見出し画像

《無料公開》【オリオンズ&マリーンズ・背番号の系譜「70」】福浦が原点に戻った背番号70

(写真 中央・コーチとして入団時の背番号70を背負う福浦和也、左上から・米から帰国後背番号70を背負った初代吉岡邦弘、投手として入団した5代福浦、右上から・現役最長5年背負った定岡卓摩、現役引退後コーチとして1年背負った根元俊一)


※名前横の【殿堂】は野球殿堂入りしている選手、【サイン】はサインが掲出されています(クリックで拡大)

(72)「70」福浦が原点に戻った背番号70

 背番号70は米国から帰国した吉岡邦弘に始まり、その後は空番の期間が長がった。オリオンズ末期に順風秀一が背負い、そのままマリーンズでも初代70を引き継いだ。順風の跡を継いだのが福浦和也だった。一軍に定着した5年目に9へ変更したが、現役を引退してコーチに専念した27年目に再び70を背負った。

----- 現在の背番号「70」 -----

 ★《11代》2020(R2)年〜・2025(R7)年は6年目 【サイン】福浦 和也(ふくうら かずや) コーチ(在籍26年、コーチ6年目)

  1975(S50)年12月14日生(入団時18歳)、左投左打
  千葉・習志野高–千葉ロッテ(94〜19)

 【福浦 和也 背番号変遷】70(4) ⇒ 9(22) ⇒ 70(6)
 前年2019(R1)年限りで現役を引退し、コーチ専任となった福浦和也が、20(R2)年に入団時に背負っていた背番号70に変更して再び引き継いだ。
 前年から打撃コーチを兼任していたが、コーチに専念した20(R2)年と21(R3)年は二軍ヘッドコーチ兼打撃コーチ、22(R4)年は一軍打撃コーチ、23(R5)年からは吉井理人新監督の元一軍ヘッドコーチ兼打撃コーチを務め、23年は吉井監督がWBC帯同で不在時は監督代行も務めた。
 25(R7)年はコーチ登録は外れたものの、一、ニ軍統括打撃コーディネーターとして打撃陣全般の指導に当たる。

 ◆在籍時通算投手成績<2235試合、打率.284、7039打数2000安打、118本塁打、935打点、10盗塁>
 ◇初出場、初スタメン、初打席、初安打<1997(H9)年7月5日・オリックス14回戦/H(千葉マリン)/7番一塁/2打1安>
 ◇初打点<1997(H9)年7月13日・西武15回戦/R(札幌丸山)/8番一塁/適時打/3打1安>
 ◇初本塁打<1997(H9)年8月1日・西武16回戦/H(千葉マリン)/7番一塁/横田久則から>
 ◇オールスター出場/3回(00、04、05)

 ※在籍時に獲得したタイトル
  ◆首位打者(2001年)
 ※在籍時に選出された表彰
  ◆ベストナイン(2010年/指名打者)
  ◆ゴールデングラブ賞/3度(2003年、05年、07年/一塁)
  ◆月間MVP(2006年4月/野手)
  ◆パ・リーグ 連盟特別表彰(功労賞 2019年)
 ※在籍時に達成した主な記録
  ◆シーズン50二塁打(2003年)歴代2位
  ◆3年連続40二塁打(2002年~04年)NPB記録
  ◆6年連続打率3割(2001年~06年)史上11人目
  <福浦が記録した球団記録>
  ◆球団通算5500号本塁打(1998年7月10日、対日本ハムファイターズ13回戦(千葉マリンスタジアム)
  ◆通算サヨナラ打 12本塁打
  ◆通算試合数 2235試合
  ◆通算犠飛数 78犠飛
  ◆通算死球数 95死球
  ◇1000安打(2004年8月20日、史上225人目)
  ◇1000試合出場(2005年5月12日、史上402人目)
  ◇300二塁打(2007年8月3日、史上46人目)
  ◇1500安打(2009年5月2日、史上99人目)
  ◇1500試合出場(2009年8月19日、史上166人目)
  ◇100本塁打(2010年3月22日、史上258人目)
  ◇350二塁打(2011年4月13日、史上30人目)
  ◇2000試合出場(2015年6月15日、史上48人目)
  ◇1000三振(2015年7月13日、史上60人目)
  ◇2000安打(2018年9月22日、史上52人目)

----- オリオンズ&マリーンズ「70」の系譜 -----

※1950(S25)年〜1970(S45)年 空番


 ★《初代》1971(S46)年〜1972(S47)年・2年 吉岡 邦広(よしおか くにひろ) 投手(在籍6年)

  1949(S24)年5月14日生 左投左打
  兵庫・三田学園高-東京(68~73)

 【吉岡 邦広 背番号変遷】15(1) ⇒ 37(2+途中) ⇒ 70(途中+1) ⇒ 60(1)
 → 吉岡邦広 背番号 15 へ(有料エリア)
 → 吉岡邦弘 背番号 37 へ(有料エリア)
 1971(S46)年に4年目の吉岡邦弘が米サンフランシスコジャイアンツに野球留学。2年間の期限で4月に渡米したが、ケガもあり6月に緊急帰国してチームに復帰。背番号を70に変更して初代背番号70を背負った。
 二軍でマウンドに上がったものの、打撃投手、スコアラーとしての役割も担った。72(S47)年オフには背番号を70から60に変更した。
 → 吉岡邦弘 背番号 60 へ(有料エリア)

 ◆投手成績<一軍未登板>
 ◆打撃成績<1試合(偵察要員)1970(S45)年7月28日南海戦(1番一塁)>


※1973(S48)年〜1982(S57)年 空番


 ★《2代》1983(S58)年・1年 平山 信二(ひらやま しんじ) 投手(在籍1年)

  1959(S34)年6月10日生(入団時23歳)、右投右打
  (出身・宮城)北海道・名寄高–東京経済大学(中退)–焼結金属工業–ロッテ(83)

 【平山 信二 背番号変遷】70(1)
 1982(S57)年秋に行われた公募テストに合格し、ドラフト外で社会人・焼結金属工業から練習生として入団した平山信二が、背番号70を引き継いだ。
 練習生として1シーズン在籍したが選手契約には至らず、オフには退団した。

 <一軍未出場>


※1984(S59)年〜1985(S60)年 空番


 ★《3代》1986(S61)年・1年 小俣 進(おまた すすむ) 投手(在籍5年、BP1年)

  1951(S26)年8月18日(移籍時28歳)、左投左打
  神奈川・藤沢商業高(現藤沢翔陵高)–コロムビア–大昭和製紙–広島(73~75)–巨人(76~79)–ロッテ(80~84)–日本ハム(85)–ロッテ(BP/86)

 【小俣 進 背番号変遷】26(5)、BP/70(1)
 → 小俣進 背番号 26 へ(有料エリア)
 1980(S55)年から5年間所属し、日本ハムにトレードで移籍した小俣進が現役を引退。86(S61)年に打撃投手として復帰、背番号70を引き継いだ。
 1年間ロッテで打撃投手を務めたが、翌年からは巨人に移籍し巨人の打撃投手を努め、その後長嶋茂雄氏の専属広報となった。

 ◆在籍時通算投手成績<82試合、11勝16敗、防4.92、0S、-H、33先発、2完封、148奪三振>
 ◇ロッテ初登板<1980(S55)年4月19日・西武前期2回戦/R(西武)/3番手/2回2失>
 ◇ロッテ初先発<1980(S55)年6月30日第1・近鉄前期11回戦/R(日生)/先発/1.2回6失>
 ◇ロッテ初勝利<1980(S55)年8月11日・南海後期7回戦/H(川崎)/先発/7.2回4失>
 ◇初完投、初完封<1980(S55)年8月28日・阪急後期7回戦/H(川崎)/先発/9回0失>


※1987(S62)年〜1989(H1)年 空番


 ★《4代》1990(H2)年〜1993(H5)年・4年 順風 秀一(じゅんぷう しゅういち) 捕手(在籍4年)

  1966(S41)年2月16日(入団時26歳)、右投右打
  (出身・大阪)滋賀・比叡山高/甲–いすゞ自動車–ロッテ(90〜93)

 【順風 秀一 背番号変遷】70(4)
 1989(H1)年のドラフト外で社会人・いすゞ自動車から入団した順風秀一が、背番号70を引き継いだ。
 強肩、強打の即戦力捕手として期待されての入団だった。3年間は一軍登録なく、4年目の93(H5)年に一軍登録されたものの出場なく終わる。オフには退団した。
 
 <一軍未出場>


 ★《5代》1994(H6)年〜1997(H9)年・4年 【サイン】福浦 和也(ふくうら かずや) コーチ(在籍26年、コーチ6年目)

  1975(S50)年12月14日生(入団時18歳)、左投左打
  千葉・習志野高–千葉ロッテ(94〜19)

 【福浦 和也 背番号変遷】70(4) ⇒ 9(22) ⇒ 70(6)
 1993(H5)年のドラフト7位で千葉・習志野高校から入団した福浦和也が、背番号70を引き継いだ。
 大きな実績はなかったが、強い肩を買われて投手としての指名だった。しかし、入団直後から肩を痛める。練習の一環としてティー打撃をしていたところ、二軍打撃コーチだった山本功児から打者転向を勧められ7月に打者転向を決意する。1年目はほとんど出番はなかったものの、2年目の95(H7)年は若手起用の方針もあり出場を重ね、ジュニアオールスターに出場する。3年目の96(H8)年も二軍で実績を積む。打率は2割台前半で低迷していたが、9月に状態を上げてシーズンを終える。
 4年目の97(H9)年は7月に初の一軍登録。7月5日のオリックス14回戦(千葉マリン)に7番一塁でスタメン抜擢され初出場。初安打を記録。以降、一塁のレギュラーとして起用され初打点、初本塁打も記録。後半は一塁のレギュラーに定着し、最終的に67試合に出場し、打率.289、6本塁打23打点を記録して終えた。オフには背番号を70から9の変更した。
 → 福浦和也 背番号 9 へ(有料エリア)

 ◆在籍時通算打撃成績<2235試合、打率.284、7039打数2000安打、118本塁打、935打点、10盗塁>
 ◇初出場、初スタメン、初打席、初安打<1997(H9)年7月5日・オリックス14回戦/H(千葉マリン)/7番一塁/2打1安>
 ◇初打点<1997(H9)年7月13日・西武15回戦/R(札幌丸山)/8番一塁/適時打/3打1安>
 ◇初本塁打<1997(H9)年8月1日・西武16回戦/H(千葉マリン)/7番一塁/横田久則から>
 ◇オールスター出場/3回(00、04、05)

 ※在籍時に獲得したタイトル
  ◆首位打者(2001年)

 ※在籍時に選出された表彰
  ◆ベストナイン(2010年/指名打者)
  ◆ゴールデングラブ賞/3度(2003年、05年、07年/一塁)
  ◆月間MVP(2006年4月/野手)
  ◆パ・リーグ 連盟特別表彰(功労賞 2019年)

 ※在籍時に達成した主な記録
  ◆シーズン50二塁打(2003年)歴代2位
  ◆3年連続40二塁打(2002年~04年)NPB記録
  ◆6年連続打率3割(2001年~06年)史上11人目
  <福浦が記録した球団記録>
  ◆球団通算5500号本塁打(1998年7月10日、対日本ハムファイターズ13回戦(千葉マリンスタジアム)
  ◆通算サヨナラ打 12本塁打
  ◆通算試合数 2235試合
  ◆通算犠飛数 78犠飛
  ◆通算死球数 95死球
  ◇1000安打(2004年8月20日・ダイエー23回戦(千葉マリン)、史上225人目)
  ◇1000試合出場(2005年5月12日・阪神3回戦(千葉マリン)、史上402人目)
  ◇300二塁打(2007年8月3日・日本ハム13回戦(千葉マリン)、史上46人目)
  ◇1500安打(2009年5月2日・ソフトバンク5回戦(Yahoo!D)、史上99人目)
  ◇1500試合出場(2009年8月19日・オリックス17回戦(千葉マリン)、史上166人目)
  ◇100本塁打(2010年3月22日・西武3回戦(西武D)、史上258人目)
  ◇350二塁打(2011年4月13日・楽天2回戦(QVCマリン)、史上30人目)
  ◇2000試合出場(2015年6月15日・ヤクルト3回戦(神宮)、史上48人目)
  ◇1000三振(2015年7月13日・オリックス11回戦(京セラD)、史上60人目)
  ◇2000安打(2018年9月22日・西武24回戦(ZOZOマリン)、史上52人目)
  ◇オールスター出場/3回(00、04、05)
  ◇イースタンタイトル、記録(JA95年)


※1998(H10)年 空番


 ★《6代》1999(H11)年〜2003(H15)年・5年 【サイン】筒井 良紀(つつい よしのり) 捕手⇒ブルペン捕手(在籍10年/コーチ9年/BC9年)

  1955(S30)3月20日生(移籍時21歳)、右投右打
  (出身・兵庫)大阪・大阪学院大高−南海(73〜75)−ロッテ(76〜85)
  ロッテ/千葉ロッテコーチ(92〜94、96、99〜03)

 【筒井 良紀 背番号変遷】57(11)、BC69(1) ⇒ 96(4)、コーチ75(3)、BC91(4)、コーチ70(5)
 → 筒井紀良 背番号 57 へ(有料エリア)
 → 筒井紀良 背番号 69 へ(有料エリア)
 ブルペン捕手を務めていた筒井紀良が、1999(H11)年に3年ぶりに一軍ブルペン担当としてコーチに復帰。背番号70を引き継いだ。
 山本功児新監督のもとコーチ就任。山本体制下で03(H15)年まで5年間ブルペンを担当。03年限りで退団した。

 ◆在籍時打撃成績<1試合、打率.ー、0打数0安打、0本塁打、0打点、0盗塁>
 ◇初出場<1977(S52)年6月1日・日本ハム前期10回戦/R(宮城)/途中捕手/打席なし>


※2004(H16)〜2006(H18)年 空番


 ★《7代》2007(H19)年〜2011(H23)年・5年 定岡 卓摩(さだおか たくま) 内野手(在籍5年)

  1986(S61)年10月17日生(移籍時20歳)、右投右打
  福岡・福岡工業大城東高/甲–ソフトバンク(05~06)–千葉ロッテ(07~11)–楽天(12〜13)

 【定岡 卓摩 背番号変遷】70(5)
 2007(H19)年に前年限りでダイエーを自由契約となった定岡卓摩がトライアウトを経て入団。背番号70を引き継いだ。
 二軍では長打もある内野手として試合に出場したが、4年間、打率は2割台前半に終わる。在籍5年目の11(H23)年には二軍で84試合に出場したが一軍登録されることなく、11年オフに自由契約となる。楽天が獲得に手をあげ、楽天に移籍した。

 <在籍時、一軍未出場>


※2012(H24)年 空番


 ★《8代》2013(H25)年〜2016(H28)年・4年 小谷 正勝コーチ(こたに ただかつ) 手(在籍4年)

  1945(S20)年4月8日生(入団時67歳)、右投右打
  兵庫・明石高–国学院大–大洋(68〜77)
  千葉ロッテコーチ(13〜16)

 【小谷 正勝 背番号変遷】70(4)
 現役引退後、横浜、ヤクルト、巨人で24年間投手コーチを務め、11(H23)年限りで現場を離れていた小谷正勝が、13(H25)年に二軍投手コーチとして入団。背番号70を引き継いだ。
 長年の経験から若手選手からの信頼は厚く、その指導力から若手投手の台頭のみならず、伸び悩んでいた投手も一軍に送り出した。4年間指導したが、2016(H28)年オフに退団を申し出て退団した。


 ★《9代》2017(H29)年・1年 猪本 健太郎(いのもと けんたろう) 内野手(在籍1年)

  1990年12月23日、右投右打
  熊本・鎮西高–ソフトバンク(09〜16)–千葉ロッテ(17)

 【猪本 健太郎 背番号変遷】70(1)
 2017(H29)年に前年限りで8年所属したソフトバンクを自由契約となった猪本健太郎がテストに合格して入団。背番号70を引き継いだ。
 開幕から二軍暮らしだったが5月初旬に一軍登録されると、5月6日のソフトバンク8回戦(ZOZOマリン)に7番一塁でスタメンでロッテ初出場を果たすと第2打席で初安打。その後は3試合でヒットが出ず抹消。後半8月下旬に再登録されると自身初打点となる適時打を放つ。しかし、最終的に8試合に出場してヒットは2本だけに終わり、オフには自由契約となり退団した。

 ◆在籍時通算打撃成績<8試合、打率.143、14打数2安打、0本塁打、2打点、0盗塁>
 ◇ロッテ初出場、ロッテ初スタメン、ロッテ初打席、ロッテ初安打<2017(H29)年5月6日・ソフトバンク8回戦/H(ZOZOマリン)/7番一塁/3打1安>
 ◇初打点<2017(H29)年8月29日・オリックス20回戦/H(ZOZOマリン)/7番一塁/3打1安/適時打>


※2018(H30)年 空番


 ★《10代》2019(R1)年・1年 根元 俊一(ねもと しゅんいち) コーチ(在籍13年、コーチ25年は7年目)

  1983(S58)年7月8日生、右投左打
  (出身東京)埼玉・花咲徳栄高‐東北福祉大‐千葉ロッテ(06~18)
  千葉ロッテコーチ(19〜)

 【根元 俊一 背番号変遷】32(7) ⇒ 2(6) ⇒ 70(1) ⇒ 87(6)
 → 根元俊一 背番号 32 へ(有料エリア)
 → 根元俊一 背番号 2 へ(有料エリア)
 前年限りで13年間の現役にピリオドを打った根元俊一が、2019(R1)年に一軍内野守備・走塁コーチに就任。背番号70を引き継いだ。
 翌20(R2)年はニ軍内野守備・走塁コーチに配置転換。オフには福浦がコーチ専任になるにあたり、背番号70を希望したため、背番号を87に変更した。

 ◆打撃成績<838試合、打率.250、2333打数583安打、31本塁打、3打点、35盗塁>
 ◇初出場<2006(H18)年5月11日・阪神2回戦/R(甲子園)/代走>
 ◇初スタメン、初打席<2006(H18)年5月12日・広島1回戦/H(千葉マリン)/9番二塁/1打0安>
 ◇初安打<2006(H18)年5月14日・広島3回戦/R(千葉マリン)/1番遊撃/5打2安>
 ◇初打点<2006(H18)年5月17日・横浜2回戦/R(横浜)/2番二塁/適時打/5打2安>
 ◇初本塁打<2007(H19)年6月19日・巨人3回戦/R(東京D)/8番遊撃/木佐貫洋から>  


 ★《11代》2020(R2)年〜・2025(R7)年は6年目 【サイン】福浦 和也(ふくうら かずや) コーチ(在籍26年、コーチ6年目)


※背番号年数は、着用年数のみ。年数1年未満の場合は月数で表示しています。
※在籍年数は現役としての年数。シーズン途中移籍や入団も1年として算出。
※監督歴は他球団の監督歴も表記、コーチ歴はオリオンズ&マリーンズのみ表記。
※通算成績は背番号時に関係なく在籍時の通算成績です。
※記録内の◆はタイトル、表彰、主な記録。◇は節目の記録。
※初出場等の記録のHホーム、Rロードの略。
※タイトル、表彰、記録は在籍時に表彰を受けたものを対象としています。
※イースタン表彰のFA(JA)はフレッシュ(ジュニア)オールスタの略


(次回)⇒《無料公開》


---- オリオンズ&マリーンズ 背番号の系譜 INDEX ----

(1)《全文無料》「1」巧打好守の好選手の歴史
(2)《有料・冒頭試読》「2」3人の高卒新人開幕スタメン
(3)《有料・冒頭試読》「3」天才打者が歴史を作り、巧打者が続く系譜
(4)《有料・冒頭試読》「4」職人肌野手と助っ人の系譜
(5)《有料・冒頭試読》「5」歴代最少11人、打撃職人の系譜
(6)《有料・冒頭試読》「6」落合が生んだ打線主軸の系譜
(7)《有料・冒頭試読》「7」助っ人強打者と俊足強打の系譜
(8)《有料・冒頭試読》「8」看板打者の系譜
(9)《全文無料》「9」紡いだ歴史を大きく育てた福浦和也
(10)《全文無料》「0」新しい系譜は快足とリリーフエースの系譜に
(11)《全文無料》「00」最も新しい系譜は助っ人、俊足の系譜
(12)《有料・冒頭試読》「10」投手と野手混在の系譜、3000本安打張本勲も背負う
(13)《有料・冒頭試読》「11」左腕の系譜もマリーンズではリリーフの系譜へ
(14)《有料・冒頭試読》「12」球団初戦先発投手から続く投手 時々 打者の系譜
(15)《有料・冒頭試読》「13」準エースの系譜から主力野手の系譜へ
(16)《有料・冒頭試読》「14」球団創設から続く主力投手の系譜
(17)《有料・冒頭試読》「15」フル回転投手から野手の歴史も荘勝男、美馬学が投手伝統を引き継ぐ
(18)《有料・冒頭試読》「16」トレード移籍投手の系譜】
(19)《有料・冒頭試読》「17」佐々木朗希につながるエースの系譜
(20)《有料・冒頭試読》「18」植村義信で生まれたエースの称号
(21)《有料・冒頭試読》「19」投手系譜の背番号も名捕手から始まった
(22)《有料・冒頭試読》「20」野手の系譜から、杉下、堀本、木樽とタイトル投手の系譜へ
(23)《有料・冒頭試読》「21」投手と野手が混在の系譜は、監督の顔に
(24)《有料・冒頭試読》「22」捕手の系譜から助っ人の新しい歴史へ
(25)《有料・冒頭試読》「23」主軸野手が紡いだ背番号23
(26)《有料・冒頭試読》「24」息の長い野手の系譜から投手の系譜へ
(27)《有料・冒頭試読》「25」正統・打撃職人の系譜
(28)《有料・冒頭試読》「26」TEAM26、マリーンズファンの背番号を振り返る
(29)《有料・冒頭試読》「27」主力打者から主力投手、そして捕手エースナンバーへ
(30)《有料・冒頭試読》「28」助っ人、野手から投手の系譜へ
(31)《有料・冒頭試読》「29」サンデー兆治が育て、サンデー晋吾が継いだエースの称号
(32)《有料・冒頭試読》「30」監督・コーチ・野手の背番号から投手の背番号へ
(33)《有料・冒頭試読》「31」野手の出世番号から投手の背番号へ
(34)《有料・冒頭試読》「32」主力選手から職人野手の背番号、そして捕手の新しい歴史へ
(35)《有料・冒頭試読》「33」2人の殿堂入り胴上げ監督の背番号
(36)《有料・冒頭試読》「34」400勝投手監督から投手の背番号に
(37)《有料・冒頭試読》「35」初代監督から、外野手の出世番号へ
(38)《有料・冒頭試読》「36」36からの飛躍した三井、サブロー
(39)《有料・冒頭試読》「37」投手、野手、助っ人、25代の系譜
(40)《有料・冒頭試読》「38」強心臓投手と大砲候補の系譜
(41)《有料・冒頭試読》「39」投手・野手から捕手の系譜へ
(42)《有料・冒頭試読》「40」多士済々のメンバーが連なる系譜
(43)《有料・冒頭試読》「41」期待の星から主軸へ、チーム支えた成長の系譜
(44)《有料・冒頭試読》「42」多彩な系譜オリオンズ~マリーンズは助っ人の系譜
(45)《有料・冒頭試読》「43」土肥から捕手の系譜~ウォーレン、ミンチー助っ投の系譜
(46)《有料・冒頭試読》「44」顔に育てた山本功児、井上晴哉の背番号44
(47)《有料・冒頭試読》「45」得津、横田、堀、田村と並ぶ、出世番号の系譜
(48)《有料・冒頭試読》「46」成田文男から続く、主軸投手の系譜
(49)《有料・冒頭試読》「47」打者のチームから投手のチームへ変貌させた300勝投手の背番号47
(50)《有料・冒頭試読》「48」リリーフ左腕、代打、好守、チームを下支えした系譜
(51)《有料・冒頭試読》「49」職人選手の出世番号
(52)《有料・冒頭試読》「50」2人の殿堂入り監督が背負った背番号50
(53)《有料・冒頭試読》「51」東京球場で舞った51、航輝が育てる
(54)《有料・冒頭試読》「52」大沢親分から立川、塀内、そしてマウンドで躍動する52へ
(55)《有料・冒頭試読》「53」ベテラン、コーチの53から捕手の印象付けた2人の捕手
(56)《有料・冒頭試読》「54」2人の殿堂入りコーチから、マウンドで躍動する54へ
(57)《有料・冒頭試読》「55」初代殿堂入りコーチから、技巧派外野手の系譜
(58)《有料・冒頭試読》「56」短命続いた系譜も隠れた出世番号
(59)《有料・冒頭試読》「57」57のイメージ残した佐藤幸彦
(60)《有料・冒頭試読》「58」2人の「毅」が刻んだ58の系譜
(61)《有料・冒頭試読》「59」捕手の系譜から野手、そして投手の系譜へ
(62)《有料・冒頭試読》「60」首脳陣、裏方の背番号から出世番号へ
(63)《有料・冒頭試読》「61」角中勝也が躍動させた背番号61
(64)《有料・冒頭試読》「62」息の長い野手が継いだ背番号
(65)《有料・冒頭試読》「63」小野晋吾、種市篤暉M投手の出世番号に
(66)《有料・冒頭試読》「64」短命が続いた背番号も二木康太が出世番号に
(67)《有料・冒頭試読》「65」コーチ番号も榊親一、大塚明と出世野手に
(68)《有料・冒頭試読》「66」ユウゴー、岡田幸文と息の長い背番号に
(69)《無料公開》「67」意外な出世番号67
(70)《無料公開》「68」山内監督、猪久保、早坂と多彩な系譜
(71)《無料公開》「69」裏からチーム支えた3捕手から現役の系譜へ
(72)《無料公開》「70」福浦が原点に戻った背番号70

※参考文献、参考WEBは『プロローグ』から

ここから先は

0字
この記事のみ ¥ 300
Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

2023年シーズンは千葉ロッテマリーンズ74度目のシーズン。 73年間の歴史を振り返りつつ、今シーズ…

オリオンズ&マリーンズ博物館 メンバーシップ

¥500 / 月

週2本ペースで毎日オリオンズからロッテオリオンズまでの歴史を辿ります。資料の読み込み含め、長い長い時間をかけた連載になりそうなので、3回目からは有料制(定期購読/月300円・単体100円)と致します。 結果や記録は書物やネットで収得出来るので、違った角度(球団運営、インタビュー、新聞記事、思い出、内緒話等)から記していきます。

手元にある世に出ている資料、手元で眠っている表に出ていない資料に加え、関係者から見聞きした情報(オリオンズメモ(笑))を中心に「ロッテオリ…

Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?