【短編集‐花の冠】第一話『花の冠』
あらすじ
冠を捨てた英雄と、花を植えた少年。
骨を埋め、月に祈り、名もなき者たちが交差する旅路。
これは、過去と未来の狭間で、誰かの「想い」が引き継がれていく物語。
限られた千文字に、命の記憶と誰かの祈りを込めて描いていく。
世界の歯車が動き出したとき、
誰も気づかぬままに、光と闇がそっと動き出す。
生と死の境界線を越えた時、彼らが見つけるものは?
『赤い血と、白き祈りと、遠い約束――千文字で綴る命の連作短編集』
花の冠
かつて、戦乱の世に、
一人の奴隷の男がいた。
異国から連れてこられ、
家も、自由も持たなかった。
剣を取ったのは、生きるためだった。
やがて、
戦場で名を上げ、
敵を討ち、
国を救った。
そして救国の英雄として、
金の冠を与えられた。
その日から、男は貴族となり、
剣を振るう必要はなくなった。
それでも夜ごと、
夢の中で剣を振り続けた。
振り抜いた剣。
飛び散る返り血。
頭上の冠が、生臭い赤に染まった。
目が覚めても、
血の匂いが残っていた。
男は、冠を洗った。
何度も、
何度も、
水に潜らせた。
けれど、
血の匂いは、消えなかった。
いや――
血の匂いが染みついていたのは、
冠ではなく、
自らの手だった。
ある朝、
男は冠を手に、
王都を去った。
どこかを目指していたわけではない。
辿り着いた先は、
かつて自らの手で滅ぼした村だった。
壊れた井戸、
崩れた家々、
誰もいない草原。
その中に、
孤児であろう年端もいかぬ少年が、
ひとり、立っていた。
男は冠を、
少年に手渡した。
「重たいんだ」
少年は
だまったまま、
両手で冠を受け取り、
ただ、暗い目で、
それを見つめていた。
男は、村に留まった。
倒れた家を、
ひとつひとつ直し、
乾いた土を、
手で起こした。
少年も、
男の後ろをついて、
ぎこちなく鍬を握った。
火を起こすのに手間取りながら、
それでも二人は、
言葉少なに過ごした。
ある夕暮れ、
男はふと尋ねた。
「あの冠、どうした?」
少年は、
無邪気に笑った。
「花と一緒に植えたよ。
きれいだったから」
男は、声をあげ笑った。
翌朝、
男は村を出ることにした。
その背を追って少年は尋ねた。
「僕も連れていって」
男は振り向いて答えた。
「きれいなものばかりではない」
「それでもいい」
少年は笑顔で小さくうなづいた。
村のはずれ、
かつての冠は、
小さな花壇になっていた。
色とりどりの花々が揺れ、
蜜を求めて蜂が舞い、
蝶がひらりと降りた。
金の輝きは、
もう誰の目にも映らなかった。
ただ、
花の香りだけが、
静かに風に乗り、
遠い空へと流れていった。

《終》
