【短編集‐花の冠】第二二話『風を運ぶ者(四)』
風を運ぶ者(四)―グラージュ―
サリムの言葉が、風に乗って届いた。
「ねえグラージュ……フェイルのこと、好きだった?」
その問いは、不意打ちのように胸に刺さった。
俺は何も答えず、ただ火を見つめていた。
フェイルがゆっくりと立ち上がる。
肩をすくめるように笑いながら、夜空を見上げる。
「なあグラージュ、あの光る星って何なんだろうな?」
「……知らん」
「そう。手が届かないものに意味なんてない。
俺さ、いつか家を継ぐって決まってたんだけど。戦で“手柄”立てないと、認められない家だった。でなきゃ、ただの飾りだってさ」
過去の俺はフェイルのその言葉を聞き、ただ黙って火を見ていた。
何も言えないのは今の俺だって同じだ。
「でも、あんたと並んで火を囲んでるとさ……そういうの、どうでもいい気がしてくるんだ」
フェイルが俺を見た。記憶の中の俺は目を逸らさなかった。
真正面からあいつの目を見た。
「フェイル。お前は……何が欲しい」
「欲しいもの?」
「国を憎むなら、破壊を。名誉を望むなら、勝利を。自由を求めるなら、逃げる道を。お前は、何が欲しい」
フェイルはしばらく黙った後、焚き火に手をかざしながら呟いた。
「……友達が欲しいんだ」
俺は動かなかった。
ただ火を見つめていた。
炎がふっと揺らぐ。その揺らぎの中、フェイルが笑った。
「そろそろ寝る時間かな。明日が終われば、今回の戦はひと段落だ」
「フェイル」
記憶の中の俺が、初めてその名を口にした。
あいつは少し驚いた顔をして、それからこれまでにないくらい無邪気に笑った。
「うん」
風が、静かにその夜を包んでいく。
フェイルは立ち上がらず、焚き火の前にそのまま座っていた。
ただ炎を見つめている。
本当はもっと言いたいことも、話したいこともあった。
何度でもこんな夜があると思っていた。
「ありがとう」
気づけば、俺はそう呟いていた。
過去には届かない。
いや、隣のサリムにも届かないほどの、小さな、小さな声だった。
話しかけてくれたこと。
傍にいてくれたこと。
いつでも笑顔を見せてくれたこと。
俺は、感謝していた。
そのすべてに。
焚き火が小さくはぜた。
風が、冷たくなった気がした。
朝が来る。
フェイルにとって、最後の朝が。
夜は、すでに終わりを知っていた。
