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【短編集‐花の冠】第二七話『語りかえ(四)』

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語りかえ(四)ーサリムー


頁が、音もなく閉じられた。

まるで、深呼吸をするように。
そして、静寂だけが残された。

けれどその静けさは、さっきまでのものとは、どこか違っていた。
呼吸の奥で、何かが確かに動き出している。そんな気配があった。

 ――ギィ……ッ。

どこか、奥のほうで。
壁の向こう、時間の向こうから、軋むような音が聞こえてきた。

「……聞こえる?」

僕がそう尋ねると、グラージュは小さく頷いた。

「下だ」

机の奥。
重厚な石壁の一部が、ゆっくりと――ほんのわずかに揺れるように――後退していく。

その背後に現れたのは、さらに深く、地の底へと続く階段だった。

闇に溶けかけたような階段。
でも、確かにそこには、ほのかに灯る光があった。

けれどその光は、温かく僕らを導くものではない。
むしろ、忘れられた記憶の残滓のような、淡く、重い気配だった。

「……まだ、続きがあるんだね」

僕の声が自然と小さくなる。
無意識のうちに、深く息を吸い込んでいた。

「サリム」

グラージュが、僕の隣で立ち止まる。

「この先にあるのは、“語られなかった”フェイルかもしれない。
俺たちが知っていたあいつとは……違うかもしれない」

「うん。わかってる。
でも、それでも行こう。
フェイルの“本当の想い”に、ちゃんと向き合いたい」

グラージュは、何かを噛み締めるようにして頷いた。

「“語りかえ”ってのは……思い出をなぞるんじゃなくて、
“そこから先”を、生きなおす行為なのかもしれないな」

僕たちは、言葉も交わさず、並んで階段を降りていった。

ゆっくりと。
確かめるように。

下へ、さらに下へ。

壁に手を添えるたび、そこに染みついた無数の想いが、ざらりと伝わってくる気がした。
語られなかった悲しみ。
告げられなかった叫び。
届かなかった祈り。

そのすべてが、この場所に積もっていた。

──そして、たどり着いた。

そこは……闇の中に浮かぶ、もうひとつの図書館だった。

かつて訪れたあの場所と、よく似ている。
けれど、違っていた。

書架の並び、天井の高さ、灯りの揺れ方。
どれも微かに違う。

まるで、現実の図書館が“写し”で、
こちらこそが、ずっと奥に眠っていた“原風景”のようだった。

記憶の底にある、語られなかった図書館。

書棚の奥から、風が吹いた。

懐かしいような、
少しだけ哀しいような、
でも、優しい風だった。

その風に導かれるように、僕は一冊の本へと手を伸ばした。

青い表紙の本。

けれど、その背には、見慣れない文字が刻まれていた。

 『これは、“もうひとつの真実”』

「……ここから、語りなおすんだね」

言葉にした瞬間、空間がふるりと揺れた。

それは、はじまりの合図だった。

僕たちは今、
かつて誰も足を踏み入れたことのない、
フェイルの“心の奥”へと向かおうとしていた。

そして、物語は――新しく開かれようとしていた。

《続く》



➡第二八話 『語りかえ(五)』 

6月7日 12:00



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