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《全文無料》【オリオンズ&マリーンズ・背番号の系譜「79」】若生、井上祐、小林雅、松永昴と投手コーチが継いでいる背番号

(写真 中央・コーチとして3年目10代松永昴大、左上から・初代は山内一弘体制で投手陣を指導した若生智男、歴代最長となる15年背負った井上祐二、右上から・コーチとして8年ぶりに復帰した8代小林雅英、79で唯一現役9代マーティン)


※名前横の【殿堂】は野球殿堂入りしている選手、【サイン】はサインが掲出されています(クリックで拡大)

「79」若生、井上祐、小林雅、松永昴と投手コーチが継いでいる背番号

 背番号79は川崎時代の2年連続前期優勝の時から始まっている。大毎時代の主軸投手で背番号18も背負った若生智男がコーチとして16年ぶりに復帰し初代79を背負った。その後、何人かコーチが背負い、現役最終年をマリーンズで過ごした井上祐二が引き継ぐ。井上は山本功児、バレンタイン、西村徳文の政権下で15年間投手コーチを務め、最長となった。

----- 現在の背番号「79」 -----

 ★《10代》2023(R5)年〜・25年は3年目 松永 昂大(まつなが たかひろ)コーチ (在籍11年、コーチ3年目)

  1988(S63)年4月16日生(入団時24歳)、左投左打
  香川・高松商業高–関西国際大–大阪ガス–千葉ロッテ(13〜22)
  千葉ロッテコーチ(23〜)

 【松永 昂大 背番号変遷】28(10) ⇒ 138(途中) ⇒ 28(途中)、コーチ/79(3)
 → 松永昂大 背番号 28 へ(有料エリア)

 ◆在籍時通算投手成績<359試合、16勝15敗、防2.91、1S、135H、7先発、0完封、238奪三振>
 ◇初登板、初ホールド<2013(H25)年3月29日開幕戦・オリックス1回戦/H(QVCマリン)/3番手/1.1回0失>
 ◇初勝利<2013(H25)年4月25日・西武6回戦/R(西武D)/3番手/1回0失>
 ◇初セーブ<2013(H25)年8月8日・ソフトバンク18回戦/R(ヤフオク!D)5番手/0.2回0失>
 ◇初先発<2013(H 25)年8月30日・日本ハム18回戦/H(QVCマリン)/先発/5回1失>

 ※在籍時に達成した主な記録
  ◇100ホールド(2018年7月20日・オリックス15回戦(ZOZOマリン)、史上28人目)
2023松永昂大コーチ28から変更  
2024松永 昂大コーチ   
2025松永 昂大コーチ

----- オリオンズ&マリーンズ「79」の系譜 -----

※1950(S25)年〜1979(S54)年 空番


 ★《初代》1979(S54)年〜1983(S58)年・5年 若生 智男(わこう ともお) コーチ(在籍8年、コーチ6年)

  1937(S12)年4月5日生(入団時18歳)、右投右打
  宮城・東北高(–)–毎日/大毎(56〜63)–阪神(64〜74)–広島(75〜76)
  ロッテコーチ(79〜83、87)

 【若生 智男 背番号変遷】32(6) ⇒ 18(2)、コーチ/79(5)、86(1)
 → 若生智男 背番号 32 へ(有料エリア)
 → 若生智男 背番号 18 へ(有料エリア)
 大毎時代に主軸投手として背番号18を背負っていた若生智男が、山内一弘新監督に請われ、1979(S54)年に16年ぶりに一軍投手コーチとして復帰。初代となる背番号79を背負った。
 看板の新ミサイル打線は構築しつつあったが、大きな課題は投手陣だった。加えて投手の分業制も模索している時期での就任だった。2年目の80(S55)年にはエース村田兆治は低調だったものの、仁科時成を中心にローテーションを確立、抑えに倉持明を配し、リーグ優勝は逃したものの前期優勝。チーム防御率も2位と躍進させた。
 翌81(S56)年、チームは復帰した村田を中心に連続前期優勝を果たしたものの投手陣は故障者が出て低調。防御率はリーグ5位に終わる。オフに山内一弘監督が辞任したが山本一義新監督のもと若生は残留。しかし、村田がヒジ痛で長期離脱し主軸もケガが相次ぎ、82(S57)年、83(S58)年とチーム防御率はリーグ最下位。83年はチームは球団史上初となる最下位となり、83年限りで退団した。
 87(S62)年に一軍チーフ投手コーチとして背番号86で復帰する。
 → コーチ/若生智男 背番号 86 へ

【現役在籍時成績】
 ◆在籍時通算投手成績<241試合、46勝42敗、防2.78、108先発、4完封、6122奪三振>
 ◇初登板<1956(S31)年8月23日第1・阪急18回戦/H(駒沢)/3番手完了/1回0失>
 ◇初先発<1956(S31)年9月3日第2・大映18回戦/R(後楽園)/先発/5.1回2失●>
 ◇初勝利<1957(S32)年8月18日第2・大映16回戦/R(西京極)/先発/5回1失(0自)>
 ◇初完投<1959(S34)年4月14日・阪急1回戦/R(西宮)/先発/15回2失勝敗なし△>
 ◇発完封<1959(S34)年10月17日第1・西鉄30回戦/H(後楽園)/先発/9回0失>
 ◆在籍時通算打撃成績<244試合、打率.121、240打数29安打、0本塁打、10打点、0盗塁>
 ◇オールスターゲーム出場/1回(69)


※1984(S59)年〜1989(H1)年 空番


 ★《2代》1990(H2)年・1年 大順 将弘(たいじゅん まさひろ) 外野手(在籍3年)

  1964年11月16日(入団時25歳)、右投右打
  台湾・華興高–名古屋商科大–千葉ロッテ(90練習生、91〜92)

 【大順 将弘 背番号変遷】79(1) ⇒ 00(2)
 台湾出身。留学していた名古屋商科大での実績を買われ、1990(H2)年に球団職員(練習生)として入団した大順将弘が、背番号79を引き継いだ。中日・大豊の実弟。野球協約では、日本人選手としての扱いについて、全日本大学野球連盟に加盟した大学に4年以上在学し、契約前に日本に5年以上居住との条件があるための措置だった。
 1シーズン練習生として二軍に帯同。オフにドラフト外で正式契約。背番号を79から初代00に変更した。
 → 大順将弘 背番号 00 へ(全文無料公開)

 ◆在籍時通算打撃成績<12試合、打率.135、37打数5安打、1本塁打、4打点、0盗塁>
 ◇初出場、初打席<1991(H3)年7月28日・近鉄15回戦(藤井寺)/代打/1打0安>
 ◇初スタメン<1991(H3)年8月30日・西武20回戦/H(川崎)/8番三塁/1打0安>
 ◇初安打、初本塁打、初打点<1992(H4)年8月18日・近鉄19回戦/H(千葉マリン)/4番DH/江坂政明から>


 ★《3代》1991(H3)年・1年 草場 康郎(くさば やすろう) BC(在籍1年、BC18年)

  1964年5月8日右投右打
  福岡・久留米商業高(–)–西日本短大付属高職員–ロッテ(84、BC/85〜04)

【草場 康郎 背番号変遷】69(1、BC3)–79(BC2)–93(BC2)–99(BC10)
 → 草場康朗 背番号 69 へ(全文無料公開)
 すでにブルペン捕手としてチームを裏から支えていた草場康郎が、5年目の1991(H3)年に背番号を69から79に変更して引き継いだ。
 千葉移転した翌92(H4)年も79を背負ったが、オフには背番号を90に変更した。

【現役在籍時成績】
 <一軍未出場>


 ★《4代》1993(H5)年〜1994(H6)年・2年 井辺 康二(いべ やすじ) 投手(在籍11年、コーチ2年)

  1959(S34)年7月21日生(入団時22歳)、右投右打
  静岡・東海大第一高(–)–東海大–ロッテ(82~92)
  千葉ロッテコーチ(93〜94)

 【井辺 康二 背番号変遷】19(11)、コーチ/79(2)
 前年1992(H4)年限りで現役を引退した井辺康二が、93(H5)年に二軍投手兼トレーニングコーチに就任し、背番号79を引き継いだ。
 翌94(H6)年はトレーニングが外れ投手担当に専念した。このシーズン限りで現場を離れ、翌年からはフロント入り。広報、スカウトなどを歴任しチームを裏から支え、18(H30)年に退団した。

【現役在籍時成績】
 ◆在籍時通算投手成績<168試合、10勝12敗、防3.78、4S、-H、7先発、0完封、206奪三振>
 ◇初登板<1983(S58)年10月4日・日本ハム23回戦/R(後楽園)/5番手完了/2回0失>
 ◇初先発、初勝利、初完投<1983(S58)年10月10日・南海26回戦/H(川崎)/先発/9回4失(3自)>
 ◇初セーブ<1986(S61)年5月31日・阪急8回戦/H(川崎)/2番手完了/2回0失>


 ★《5代》1995(H7)年・1年 【サイン】新井 昌則(あらい まさのり)コーチ(在籍10年、コーチ13年)

左・ロッテオリオンズのすべてから、右・当館所蔵サインボール

  1948年6月23日生(移籍時23歳)、右投右打
  埼玉・深谷商業高(–)–大洋(67~71)–ロッテ(72~81)
  ロッテコーチ(82〜93、95)

 【新井 昌則 背番号変遷】32(10)、コーチ/83(5)⇒72(5)⇒83(2)、79(1)
 → 新井昌則 背番号 32 へ(有料エリア)
 → コーチ/新井昌則 背番号 83 へ
 → コーチ/新井昌則 背番号 72 へ(全文無料公開)
 1993(H5)年限りで現場を離れ、94(H6)年は寮長を務めていた新井昌則が、95(H7)年に寮長兼任で新設された三軍担当コーチとして現場に復帰。背番号79を引き継いだ。
 この1シーズン限りで退団した。

【現役在籍時成績】
 ◆在籍時通算打撃成績<569試合、打率.231、991打数229安打、7本塁打、64打点、15盗塁>
 ◇ロッテ初出場、初打席<1972(S47)年6月13日・南海7回戦/H(東京)/代打/1打0安>
 ◇ロッテ初スタメン、初安打<1973(S48)年10月3日第2・日拓後期10回戦/R(後楽園)/7番二塁/2打1安>
 ◇ロッテ初打点<1973(S48)年10月16日第2・日拓後期13回戦/R(草薙)/2番二塁/3打1安/適時打>
 ◇ロッテ初本塁打<1974(S49)年6月1日・近鉄前期9回戦/H(川崎)/2番一塁/神部年男から>


 ★《6代》1996(H8)年〜1997(H9)年・2年 古川 慎一(ふるかわ しんいち) 外野手(在籍10年、コーチ2年)

  1963(S38)年7月26日生(入団時22歳)、右投右打
  埼玉・春日部工高(–)–亜細亜大学–ロッテ(86~95)
  千葉ロッテコーチ(96〜97)

 【古川 慎一 背番号変遷】39(1) ⇒ 10(9)、コーチ/79(1)
 → 古川慎一 背番号 39 へ(有料エリア)
 → 古川慎一 背番号 10 へ(有料エリア)
 1995(H7)年限りで現役を引退した古川慎一が96(H8)年に二軍打撃コーチに就任し、背番号79を引き継いだ。
 2シーズン二軍打撃を担当したが、97(H9)年限りで現場を離れフロント入りした。

【現役在籍時成績】
 ◆在籍時通算打撃成績<569試合、打率.243、1521打数370安打、52本塁打、180打点、24盗塁>
 ◇初出場、初スタメン、初安打<1986(S61)年5月27日・日本ハム6回戦/H(川崎)/7番左翼/3打1安>
 ◇初本塁打、初打点<1986(S61)年5月28日・日本ハム7回戦(川崎)/7番左翼/津野浩から/4打3安>


 ★《7代》1998(H10)年〜2012(H24)年・15年 井上 祐二(いのうえ ゆうじ) コーチ(在籍1年、コーチ15年)

  1963(S38)年3月2日生(移籍時34歳)、右投右打
  宮崎・都城高(甲)−南海(81〜94)−広島(94〜96)−千葉ロッテ(97)
  千葉ロッテコーチ(98〜12)

 【井上 祐二 背番号変遷】12(1)、コーチ/79(15)
 → 井上祐二 背番号 12 へ(有料エリア)
 前年97(H9)年に1シーズン所属した井上祐二が現役を引退し、二軍投手コーチ補佐に就任。98(H10)年に背番号79を引き継いだ。
 翌99(H11)年に山本功児新監督のもと一軍投手を担当。以降、01(H13)年は二軍を担当した以外は、04(H16)年からのバレンタイン体制でも一軍投手を担当。05(H17)年には盤石の投手陣を築き日本一に貢献する。
 10(H22)年は西村徳文新監督の意向でブルペン担当に。3位で進出したCS、日本シリーズとリリーフ陣の状態を見極め、ベンチとの連携で短期決戦を制し下克上日本一に貢献した。しかし、翌11(H23)年は主軸の移籍やケガ人が出たことも響きチーム、チーム防御率とも最下位に終わる。12(H24)年も防御率は4位と持ち直したもののチームは5位に終わり西村監督は退任。井上もこのシーズン限りで退団した。

【現役在籍時成績】
 ◆在籍時通算投手成績<13試合、0勝0敗、防5.14、1S、-H、0先発、0完封、7奪三振>
 ◇ロッテ初登板<1997(H9)年5月28日・近鉄10回戦/R(大阪D)/4番手完了/1.1回0失>
 ◇ロッテ初セーブ<1997(H9)年6月27日・日本ハム9回戦/R(東京D)/5番手完了/1回0失>


※2013(H25)年〜2014(H26)年 空番


 ★《8代》2015(H27)年〜2018(H30)年・4年 小林 雅英(こばやし まさひで) コーチ(在籍9年、コーチ4年)

  1974(S49)年5月24日生(入団時24歳)、右投右打
  山梨・都留高(–)–日本体育大–東京ガス–千葉ロッテ(99〜07)–クリーブランド インディアンス(08〜09)–巨人(10)–オリックス(11)
 千葉ロッテコーチ(15〜18)

 【小林 雅英 背番号変遷】30(9)、コーチ/79(4)
 オリックスで引退し、コーチを務めていた「幕張の防波堤」こと小林雅英が2015(H27)年に一軍投手コーチとして8年ぶりに復帰。背番号79を引き継いだ。
 2年目の16(H28)年はチーム防御率3位と押し上げたものの、17(H29)年は最下位、18(H30)年は5位と底上げ出来ず、このシーズン限りで退団した。

【現役在籍時成績】
 ◆在籍時通算投手成績<445試合、36勝34敗、防2.79、227S、H、13先発、0完封、463奪三振>
 ◇初登板<1999(H11)年4月7日・ダイエー2回戦/R(北九州)/2番手/1.2回0失>
 ◇初勝利<1999(H11)年5月16日・日本ハム8回戦/H(千葉マリン)/4番手/2回0失>
 ◇初先発<1999(H11)年8月3日・ダイエー16回戦/R(福岡D)/先発/8回1失>
 ◇初完投<1999(H11)年9月2日・ダイエー23回戦/H(千葉マリン) /先発/9回2失>
 ◇初セーブ<2000(H12)年8月17日・日本ハム21回戦(千葉マリン)/4番手完了/1.2回0失>
 ◇初ホールド<2006(H18)年5月23日・阪神3回戦(千葉マリン)2番手/1回0失>

 ※在籍時に獲得したタイトル
  ◆最多セーブ投手(2005年)

 ※在籍時に選出された表彰表彰
  ◆月間MVP/2度(2001年6月、02年7月)
  ◆セ・パ交流戦・最優秀選手賞MVP(2006年)
  ◆パ・リーグ連盟当別表彰(2002年)33試合連続SPを記録したことに対する表彰

 ※在籍時に達成した主な記録
  ◆打者0人で勝利投手(2000年7月2日・オリックス14回戦(函館))史上初
  ◆6日6試合連続セーブ(2001年)史上初
  ◆17試合連続セーブ(2002年)パ・リーグ記録
  ◆33試合連続セーブポイント(2002年)史上初
  ◆1イニング3暴投(2004年5月15日・ダイエー8回戦(千葉マリン))タイ記録
  ◆7年連続20セーブ(2001年~07年)史上初
  ◇100セーブ(2003年6月29日・オリックス16回戦(千葉マリン))史上14人目(日本人投手最速)
  ◇150セーブ(2005年5月17日・広島1回戦(福山))史上4人目(最速)
  ◇200セーブ(2006年8月18日・日本ハム13回戦(千葉マリン))史上3人目(最速)


 ★《9代》2019(R1)年途中〜2022(R4)年・3年6ヶ月 マーティン(レオネス マーティン) 外野手(在籍4年)

  1988(S63)年3月6日生(入団時31歳)、右投左打
  キューバ・マニュエルファハルドキューバ国立体育大–キューバL・ナランハス デ ビジャ クララ(05〜10)–テキサス レンジャーズ(11〜15)–シアトル マリナーズ(16〜17途中)–シカゴ カブス(17途中)–デトロイト タイガース(18途中)–クリーブランド インディアンス(18途中〜19途中)–千葉ロッテ(19途中〜22)

 【マーティン 背番号変遷】79(途中+3)
 2019(R1)年7月に途中入団した助っ人マーティンが背番号79を引き継いだ。
 初出場は7月26日の楽天12回戦(ZOZOマリン)。この試合は無安打に終わったものの、翌27日の楽天13回戦(ZOZOマリン)では初安打が適時打で初打点、終盤には初本塁打も放つ。以降、6試合で3度のお立ち台に上がるデビューを果たす。最終的に打率は.232だったものの52試合に出場し14本塁打39打点と結果を残し、終盤のチーム好調の原動力となった。
 翌20(R2)年はコロナ禍で6月開幕となったが、5番右翼で開幕スタメンに名前を連ねる。8月から9月にかけて12試合で15本塁打を放ったが、全ての試合に勝利し「マーティンが本塁打を打てば負けない」という不敗神話が出来る。9月27日のソフトバンク15回戦(ZOZOマリン)では5打席で四球を選び「1試合5四球」のリーグタイ記録(球団新記録)をマークした。シーズン終盤には調子を落としたことに加えて左足を痛めて離脱。そのままシーズンを終えたが、最終的に104試合に出場、打率.234、チームトップの25本塁打、打点もチーム2位の65打点、出塁率はリーグ6位の.382だった。
 21(R3)年も2年連続開幕スタメンとなる3番右翼で出場。3戦目からは2番に入り2番として定着する。以降、好調な打撃で打線を引っ張る。4月29日には85(H60)年の落合博満以来となる10号一番乗り。3・4月度の月間MVPを受賞する。以降、打率も.250前後で推移し、オールスターファン投票で外野手3位に入り初出場を果たす。後半も状態を維持し9月8日のオリックス戦(ほっともっと)で放った25号が球団通算第8000号本塁打となった。しかし、19日の日本ハム戦(札幌D)で右足甲に自打球を当て、右足中間楔状骨骨折と診断され出場登録を抹消される。骨折が完治しないまま最終盤に復帰し、最終的に打率.233、27本塁打、75打点で終えた。
 4年目の22(R4)年も3年連続開幕スタメン。しかし、状態が上がらず打率は1割台前半と低迷。交流戦に入っても状態は上がらず7月には抹消される。その後、8月初旬に再登録も状態は変わらず、下旬には「家族の都合」で帰国。最終的に68試合の出場に留まり、打率.163、9本塁打25打点に終わり、オフには自由契約となった。

 ◆在籍時通算打撃成績<340試合、打率.220、1190打数262安打、75本塁打、204打点、19盗塁>
 ◇初出場、初スタメン、初打席<2019(R1)年7月26日・楽天12回戦/H(ZOZOマリン)/6番右翼/3打0安>
 ◇初安打、初打点、初本塁打<2019(R1)年7月27日・楽天13回戦/H(ZOZOマリン)/4打2安/初打点適時打/初本塁打森原康平から>
 ◇オールスター出場/1回(21)

※在籍中に達成した記録
 ◆1試合5四球<2020年9月27日・ソフトバンク15回戦(ZOZOマリン)、パ・リーグタイ記録、球団新記録>
 ◆ロッテ球団通算8000号本塁打<2021年9月8日オリックス18回戦(ほっともっと)、吉田凌から>

※在籍中に受賞した表彰
 ◆月間MVP(2021(R3)年3・4月/野手)


 ★《10代》2023(R5)年〜・25年は3年目 松永 昂大(まつなが たかひろ) 投手(在籍11年、コーチ3年目)


※背番号年数は、着用年数のみ。年数1年未満の場合は月数で表示しています。
※在籍年数は現役としての年数。シーズン途中移籍や入団も1年として算出。
※監督歴は他球団の監督歴も表記、コーチ歴はオリオンズ&マリーンズのみ表記。
※通算成績は背番号時に関係なく在籍時の通算成績です。
※記録内の◆はタイトル、表彰、主な記録。◇は節目の記録。
※初出場等の記録のHホーム、Rロードの略。
※タイトル、表彰、記録は在籍時に表彰を受けたものを対象としています。
※イースタン表彰のFA(JA)はフレッシュ(ジュニア)オールスタの略


(次回)⇒「78」


---- オリオンズ&マリーンズ 背番号の系譜 INDEX ----

《全文無料》「1」巧打好守の好選手の歴史
《有料・冒頭試読》「2」3人の高卒新人開幕スタメン
《有料・冒頭試読》「3」天才打者が歴史を作り、巧打者が続く系譜
《有料・冒頭試読》「4」職人肌野手と助っ人の系譜
《有料・冒頭試読》「5」歴代最少11人、打撃職人の系譜
《有料・冒頭試読》「6」落合が生んだ打線主軸の系譜
《有料・冒頭試読》「7」助っ人強打者と俊足強打の系譜
《有料・冒頭試読》「8」看板打者の系譜
《全文無料》「9」紡いだ歴史を大きく育てた福浦和也
《全文無料》「0」新しい系譜は快足とリリーフエースの系譜に
《全文無料》「00」最も新しい系譜は助っ人、俊足の系譜
《有料・冒頭試読》「10」投手と野手混在の系譜、3000本安打張本勲も背負う
《有料・冒頭試読》「11」左腕の系譜もマリーンズではリリーフの系譜へ
《有料・冒頭試読》「12」球団初戦先発投手から続く投手 時々 打者の系譜
《有料・冒頭試読》「13」準エースの系譜から主力野手の系譜へ
《有料・冒頭試読》「14」球団創設から続く主力投手の系譜
《有料・冒頭試読》「15」フル回転投手から野手の歴史も荘勝男、美馬学が投手伝統を引き継ぐ
《有料・冒頭試読》「16」トレード移籍投手の系譜】
《有料・冒頭試読》「17」佐々木朗希につながるエースの系譜
《有料・冒頭試読》「18」植村義信で生まれたエースの称号
《有料・冒頭試読》「19」投手系譜の背番号も名捕手から始まった
《有料・冒頭試読》「20」野手の系譜から、杉下、堀本、木樽とタイトル投手の系譜へ
《有料・冒頭試読》「21」投手と野手が混在の系譜は、監督の顔に
《有料・冒頭試読》「22」捕手の系譜から助っ人の新しい歴史へ
《有料・冒頭試読》「23」主軸野手が紡いだ背番号23
《有料・冒頭試読》「24」息の長い野手の系譜から投手の系譜へ
《有料・冒頭試読》「25」正統・打撃職人の系譜
《有料・冒頭試読》「26」TEAM26、マリーンズファンの背番号を振り返る
《有料・冒頭試読》「27」主力打者から主力投手、そして捕手エースナンバーへ
《有料・冒頭試読》「28」助っ人、野手から投手の系譜へ
《有料・冒頭試読》「29」サンデー兆治が育て、サンデー晋吾が継いだエースの称号
《有料・冒頭試読》「30」監督・コーチ・野手の背番号から投手の背番号へ
《有料・冒頭試読》「31」野手の出世番号から投手の背番号へ
《有料・冒頭試読》「32」主力選手から職人野手の背番号、そして捕手の新しい歴史へ
《有料・冒頭試読》「33」2人の殿堂入り胴上げ監督の背番号
《有料・冒頭試読》「34」400勝投手監督から投手の背番号に
《有料・冒頭試読》「35」初代監督から、外野手の出世番号へ
《有料・冒頭試読》「36」36からの飛躍した三井、サブロー
《有料・冒頭試読》「37」投手、野手、助っ人、25代の系譜
《有料・冒頭試読》「38」強心臓投手と大砲候補の系譜
《有料・冒頭試読》「39」投手・野手から捕手の系譜へ
《有料・冒頭試読》「40」多士済々のメンバーが連なる系譜
《有料・冒頭試読》「41」期待の星から主軸へ、チーム支えた成長の系譜
《有料・冒頭試読》「42」多彩な系譜オリオンズ~マリーンズは助っ人の系譜
《有料・冒頭試読》「43」土肥から捕手の系譜~ウォーレン、ミンチー助っ投の系譜
《有料・冒頭試読》「44」顔に育てた山本功児、井上晴哉の背番号《有料・冒頭試読》「45」得津、横田、堀、田村と並ぶ、出世番号の系譜
《有料・冒頭試読》「46」成田文男から続く、主軸投手の系譜
《有料・冒頭試読》「47」打者のチームから投手のチームへ変貌させた300勝投手の背番号47
《有料・冒頭試読》「48」リリーフ左腕、代打、好守、チームを下支えした系譜
《有料・冒頭試読》「49」職人選手の出世番号
《有料・冒頭試読》「50」2人の殿堂入り監督が背負った背番号50
《有料・冒頭試読》「51」東京球場で舞った51、航輝が育てる
《有料・冒頭試読》「52」大沢親分から立川、塀内、そしてマウンドで躍動する52へ
《有料・冒頭試読》「53」ベテラン、コーチの53から捕手の印象付けた2人の捕手
《有料・冒頭試読》「54」2人の殿堂入りコーチから、マウンドで躍動する54へ
《有料・冒頭試読》「55」初代殿堂入りコーチから、技巧派外野手の系譜
《有料・冒頭試読》「56」短命続いた系譜も隠れた出世番号
《有料・冒頭試読》「57」57のイメージ残した佐藤幸彦
《有料・冒頭試読》「58」2人の「毅」が刻んだ58の系譜
《有料・冒頭試読》「59」捕手の系譜から野手、そして投手の系譜へ
《有料・冒頭試読》「60」首脳陣、裏方の背番号から出世番号へ
《有料・冒頭試読》「61」角中勝也が躍動させた背番号61
《有料・冒頭試読》「62」息の長い野手が継いだ背番号
《有料・冒頭試読》「63」小野晋吾、種市篤暉M投手の出世番号に
《有料・冒頭試読》「64」短命が続いた背番号も二木康太が出世番号に
《有料・冒頭試読》「65」コーチ番号も榊親一、大塚明と出世野手に
《有料・冒頭試読》「66」ユウゴー、岡田幸文と息の長い背番号に
《無料公開》「67」意外な出世番号67
《無料公開》「68」山内監督、猪久保、早坂と多彩な系譜
《無料公開》「69」裏からチーム支えた3捕手から現役の系譜へ
《無料公開》「70」福浦が原点に戻った背番号70
《無料公開》「71」二軍監督が引き継いだ背番号71
《無料公開》「72」稲尾監督が背負った72はコーチの系譜
《無料公開》「73」OBコーチが引き継いだ背番号73
《全文無料公開》「74」初代現役以外はコーチが細かく継いだ背番号
《全文無料公開》「75」コーチの顔、高沢秀昭、堀幸一が13年背負った背番号
《全文無料公開》「76」コーチの系譜もフローレスが唯一の現役
《全文無料公開》「77」監督から始まった背番号77の系譜
《全文無料公開》「78」系譜最長の西村徳文が宙に舞った背番号78
《9/5までメンバー先行、9/6〜無料公開》「79」若生、井上祐、小林雅、松永昴と投手コーチが継いでいる背番号

※参考文献、参考WEBは『プロローグ』から

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2023年シーズンは千葉ロッテマリーンズ74度目のシーズン。 73年間の歴史を振り返りつつ、今シーズ…

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週2本ペースで毎日オリオンズからロッテオリオンズまでの歴史を辿ります。資料の読み込み含め、長い長い時間をかけた連載になりそうなので、3回目からは有料制(定期購読/月300円・単体100円)と致します。 結果や記録は書物やネットで収得出来るので、違った角度(球団運営、インタビュー、新聞記事、思い出、内緒話等)から記していきます。

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