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《有料・冒頭試読》【オリオンズ&マリーンズ・背番号の系譜「13」(2026)】準エースの系譜から主力野手の系譜へ

(写真 中央・球団創設年以来の新人開幕戦勝利投手となった18代毛利海大、左上から・準エースとしてチーム支えた野村武史、東京球場時代の主力投手6代横山小次郎、右上から・日本一メンバー7代飯塚佳寛、13となりリリーフとして復活した12代吉田篤史、現役ドラフトで西武に移籍17代平河大河)


(15)「13」準エースの系譜から主力野手の系譜へ

 投手のイメージが強い10番台の中で、投手はもちろん打者も背負い結果を出した選手が多い、不思議なイメージのある背番号が13だ。
 初代は毎日時代の準エース野村武史から始まった。野手として13を印象付けたのは飯塚佳寛だった。たまたまトレードでロッテに復帰したが、投手がトレード相手だったため、そのまま引き継いで13のイメージを定着させた。
 マリーンズとなってからは6人の投手が継いでいたが、平沢大河が初めて野手として継いだ。そして、2026(R8)年からはルーキー左腕毛利海大が再び投手として継ぐ。

----- 現在の背番号「13」 -----

 ★《18代》2026(R8)年~・26年は1年目 毛利 海大(もうり かいと) 投手(26年は在籍1年目)

  2003(H15)年9月14日生(入団時22歳)、左投左打
  福岡・福岡大大濠高(甲)–明治大−千葉ロッテ(26〜)

 【毛利 海大 背番号変遷】13(9)
 2025(R7)年のドラフト2位で明治大から入団した左腕毛利海大が、背番号13を引き継いだ。
 ルーキーイヤーの26(R8)年は開幕投手に抜擢される。球団史上創設年の50(S25)年の榎原好以来、76年ぶりのマウンドに上がり5回無失点と好投。見事に榎原以来の新人開幕戦勝利投手となる。

 ◇初登板、初先発、初勝利<2026(R8)年3月27日・西武1回戦/H(ZOZOマリン)/先発/5回0失>

----- オリオンズ&マリーンズ「13」の系譜 -----

 ★《初代》1950(S25)年~1953(S28)年・4年 野村 武史(清)(のむら たけし(きよし)) 投手(在籍5年)

 ※1949年まで清、1950年から武史

  1919(T8)4月5日生(移籍時30歳)、右投右打
  岐阜・岐阜商業学校(甲)−明治大−全京城−セネタース(46)−豊岡物産−東洋産業−大洋漁業−毎日(50〜53)−高橋(54〜55)−毎日(56)

 【野村 武史 背番号変遷】13(4)、13(1)
 球団創設時に社会人・大洋漁業から入団した野村武史が初代背番号13を着けた。1946(S21)年に1シーズンだけセネタースに在籍しており、31歳で4年ぶりのプロ復帰となった。当時登録名は清だったが、武史で登録した。
 球団2戦目近鉄戦(藤井寺)の先発マウンドに上がり、9回2失点完投でプロ初勝利をマークする。以降、ローテーションを守りながら7試合にリリーフ登板。最終的に27試合に先発し、防御率3.34(リーグ9位)、18勝と荒巻に防御率と最多勝は譲ったものの、18勝4敗で勝率.818でパ・リーグ初代の最高勝率を獲得した。日本シリーズでは3試合に登板して3勝を挙げ、初代日本一に貢献した。
 翌51(S26)年は初めて開催されたオールスターの第2戦で先発する。シーズンでは前年同様の起用で登板。防御率は2.51(リーグ8位)で2点台だったものの13勝12敗だった。52(S27)年は自己最多となる39試合に登板し、16勝9敗と3年連続二桁勝利を記録する。しかし、53(S28)年は30試合に登板したものの3勝9敗と勝ち星に見放された。オフには新球団の高橋に移籍した。

 ◆在籍時通算投手成績<155試合、51勝36敗、防2.99、97先発、5完封、242奪三振>
 ◇毎日初登板、初先発、初勝利、初完投<1950(S25)3月12日・近鉄1回戦/R(藤井寺)/先発/9回2失>
 ◆在籍時打撃成績<156試合、打率.242、277打数67安打、0本塁打、19打点、1盗塁>

 ※在籍時に獲得したタイトル
  ◆最高勝率(1950年)


※1954(S29)年~1955(S30)年 空番


 ★《2代》1956(S31)年・1年 野村 武史

 ※詳細情報、各種成績は上段初代に

 高橋(トンボ)で2年間在籍した後、56(S31)年に2年ぶりに復帰。背番号は13が空番だったために再び13を着けた。しかし、37歳で全盛期には及ばず、1勝2敗、防御率3.60。オフに引退した。


※1957(S32)年~1960(S35)年 空番


 ★《3代》1961(S36)年・1年 米川 清二(よねかわ せいじ) 投手(在籍1年)

  1941(S16)年1月1日生(移籍時20歳)、右投右打
  和歌山・新宮高(甲/中退)–阪神(57〜60)–大毎(61)

 【米川 清二 背番号変遷】13(1)
 阪神に3年間在籍していた米川清二が移籍して入団。背番号13を継いだ。
 阪神時代に一軍出場なく大毎に移籍したが、大毎でも一軍出場がなく、1年限りで退団した。

 <一軍未出場>


 ★《4代》1962(S37)年途中・6ヶ月 マニー(フランク マンコビッチ)投手(在籍1年)

  1937(S12)年3月12日生、右投右打.
  米・ピッツバーグ大–米マイナー(57〜61)–ロッテ(62途中)

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