でも、多少は警戒する者も出てくるから、わざわざ「原理研究会」だの「東洋哲学研究会」だのという「正体不明」なサークル名を名乗ったのだ。
「地下鉄サリン事件」で世界を震撼させた、かの「オウム真理教」だって、大学での学生勧誘では「ヨガの研究会」だと偽って、その「宗教性」を隠していたのである。そして、そこから入って、泥沼にどっぷりと浸かり、最後は「死刑」になった人だっているのである。
で、原理的に言えば、これは「現代フェミニズム研究会」だって同じことなのだ。
「フェミニズム」は「学問であって、宗教ではない(から大丈夫)」と言い訳するかもしれないが、そもそも「フェミニズム」というのは「女性の権利獲得」を掲げた「思想運動」なのだから、ただ単に「研究だけ」しているわけではない。
「フェミニズムは実践の学」であり、その研究は「運動の理論的基盤」となるものだからこそ、研究されているのである。趣味や遊びではないのだ。
したがって、フェミニズムにも、ピンからキリまであるとはいうものの、いすれにしろ、それが「政治的イデオロギー」性を帯びているという事実は、決して否定できない。
フェミニズムの根底には「世の中を変えたい」という思いがあるのだから、「政治を動かしたい」とも考え、それなりの働きかけもする。
だから、「そういう、政治向きの話はちょっと(遠慮したい)」という人は、この「現代フェミニズム研究会」にだって、十分に気をつけるべきなのだ。
くり返すが「フェミニズム」は「お遊び」ではない。時には、人生を賭けなければならない、人の生き死にに関わる「人権思想」なのだ。
「統一教会」だって「創価学会」だって「オウム真理教」だって、別に、わかりやすく「危険思想」を語るわけではない。
「今の世の中の、どこがおかしいのか?」「みんなが幸せになるためには、何を為すべきなのか?」といった、至極「立派な話題」から入って、最後は「それを実現するのは、これしかないのですよ!」だから「あなたも、私たちの戦列に加わってください。あなただって、このままでいいとは思っていないでしょう?」なんて言われて、「それはまあ、そうですけど…」なんて感じで安易に「入会署名」なんかしたら、あなたはその時から「統一教会」や「創価学会」や「オウム真理教」や「現代フェミニズム研究会」の会員として、「世の悪」と闘う戦士になれる、という寸法なのである。
しかしながら、自分たちが「現にやってきたことを隠して、綺麗事だけを並べ、ナイーブな若者を騙して取り込む」というのは、この手のサークルによくあることとは言え、決して軽く考えてはならない。
その正体を隠すために、正体の分かりづらい名称を使ったりもするのは、それ相応の「隠したい裏事情」があるからなのだ。
だから、演壇上から語られる公式見解よりも、むしろどうして、自分たちが、かの「オープンレター:女性差別的な文化を脱するために」のメンバーだったことを隠しているのか、ということの方に注目すべきなのだ。
明らかな「隠し事」が一つでもあるということは、他にも隠し事があると、そう考えるのが「社会人の常識」なのである。
「いい話が聞けますよ」とか「有名な大学の先生が講演をするから聞きに行かない? 無料だそうだよ」などと言われて、うかうかとついて行ってはいけない。
ニコニコした「信者」たちに取り囲まれて、「今の世の中の、どこがおかしいと思わない?」「みんなが幸せになるためには、何を為すべきなのか考えたことある?」「この社会は不平等だよね?」などと言われ、「あなたも一緒に考えませんか」などと言われたあげく、親しげに握手されたりして、それでもあなたは、そうした「人の良さそうな人々」を振り払って、そこから逃げ帰ってくることができるだろうか?
それとも「入会したって、二度と参加しなければそれで済む話だ」などと安易に考えて、入会届にサインしたりはしないだろうか?
まあ、「現代フェミニズム研究会」は「そこまではしない」と思うかもしれないが、彼らだって、ダテや酔狂で「会員集め」をしているわけではないのだ。
なにしろ、会場使用料だって無料(ただ)ではないのだから、彼らはそれ以上の「リターン」があると考えて「会員集め」をしているのだという事実を、忘れてはならない。
この「現代フェミニズム研究会」の「賛同人」になっている北村紗衣も、日頃から「専門家から話を聞くのに、無料で済むと思うな」と主張しているのだから、この「現代フェミニズム研究会」の「第1回の会合」の入場料が「無料」だというのは、そこにはそれなりの「見えないリターン」があり、「何か裏がある」と考えるべきなのだ。北村紗衣も言うとおり、彼らはプロであり、まったくと只働きなんかしないのである。


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本当は、下の「現代フェミニズム研究会」の「趣意書」についても書くつもりだったが、ここまでで十分長くなってしまったので、この「趣意書」を膾に切り刻むのは、またの機会に取っておいて、ここでは、その「ログ」を残しておくことだけににしよう。
「現代フェミニズム研究会」に入会すれば、下のように、自分の「名前」を世間に晒すことになるのだが、それが名誉なことなのか、それとも後で「削除」希望することになるのか、そのあたりをしっかりと考えてから、会場に出向くか否かを考えるべきであろう。
また、なぜ会員の名前をいちいち公開するのか? それは「頭数の誇示」意外に、何の意味があるのか、そのあたりも「業界政治」的なところまで含めて考えてみるべきだ。「数」に物を言わせたのが、かの「オープンレター」だったのだから。
いずれにしろ、お調子者は「飛んで火に入る夏の虫」になりかねないと自戒して欲しい。
「賛同する」というのは、その主張に「共同責任を負う」ということなのだ。
参加するのはいつでもできるが、名前が出た後では、それは「デジタルタトゥー(ネットタトゥー)」として半永久的に残るし、「責任逃れなど出来ない」というのを、くれぐれも忘れるべきではない。
「後悔先に立たず」「君子危うきに近寄らず」という先人の言葉の、重みを知るべきなのである。
『 趣意書
現代フェミニズム研究会は、新たなフェミニズム研究のための場所・ネットワークとなることを目指して発足しました。私たち発起人がこの研究会を立ち上げた理由は、大きく分けて3つあります。
1つ目は、フェミニズムに関心をもち、また主体的に関わる人が増えていることです。たとえば近年、「ジェンダー論」や「フェミニズム」を冠する授業には多くの履修者が集まり、フェミニズムに関心をもつ研究者も増えています。もちろん、フェミニズムは大学や学術だけのものでは決してなく、生活における運動をふくめ、性差別的な社会を変えるための運動に従事するフェミニストの数は、この10年で確実に増えています。こうした時代にあって、フェミニズムやその周辺領域の研究に取り組む(とくに若手の)研究者が、研究発表や研究交流をもつことができる場所、また様々な領域や地域で活動するフェミニストたちが互いの活動について経験や知恵を共有しあうための場所が、もっと増える必要があると私たちは考えま
した。
2つ目は、時代にともなって変化してきた日本のフェミニズム・フェミニズム研究の在りかたを再考する機会の必要性です。SNSが普及した2010年代以降、ジェンダーの視点から自己の経験を語ったり、フェミニズム的な立場から社会批評を行うといった実践は、日本社会で少しずつ一般化していきました。しかし、多くの人の感情に訴えかけ、SNS上での「拡散」を通じて主張を広めるという実践のありかたには、複雑な現実を過度に単純化したり、「敵・味方」関係を固定化させたりといった、限界が付きまといます。
また、そうして「拡散」の流れに乗ることができるのは、マジョリティ女性の経験や思考に沿ったものになりがちです。現在では、多くのフェミニスト研究者もSNSを利用していますが、とりわけフェミニズム研究を行う者たちは、このような限界につねに自覚的でなければなりません。もちろん、多くの人が認めるように、SNS上では女性・フェミニストに対するハラスメントやバッシングが過酷さを極めており、そうしたミソジニーやヘイトに対する対抗運動・対抗言説の形成は急務です。そうした対抗のためにも、現代のフェミニズムを取り巻く以上のような環境を反省的に考慮する機会が必要であると私たちは考えています。
3つ目の理由は、フェミニズムの名の下に行われる差別や暴力が無視できないものとなっている現実です。とくに問題視しているのは、2010年代の終わりごろから見られるようになった、「フェミニスト」によるトランスジェンダーへの差別的な攻撃・差別扇動的な言説(ヘイトスピーチ)の拡大です。そこには、ジェンダーやフェミニズムを研究してきた一部の研究者も加担しています。私たちは、そのような研究者らの言動を厳しく批判するとともに、そのようなフェミニズムとは異なるフェミニズムの研究を発展させ続ける場所が必要であると考えます。鍵を握るのは、インターセクショナリティ(交差性)の視点であり、また運動の在りかたです。社会の中で支配的な意志決定層の中ではマイノリティとなりやすいジェンダーとしての「女性」集団のなかには、多様な状況・属性・アイデンティティをもつ女性たちがいます。だからこそ、それぞれの女性が被る差別や抑圧の在りかたは、同じではありません。この現実から出発し、「一枚岩的な女性の経験」に訴えることなくフェミニズム(研究)を進めること、そしてそうした交差性の視点を欠くがゆえに差別や暴力に加担してきたフェミニズムの在りかたを批判し、乗り越えること。そのために、私たちは新たな研究会を立ち上げます。
現代フェミニズム研究会は、以上のような現状認識に立って発足しました。今後の活動としては、有志による研究発表や活動報告のための場所(研究会)を年に複数回開催する予定です。
最後に改めて宣言します。
この研究会は、研究者としてのキャリアを始めたばかりの若手研究者たちに広く開かれたものであることを目指します。トランスジェンダー差別をはじめ、なんらかのマイノリティ属性に対する差別や憎悪を広げるような言動は、ここでは許容されません。完全な安全などありえませんが、差別やヘイトとの遭遇を恐れて研究の場を追われる研究者を生み出さないことを、この研究会の大きな目標の1つとします。
以上の趣旨に賛同する皆さんに、ひろくこの研究会への参加を呼び掛けたいと思います。
賛同人(五十音順。●印は発足の中心となる呼びかけ人。賛同者は、呼びかけ人より短期間かつ小規模にお声かけした方のなかでご賛同いただいた方の氏名です。研究会にご参加のうえ賛同いただける方は、順次こちらに追加していきます。)
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●隠岐さや香(東京大学)●越智博美(専修大学)●河野真太郎(専修大学)●高井ゆと里(群馬大学)●田中東子(東京大学)●ハーン小路恭子(専修大学)井谷聡子(関西大学)岩川ありさ(早稲田大学)大河内泰樹(京都大学)岡崎佑香(立命館大学)小川公代(上智大学)上岡磨奈(白鴎大学/慶應義塾大学)菊地夏野(名古屋市立大学)北村紗衣(武蔵大学)小手川正二郎(國學院大学)小林えみ(よはく舎)小宮友根(東北学院大学)西條玲奈(東京電機大学)斉藤正美(富山大学)三部倫子(奈良女子大学)清水晶子(東京大学)清水知子(東京藝術大学)関口洋平(フェリス女学院大学)関根麻里恵(学習院大学)高橋幸(石巻専修大学)高原幸子(金沢星稜大学)武内今日子(関西学院大学)竹田恵子(東京外国語大学)田尻歩(東京理科大学)筒井晴香(実践女子大学)中井亜佐子(一橋大学)中條千晴(リヨン第三大学)永冨真梨(関西大学)中村香住(慶應義塾大学)西亮太(中央大学)平森大規(法政大学)平山亮(大阪公立大学)藤高和輝(京都産業大学)古久保さくら(大阪公立大学)前川直哉(福島大学)槇野沙央理(日本大学/立教大学ほか)松尾亜紀子(エトセトラブックス)松永典子(早稲田大学)三木那由他(大阪大学)三成美保(追手門学院大学)守如子(関西大学)森山至貴(早稲田大学)山口智美(立命館大学)山田亜紀子(サッフォー)山根純佳(実践女子大学)吉原ゆかり(筑波大学)李美淑(大妻女子大学)』
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【※ 現代フェミニズム研究会からすれば、上の記事の記者は、許すまじき「トランスジェンダー差別者」だということになる】
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【「現代フェミニズム研究会」関係者の著作等に関する私(年間読書人)の記事】
【現代フェミニズム研究会が批判しているトランスジェンダー差別問題関連の私の記事】
(2025年5月9日)
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(※ 北村紗衣は、Twitterの過去ログを削除するだけではなく、それを収めた「Togetter」もすべて削除させている。上の「まとめのまとめ」にも90本以上が収録されていたが、すべて「削除」された。そして、そんな北村紗衣が「Wikipedia」の管理に関わって入ることも周知の事実であり、北村紗衣の関わった「オープンレター」のWikipediaは、関係者名が一切書かれていないというと異様なものとなっている。無論、北村紗衣が「手をを加えた」Wikipediaの項目は、多数にのぼるだろう。)
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