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《有料・冒頭試読》【オリオンズ&マリーンズ・背番号の系譜「48」(2026)】リリーフ左腕、代打、好守、チームを下支えした系譜

割引あり

※2026(R8)年は空番
(写真 中央・48系譜で唯一のタイトルホルダー3&4代中川隆、左上から・野手として最長7年背負った13代高橋忠一、マリーンズで甦った最長8年の18代高木晃次、20代・イタリア球界から日本球界に復帰したG.G.佐藤、22代・7年セットアッパー務めた中村稔弥)


(50)「48」リリーフ左腕、代打、好守、チームを下支えした系譜

 背番号48はチームを下支えした職人選手の系譜だ。オリオンズ時代は長らく背負っている期間が短い選手が続いた。13代の高橋忠一が外野の準レギュラーとして7年背負う。以降も短い期間の選手が続いたが、ベテランの高木晃次が18代として41歳まで8年マウンドに上がる。現在は22代の中村稔弥が6年目。最長を目指して背番号48を育てて欲しい。

----- 現在の背番号「48」 -----

 2026(R8)年は空番

----- オリオンズ&マリーンズ「48」の系譜 -----

※1950(S25)~1951(S26)年 空番


 ★《初代》1952(H27)年・1年 亀谷 豊孝(かめや とよたか) 外野手(在籍1年)

  生年月日不明(入団時18歳)、右投右打
  京都・桂高(–)−毎日(52)

 【亀谷 豊孝 背番号変遷】48(1)
 1952(H27)年に京都・桂高校から入団した亀谷豊孝が、2年間空番だった背番号48を初めて背負った。
 若手軍強化の一環としての補強だったが、一軍に出場することなく、1年限りで退団した。

 <一軍未出場>


 ★《2代》1953(S28)年・1年 橋本 力(はしもと ちから) 外野手(在籍7年)

  1933年(S8)10月20日生(入団時19歳)、右投右打
  北海道・函館西高(甲)‐毎日/大毎(53~59)

 【橋本 力 背番号変遷】48(1) ⇒ 1(3) ⇒ 21(3)
 → 橋本力 背番号 1 へ(無料エリア)
 → 橋本力 背番号 21 へ(有料エリア)
 1953(S28)年に北海道・函館西高校から入団した橋本力が、背番号48を引き継いだ。
 入団1年目から一軍に抜擢される。開幕直後の4月18日の西鉄4回戦(後楽園)に初出場。29日の近鉄18回戦(藤井寺)では初安打も記録する。しかし、力の差は大きくヒットはこの1安打のみで二軍落ちする。1年目は12試合の出場に終わった。オフには背番号を48から1に変更した。

 ◆在籍時通算打撃成績<299試合、541打数121安打.224、12本塁打、125打点、45盗塁>
 ◇初出場<1953(S28)年4月18日・西鉄4回戦/H(後楽園)/途中左翼>
 ◇初安打<1953(S28)年4月29日第2・近鉄2回戦/R(藤井寺)/代打/1打1安>
 ◇初本塁打、初打点<1954(S29)年10月16日第1・近鉄18回戦/R(甲府緑が丘)/1番中堅/関根潤三から>


 ★《3代》1954(S29)年〜1955(S30)年・2年/《4代》1957(S32)年〜1961(S36)年・5年 中川 隆(なかがわ たかし) 投手(在籍8年) 

  1935(S10)年7月3日生(入団時18歳)、右投右打
  滋賀・彦根東高(甲)–毎日(54〜61)

 【中川 隆 背番号変遷】48(2) ⇒ 21(1) ⇒ 48(5) ⇒ 14(1)
 1954(S29)年に滋賀・彦根東高校から入団した中川隆が、背番号48を引き継いだ。
 1年目の54(S29)年は開幕直後の4月に一軍抜擢される。11日の阪急2回戦(後楽園)に2番手として初登板を果たし、6.1回3失点とまずまずのデビューを果たす。しかし、2度目の登板で打ち込まれて一軍を離れ、二軍で実績を積む。シーズン最終盤で一軍に再登録されと初先発のマウンドに上がり、初勝利を初完封、初完投で飾り1年目を終えた。1年目は6試合に登板し1勝0敗、防御率3.15だった。
 55(S30)年は開幕一軍入り。開幕2戦目にリリーフでマウンドに上がるとチーム7戦目に先発し、⒎2回を1失点と好投してシーズン初勝利を挙げる。以降は先発にリリーフとフル回転。20試合に先発し29試合にリリーフ登板。ルーキーイヤーの1勝から大きく飛躍して18勝(11敗)をマーク。主軸だった荒巻淳、和田功とともにチームトップの勝ち頭となった。そしてシーズン通して安定したピッチングは防御率は2.08。チームメイトの植村義信を抑えて最優秀防御率のタイトルを獲得した。オフには背番号を48から21に変更した。
 → 中川隆 背番号 21 へ(有料エリア)
 → 中川隆 背番号 14 へ(有料エリア)

 ◆在籍時通算投手成績<210試合、32勝25敗、防2.84、51先発、8完封、356奪三振>
 ◇初登板<1954(S29)年4月11日・阪急2回戦/H(後楽園)/2番手/6.1回3失>
 ◇初勝利、初先発、初完投、初完封<1954(S29)年10月27日・大映20回戦/H(川崎)/先発/9回0失)
 ◆在籍時通算打撃成績<214試合、打率.124、177打数22安打、1本塁打、9打点、1盗塁>

 ※在籍時に獲得したタイトル
  ◆最優秀防御率(1955年)


※1956(S31)年 空番


 ★《5代》1962(S37)年〜1964(S39)年・3年 松浦 弘宣(まつうら ひろのぶ) 外野手(在籍4年)

  1944年9月19日生(入団時17歳)、左投左打
  島根・浜田高(中退)(–)−大毎(61〜64)

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