《有料・冒頭試読》【オリオンズ&マリーンズ・背番号の系譜「3」(2026)】天才打者が歴史を作り、巧打者が続く系譜
(写真 中央・現在の14代角中勝也、左上から・天才打者と言われた3代榎本喜八、日本シリーズMVPの5代弘田澄男、右上から・4年連続盗塁王と首位打者、監督として日本一にもなった西村徳文、4番もケガに泣かされた9代石井浩郎、榎本に次ぐ13年背負った11代サブロー)
※名前横に【サイン】がある選手は、サイン写真が掲出されています(クリックで拡大)
(3)「3」天才打者が歴史を作り、巧打者が続く系譜
初代・今久留主功、2代・ハワイ出身の北村正司と好守の系譜でスタートした背番号3は天才打者・榎本喜八がチームの顔となる番号に育てた。今でも榎本の数多くの高卒新人記録は球界に輝いている。
その後、弘田澄男、西村徳文、サブローが引き継ぎ次ぎ、現在は角中勝也に引き継がれている。球団歴代通算打率ベスト10のランキングには3番の4人が名前を連ねている。
----- 現在の背番号「3」 -----
★《14代》2017(H29)年~2026(R8)年は10年目 角中 勝也(かくなか かつや) 外野手(26(R8)は在籍20年目)
1987(S62)年5月25日生(入団時19歳)、右投左打
石川・日本航空第二高(–)‐独立R・高知(06)‐千葉ロッテ(07~)
【角中 勝也 背番号変遷】61(10) ⇒ 3(10)
2006(H18)年のドラフト7巡目で独立リーグ・高知から入団した角中勝也。5年間二軍で研鑽し、12(H24)年に打率.312で首位打者のタイトルを獲得。前年16(H28)年にも.339で2度目の首位打者に輝いた角中勝也が引退したサブローの後を継いで、背番号を61から3に変更して引き継いだ。
17(H29)年の序盤はケガもあり不調に陥ったものの、8月までは4割近い打率で打線をけん引した。しかし夏場に状態を落とし打率も下降。最終的に3割を割り込み、打率.269、8本塁打44打点で終えた。
翌18(H30)年は開幕から好調をキープ。6月には月間打率.395を記録して、自身初となる月間MVPを受賞した。しかし、徐々に調子を落とし、最終的には112試合に出場、打率.265まで数字を落とし、7本塁打57打点に終わった。
19(R1)年5月11日には独立リーグ出身者として初となる1000安打に到達、25日には1000試合出場を達成した。しかし、最終的には108試合に出場、打率.258、8本塁打48打点に終わった。
しかし、翌年以降はケガに泣かされたシーズンもあり、徐々に出場試合数は減らしていく。20(R2)年は新型コロナに感染したこともあり、84試合の出場に留まり、打率.244、2本塁打15打点。21(R3)年は前半は打率3割台を維持したが、後半状態を大きく落とし、107試合に出場したが、打率.244、29打点で終わった。
22(R4)年は開幕二軍スタートとなったが二軍で状態を上げる。しかし、一軍合流目前にイースタン・リーグ開幕直後から打率.350、11打点を記録。ともに二軍で調整中だった荻野貴司と共に一軍合流間近だったが、ふくらはぎを痛めて離脱。5月下旬にようやく一軍合流。以降、2年ぶりに本塁打を放つなど、最終的に53試合に出場し、打率.256、1本塁打11打点だった。
23(R5)年は開幕から一軍入り。併用起用ながら好調をキープ。球団では50年ぶりとなる代打逆転サヨナラ本塁打を放つなど勝負強さも発揮し、7月の「月間スカパーサヨナラ賞」を受賞(年間大賞にも選出)する。規定打席未到達ながらシーズン通して好調をキープ。打率.296、自己最高の9本塁打(39打点)
で終えた。
24(R6)年も前年同様、併用起用され、シーズン通して状態を維持してベンチに入る。9月中旬まで3割を維持していたが、最終盤に3割を切り打率.280、3本塁打20打点で終えた。
25(R7)年は開幕から一軍帯同。4月27日の日本ハム5回戦(エスコンフィールド)で自身今シーズン初本塁打を放ったがこれがNPB令和通算7777本塁打となった。しかし5月中旬に打率は1割台と低迷して登録抹消される。その後6月には再登録され17日のヤクルト阪神1回戦(甲子園)に代打で登場しタイムリーを放ち自身通算1500試合出場を飾る。ところが以降は代打で出場も結果が出ず7月中旬には抹消。その後は一軍登録されず最終的に27試合に出場、打率.167、1本塁打5打点の成績に終わった。
26(R8)年は38歳20年目のシーズンとなる。
(2025(R7)年 シーズン終了時)
◆打撃成績<1504試合、打率.280、4797打数1344安打、70本塁打、564打点、67盗塁>
◇初出場、初スタメン、初打席<2007(H19)年7月24日・ソフトバンク14回戦/R(Yahoo!D)/2番中堅/3打0安>
◇初安打、初打点<2007(H19)年7月26日・ソフトバンク16回戦/R(Yahoo!D)/2番中堅/4打2安/初打点は適時打>
◇初本塁打<2008(H19)年4月16日楽天5回戦/H(千葉マリン)/2番中堅/ドミンゴから/3打1安>
※在籍時に獲得したタイトル
◆首位打者/2度(2012年、16年)
◆最多安打(2016年)
※在籍時に選出された表彰
◆ベストナイン/2度(2012年、16年/ともに外野手)
◆月間MVP(2018年6月/野手)
※在籍時に達成した記録
◇1000安打(2019年5月11日・ソフトバンク8回戦(ヤフオク!D)、史上297人目)
◇1000試合出場(2019年5月25日・ソフトバンク11回戦(ZOZOマリン)、史上498人目)
----- オリオンズ&マリーンズ「3」の系譜 -----
★《初代》1950(S25)年~1951(S26)年・2年 今久留主 功(いまくるす いさお) 内野手(在籍2年)
1925年7月25日生(入団時24歳)、右投右打
台湾・嘉義農林学校‐台湾専売局‐星野組‐毎日(50~51)‐近鉄(52~55)
【今久留主 功 背番号変遷】3(2)
社会人・星野組の主力だった今久留主功が初代の背番号3を背負った。ともに入団した兄・淳(すなお)は2で兄弟で2、3番と並んだ。
8番三塁で球団創設第1戦にスタメン出場し、プロ初安打、初打点を記録する。以降も三塁と遊撃を守り、首位を走るチームを支えるも兄・淳、河内卓司、奥田元らにスタメンを譲る試合が増える。しかし、8月に兄・淳が移籍すると、シーズン終盤は再び遊撃のレギュラーとしてチームを支え、初代パ・リーグ制覇に貢献した。日本シリーズでは第5戦まで無安打だったものの、最終第6戦で先制2点適時打を放ち打線を勢いに乗せ、日本一を手繰り寄せた。2年目の51(S26)年も併用起用されたが、オフに近鉄へ移籍した。
◆在籍時打撃成績<135試合、打率.219、306打数67安打、0本塁打、16打点、18盗塁>
◇初出場、初スタメン、初打席、初安打、初打点<1950(S25)年3月11日球団創設第1戦・西鉄1回戦/H(西宮)/8番三塁/4打1安/初打点適時打>
★《2代》1952(S27)年~1954(S29)年・3年 北村 正司(きたむら しょうじ) 内野手(在籍年)
※登録名は きたむら しょうじ だが、まさじと記された資料もあり
1928(S3)年6月2日生、
ハワイ・セントルイス高‐フォートコリンズ農工大‐ハワイ朝日‐毎日(52~54)
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手元にある世に出ている資料、手元で眠っている表に出ていない資料に加え、関係者から見聞きした情報(オリオンズメモ(笑))を中心に「ロッテオリ…
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