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《有料・冒頭試読》【オリオンズ&マリーンズ・背番号の系譜「67」】意外な出世番号67

割引あり

(写真 中央・移籍して花開いた12代茶谷健太、左上から・川崎時代に10年ぶりに67を背負った2代松井一弥、現役6年BC9年池野昌之、左上から・27から67に変更して一軍定着した戸部浩、育成から1年67その後29に変更した9代西野勇士)


※名前横の【殿堂】は野球殿堂入りしている選手、【サイン】はサインが掲出されています(クリックで拡大)

(69)「67」意外な出世番号67

 背番号67の系譜は面白い。選手が継ぐようになったのは川崎時代から。67が一軍で活躍したのはマリーンズとなってから。「逆出世番号」にした戸部浩。3年間27を背負ったがケガもあり苦しみ67に変更して一軍に定着した。その後、新里賢、的場直樹と移籍した捕手が背負い、育成から支配下契約した西野勇士が飛躍。1年だけ背負い29に変更した。ソフトバンクから移籍して67を飛躍させている茶谷健太は12代目になる。

----- 現在の背番号「67」 -----

 ★《12代》2020(R2)年〜2025(R7)年は6年目 茶谷 健太(ちゃたに けんた) 投手(25年は在籍7年目)

  1998(H10)年1月16日(移籍時21歳)、右投右打
  (出身・神奈川)東京・帝京第三高(–)–ソフトバンク(16~18)–千葉ロッテ(19〜)

 【茶谷 健太 背番号変遷】124(1) ⇒ 67(6)
 前年育成選手契約だった茶谷健太が2020(R2)年に支配下契約となり、背番号を124から67に変更して引き継いだ。
 20(R2)年は新型コロナ禍で6月開幕となったが、開幕直後に登録され移籍後初出場。以降、代走、守備固めで起用される。しかし打撃は状態が上がらずロッテ初ヒットは放ったものの1本に終わり抹消。シーズン終盤に再登録され初スタメンも最終的に31試合に出場したが1安打に終わる。
 21(R3)年はキャンプで肉離れを発症して出遅れ。7月に二軍で復帰したものの、一軍出場はならなかった。
 22(R4)年も二軍スタートとなったが、好調な打撃を買われ6月下旬に一軍登録される。好調は一軍でも持続し初打点、コロナ感染で一時離脱も復帰後には初本塁打も記録。47試合でスタメンにも名前を連ね、最終的に57試合に出場し打率.248、1本塁打9打点を記録した。
 23(R5)年は自身初の開幕一軍入り。5月にはスタメンで一塁に入り、打率も3割をキープする。しかし6月以降状態を落としてスタメンを外れる試合も増える。後半には再び状態を取り戻し、最終的に79試合に出場、本塁打はなかったものの打率.284で終えた。
 24(R6)年も開幕一軍入りし2戦目でスタメン出場。しかしヒットが続かない。スタメン出場も減らしベンチで控える試合が続く。打率も1割台と低迷し、最終的に88試合と自己最多出場したが、打席数は大きく減らし、打率も.167で終えた。

 (2024(R6)年 シーズン終了時)
 ◆在籍時通算打撃成績<255試合、打率.241、394打数95安打、1本塁打、22打点、4盗塁>
 ◇ロッテ初出場<2020(R2)年6月25日・オリックス3回戦/H(ZOZOマリン)/途中一塁/打席なし>
 ◇ロッテ初安打<2020(R2)年8月7日・オリックス10回戦/R(京セラD)/途中二塁/2打1安>
 ◇初スタメン<2020(R2)年7月26日・西武11回戦/R(メットライフD)/9番遊撃/3打0安>
 ◇初打点<2022(R4)年7月23日・日本ハム13回戦/R(札幌D)/9番三塁/3打3安/適時打>
 ◇初本塁打<2022(R4)年8月12日・日本ハム15回戦(ZOZOマリン)/8番遊撃/ポンセから> 


----- オリオンズ&マリーンズ「67」の系譜 -----

 ★《初代》1972(S47)年・1年 藤井 秀通(ふじい ひでみち) 捕手(在籍2年)

  1950(S25)年9月23日(移籍時21歳)、右投右打
  (出身・熊本)福岡・鞍手高(–)–近鉄(70~71)–ロッテ(72~73)

 【藤井 秀通 背番号変遷】67(1) ⇒ 57(1)
 1971(S46)年オフに行われた第2回トレード会議でロッテが近鉄の藤井秀通を指名して移籍。初めて背番号67を背負った。
 二軍でマスクを被りつつ、ブルペン捕手役も務める。しかし、打撃力は打率2割台前半とアピール出来ず一軍未出場に終わる。オフには背番号を67から57に変更した。
 → 藤井秀通 背番号 57 へ(有料エリア)

 <在籍時一軍未出場>


※1973(S48)年〜1981(S56)年 空番


 ★《2代》1982(S57)年〜1983(S58)年・2年 松井 一弥(まつい かずや) 外野手(在籍2年)

  1963(S38)年7月6日(入団時18歳)、右投右打
  和歌山・吉備高(現有田中央高)(–)–ロッテ(82〜83)

 【松井 一弥 背番号変遷】67(2)
 1981(S56)年のドラフト外で和歌山・吉備高校から入団した松井一弥が、背番号67を引き継いだ。
 1年目の82(S57)年は、二軍で基礎力強化に努めるもケガもあり出番も少なく終わる。83(S58)年は二軍で試合に出場するも打率は2割台前半に終わり一軍未出場。オフには自由契約となった。

 <一軍未出場>


 ★《3代》1984(S59)年〜1990(H2)年・7年 市川 達也(いちかわ たつや) 投手(在籍4年、BP4年)

  1965(S40)年7月11日生(18歳)、右投右打
  栃木・宇都宮学園高(–)–ロッテ(84~87)

 【市川 達也 背番号変遷】67(4、BP/3) ⇒ 82(1)

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