見出し画像

《有料・冒頭試読》【オリオンズ&マリーンズ・背番号の系譜「12」(2026)】球団初戦先発投手から続く投手 時々 打者の系譜

割引あり

(写真 中央・昨季で退団した17代石川歩、左上から・球団創設初戦先発初代榎原好、準エースとして支えた2代中西勝己、3代坂井勝二、右上から・初のパ・セ両リーグ首位打者4代江藤慎一、唯一捕手12番10代袴田英利、中継ぎエース14代藤田宗一)


(14)「12」球団初戦先発投手から続く投手 時々 打者の系譜

 背番号12の系譜を振り返ると、球団創設初戦先発の初代・榎原好から中西勝己、酒井勝二、晩年だったが城之内邦雄、そしてマリーンズでは藤田宗一、川崎雄介、石川歩と主軸投手につながる系譜だが、オリオンズ時代は首位打者・江藤慎一、袴田英利と打者も結果を出し引き継いでいる面白い系譜だ。

----- 現在の背番号「12」 空番 -----

 2026(R8)年は空番

----- オリオンズ&マリーンズ「12」の系譜 -----

 ★《初代》1950(S25)年~1955(S30)年・6年 榎原 好(えのはら よしみ) 投手(在籍6年)

  1924(T13)年9月3日生(入団時25歳)、左投両打
  (出身・京都)兵庫・旧制三田中−法政大−熊谷組−国民L・熊谷レッドソックス(47)−篠崎倉庫−毎日(50〜55)−近鉄(56〜58)−南海(59)

 【榎原 好 背番号変遷】12(6)
 国民リーグ・熊谷に所属し、リーグ解散後に所属した社会人・篠崎倉庫から球団創設時に入団した榎原好が、初代背番号12を着けた。
 1950(S25)年3月11日に行われた西鉄戦(西宮)が球団創設第1戦。開幕マウンドに上がったのが榎原だった。打線の援護も得て、プロ初登板が開幕戦で球団、自身も初勝利、9回に1点を失い完封は逃したものの初完投で飾った。開幕カード初先発初勝利は2012年に藤岡貴裕が達成するまで球団唯一の記録だったが、開幕戦に限ると現在でも球団唯一の記録である(藤岡は3戦目)。
 そして、球団創設3連勝で迎えた4戦目は3月16日の阪急戦(大須)。点の取り合いとなり5回から中3日でマウンドへ。しかし、逆転を許して球団初敗戦となり、球団初黒星の記録も榎原となった。以降もローテーションを守り、1年目は防御率3.67(リーグ16位)16勝7敗で初代パ・リーグ制覇に貢献も、日本シリーズでは出番がなかった。
 翌51(S26)年は前年終盤から上がらない状態を引きずり4.36、6勝7敗。52(S27)年は防御率は2.63と持ち直したものの8勝5敗と今一つの結果が続いた。
 それでも、53(S28)年から持ち直し、163回を投げて防御率2.82で13勝8敗、54(S29)年は185.1回を投げて2.56で11勝7敗を記録した。しかし、当時の規定投球回は210回だったため、リーグ投手記録には入らなかった。
 55(S30)年はシーズン通して状態が上がらず、3.31で4勝5敗、投球回も98回だった。オフには近鉄に移籍した。

 ◆在籍時投手成績<183試合、58勝39敗、防3.20、123先発、11完封、511奪三振>
 ◇初登板、球団初先発、球団初勝利、球団初完投<1950(S25)年3月11日球団第1戦・西鉄1回戦/(西宮)/先発/9回1失>
 ◇球団発黒星<1950(S25)年3月16日・阪急1回戦/H(大須)/2番手完了/5回5失>
 ◇初完封<1950(S25)年8月26日・近鉄15回戦/R(藤井寺)/先発/9回0失>
 ◆在籍時打撃成績<185試合、打率.173、294打数51安打、1本塁打、19打点、0盗塁>

 ※在籍時に達成した記録
  ◆開幕戦でプロ初先発で初勝利、初完投(1950年3月11日)球団唯一の記録


 ★《2代》1956(S31)年~1958(S33)年・3年 中西 勝己(なかにし かつみ) 投手(在籍10年、コーチ4年)

  1935(S10)年4月6日生(入団時21歳)、右投右打
  大阪・市岡高(–)‐関西大学(中退)‐毎日/大毎/東京(56~65)
  東京/ロッテコーチ(66、71〜73)

 【中西 勝己 背番号変遷】12(3) ⇒ 17(7)、コーチ/50(66)、58(71〜72) ⇒ 84(73)
 1956(S31)年に関西大学を中退し入団した中西勝己が背番号12を継いだ。
 ルーキーイヤーから一軍で抜擢される。56(S31)年は3月25日の開幕5戦目の高橋戦(川崎)に初先発(2戦目にリリーフ登板しているため初登板ではない)。いきなり1安打完封で初勝利を挙げる。その後もローテーション入りし先発を務めながらリリーフにも回る。夏場に負けが続いた時期もあったが、最終的に8勝11敗と負け越したものの40試合(27先発)に登板し、防御率は2.09と好投。完封はリーグトップの5試合だった。
 翌57(S32)年は一転して勝ち星に恵まれる。29試合に先発して13勝4敗、183.2回を投げ、規定投球回(規定は200回)に到達しなかったが、防御率は1.91と2点を切った。3年目の58(S33)年は17試合に先発したが、リリーフに回る試合が多くなる。状態も今一つで、5勝10敗、防御率は3.53と数字を落とした。オフに背番号を12から17に変更した。
 → 中西勝己 背番号 17 へ(有料エリア)
 → コーチ/中西勝己 背番号 50 へ(有料エリア)

 ◆投手成績<307試合、72勝70敗、防2.82、183先発、14完封、670奪三振>
 ◇初登板<1856(S31)年3月21日・東映2回戦/R(駒沢)/2番手完了/1.2回0失>
 ◇初先発、初勝利、初完投、初完封<1856(S31)年3月25日・高橋3回戦/R(川崎)先発9回0失>
 ◆打撃成績<314試合、打率.113、379打数43安打、0本塁打、8打点、1盗塁>
 ◇オールスター出場/1回(60)


 ★《3代》1959(S34)年~1969(S44)年・11年 坂井 勝二(さかい かつじ) 投手(在籍11年)

  1938(S13)年3月21日生(入団時21歳)、右投右打
  福岡・田川中央高(–)−専修大−大毎/東京/ロッテ(59〜69)−大洋(70〜75)−日本ハム(76)

ここから先は

17,159字 / 5画像
この記事のみ ¥ 200〜
Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

2023年シーズンは千葉ロッテマリーンズ74度目のシーズン。 73年間の歴史を振り返りつつ、今シーズ…

オリオンズ&マリーンズ博物館 メンバーシップ

¥500 / 月

週2本ペースで毎日オリオンズからロッテオリオンズまでの歴史を辿ります。資料の読み込み含め、長い長い時間をかけた連載になりそうなので、3回目からは有料制(定期購読/月300円・単体100円)と致します。 結果や記録は書物やネットで収得出来るので、違った角度(球団運営、インタビュー、新聞記事、思い出、内緒話等)から記していきます。

手元にある世に出ている資料、手元で眠っている表に出ていない資料に加え、関係者から見聞きした情報(オリオンズメモ(笑))を中心に「ロッテオリ…

Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?