《無料公開》【オリオンズ&マリーンズ・背番号の系譜「69」】裏からチーム支えた3捕手から現役の系譜へ
(写真 中央・25年は2年目となる14代コルデロ、左上から・裏から支えた3捕手初代佐々木信行、4代草場康朗、5代筒井紀良、右上から・69から16に出世7代榎康弘、育成から69を掴みケガから復活12代肘井竜蔵)
※名前横の【殿堂】は野球殿堂入りしている選手、【サイン】はサインが掲出されています(クリックで拡大)
(71)「69」裏からチーム支えた3捕手から現役の系譜へ
背番号69は3人の捕手の名前が目につく。初代の佐々木信行、4代の草場康朗、5代の筒井紀良と現役では目立った活躍はなかったものの、現役引退後はコーチ、ブルペン捕手として長らくチームを裏から支えた3人が引き継いだ背番号だ。
後を継いだ榎康弘は69を初めて一軍で躍動させ背番号16に出世、以降は現役選手の背番号となっている。
----- 現在の背番号「69」 -----
★《14代》2024(R6)年〜・25年は2年目 コルデロ(ジミー コルデロ) 投手(25年は在籍2年目)
1991(H3)年10月19日生(入団時32歳)、右投右打
ドミニカ・ポリテクニコアナリリアムスミランダ高–米マイナー(12〜17、21〜22)–ワシントン ナショナルズ(18)–トロント ブルージェイズ(19)–シカゴ ホワイトソックス(19〜20)–ニューヨーク ヤンキース(23)–千葉ロッテ(24〜)
【コルデロ 背番号変遷】69(2)
2024(R6)年に外国人投手として入団したコルデロが、背番号69を引き継いだ。
24(R6)年は二軍でまずまずのピッチングを見せ、7月に一軍合流。4日の日本ハム15回戦(エスコンF)で2番手として1回0失点に封じ初ホールドを記録。その後、中継ぎとして4試合に登板するも、5試合目のマウンドで1回で3点を失い抹消された。最終的に登板は5試合に留まり0勝1敗2ホールド、防御率7.20だった。オフには自由契約となった。
(2024(R6)年 シーズン終了時)
◆在籍時通算投手成績<5試合、0勝1敗0S2H、防7.20、0先発、0完封、1奪三振>
◇初登板、初ホールド<2024(R6)年7月4日・日本ハム15回戦/R(エスコンF)/2番手/1回0失>
----- オリオンズ&マリーンズ「69」の系譜 -----
※1950(S25)年〜1971(S46)年 空番
★《初代》1972(S47)年・1年 【サイン】佐々木 信行(ささき のぶゆき) 捕手(在籍11年、コーチ13年、BC7年)
1953(S28)年5月2日生(入団時18歳)、右投右打
宮城・佐沼高−ロッテ(72〜82)
ロッテ/千葉ロッテコーチ(87〜94、96、99〜03)
【佐々木 信行 背番号変遷】69(1) ⇒ 59(10)、BC/59(4)、コーチ/75(5) ⇒ 88(1) ⇒ 76(2) ⇒ 92(1) ⇒ 71(5)、BC92(3)
1971(S46)年のドラフト10位で宮城・佐沼高校から入団した佐々木信行が、初代背番号69を背負った。
1年目の72(S47)年は二軍でマスクを被ったものの一軍未出場に終わる。オフには背番号を69から59に変更した。
→ 佐々木信行 背番号 59 へ(有料エリア)
→ コーチ/佐々木信行 背番号 75 へ(全文無料公開)
→ コーチ/佐々木信行 背番号 88 へ
→ コーチ/佐々木信行 背番号 76 へ(全文無料公開)
→ BC/佐々木信行 背番号 92 へ
→ コーチ/佐々木信行 背番号 71 へ(全文無料公開)
◆在籍時打撃成績<46試合、打率.238、42打数10安打、1本塁打、5打点、0盗塁>
◇初出場<1974(S49)年8月22日・日本ハム後期10回戦/R(後楽園)/途中捕手/打席なし>
◇初打席<1974(S49)年8月25日・近鉄後期7回戦/R(宮城)/途中捕手/1打0安>
◇初スタメン<1976(S51)年9月2日・偵察要員、以降6試合偵察あり>
◇初安打、初安打<1978(S53)年5月20日・クラウン前期7回戦(平和台)/途中捕手/3打2安/適時三塁打>
◇初スタメン出場<1979(S54)年4月14日・阪急前期1回戦/H(川崎)/8番捕手/1打0安>
◇初本塁打<1979(S54)年4月17日・南海前期1回戦/R(大阪)/田村政雄から/3打2安>
※1973(S48)年〜1980(S55)年
★《2代》1981(S56)年・1年 北川 裕司(きたがわ ゆうじ) 内野手(在籍5年)
1953(S28)年6月14日生(入団時22歳)、右投右打
徳島・海南高–神奈川大–ロッテ(76~80)
【北川 裕司 背番号変遷】30(5) ⇒ 69(1)
→ 北川裕司 背番号 30 へ(有料エリア)
前年1980(S55)年限りで現役を引退した北川裕司が、打撃投手として契約。背番号69を引き継いだ。最終的に打撃投手もこのシーズン限りで、翌年からは裏方に回った。
◆在籍時通算打撃成績<35試合、打率.154、26打数4安打、0本塁打、2打点、0盗塁>
◇初出場、初スタメン<1976(S51)年6月10日・近鉄前期8回戦/H(宮城)/9番遊撃/1打0安>
◇初安打、初打点<1976(S51)年9月24日・太平洋後期13回戦/R(平和台)/途中遊撃/3打1安/適時打>
1982(S57)年 空番
★《3代》1983(S58)年〜1984(S59)年・2年 佐藤 文彦(さとう ふみひこ) 投手(在籍2年)
1969年4月9日生、右投右打
宮城・南郷農業高–社会人・石巻日和倶楽部–ロッテ(83〜84、登録なし)
【佐藤 文彦 背番号変遷】69(2、選手登録なし)
1982(S57)年のドラフト外で社会人クラブチーム・石巻日和倶楽部から入団した佐藤文彦が、背番号69を引き継いだ。
ドラフト外で指名されての入団だったが、打撃投手としての入団だった。1年目の83(S58)年は選手登録はされずにチームに帯同。84(S59)年は正式に打撃投手としての契約となったが、2年間選手登録はされず、84年限りで退団した。
<一軍未出場>
※1985(S60)年 空番
★《4・6代》1986(S61)年、1988(S63)年〜1990(H2)年・1年(BC3年) 草場 康郎(くさば やすろう) 捕手、BC(在籍1年、BC18年)
1964年5月8日右投右打
福岡・久留米商業高–西日本短大付属高職員–ロッテ(84、BP/85〜04)
【草場 康郎 背番号変遷】69(1、BC3)–79(BC2)–93(BC2)–99(BC10)
1985(S60)年のドラフト外で西日本短大付属高校の職員だった草場康郎が入団し、背番号69を引き継いだ。
1年目の85(S60)年は選手登録され二軍でマスクを被る。しかし、2年目の87(S62)年は落合博満と4選手のトレードの影響から登録選手数の上限に達したため任意引退扱いとなり、ブルペン捕手を務めつつチームの裏方に回る。
88(S63)年に正式にブルペン捕手として背番号69を再び引き継ぐ。6年目の91(H3)年に背番号を69から79に変更した。
<一軍未出場>
★《5代》1987(S62)年・1年 【サイン】筒井 良紀(つつい よしのり) 捕手⇒ブルペン捕手(在籍10年/コーチ9年/BC9年)
1955(S30)3月20日生(移籍時21歳)、右投右打
(出身・兵庫)大阪・大阪学院大高−南海(73〜75)−ロッテ(76〜85)
ロッテ/千葉ロッテコーチ(92〜94、96、99〜03)
【筒井 良紀 背番号変遷】57(11)、BC69(1) ⇒ 96(4)、コーチ75(3)、BC91(4)、コーチ70(5)
→ 筒井紀良 背番号 57 へ(有料エリア)
前年1986(S61)年限りで現役を正式に引退した筒井紀良が、ブルペン捕手として契約、背番号を58から69に変更して69を引き継いだ。
すでにブルペン捕手として役割を果たしていたが、緊急時の対応として捕手としても登録されていた。オフには背番号を96に変更。以降、ブルペン捕手、ブルペンコーチとして長らくチームを支えた。
◆在籍時打撃成績<1試合、打率.ー、0打数0安打、0本塁打、0打点、0盗塁>
◇初出場<1977(S52)年6月1日・日本ハム前期10回戦/R(宮城)/途中捕手/打席なし>
★《7代》1991(H3)年〜1994(H6)年・4年 榎 康弘(えのき やすひろ) 投手(在籍7年)
1972(S47)年5月22日生(入団時18歳)、右投右打
(出身・埼玉)山梨・東海大甲府高–ロッテ/千葉ロッテ(91〜97)–巨人(98〜99)–千葉ロッテ(00)
【榎 康弘 背番号変遷】69(4) ⇒ 16(3)、29(1)
1990(H2)年のドラフト6位で山梨・東海大甲府高校から入団した榎康弘が、背番号69を引き継いだ。
1年目の91(H3)年から一軍入り。4月17日のダイエー2回戦(平和台)にリリーフで初登板を果たすと、6月27日のオリックス13回戦(神戸)には初先発とルーキーながら一軍マウンドに上がる。しかし、4試合(2先発)に登板し、防御率6.23と結果が出せずに二軍落ち。1年目はこれでシーズンを終えた。
2年目の92(H4)年、3年目の93(H5)年は二軍でマウンドに上がり一軍未登板に終わる。
4年目の94(H6)年は飛躍のシーズンとなる。チーム状態が上がらない中、5月に3年ぶりに一軍登録され22日の西武9回戦(千葉マリン)でシーズン初先発すると6回途中まで2失点と好投して初勝利。以降、ローテーションに定着。10月には初完投も記録。最終的に15試合に先発(18登板)し7勝4敗、防御率3.77と結果を残した。オフには背番号を69から16に変更した。
→ 榎康弘 背番号 16 へ(有料エリア)
→ 榎康弘 背番号 29 へ(有料エリア)
◆在籍時通算投手成績<59試合、9勝12敗、防4.24、0S、-H、26先発、0完封、98奪三振>
◇初登板<1991(H3)年4月17日・ダイエー2回戦/R(平和台)/2番手/1回0失>
◇初先発<1991(H3)年6月27日・オリックス13回戦/R(神戸)/先発/0.2回1失>
◇初勝利<1994(H6)年5月22日・西武9回戦/H(千葉マリン)/先発/5.2回3失(2自)
◇初完投<1994(H6)年10月9日・西武25回戦/H(千葉マリン)/先発/9回1失>
※1995(H7)年〜2005(H17)年 空番
★《8代》2006(H18)年・1年 瑞季(田中瑞季 たなか みずき) 内野手(在籍1年)
1980(S55)年9月21日(移籍時25歳)、右投両打
福岡・柳川高–住友金属–ダイエー(00~05)–ロッテ(06)
【瑞季 背番号変遷】69(1)
前年限りでソフトバンクを自由契約になった瑞季が2006(H18)年に入団。背番号69を引き継いだ。
内野ならどこでも守れるユーティリティさでソフトバンクに6年所属したがケガにも泣かされた。新天地での復活に期待されたが、一軍出場なくシーズンオフには自由契約となり引退した。
<在籍時一軍未出場>
★《9代》2007(H19)年〜2009(H21)年・3年 江口 亮輔(えぐち りょうすけ) 手(在籍3年)
1984(S59)年8月12日生(入団時22歳)、左投左打
愛知・大成高–愛知学院大–千葉ロッテ(07〜09)
【江口 亮輔 背番号変遷】69(3)
2006(H18)年の大学生・社会人ドラフト5巡目で愛知学院大学から入団した江口亮輔が、背番号69を引き継いだ。
大学時代にブレイクした左腕。1年目、2年目と二軍で実績を積んだが、3年目の09(H21)年はケガもあり登板数も減らし、オフには自由契約となり引退した。
<一軍未出場>
★《10代》2010(H22)年〜2011(H23)年・2年 マーフィー(ビル マーフィー) 投手(在籍年)
1981(S56)年5月9日生(入団時28歳)、右投右打
米・アーリントン高–カリフォルニア大リバーサイド校–米・マイナー(02〜06、08、12〜15)–アリゾナ ダイヤモンドバックス(07)–トロント ブルージェイズ(09)–千葉ロッテ(10〜11)
【マーフィー 背番号変遷】69(2)
2010(H22)年に新外国人投手として入団したマーフィーが、背番号69を引き継いだ。前年はマイナーからブルージェイズでマウンドに上がっていた。
開幕からベンチ入りし、リリーフとしてマウンドに上がる。しかし、防御率は4.26と安定感を欠くマウンドもあった。先発陣に離脱者が出たこともあり、5月2日のソフトバンク9回戦(yahoo!D)に初先発すると5回1失点と好投して初勝利。その後再びリリーフに回るも3試合で6失点。19日の中日戦(千葉マリン)に2度目の先発マウンドに上がると6回1失点と好投。以降、ローテーションに定着し5連勝をマークする。最終的に20試合の先発を含めて38試合に登板、12勝6敗5ホールド、防御率3.75でリーグ13位と好成績を残し、下克上日本一に貢献した。しかし、与四球はリーグトップの84個と課題も見えたが、荒れ球を上手く武器にした。
翌11(H23)年は開幕ローテーション入り。5月中旬まで5試合に先発し2勝1敗、防御率3.14とまずまずのスタートを切った。しかし、24日の広島戦(マツダ)で足を痛めて離脱。7月末に復帰も1試合で再び離脱。8月下旬に再復帰も3連敗。離脱後は4連敗と安定感を欠き、オフには自由契約となった。
◆在籍時通算投手成績<48試合、14勝11敗0SH、防3.81、先発、0完封、158奪三振>
◇初登板<2010(H22)年3月26日・日本ハム1回戦/H(千葉マリン)/2番手完了/1回0失>
◇初ホールド<2010(H22)年4月1日・楽天3回戦(千葉マリン)/3番手/1回0失>
◇初先発、初勝利<2010(H22)年5月2日・ソフトバンク9回戦/R(yahoo!D)/先発/5回1失>
◇初完投<2010(H22)年7月18日・西武15回戦/H(千葉マリン)/先発/9回1失>
★《11代》2012(H24)年途中〜2014(H26)年・2年6ヶ月 角 晃多(すみ こうた) 内野手(在籍6年)
1991(H3)年1月13日生(入団時18歳)、右投左打
神奈川・東海大相模高–千葉ロッテ(09~14)
【角 晃多 背番号変遷】129(3+途中) ⇒ 69(途中+2)
育成として入団し、2012(H24)年に4年目を迎えていた角晃多が、シーズン中の7月30日に支配下契約を結び、背番号を129から69に変更して引き継いだ。
前年にはイースタンで月間MVPを獲得するなど着実にステップアップしていた。12(H24)年も二軍で安定したバッティングを見せ、待望の支配下契約を勝ち取った。
しかし、12(H24)年、5年目の13(H25)年、6年目の14(H26)年と二軍で出場も一軍登録ならず、14年オフには自由契約となり退団した。
<一軍未出場>
★《12代》2015(H27)年〜2018(H30)年・4年 肘井 竜蔵(ひじい りゅうぞう) 捕手⇒外野手(在籍年)
1995(H7)年11月13日生(入団時18歳)、右投左打
兵庫・北条高–千葉ロッテ(14~18)
【肘井 竜蔵 背番号変遷】122(1) ⇒ 69(4)
2015(H27)年、2年目を迎えた肘井竜蔵が開幕前の3月10日に育成契約から支配下契約を締結。背番号を122から69に変更して引き継いだ。
15年はオープン戦で結果を残して開幕一軍入り。4月2日の本拠地開幕日本ハム戦(千葉マリン)で初スタメン出場し初安打、初打点を記録する。しかし以降は無安打に終わり抹消される。以降、二軍で出場していたが、9月21日に顔面死球を受けて救急搬送され、2度の修復手術を受けシーズンを終える。このシーズンは開幕当初の6試合の出場に留まり、打率も.143に終わった。
16(H28)年は捕手から外野手登録に変更。6月初旬に一軍登録され代打で登場も無安打に終わり抹消。二軍で9月7日に9人目となるサイクル安打を記録し再登録される。しかし、スタメンも無安打に終わり、このシーズンは8試合の出場に終わる。
17(H29)年は8月に登録も2試合で抹消。9月に再登録されると代打で登場しヒットも放ちスタメン起用もされる。最終的に16試合に出場、打率.238だった。
18(H30)年は一軍未登録に終わり、オフには自由契約となり退団した。
◆在籍時通算打撃成績<30試合、打率.159、44打数7安打、0本塁打、2打点、0盗塁>
◇初出場、初打席<2015(H27)年3月28日・ソフトバンク2回戦/R(ヤフオク!D)/代打/1打0安>
◇初スタメン、初安打、初打点<2015(H27)年4月2日/H日本ハム3回戦(QVCマリン)/8番左翼/5打2安/初打点適時二塁打>
★《13代》2019(R1)年〜2022(R4)年・4年 土居 豪人(どい ひでと) 投手(在籍5年)
2000(H12)年4月2日(入団時18歳)、右投右打
愛媛・聖カタリナ学園高–松山聖陵高–千葉ロッテ(19〜23)
【土居 豪人 背番号変遷】69(4) ⇒ 65(1)
2018(H30)年のドラフト8位で愛媛・松山聖陵高校から入団した土居豪人が、背番号69を引き継いだ。
1年目の19(R1)年は基礎強化に務め、スピード、キレと増して二軍でマウンドに上がる。20(R2)年も二軍でリリーフとして実績を積む。
21(R3)年はオープン戦で好投し、初の一軍切符を開幕でつかみ、開幕戦で4番手として初登板を果たす。以降、リリーフとして8試合に登板するも、防御率は7.71と安定感を欠き、4月下旬に抹消される。その後、2度再登録されるも失点し、最終的に14試合に登板、防御率7.53で終えた。
ところが、翌22(R4)年に右ヒジを痛める。二軍ではマウンドに上がったものの一軍未登板に終わる。23(R5)年は二軍でも7試合の登板に留まる。オフには復調目指し、背番号を69から65に変更した。
◆在籍時投手成績<14試合、0勝0敗0S0H、防7.53、0先発、0完封、10奪三振>
◇初登板<2021(R3)年3月26日開幕戦・ソフトバンク1回戦(pay payD)/4番手完了/1回2失>
※2023(R8)年 空番
★《14代》2024(R6)年〜・25年は2年目 コルデロ(ジミー コルデロ) 投手(25年は在籍2年目)
※背番号年数は、着用年数のみ。年数1年未満の場合は月数で表示しています。
※在籍年数は現役としての年数。シーズン途中移籍や入団も1年として算出。
※監督歴は他球団の監督歴も表記、コーチ歴はオリオンズ&マリーンズのみ表記。
※通算成績は背番号時に関係なく在籍時の通算成績です。
※記録内の◆はタイトル、表彰、主な記録。◇は節目の記録。
※初出場等の記録のHホーム、Rロードの略。
※タイトル、表彰、記録は在籍時に表彰を受けたものを対象としています。
※イースタン表彰のFA(JA)はフレッシュ(ジュニア)オールスタの略
(次回)⇒《1/20まで無料公開》(72)「70」
---- オリオンズ&マリーンズ 背番号の系譜 INDEX ----
(1)《全文無料》「1」巧打好守の好選手の歴史
(2)《有料・冒頭試読》「2」3人の高卒新人開幕スタメン
(3)《有料・冒頭試読》「3」天才打者が歴史を作り、巧打者が続く系譜
(4)《有料・冒頭試読》「4」職人肌野手と助っ人の系譜
(5)《有料・冒頭試読》「5」歴代最少11人、打撃職人の系譜
(6)《有料・冒頭試読》「6」落合が生んだ打線主軸の系譜
(7)《有料・冒頭試読》「7」助っ人強打者と俊足強打の系譜
(8)《有料・冒頭試読》「8」看板打者の系譜
(9)《全文無料》「9」紡いだ歴史を大きく育てた福浦和也
(10)《全文無料》「0」新しい系譜は快足とリリーフエースの系譜に
(11)《全文無料》「00」最も新しい系譜は助っ人、俊足の系譜
(12)《有料・冒頭試読》「10」投手と野手混在の系譜、3000本安打張本勲も背負う
(13)《有料・冒頭試読》「11」左腕の系譜もマリーンズではリリーフの系譜へ
(14)《有料・冒頭試読》「12」球団初戦先発投手から続く投手 時々 打者の系譜
(15)《有料・冒頭試読》「13」準エースの系譜から主力野手の系譜へ
(16)《有料・冒頭試読》「14」球団創設から続く主力投手の系譜
(17)《有料・冒頭試読》「15」フル回転投手から野手の歴史も荘勝男、美馬学が投手伝統を引き継ぐ
(18)《有料・冒頭試読》「16」トレード移籍投手の系譜】
(19)《有料・冒頭試読》「17」佐々木朗希につながるエースの系譜
(20)《有料・冒頭試読》「18」植村義信で生まれたエースの称号
(21)《有料・冒頭試読》「19」投手系譜の背番号も名捕手から始まった
(22)《有料・冒頭試読》「20」野手の系譜から、杉下、堀本、木樽とタイトル投手の系譜へ
(23)《有料・冒頭試読》「21」投手と野手が混在の系譜は、監督の顔に
(24)《有料・冒頭試読》「22」捕手の系譜から助っ人の新しい歴史へ
(25)《有料・冒頭試読》「23」主軸野手が紡いだ背番号23
(26)《有料・冒頭試読》「24」息の長い野手の系譜から投手の系譜へ
(27)《有料・冒頭試読》「25」正統・打撃職人の系譜
(28)《有料・冒頭試読》「26」TEAM26、マリーンズファンの背番号を振り返る
(29)《有料・冒頭試読》「27」主力打者から主力投手、そして捕手エースナンバーへ
(30)《有料・冒頭試読》「28」助っ人、野手から投手の系譜へ
(31)《有料・冒頭試読》「29」サンデー兆治が育て、サンデー晋吾が継いだエースの称号
(32)《有料・冒頭試読》「30」監督・コーチ・野手の背番号から投手の背番号へ
(33)《有料・冒頭試読》「31」野手の出世番号から投手の背番号へ
(34)《有料・冒頭試読》「32」主力選手から職人野手の背番号、そして捕手の新しい歴史へ
(35)《有料・冒頭試読》「33」2人の殿堂入り胴上げ監督の背番号
(36)《有料・冒頭試読》「34」400勝投手監督から投手の背番号に
(37)《有料・冒頭試読》「35」初代監督から、外野手の出世番号へ
(38)《有料・冒頭試読》「36」36からの飛躍した三井、サブロー
(39)《有料・冒頭試読》「37」投手、野手、助っ人、25代の系譜
(40)《有料・冒頭試読》「38」強心臓投手と大砲候補の系譜
(41)《有料・冒頭試読》「39」投手・野手から捕手の系譜へ
(42)《有料・冒頭試読》「40」多士済々のメンバーが連なる系譜
(43)《有料・冒頭試読》「41」期待の星から主軸へ、チーム支えた成長の系譜
(44)《有料・冒頭試読》「42」多彩な系譜オリオンズ~マリーンズは助っ人の系譜
(45)《有料・冒頭試読》「43」土肥から捕手の系譜~ウォーレン、ミンチー助っ投の系譜
(46)《有料・冒頭試読》「44」顔に育てた山本功児、井上晴哉の背番号44
(47)《有料・冒頭試読》「45」得津、横田、堀、田村と並ぶ、出世番号の系譜
(48)《有料・冒頭試読》「46」成田文男から続く、主軸投手の系譜
(49)《有料・冒頭試読》「47」打者のチームから投手のチームへ変貌させた300勝投手の背番号47
(50)《有料・冒頭試読》「48」リリーフ左腕、代打、好守、チームを下支えした系譜
(51)《有料・冒頭試読》「49」職人選手の出世番号
(52)《有料・冒頭試読》「50」2人の殿堂入り監督が背負った背番号50
(53)《有料・冒頭試読》「51」東京球場で舞った51、航輝が育てる
(54)《有料・冒頭試読》「52」大沢親分から立川、塀内、そしてマウンドで躍動する52へ
(55)《有料・冒頭試読》「53」ベテラン、コーチの53から捕手の印象付けた2人の捕手
(56)《有料・冒頭試読》「54」2人の殿堂入りコーチから、マウンドで躍動する54へ
(57)《有料・冒頭試読》「55」初代殿堂入りコーチから、技巧派外野手の系譜
(58)《有料・冒頭試読》「56」短命続いた系譜も隠れた出世番号
(59)《有料・冒頭試読》「57」57のイメージ残した佐藤幸彦
(60)《有料・冒頭試読》「58」2人の「毅」が刻んだ58の系譜
(61)《有料・冒頭試読》「59」捕手の系譜から野手、そして投手の系譜へ
(62)《有料・冒頭試読》「60」首脳陣、裏方の背番号から出世番号へ
(63)《有料・冒頭試読》「61」角中勝也が躍動させた背番号61
(64)《有料・冒頭試読》「62」息の長い野手が継いだ背番号
(65)《有料・冒頭試読》「63」小野晋吾、種市篤暉M投手の出世番号に
(66)《有料・冒頭試読》「64」短命が続いた背番号も二木康太が出世番号に
(67)《有料・冒頭試読》「65」コーチ番号も榊親一、大塚明と出世野手に
(68)《有料・冒頭試読》「66」ユウゴー、岡田幸文と息の長い背番号に
(69)《1/20まで無料公開》「67」意外な出世番号67
(70)《1/20まで無料公開》「68」山内監督、猪久保、早坂と多彩な系譜
(71)《1/20まで無料公開》「69」裏からチーム支えた3捕手から現役の系譜へ
※参考文献、参考WEBは『プロローグ』から
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手元にある世に出ている資料、手元で眠っている表に出ていない資料に加え、関係者から見聞きした情報(オリオンズメモ(笑))を中心に「ロッテオリ…
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