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《無料公開》【オリオンズ&マリーンズ・背番号の系譜「75」】コーチの顔、高沢秀昭、堀幸一が13年背負った背番号

(写真 中央・今季コーチ13年目となる8代堀幸一、左上から・大洋で完全試合達成した2代島田源太郎もコーチに、ブルペン捕手からコーチ登録された4代佐々木信行、13年コーチとして75背負った6代高沢秀昭、日本一にコーチとして貢献7代金森栄治)


※名前横の【殿堂】は野球殿堂入りしている選手、【サイン】はサインが掲出されています(クリックで拡大)

「75」コーチの顔、高沢秀昭、堀幸一13年背負った背番号

 背番号75は東京球場最終年に選手登録はされていたものの練習生、打撃投手扱いだった田村登志親から始まった。その後、他球団で活躍した島田源太郎、伊藤光四郎とコーチとなり短年で引き継いだ。
 マリーンズとなってからは、初期の高沢秀昭、現在の堀幸一と2人のОB打者コーチがそれぞれ13年背負い、この2人のイメージを抱くファンも多いのではないだろうか。

----- 現在の背番号「75」 -----

 ★《8代》2013(H25)年〜・25年は13年目 【サイン】堀 幸一(ほり こういち) コーチ(在籍23年、25年はコーチ13年目)

左・週刊ベースボール誌から、当館所蔵サイン色紙

  1969(S44)年4月2日生(入団時18歳)、右投右打
  長崎・海星高(甲)‐ロッテ/千葉ロッテ(88~10)
  千葉ロッテコーチ(13〜)

 【堀 幸一 背番号変遷】5(20)、コーチ/75(13)
 → 堀幸一 背番号 5 へ(有料エリア)
 2010(H22)年限りで20年の現役生活を終え解説者に転身していた堀幸一が13(H25)年に一軍打撃コーチに就任。背番号75を引き継いだ。
 以降現役同様、ロッテ一筋で指導に当たっている。13年から17(H29)年まで5シーズン一軍打撃を担当。
 18(H30)年からは若手を指導。18年は二軍打撃コーチ兼育成担当、シーズン中の5月には二軍内野守備走塁に。19(R1)年からは再び二軍打撃担当、21(R3)年からは育成総合兼育成打撃、22(R4)年は二軍チーフ打撃コーチ、23(R5)年からは二軍打撃を担当。25(R7)年も二軍打撃コーチを務めている。

【現役在籍時成績】
◆在籍時通算打撃成績<2064試合、打率.269、6788打数1827安打、183本塁打、810打点、133盗塁>
 ◇初出場<1989(H1)年4月9日開幕戦・西武1回戦/R(西武)/代走>
 ◇初打席<1989(H1)年4月12日・オリックス2回戦/H(川崎)/途中二塁/1打0安>
 ◇初スタメン、初安打、初打点<1989(H1)年4月14日・近鉄1回戦/H(川崎)/7番二塁/適時打/4打1安>
 ◇初本塁打<1989(H1)年4月26日・オリックス5回戦/R(西宮)/途中二塁/星野伸之から>
 ◇オールスター出場/2回(95,96)

 ※在籍時に選出された表彰
  ◆ベストナイン(2005年/二塁)
 ※在籍時に達成した主な記録
  ◆8打席連続安打(1990年)当時の球団記録
  ◆全打順本塁打(1998年5月26日、史上4人目)
  ◆19年連続本塁打(1989年~2007年)球団記録
  ◇1000試合出場(1998年7月28日・ダイエー16回戦(北九州)、史上345人目)
  ◇1000安打(1998年9月28日・日本ハム24回戦(千葉マリン)芝草宇宙から、史上192人目)
  ◇100本塁打(1999年9月11日・オリックス22回戦(千葉マリン)高橋功一から、史上207人目)
  ◇1500試合出場(2003年5月21日・オリックス8回戦(Yahoo!BB)、史上138人目)
  ◇150本塁打(2003年10月8日・オリックス27回戦(Yahoo!BB)萩原淳から、史上133人目)
  ◇1000三振(2004年4月14日・西武5回戦(千葉マリン)西口文也から 、史上36人目)
  ◇1500安打(2004年6月26日・西武15回戦(石川)許銘傑から、史上51人目)
  ◇300二塁打(2004年9月7日・ダイエー26回戦(福岡D)和田毅から、史上41人目)
  ◇2000試合出場(2008年8月20日・日本ハム19回戦(東京D)、史上40人目)
  ◇350二塁打:2009年9月19日・楽天21回戦(Kスタ)佐竹健太から、史上27人目)

----- オリオンズ&マリーンズ「75」の系譜 -----

※1950(S25)年〜1971(S46)年 空番


 ★《初代》1972(S47)年・1年 田村 登志親(たむら としちか) 投手(在籍1年)

  1950(S25)年3月27日生(入団時22歳)、右投右打
  東京・早稲田実業高(–)–中央大–ロッテ(72)

 【田村 登志親 背番号変遷】75(1)
 1971(S46)年のドラフト外で中央大から入団した田村登志親が、初代背番号75を背負った。中央大では内野手として出場しており投手経験はなかったが、入団テストで大沢啓二監督から球筋の良さを認められ、投手としての入団となった。
 しかし、シーズンが始まると打撃投手となり一軍に帯同。二軍でも登板機会なくシーズンを終える。オフには第3回トレード会議が実施されリスト入り。太平洋から指名され熱心な誘いを受けたが拒否して引退した。

 <一軍未出場>


※1973(S48)年〜1981(S56)年 空番


 ★《2代》1982(S57)〜1983(S58)年・2年 島田 源太郎(しまだ げんたろう) コーチ(コーチ在籍2年)

  1939(S14)年8月25日生(就任時42歳)、右投右打
  宮城・気仙沼高(–)–大洋(58〜70、72〜73)
  ロッテコーチ(82〜83)

 【島田 源太郎 背番号変遷】75(2)
 現役時代は大洋で活躍し1960(S35)には佐々木朗希に更新されるまで史上最年少となる完全試合を達成した島田源太郎が、82(S57)年に二軍投手コーチに就任し、空番だった背番号75を引き継いだ。
 新任の山本一義監督に若手投手の育成を託された。しかし、2シーズン目の83(S58)年オフ、山本監督の退任に伴い島田も退団した。

【現役時在籍なし】


※1984(S59)年〜1985(S60)年 空番     


 ★《3代》1986(S61)年・1年 伊藤 光四郎(いとう こうしろう) コーチ(コーチ在籍1年)

  1937(S12)年7月28日生(就任時48歳)、左投左打
  島根・大社高(–)–阪神(56~61)–西鉄(62~70)
  ロッテコーチ(86)

 【伊藤 光四郎 背番号変遷】75(1)
 稲尾和久体制3年目の1986(S61)年に西鉄の主軸打者として活躍した伊藤光四郎が二軍打撃コーチとして就任。背番号75を引き継いだ。
 太平洋・クラウンでは若手打者の育成に尽力した指導力が買われ、稲尾監督から若手打者の育成を託されたが、86年シーズン限りで稲尾監督は退任。伊藤も1シーズンで現場を離れたものの、87(S62)年からはフロント入りして球団に残った。

【現役時在籍なし】


 ★《4代》1987(S57)年〜1991(H3)年・5年 【サイン】佐々木 信行(ささき のぶゆき) コーチ(在籍11年、二軍監督1年、コーチ12年、BC7年)

ロッテオリオンズファンブックから

  1953(S28)年5月2日生(入団時18歳)、右投右打
  宮城・佐沼高(–)−ロッテ(72〜82)
  千葉ロッテ二軍監督(03)、ロッテ/千葉ロッテコーチ(87〜94、96、99〜02)

 【佐々木 信行 背番号変遷】69(1) ⇒ 59(10)、BC/59(4)、コーチ/75(5) ⇒ 88(1) ⇒ 76(2)、コーチ、BP/92(4)、コーチ、二軍監督/71(5)
 → 佐々木信行 背番号 69 へ(全文無料公開)
 → 佐々木信行 背番号 59 へ(有料エリア)
 1982(S57)年限りで現役を引退し、4シーズンブルペン捕手を務めていた佐々木信行が1987(S57)年にブルペン担当としてコーチ登録され、背番号75を引き継いだ。
 現役の終盤からブルペン捕手としてチームを裏から支えていたが、チーム事情から捕手登録され、引退後も引き続きブルペン捕手を務めていた。投手陣からの信頼も厚く、正式にコーチ登録された。
 87年からは二軍コーチ補佐となり、91年は二軍ブルペンコーチとなった。千葉移転した92(H4)年は一軍ブルペン担当となり、コーチ陣の背番号変更に伴い80番台の88に変更した。
 → コーチ/佐々木信行 背番号 76 へ(全文無料公開)
 → コーチ/佐々木信行 背番号 71 へ(全文無料公開)

【在籍時現役成績】
 ◆在籍時通算打撃成績<46試合、打率.238、42打数10安打、1本塁打、5打点、0盗塁>
 ◇初出場<1974(S49)年8月22日・日本ハム後期10回戦/R(後楽園)/途中捕手/打席なし>
 ◇初打席<1974(S49)年8月25日・近鉄後期7回戦/R(宮城)/途中捕手/1打0安>
 ◇初スタメン<1976(S51)年9月2日・偵察要員、以降6試合偵察あり>
 ◇初安打、初安打<1978(S53)年5月20日・クラウン前期7回戦(平和台)/途中捕手/3打2安/適時三塁打>
 ◇初スタメン出場<1979(S54)年4月14日・阪急前期1回戦/H(川崎)/8番捕手/1打0安>
 ◇初本塁打<1979(S54)年4月17日・南海前期1回戦/R(大阪)/田村政雄から>


 ★《5代》1992(H4)年〜1994(H6)年・3年 【サイン】筒井 良紀(つつい よしのり) コーチ(在籍10年/コーチ9年/BC9年)

ロッテオリオンズファンブックから

  1955(S30)3月20日生(移籍時21歳)、右投右打
  (出身・兵庫)大阪・大阪学院大高(–)−南海(73〜75)−ロッテ(76〜85)
  ロッテ/千葉ロッテコーチ(92〜94、96、99〜03)

 【筒井 良紀 背番号変遷】57(11)、BC69(1) ⇒ 96(4)、コーチ75(3)、BC91(4)、コーチ70(5)
 → 筒井良紀 背番号 57 へ(有料エリア)
 → 筒井良紀 背番号 69 へ(全文無料公開)
 ブルペン捕手を務めていた筒井良紀が、マリーンズ元年の1992(H4)年に二軍コーチ補佐に就任し、背番号75を引き継いだ。
 93(H5)年からは二軍バッテリー担当となり94(H6)年まで務めたが、95(H7)年は広岡達朗GMのコーチ陣の見直しにより、コーチ登録を外れブルペン捕手となり背番号を91に変更した。
 → 筒井良紀 背番号 70 へ(全文無料公開)


 ★《6代》1995(H7)〜2009(H21)年・13年 高沢 秀昭(たかざわ ひであき) 外野手(在籍12年/コーチ17年)

  1958(S33)年9月10日生(入団時21歳)、右投右打
  北海道・苫小牧工業高(–)–王子製紙苫小牧–ロッテ(80~89)–広島(90~91途中)–ロッテ/千葉ロッテ(91途中〜92)
 千葉ロッテコーチ(93〜09)

 【高沢 秀昭 背番号変遷】31(10)、7(途中) ⇒ 31(途中+1)、コーチ/74(1) ⇒ 85(1) ⇒ 75(15)
 → 高沢秀昭 背番号 31 へ(有料エリア)
 → 高沢秀昭 背番号 7 へ(有料エリア)
 → 高沢秀昭 背番号 74 へ(全文無料公開)
 1992(H4)年限りで現役を引退しコーチ就任。前年は一軍外野守備兼打撃コーチを務めていた高沢秀昭が、95(H7)年は二軍打撃担当となり、背番号を75に変更した。以降、09(H21)年までコーチを続け、最長となる13シーズン75を背負った。
 翌96(H8)年は一軍打撃担当に復帰。翌97(H9)年も担当するが、打線の状態が上がらないことから6月に二軍に入れ替わりとなる。99(H11)年まで二軍を担当し、00(H12)年には再び一軍打撃担当となる。しかし、01(H13)年は打線の低調から再び二軍に入れ替わりとなる。
 02(H14)年は一軍打撃担当に復帰し、03(H15)年からは06(H18)年まで4シーズン二軍で打撃兼外野守備走塁を担当。07(H19)年は一軍打撃、08(H11)年と09(H12)年は再び二軍で打撃兼外野守備走塁を担当。09(H12)年限りで現場を離れフロント入りし、『マリーンズ・アカデミー』でテクニカルコーチを務めた。

【在籍時現役成績】
 ◆在籍時通算打撃成績<894試合、打率.287、3006打数863安打、89本塁打、373打点、102盗塁>
 ◇初出場<1980(S55)年11月5日・近鉄前期13回戦/H(川崎)/途中遊撃/打席なし>
 ◇初打席<1981(S56)年6月6日・阪急前期11回戦/H(川崎)/途中三塁/1打0安>
 ◇初スタメン<1982(S57)年5月30日・阪急前期12回戦/H(川崎)/2番左翼/4打2安>
 ◇初打点<1982(S57)年6月2日・南海前期9回戦/H(宮城)/2番左翼/4打2安/決勝適時打>
 ◇初本塁打<1982(S57)年6月5日・近鉄前期10回戦/R(日生)/2番左翼/久保康生から>

 ※在籍時に獲得したタイトル
  ◆首位打者(1988年)
  ◆最多安打(1988年)当時連盟表彰なし

 ※在籍時に選出された表彰
  ◆ベストナイン/2度(1984年、88年)
  ◆ゴールデングラブ賞/3度(1984年、87年~88年)
 ※在籍時に達成した主な記録
  ◇1000試合出場(1992年9月19日・近鉄25回戦(千葉マリン)、史上307人目)


 ★《7代》2010(H22)年〜2012(H24)年・3年 金森 栄治(かなもり えいじ) コーチ(在籍3年)

  1957(S32)年1月24日生(就任時53歳)、右投左打
  石川県・PL学園高(甲)ー早稲田大ープリンスホテルー西武(82~88)ー阪神(88途中~92)ーヤクルト(93~96)
  千葉ロッテコーチ(10〜12、18)

 【金森 栄治 背番号変遷】75(3)、71(1)
 引退後、ヤクルト、西武、阪神、ソフトバンクでコーチを務めた金森栄治が2010(H22)年に西村徳文新監督に請われて入団。一軍打撃兼野手チーフコーチに就任し、背番号75を引き継いだ。
 その2010(H22)年のシーズン中は打線の調子の波がかみ合わずに3位に終わったものの、ポストシーズンでは打線を上手くあやつり、下剋上日本一にチームを導いた。しかし、翌11(H23)年は一転してチームは最下位に終わりチーム打率も最下位を記録。12(H24)年は二軍打撃コーチに配転され、このシーズン限りで退団した。
 2018(H30)年に一軍打撃コーチとして背番号71で復帰する。


 ★《8代》2013(H25)年〜・25年は13年目 堀 幸一(ほり こういち) コーチ(在籍23年、25年はコーチ13年目)


※背番号年数は、着用年数のみ。年数1年未満の場合は月数で表示しています。
※在籍年数は現役としての年数。シーズン途中移籍や入団も1年として算出。
※監督歴は他球団の監督歴も表記、コーチ歴はオリオンズ&マリーンズのみ表記。
※通算成績は背番号時に関係なく在籍時の通算成績です。
※記録内の◆はタイトル、表彰、主な記録。◇は節目の記録。
※初出場等の記録のHホーム、Rロードの略。
※タイトル、表彰、記録は在籍時に表彰を受けたものを対象としています。
※イースタン表彰のFA(JA)はフレッシュ(ジュニア)オールスタの略


(次回)⇒「75」


---- オリオンズ&マリーンズ 背番号の系譜 INDEX ----

《全文無料》「1」巧打好守の好選手の歴史
《有料・冒頭試読》「2」3人の高卒新人開幕スタメン
《有料・冒頭試読》「3」天才打者が歴史を作り、巧打者が続く系譜
《有料・冒頭試読》「4」職人肌野手と助っ人の系譜
《有料・冒頭試読》「5」歴代最少11人、打撃職人の系譜
《有料・冒頭試読》「6」落合が生んだ打線主軸の系譜
《有料・冒頭試読》「7」助っ人強打者と俊足強打の系譜
《有料・冒頭試読》「8」看板打者の系譜
《全文無料》「9」紡いだ歴史を大きく育てた福浦和也
《全文無料》「0」新しい系譜は快足とリリーフエースの系譜に
《全文無料》「00」最も新しい系譜は助っ人、俊足の系譜
《有料・冒頭試読》「10」投手と野手混在の系譜、3000本安打張本勲も背負う
《有料・冒頭試読》「11」左腕の系譜もマリーンズではリリーフの系譜へ
《有料・冒頭試読》「12」球団初戦先発投手から続く投手 時々 打者の系譜
《有料・冒頭試読》「13」準エースの系譜から主力野手の系譜へ
《有料・冒頭試読》「14」球団創設から続く主力投手の系譜
《有料・冒頭試読》「15」フル回転投手から野手の歴史も荘勝男、美馬学が投手伝統を引き継ぐ
《有料・冒頭試読》「16」トレード移籍投手の系譜】
《有料・冒頭試読》「17」佐々木朗希につながるエースの系譜
《有料・冒頭試読》「18」植村義信で生まれたエースの称号
《有料・冒頭試読》「19」投手系譜の背番号も名捕手から始まった
《有料・冒頭試読》「20」野手の系譜から、杉下、堀本、木樽とタイトル投手の系譜へ
《有料・冒頭試読》「21」投手と野手が混在の系譜は、監督の顔に
《有料・冒頭試読》「22」捕手の系譜から助っ人の新しい歴史へ
《有料・冒頭試読》「23」主軸野手が紡いだ背番号23
《有料・冒頭試読》「24」息の長い野手の系譜から投手の系譜へ
《有料・冒頭試読》「25」正統・打撃職人の系譜
《有料・冒頭試読》「26」TEAM26、マリーンズファンの背番号を振り返る
《有料・冒頭試読》「27」主力打者から主力投手、そして捕手エースナンバーへ
《有料・冒頭試読》「28」助っ人、野手から投手の系譜へ
《有料・冒頭試読》「29」サンデー兆治が育て、サンデー晋吾が継いだエースの称号
《有料・冒頭試読》「30」監督・コーチ・野手の背番号から投手の背番号へ
《有料・冒頭試読》「31」野手の出世番号から投手の背番号へ
《有料・冒頭試読》「32」主力選手から職人野手の背番号、そして捕手の新しい歴史へ
《有料・冒頭試読》「33」2人の殿堂入り胴上げ監督の背番号
《有料・冒頭試読》「34」400勝投手監督から投手の背番号に
《有料・冒頭試読》「35」初代監督から、外野手の出世番号へ
《有料・冒頭試読》「36」36からの飛躍した三井、サブロー
《有料・冒頭試読》「37」投手、野手、助っ人、25代の系譜
《有料・冒頭試読》「38」強心臓投手と大砲候補の系譜
《有料・冒頭試読》「39」投手・野手から捕手の系譜へ
《有料・冒頭試読》「40」多士済々のメンバーが連なる系譜
《有料・冒頭試読》「41」期待の星から主軸へ、チーム支えた成長の系譜
《有料・冒頭試読》「42」多彩な系譜オリオンズ~マリーンズは助っ人の系譜
《有料・冒頭試読》「43」土肥から捕手の系譜~ウォーレン、ミンチー助っ投の系譜
《有料・冒頭試読》「44」顔に育てた山本功児、井上晴哉の背番号《有料・冒頭試読》「45」得津、横田、堀、田村と並ぶ、出世番号の系譜
《有料・冒頭試読》「46」成田文男から続く、主軸投手の系譜
《有料・冒頭試読》「47」打者のチームから投手のチームへ変貌させた300勝投手の背番号47
《有料・冒頭試読》「48」リリーフ左腕、代打、好守、チームを下支えした系譜
《有料・冒頭試読》「49」職人選手の出世番号
《有料・冒頭試読》「50」2人の殿堂入り監督が背負った背番号50
《有料・冒頭試読》「51」東京球場で舞った51、航輝が育てる
《有料・冒頭試読》「52」大沢親分から立川、塀内、そしてマウンドで躍動する52へ
《有料・冒頭試読》「53」ベテラン、コーチの53から捕手の印象付けた2人の捕手
《有料・冒頭試読》「54」2人の殿堂入りコーチから、マウンドで躍動する54へ
《有料・冒頭試読》「55」初代殿堂入りコーチから、技巧派外野手の系譜
《有料・冒頭試読》「56」短命続いた系譜も隠れた出世番号
《有料・冒頭試読》「57」57のイメージ残した佐藤幸彦
《有料・冒頭試読》「58」2人の「毅」が刻んだ58の系譜
《有料・冒頭試読》「59」捕手の系譜から野手、そして投手の系譜へ
《有料・冒頭試読》「60」首脳陣、裏方の背番号から出世番号へ
《有料・冒頭試読》「61」角中勝也が躍動させた背番号61
《有料・冒頭試読》「62」息の長い野手が継いだ背番号
《有料・冒頭試読》「63」小野晋吾、種市篤暉M投手の出世番号に
《有料・冒頭試読》「64」短命が続いた背番号も二木康太が出世番号に
《有料・冒頭試読》「65」コーチ番号も榊親一、大塚明と出世野手に
《有料・冒頭試読》「66」ユウゴー、岡田幸文と息の長い背番号に
《全文無料公開》「67」意外な出世番号67
《全文無料公開》「68」山内監督、猪久保、早坂と多彩な系譜
《全文無料公開》「69」裏からチーム支えた3捕手から現役の系譜へ
《全文無料公開》「70」福浦が原点に戻った背番号70
《全文無料公開》「71」二軍監督が引き継いだ背番号71
《全文無料公開》「72」稲尾監督が背負った72はコーチの系譜
《全文無料公開》「73」OBコーチが引き継いだ背番号73
《全文無料公開》「74」初代現役以外はコーチが細かく継いだ背番号
《全文無料公開》「75」コーチの顔、高沢秀昭、堀幸一が13年背負った背番号

※参考文献、参考WEBは『プロローグ』から

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