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【短編集‐花の冠】第二八話『語りかえ(五)』

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語りかえ(五)ーサリムー


僕たちは、本のページに導かれるように、
記憶の奥にある図書館の、さらに奥へと進んでいった。

書棚は静まり返っていた。
けれどその静けさは、死んだ空気ではなかった。

むしろ、生きようとしながらも語られなかった“言葉たち”が、
息をひそめて僕たちを見つめているような、そんな気配。

奥の部屋に、彼はいた。

ランプの明かりだけが揺れる薄闇の中、
フェイルがひとりで椅子に座っていた。

表情は穏やかだった。
けれど、そこには明らかに疲労の影と――
言葉にできない痛みが宿っていた。

グラージュが、ゆっくりと近づく。
その足音さえ、フェイルの耳に届いているようだった。

「……あんたか」

フェイルは顔を上げた。
でも、驚きはなかった。まるで、ずっと待っていたかのような声だった。

「また……会えたな」

グラージュの目が揺れる。
どれだけ、この一言を待っていたか――僕にも分かった。

「フェイル。お前が残した“最後の言葉”。……それが俺をとらえている」

焚き火がぱちりと鳴る。フェイルは黙ったまま、炎を見つめていた。

「あれがお前の本心なのか? それとも……」

フェイルは、小さく息を吐いた。

「あんたはどう思う?」

「……いや。あれも間違いなく一つの真実だ」

グラージュは一歩近づく。

「でもな……俺は、“今のお前”に、会いたかったんだよ」

フェイルは顔を上げた。

「俺はもう終わっている存在だ。しかし、お前が来るということは……“語りかえ”か……」

「……ああ。俺たちは、お前の語らなかった声を、聞きに来た」

沈黙。
長い、長い、沈黙。

そのあとに、フェイルはぽつりと呟いた。

「じゃあ、聞くがいい……語らなかった、俺の声を」

焚き火の明かりが、少しだけ強くなった。

そしてその炎が、ふたりの間にあった記憶の空間を照らしていく。
そこで、物語の“影”が、静かに浮かび上がろうとしていた。

《続く》



➡第二九話 『語りかえ(六)』 

6月9日 12:00



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