【短編集‐花の冠】第二九話『語りかえ(六)』
語りかえ(六)ーサリムー
フェイルは言葉を探しているみたいだった。
しばらくの沈黙の後、フェイルの声が深く静かに響いた。
「……自分では話しにくいものだな。
なんか聞いてくれよ」
グラージュは、ほんのわずかに目を伏せてから顔を上げた。
その瞳には、怒りでも哀しみでもなく――ただ真実を求める静けさがあった。
「フェイル。お前が死ぬ前に、俺に残した言葉……」
フェイルは静かに、その先の言葉を待つ。
「わざとなんだろ?
あれは……“突き放す”ための言葉だった。ちがうか?」
グラージュの声が、静かに熱を帯びていく。
「……聞かせてくれ。
なぜ、あえて俺を傷つける言葉を、残したのか」
フェイルは、長い息を吐いた。
それは、まるで何年も胸の奥で燻っていたものを外に出すような呼吸だった。
「……あんたは俺に期待しすぎていたんだ。
いや、俺があんたに期待しすぎと言ったほうがいいのかな」
「期待……?」
「そうだ」
フェイルの目は、過去の記憶の奥を見つめていた。
「お前は、俺の“正しさ”を信じてくれた。俺自身が信じられなかったものを、全部信じてくれた」
「……ああ。信じてた」
「だからこそ、俺はあんたに、俺のすべてを背負わせようとしてしまった」
フェイルの声が、かすかに震える。
「もし俺が、優しい言葉を残して逝ったら……俺の記憶を、美談として抱きしめて、一歩も動けなくなる。
俺が死んだ意味すら、お前が“正当化”してしまう」
「それが……嫌だったのか?」
「違う。そうして“俺を赦す”あんたを見るのが、怖かったんだ」
フェイルは、はっきりとグラージュを見た。
「だから、あえて言った。お前の心を、引き裂くような“最後の言葉”を」
「お前は……俺が前に進むために、あんな言葉を?」
「いや――」
フェイルは首を振った。
「俺は“逃げた”んだ。あんたの優しさにすがりたくなる自分から。
そして……お前に自分の責任を負わせて、
“これでいい”と、自分をごまかした」
「……そうか」
「最低だと思ってくれて、いい」
ふたりの間に沈黙が落ちた。
ランプの光が、ゆらりと揺れる。
二人が見つめ会っていた。
胸の奥が締めつけられるように痛かった。
それでも、今語られているものは、紛れもなく――真実だった。
「……グラージュ」
フェイルが、ゆっくりと言った。
「あんたに“あんな言葉”を残した俺を、赦さなくていい。
でも……俺の“逃げた心”が、まだどこかで生きているなら――
今こそ、それに向き合いたいと思った。
お前に会うためにじゃない。
“俺自身”を、語りなおすために」
グラージュは、その言葉に、しばらく目を閉じていた。
やがて、ゆっくりと頷いた。
「……なら、もう一度聞こう。
お前の“終わらなかった言葉”を。
お前の“逃げた心”を。
俺たちが、“語りかえ”てやる」
ランプの灯が、すっと静かに燃え上がった。
語られなかった声が、語られはじめた。
そして、長い沈黙を越えた物語が、ようやく動き出そうとしていた。
《続く》
