【短編集‐花の冠】第十七話『記憶の村(三)』
記憶の村(三)―サリム―
空気が重くなっていた。
扉の外に、熱と煙の気配が近づいてくる。
父は剣を手に、玄関に立った。
母は幼い僕を抱いて、台所の奥へと身を引かせる。
「……あいつらが来た」
父の低い声が響くと、次の瞬間、玄関が叩き破られた。
三人の野盗が、刃を振りかざして雪崩れ込む。
父は即座に応戦した。
剣の交差する音。
叫び声。
父は一人を斬り伏せ、もう一人を突き飛ばした。
だが、背後から回り込んだ最後の一人の刃が、父の腹を深く裂いた。
鮮血が床に飛び散る。
それでも父は倒れなかった。
血を流しながら、残った二人を睨みつけ、剣を振るった。
「家族には指一本触れさせん……!」
その咆哮に、野盗はひるみ、家の外へ退いていった。
だがその一人が、火のついた筒を放り込んだ。
破壊音と同時に、炎が爆ぜるように床を這い出した。
家が燃え始める。
「……逃げろ!」
父の声に、母は幼い僕を抱え、裏口へと走った。
だが、裏の扉は途中で崩れかかっていた。
母は僕を抱えたまま、炎の中を駆けようとしたが……その先に、倒れかけた梁が落ちていた。
「道がない……!」
母の腕の中で、幼い僕が泣き叫ぶ。
僕は、その場に駆け寄った。
「お母さん! こっちだ、こっちからなら――!」
けれど、僕の声は届かない。
手を伸ばしても、すり抜けてしまう。
何度も叫び、手を伸ばすが、炎も瓦礫も、母の体も、僕には触れられない。
「お願い……どうして……!」
グラージュが背後で言った。
「サリム、落ち着け。これは“記録”だ。お前の手は届かない……」
「でも……もう一度だけでもいい、あの人たちを……!」
僕は立ち尽くした。
そのとき、父の声が再び響く。
「玄関の方ならまだいける! 急げ!」
母は頷き、玄関を方向を目指す。
外に出ようとしたその時、死んだと思っていた野盗が母の足をつかんだ。
彼女は倒れ込みながら、幼い僕の背中を押した。
幼い僕は、一度立ち止まって振り返る。
母は家が崩れ落ちる轟音の中、幼い僕に向かって叫んだ。
「走りなさい! 振り返らず!
そして絶対に生き延びて!」
その声が幼い僕に届いていたかは分からない。
それでも、彼は前を向いて小さな体で必死に走り始めた。
「そう、いい子よ」
そう言って、母はぐったりと倒れ込んだ。

《続く》
