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【短編集-花の冠】第四話『木の記憶』


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木の記憶


風が吹くたび、私は思い出す。
あのふたりが、ここに来た日のことを。

まだ子どもだった。
手をつないで、笑いながら丘を登ってきた。
そして私の幹に、小さな刃物で文字を刻んだ。

《ここは ふたりだけの ばしょ》

ふたりで声をそろえて読み、
クスクスと笑いあった。

ふたりの背が大人と変わらないくらいになったころ、
男は兵に召集があったと女に伝えた。
女はそれを拒み、涙を流した。
男は黙ったまま、私の幹に再び言葉を刻んだ。

《かならず かえってくる》

女は
「戻ったら、もう離さないで」
そう言って、男に強く抱き着いた。

季節は流れ、やがて戦火が女の村に近づいた。 

そんなある日、兵となった男は、
少年と異国の大男と共に、私のもとへ来た。

「この村を明日、我が軍が制圧する。村人を逃がしてくれ」
「……この村出身のお前は疑われる。帝国は甘くない」
「それでもいい。彼女さえ生きていれば!」
「丸2日、軍を抑えろ。そうでなければ、女子供を逃がすことはできん」
「わかった。何とかする」

少年と異国の大男が村のほうへ歩いていくと、
一人残された男は私を見上げた。
そしてその指で、刻まれた文字をなぞった。

《ここは ふたりだけの ばしょ》
《かならず かえってくる》

その下に、静かに刻んだ。

《ずっと あいしている》

男は私によりかかり、目を閉じて深く息をついた。

「ここは ふたりだけの ばしょ
 かならず かえってくる
 ずっと あいしている」

そう言ってから、来た道に走っていった。

3日後、帝国の兵が通るとき、そこに男の姿はなかった。

たくさんの季節が通り過ぎた後、
ひとりの老婆が私の前にやって来た。
肩は揺れ、息は浅く、
命が尽きようとしているのが私にもわかった。 

老婆は幹の言葉を、
両手で撫でながら読んだ。

「ここは ふたりだけの ばしょ
 かならず かえってくる
 ずっと あいしている」

微笑み、私の根元に腰を下ろし、そして星を見上げた。

翌朝、老婆は刃を持ち、
震える手で私の幹に、こう刻んだ。

《まっていたよ》

老婆は私にもたれかかり、
空に向けて手を伸ばすと、
そっと目を閉じ、何もない空間を抱きしめた。

「……もう、離さないで」


今も私は、ここに立っている。
二人の言葉を刻んだまま。

今日も風が、私の幹をやさしくなでていった。

《終》


➡第五話 仮面の村 5月5日 12:00




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