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《無料公開》【オリオンズ&マリーンズ・背番号の系譜「72」】稲尾監督が背負った72はコーチの系譜

(写真 中央・二軍コーチとして2年目の14代三木亮、左上から・3年間監督として72を背負った3代稲尾和久、13年コーチとしてチーム支えた4代新井昌則も5年間72背負う、右上から・8年投手陣指導した8代小野和幸、歴代唯一73で試合出場した13代ブロッソー)


「72」 稲尾監督が背負った72はコーチの系譜

 背番号72は1963(S38)年に練習補助生として入団した野口元三が初代として背負ったが、長らく空番の期間が長かった。しかし、川崎時代のオリオンズ時代のファンにとっては稲尾和久監督が背負い、そのイメージを持っているファンも多いと思う。以降、マリーンズとなってからもコーチが継いできた背番号になっている。13代として2023(R5)年シーズン途中に入団したブロッソーが歴代初めて試合に出場した選手となった。

----- 現在の背番号「72」 -----

 ★《14代》2024(R6)年〜・25年は2年目 三木 亮(みき りょう) コーチ(在籍10年、25年はコーチ2年目)

  1991(H3)年10月25日(入団時22歳)、右投右打
  (出身・大阪)石川・遊学館高‐上武大学‐千葉ロッテ(14~23)
  千葉ロッテコーチ(24〜)

 【三木 亮 背番号変遷】37(6) ⇒ 23(4)、コーチ/72(2)
 → 三木亮 背番号 37 へ(有料エリア)
 → 三木亮 背番号 23 へ(有料エリア)
 前年23(R5)年限りで現役を引退した三木亮が二軍内野守備兼走塁コーチに就任し、背番号72を引き継いだ。
 内野ならどこでも守れるユーティリティさを活かした指導と途中出場が多かった自身の経験を若手に伝えている。
 25(R7)年も二軍で指導する。

 ◆在籍時通算打撃成績<525試合、打率.214、505打数108安打、5本塁打、45打点、11盗塁>
 ◇初出場、初打席、初安打<2014(H26)年4月13日・楽天3回戦/H(QVCマリン)/代打遊撃/1打1安>
 ◇初スタメン<2014(H26)年4月20日・ソフトバンク6回戦/H(QVCマリン)/9番三塁/2打1安>
 ◇初本塁打、初打点<2015(H27)年10月5日・日本ハム25回戦/H(QVCマリン)/9番遊撃/白村明弘から>

----- オリオンズ&マリーンズ「72」の系譜 -----

※1950(S25)年〜1951(S26)年 空番


 ★《初代》1963(S38)年・1年 野口 元三(のぐち もとぞう) 外野手(練習補助生/在籍1年)

  1941(S16)年10月6日生(移籍時21歳)、右投右打
  京都・平安高/甲–巨人(60~62)–大毎(練習補助生63)

 【野口 元三 背番号変遷】72(1)
 巨人に3年間所属し前年限りで自由契約となった野口元三が1963(S38)年に練習補助生として移籍し、初代背番号72を背負った。
 しかし、選手登録はされず、1年限りで退団した。

 <在籍時一軍未出場>


1964(S39)年〜1982(S57)年 空番


 ★《2代》1983(S58)年・1年 【サイン】松田 光保(まつだ みつやす) 打撃投手(在籍11年、打撃投手11年)

ロッテオリオンズファンブックから

  1953(S28)年9月2日(入団時18歳)、右投右打
  神奈川・藤沢商業高−ロッテ(72〜81、打撃投手/82〜93)

 【松田 光保 背番号変遷】51(11) ⇒ 72(1) ⇒ 91(8) ⇒ 101(2)
 19年間空番だった背番号72が復活した。
 81(S56)年限りで選手登録を外れ、打撃投手に専念していた松田光保が、83(S58)年に背番号を51から72に変更した。
 松田の背番号72はこのシーズン限り。稲尾和久新監督が背番号72を希望したため、オフには91に変更した。

 ◆投手成績<7試合、0勝1敗0S−H、防9.75、1先発、0完封、2奪三振>
 ◇初登板<1973(S48)年9月28日・阪急後期8回戦/R(西宮)/3番手/2回0失>
 ◇初先発<1973(S48)年10月13日・近鉄後期13回戦/H(宮城)/先発/0.1回2失>


 ★《3代》1984(S59)年〜1986(S61)年・3年 稲尾 和久(いなお かずひさ) 一軍監督(一軍監督在籍3年)

 【野球殿堂入り】野球殿堂競技者表彰(1993(H5)年)

野球殿堂博物館ホームページから

  1937(S12)年6月10日生(監督就任時46歳)、右投右打
  大分・別府緑ケ丘高–西鉄(56〜69)
  ロッテ監督(84〜86)、他球団監督/西鉄(70〜74) 

 【稲尾 和久 背番号変遷】72(3)
 西鉄のエースとして276勝を挙げた「鉄腕」。引退後は西鉄、太平洋の監督も務めた稲尾和久がロッテ監督に就任。背番号72を引き継いだ。川崎からの本拠地移転を模索していた球団だったが、福岡移転を視野に入れており、その布石としての就任だった。
 「放任主義」を掲げ、醍醐猛夫ヘッドコーチと佐藤道郎投手コーチのトロイカ体制でチームは躍進。首位西武と大差がついたものの、84(S59)年、85(S60)年と2年連続2位に食い込んだ。
 3年目の86(S61)年は4位に沈んだものの、球団は続投を依頼。しかし、遅々として進まない福岡移転に疑問を抱いた稲尾は続投を固辞し退団した。

 ◆在籍監督成績(84(S59)年〜86(S61)年)
  390試合185勝175敗30分 勝率.514
  84年2位、85年2位、86年4位


 ★《4代》1987(S62)年〜1991(H3)・5年 【サイン】新井 昌則(あらい まさのり)コーチ(在籍10年、コーチ13年)

左・ロッテオリオンズのすべてから、右・当館所蔵サインボール

  1948年6月23日生(移籍時23歳)、右投右打
  埼玉・深谷商業高–大洋(67~71)–ロッテ(72~81)
  ロッテコーチ(82〜93、95)

 【新井 昌則 背番号変遷】32(10)、コーチ/83(5) ⇒ 72(5) ⇒ 83(2)、79(1)
 → 新井昌則 背番号 32 へ(有料エリア)
 現役引退後、二軍と一軍でコーチを務めていた新井昌則が、1987(S62)年に背番号を83から72に変更した。
 4年間二軍の守備走塁、打撃を担当し、前年は一軍の守備走塁コーチだったが、このシーズンからは再び二軍で守備走塁を担当。89(H1)年まで3年担当し、90(H2)年からは一軍の守備走塁を担当。91(H3)年オフには背番号を再び83に変更した。

 ◆在籍時通算打撃成績<569試合、打率.231、991打数229安打、7本塁打、64打点、15盗塁>
 ◇ロッテ初出場、初打席<1972(S47)年6月13日・南海7回戦/H(東京)/代打/1打0安>
 ◇ロッテ初スタメン、初安打<1973(S48)年10月3日第2・日拓後期10回戦/R(後楽園)/7番二塁/2打1安>
 ◇ロッテ初打点<1973(S48)年10月16日第2・日拓後期13回戦/R(草薙)/2番二塁/3打1安/適時打>
 ◇ロッテ初本塁打<1974(S49)年6月1日・近鉄前期9回戦/H(川崎)/2番一塁/神部年男から> 


 ★《5代》1992(H4)年〜1993(H5)・2年 山崎 武昭(やまざき たけあき) 投手(在籍5年、コーチ3年)

  1941(S16)年6月25日生(移籍時33歳)、左投左打
  高知・市立高知商業高/甲−法政大−東映(64〜74)−ロッテ(75〜78)
  ロッテ/千葉ロッテコーチ(83、91〜93)

 【山崎 武昭 背番号変遷】50(5)、コーチ/71(1) ⇒ 71(1) ⇒ 92(1) ⇒ 72(2)
 → 山崎武昭 背番号 50 へ(有料エリア)
 現役引退後、一軍投手コーチ補佐、スコアラーを務めていた山崎武昭が、千葉移転となった1992(H4)年に二軍投手コーチに就任。マリーンズ初代72を引き継いだ。
 2年間若手投手育成を担当したが、93(H5)年限りで退団した。

 ◆在籍時投手成績<5試合、0勝0敗、防4.50、0先発、0完封、2奪三振>
 ◇ロッテ初登板<1975(S50)年4月12日・近鉄1回戦/R(日生)/2番手0.1回1失>


 ★《6代》1994(H6)年・1年 【サイン】山本 功児(やまもと こうじ) 内野手(在籍5年)

左・日刊スポーツ紙から、右・当館所蔵サイン色紙

  1951(S26)年12月25日生(移籍時32歳)、左投左打
  (出身・大阪)兵庫・三田学園高‐法政大‐本田技研鈴鹿‐巨人(76~83)‐ロッテ(84~88)
  ロッテ/千葉ロッテコーチ(89〜98)、千葉ロッテ監督(99~03)

 【山本 功児 背番号変遷】44(5)、コーチ/85(5) ⇒ 72(1) ⇒ 86(4)、監督/86(4)
 → 山本功児 背番号 44 へ(有料エリア)
 現役引退後、5年間一軍打撃コーチだった山本功児が1994(H6)年に二軍打撃担当となり、背番号を85から72に変更した。
 翌95(H7)年は再び一軍担当となり、背番号を72から86に変更した。

 ◆在籍時打撃成績<471試合、打率.293、1367打数400安打、30本塁打、206打点、7盗塁>
 ◇ロッテ初出場、初スタメン、初打席、初打点<1984(S59)年開幕戦3月31日・阪急1回戦/R(西宮)/3番一塁/3打0安/犠飛>
 ◇ロッテ初安打<1984(S59)年4月1日・阪急2回戦/R(西宮)/3番一塁/4打1安>
 ◇ロッテ初本塁打<1984(S59)年4月3日・西武1回戦/R(西武)/6番一塁/松沼博久から>
 ◇オールスター出場/在籍時1回(85、自身通算2回)

 ※在籍時に選出された表彰
  ◆ダイヤモンドグラブ賞/2回(1984年、1985年/ともに一塁手)
 ※在籍時に達成した主な記録
  ◇1000試合出場(1986(S61)年4月17日・近鉄5回戦(平和台)史上261人目)


 ★《7代》1995(H7)年・1年 小川 邦和(おがわ くにかず) コーチ(コーチ在籍2年)

  1947(S22)年2月1日生(就任時48歳)、
  広島・尾道商高/甲–早稲田大–日本鋼管–巨人(73~77)–米マイナー(79〜80)–広島(81~83)–メキシコL(84)
  千葉ロッテコーチ(94〜95)

 【小川 邦和 背番号変遷】83(1) ⇒ 72(1)
 現役時代は巨人、広島、米マイナーでマウンドに上がっていた小川邦和が、前年1994(H6)年に一軍投手コーチに就任。95(H7)年は二軍投手担当となり、背番号を83から72に変更した。
 95年限りで退団した。


 ★《8代》1996(H8)年〜2003(H15)・8年 小野 和幸(おの かずゆき) 投手(在籍2年、コーチ8年)

  1962(S37)年8月19日生、右投右打
  秋田・金足農業高‐西武(81~87)‐中日(8~93)‐千葉ロッテ(94~95)
  千葉ロッテコーチ(96〜03)

 【小野 和幸 背番号変遷】38(2)、コーチ/72(8)
 → 小野和幸 背番号 38 へ(有料エリア)
 前年限りで現役を引退した小野和幸が、1996(H8)年に二軍投手コーチに就任し、背番号72を引き継いだ。
 96(H8)年から98(H10)の3シーズン二軍を担当し、99(H11)年には山本功児新監督の就任に伴い一軍担当に。以降、山本体制で00(H12)年は二軍、01(H13)年と02(H14)年は一軍、03(H15)年は二軍と8シーズン投手コーチを務め、03年限りで退団した。

 ◆在籍時投手成績<18試合、4勝4敗、防5.19、0S、-H、13先発、0完封、40奪三振>
 ◇ロッテ初登板、初先発<1994(H6)年4月14日・近鉄2回戦/R(藤井寺)/先発/4.1回6失/勝敗なし>
 ◇ロッテ初勝利<1994(H6)年4月26日・西武1回戦/R(西武)/先発/7回1失>


2004(H16)年〜2005(H17)年 空番


 ★《9代》2006(H18)年〜2007(H19)年・2年 【サイン】平井 光親(ひらい みつちか) コーチ(在籍12年、コーチ2年)

左・千葉ロッテマリーンズファンブックから、右・当館所蔵サインボール(#21のもの)

  1966(S41)年11月8日生(入団時22歳)、左投左打
  福岡・東福岡高‐愛知工業大‐ロッテ/千葉ロッテ(89~02)
  千葉ロッテコーチ(06〜07)

 【平井 光親 背番号変遷】49(5) ⇒ 2(3) ⇒ 21(6)、コーチ/72(2)
 → 平井光親 背番号49 へ(有料エリア)
 → 平井光親 背番号2へ(有料エリア)
 → 平井光親 背番号21 へ(有料エリア)
 2002(H14)年限りで現役を引退し、フロント入りしていた平井光親が06(H18)年に二軍打撃コーチ補佐に就任し、背番号72を引き継いだ。
 2年間担当したが07(H19)年限りで現場を離れフロントに戻った。

 ◆打撃成績<1045試合、打率.272、2997打数816安打、38本塁打、288打点、20盗塁>
 ◇初出場<1989(H1)年4月11日・オリックス1回戦(川崎)/1打0安>
 ◇初スタメン<1989(H1)年5月24日・ダイエー6回戦(平和台)/6番左翼/3打0安>
 ◇初安打<1989(H1)年8月9日・西武15回戦(宮城)/代打/1打1安>
 ◇初打点<1990(H2)年5月16日・西武5回戦(西武)/2番DH/適時三塁打/5打2安>
 ◇初本塁打<1991(H3)年5月8日・西武2回戦(川崎)/代打/石井丈裕から/2打2安>
 ◇オールスター出場/1回(98)

 ※在籍時に獲得したタイトル
  ◆首位打者(1991年)
 ※在籍時に選出された表彰
  ◆ベストナイン(1991年/外野手)
 ※在籍時に達成した主な記録
  ◇1000試合出場(2000年4月14日・日本ハム1回戦(千葉マリン)/7番右翼/史上355人目)


 ★《10代》2008(H20)〜2012(H24)年・5年 上川 誠二(かみかわ せいじ) コーチ(在籍7年、コーチ5年)

  1960(S35)年3月27日生(移籍時27歳)、右投左打
  和歌山・箕島高/甲‐三協精機‐大昭和製紙‐中日(82~86)‐ロッテ/千葉ロッテ(87~93)
  千葉ロッテコーチ(94〜95、08〜12)

 【上川 誠二 背番号変遷】6(7)、コーチ/77(2)、72(5)
 → 上川誠二 背番号 6 へ(有料エリア)
 落合博満とのトレードで移籍し、現役引退後1994(H6)から2シーズンニ軍コーチを務めた上川誠二が、08(H20)年に二軍内野守備走塁コーチに就任。13年ぶりに復帰し背番号72を引き継いだ。
 08年と09(H21)年は二軍担当、10(H22)年と11(H23)年は一軍内野守備走塁を担当。12(H24)年は再び二軍と5シーズン指導した。西村徳文監督退任とともに退団した。

 ◆在籍時打撃成績<570試合、打率.271、1386打数375安打、29本塁打、136打点、24盗塁>
 ◇ロッテ初出場、ロッテ初打席<1987(S62)年4月15日・南海2回戦/H(大阪)/代打/1打0安>
 ◇ロッテ初スタメン、ロッテ初安打、ロッテ初打点<1987(S62)年4月18日・阪急1回戦/H(川崎)/1番二塁/初安打が適時打/4打1安>
 ◇ロッテ初本塁打<1987(S62)年4月20日・阪急3回戦/H(川崎)/1番二塁/今井雄太郎から>

 ※在籍中に達成した主な記録
  ◇1000試合出場(1990年10月2日・ダイエー25回戦(川崎)、史上293人目)


 ★《11代》2013(H25)年〜2017(H29)・5年 松山 秀明(まつやま ひであき) コーチ(26年はコーチ在籍6年目)

  1967(S42)年4月18日生(コーチ就任時45歳)、右投右打
  (出身・和歌山)大阪・PL学園高(甲)–青山学院大–オリックス(90~98)
  千葉ロッテコーチ(13〜17、26)

 【松山 秀明 背番号変遷】72(5)、80(1)
 阪神、オリックスでコーチを務めていた松山秀明が伊東勤新監督就任とともに入団。背番号72を引き継いだ。
 2013(H25)年に二軍守備走塁担当として入団。2シーズン担当し、3年目の15(H27)年からは一軍守備走塁を担当。3シーズン担当したが伊東監督の退任とともに松山も17(H29)年限りで退団した。
 26(R8)年にサブロー新監督に請われ一軍チーフ内野守備走塁コーチとして背番号80で復帰する。


 ★《12代》2018(H30)年〜2022(R4)・5年 的場 直樹(まとば なおき) コーチ(コーチ在籍5年)

  1977(S52)年5月9日生(コーチ就任時40歳)、右投右打
  大阪府・上宮高–明治大–ダイエー(00~09)–千葉ロッテ(10~12)
  千葉ロッテコーチ(18〜22)

 【的場 直樹 背番号変遷】67(3)、コーチ/72(5)
 10(H22)年から12(H24)年の3シーズン所属し現役を引退。引退後は日本ハムで4シーズンコーチを務めていた的場直樹が、井口資仁新監督に請われて一軍戦略コーチ兼バッテリーコーチとして復帰。背番号72を引き継いだ。
 2年目の19(R1)年からはバッテリーコーチは補佐となり戦略コーチが主体となり井口監督を支える。22(R4)年まで5シーズン務めるが、井口監督の辞任とともに退団した。

 ◆在籍時通算打撃成績<101試合、打率.167、258打数43安打、1本塁打、22打点、0盗塁>
 ◇ロッテ初出場<2010(H22)年3月31日・楽天2回戦/H(千葉マリン)/途中捕手/打席なし>
 ◇ロッテ初スタメン、初打席<2010(H22)年4月8日・ソフトバンク3回戦/R(Yahoo!D)/8番捕手/3打0安>
 ◇ロッテ初安打<2010(H22)年4月9日・西武4回戦/H(千葉マリン)/8番捕手/3打1安>
 ◇ロッテ初打点<2010(H22)年4月11日・西武6回戦/H(千葉マリン)/8番捕手/適時二塁打>
 ◇ロッテ初本塁打<2010(H22)年8月5日・楽天13回戦/R(Kスタ)/9番捕手/永井怜から>


 ★《13代》2023(R5)年・5ヶ月 ブロッソー(マイク ブロッソー) 内野手(在籍1年)

  1994(H6)年3月15日生(入団時29歳)、右投右打
  米・アンドレアン高–オークランド大–米マイナー(16〜18、24)–タンパベイレイズ(19〜21)–ミルウォーキー ブルワーズ(22〜23途中)–千葉ロッテ(23途中)

 【ブロッソー 背番号変遷】72(1)
 2023(R5)年、打線のテコ入れとして7月末に来日、8月から出場したブロッソーが空番だった72を引き継いだ。
 調整期間を得ず、8月1日の日本ハム14回戦(ZOZOマリン)に7番三塁でスタメンで初出場し初安打を記録、翌日の15回戦では初打点も記録。10日のオリックス15回戦(ZOZOマリン)では待望の初本塁打も放つ。しかし、以降はヒットも単発となり打率も上がらない。最終的に37試合に出場し打率.191、本塁打も前述の1本に終わり、このシーズン限りで退団した。

 ◆在籍時通算打撃成績
 ◇初出場、初スタメン、初打席、初安打<2023(R5)年8月1日・日本ハム14回戦/H(ZOZOマリン)/7番三塁/4打1安>
 ◇初打点<2023(R5)年8月2日・日本ハム15回戦/H(ZOZOマリン)/6番三塁/犠飛>
 ◇初本塁打<2023(R5)年8月10日・オリックス15回戦/H(ZOZOマリン)/3番三塁/ワゲスバックから>


 ★《14代》2024(R6)年〜・25年は2年目 三木 亮(みき りょう) コーチ(在籍10年、25年はコーチ2年目)


※背番号年数は、着用年数のみ。年数1年未満の場合は月数で表示しています。
※在籍年数は現役としての年数。シーズン途中移籍や入団も1年として算出。
※監督歴は他球団の監督歴も表記、コーチ歴はオリオンズ&マリーンズのみ表記。
※通算成績は背番号時に関係なく在籍時の通算成績です。
※記録内の◆はタイトル、表彰、主な記録。◇は節目の記録。
※初出場等の記録のHホーム、Rロードの略。
※タイトル、表彰、記録は在籍時に表彰を受けたものを対象としています。
※イースタン表彰のFA(JA)はフレッシュ(ジュニア)オールスタの略


(次回)⇒「73」OBコーチが引き継いだ背番号73


---- オリオンズ&マリーンズ 背番号の系譜 INDEX ----

《全文無料》「1」巧打好守の好選手の歴史
《有料・冒頭試読》「2」3人の高卒新人開幕スタメン
《有料・冒頭試読》「3」天才打者が歴史を作り、巧打者が続く系譜
《有料・冒頭試読》「4」職人肌野手と助っ人の系譜
《有料・冒頭試読》「5」歴代最少11人、打撃職人の系譜
《有料・冒頭試読》「6」落合が生んだ打線主軸の系譜
《有料・冒頭試読》「7」助っ人強打者と俊足強打の系譜
《有料・冒頭試読》「8」看板打者の系譜
《全文無料》「9」紡いだ歴史を大きく育てた福浦和也
《全文無料》「0」新しい系譜は快足とリリーフエースの系譜に
《全文無料》「00」最も新しい系譜は助っ人、俊足の系譜
《有料・冒頭試読》「10」投手と野手混在の系譜、3000本安打張本勲も背負う
《有料・冒頭試読》「11」左腕の系譜もマリーンズではリリーフの系譜へ
《有料・冒頭試読》「12」球団初戦先発投手から続く投手 時々 打者の系譜
《有料・冒頭試読》「13」準エースの系譜から主力野手の系譜へ
《有料・冒頭試読》「14」球団創設から続く主力投手の系譜
《有料・冒頭試読》「15」フル回転投手から野手の歴史も荘勝男、美馬学が投手伝統を引き継ぐ
《有料・冒頭試読》「16」トレード移籍投手の系譜】
《有料・冒頭試読》「17」佐々木朗希につながるエースの系譜
《有料・冒頭試読》「18」植村義信で生まれたエースの称号
《有料・冒頭試読》「19」投手系譜の背番号も名捕手から始まった
《有料・冒頭試読》「20」野手の系譜から、杉下、堀本、木樽とタイトル投手の系譜へ
《有料・冒頭試読》「21」投手と野手が混在の系譜は、監督の顔に
《有料・冒頭試読》「22」捕手の系譜から助っ人の新しい歴史へ
《有料・冒頭試読》「23」主軸野手が紡いだ背番号23
《有料・冒頭試読》「24」息の長い野手の系譜から投手の系譜へ
《有料・冒頭試読》「25」正統・打撃職人の系譜
《有料・冒頭試読》「26」TEAM26、マリーンズファンの背番号を振り返る
《有料・冒頭試読》「27」主力打者から主力投手、そして捕手エースナンバーへ
《有料・冒頭試読》「28」助っ人、野手から投手の系譜へ
《有料・冒頭試読》「29」サンデー兆治が育て、サンデー晋吾が継いだエースの称号
《有料・冒頭試読》「30」監督・コーチ・野手の背番号から投手の背番号へ
《有料・冒頭試読》「31」野手の出世番号から投手の背番号へ
《有料・冒頭試読》「32」主力選手から職人野手の背番号、そして捕手の新しい歴史へ
《有料・冒頭試読》「33」2人の殿堂入り胴上げ監督の背番号
《有料・冒頭試読》「34」400勝投手監督から投手の背番号に
《有料・冒頭試読》「35」初代監督から、外野手の出世番号へ
《有料・冒頭試読》「36」36からの飛躍した三井、サブロー
《有料・冒頭試読》「37」投手、野手、助っ人、25代の系譜
《有料・冒頭試読》「38」強心臓投手と大砲候補の系譜
《有料・冒頭試読》「39」投手・野手から捕手の系譜へ
《有料・冒頭試読》「40」多士済々のメンバーが連なる系譜
《有料・冒頭試読》「41」期待の星から主軸へ、チーム支えた成長の系譜
《有料・冒頭試読》「42」多彩な系譜オリオンズ~マリーンズは助っ人の系譜
《有料・冒頭試読》「43」土肥から捕手の系譜~ウォーレン、ミンチー助っ投の系譜
《有料・冒頭試読》「44」顔に育てた山本功児、井上晴哉の背番号《有料・冒頭試読》「45」得津、横田、堀、田村と並ぶ、出世番号の系譜
《有料・冒頭試読》「46」成田文男から続く、主軸投手の系譜
《有料・冒頭試読》「47」打者のチームから投手のチームへ変貌させた300勝投手の背番号47
《有料・冒頭試読》「48」リリーフ左腕、代打、好守、チームを下支えした系譜
《有料・冒頭試読》「49」職人選手の出世番号
《有料・冒頭試読》「50」2人の殿堂入り監督が背負った背番号50
《有料・冒頭試読》「51」東京球場で舞った51、航輝が育てる
《有料・冒頭試読》「52」大沢親分から立川、塀内、そしてマウンドで躍動する52へ
《有料・冒頭試読》「53」ベテラン、コーチの53から捕手の印象付けた2人の捕手
《有料・冒頭試読》「54」2人の殿堂入りコーチから、マウンドで躍動する54へ
《有料・冒頭試読》「55」初代殿堂入りコーチから、技巧派外野手の系譜
《有料・冒頭試読》「56」短命続いた系譜も隠れた出世番号
《有料・冒頭試読》「57」57のイメージ残した佐藤幸彦
《有料・冒頭試読》「58」2人の「毅」が刻んだ58の系譜
《有料・冒頭試読》「59」捕手の系譜から野手、そして投手の系譜へ
《有料・冒頭試読》「60」首脳陣、裏方の背番号から出世番号へ
《有料・冒頭試読》「61」角中勝也が躍動させた背番号61
《有料・冒頭試読》「62」息の長い野手が継いだ背番号
《有料・冒頭試読》「63」小野晋吾、種市篤暉M投手の出世番号に
《有料・冒頭試読》「64」短命が続いた背番号も二木康太が出世番号に
《有料・冒頭試読》「65」コーチ番号も榊親一、大塚明と出世野手に
《有料・冒頭試読》「66」ユウゴー、岡田幸文と息の長い背番号に
《無料公開》「67」意外な出世番号67
《無料公開》「68」山内監督、猪久保、早坂と多彩な系譜
《無料公開》「69」裏からチーム支えた3捕手から現役の系譜へ
《無料公開》「70」福浦が原点に戻った背番号70
《無料公開》「71」二軍監督が引き継いだ背番号71
《無料公開》「72」稲尾監督が背負った72はコーチの系譜

※参考文献、参考WEBは『プロローグ』から

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2023年シーズンは千葉ロッテマリーンズ74度目のシーズン。 73年間の歴史を振り返りつつ、今シーズ…

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週2本ペースで毎日オリオンズからロッテオリオンズまでの歴史を辿ります。資料の読み込み含め、長い長い時間をかけた連載になりそうなので、3回目からは有料制(定期購読/月300円・単体100円)と致します。 結果や記録は書物やネットで収得出来るので、違った角度(球団運営、インタビュー、新聞記事、思い出、内緒話等)から記していきます。

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