【短編集‐花の冠】第三十話『語りかえ(七)』
語りかえ(七)-サリム-
フェイルの語りなおしは、静かに終わった。
言葉の余韻だけが、ランプの灯とともに部屋に残っていた。
でももう、そこにフェイルの姿はなかった。
さっきまで、ちゃんと座っていたのに――まるで、語り終えるためだけに現れて、その瞬間、風みたいに消えてしまった。
グラージュは、しばらく黙って空っぽの椅子を見つめてた。
拳を握ったまま、ずっと……目を離せないみたいに。
僕はそっと声をかけた。
「……聞けたんだね」
グラージュは頷いた。ゆっくりと、うなずいた。
「……ああ。でもな、サリム」
その声は、ちょっとだけ震えていた。
「これ……どうすればいい?」
「え?」
「語りかえたよ。あいつの逃げた心も、本音も、ちゃんと聞いた。受け止めた。
でもさ……それだけで、終わりじゃない気がしてる。
これって……俺だけのもんじゃないよな?」
そのとき、グラージュの声が、少しずつ熱を帯びていった。
「もしこれが、本当に“語りかえ”ってやつならさ……
どこかに“届ける”必要があるんじゃないのか?
あいつが向き合えなかった誰かに。
――家族とか、かつての仲間とか……」
……そのとおりだった。
彼の言葉に、僕は静かに頷いた。
そう。
それが、“語りかえ”の本当の意味。
ただ語ることじゃない。
語りなおされた言葉が、誰かに届くこと。
そこで初めて、言葉が“生きる”。
僕は言った。
「届けよう。グラージュ。
グラージュの声で、フェイルの言葉を」
「……俺の声で、か?」
「そう。
グラージュにしか、できないよ。
グラージュが、フェイルの言葉を受け取ったからこそ……
グラージュの口から語ることで、その言葉は届くんだ。あの人たちに」
グラージュは、しばらく目を閉じたあと、小さく息を吐いた。
「……あいつの家族、は都にいる。
娘がいた。奥さんも……両親は自分の領土だな。
何を言えばいいかなんて、正直わからない。過去のように拒否されるかもしれない。……それでも、俺が行かなれれば、ならんのだろう」
「うん。そうだと思う」
「……語りかえって、そういうことなんだな」
グラージュの声が、ちょっとだけやさしくなった。
「誰かの言葉を、時の経過ののち、他の誰かが、もう一度“語りなおす”。
そいつが本当は言えなかったことを、代わりに誰かが――伝えるんだな」
「そう。それが、きっと“届く”ってことなんだよ」
そのとき、僕は初めて、“語りかえ”って言葉の意味を、ちゃんと理解できた気がした。
グラージュは、静かに振り返って、まだ燃えていたランプの灯を見つめていた。
その灯が、消えずに残ってることが……ちょっとだけ、嬉しかった。
グラージュは、歩き出した。
――過去じゃなくて、未来に向かって。
《終》
