【短編集-花の冠】 第八話『歯車』
歯車
世界の奥に、
動きを忘れた部屋があった。
風は吹かず、
音もなく、
闇だけが静かに満ちている。
本は頁を閉じたまま眠り、
壁にかかった時計の針は、ずっと、同じ時を指していた。
誰もいない。
話す者も、動く者もいない。
時間の隙間に置き忘れられた部屋。
ある日、
時計から「カチリ」という音がした。
それがなぜだったのかは、誰にもわからない。
けれど、止まっていたように見えた空間でも、
時間は確かに生きていた。
「カチカチカチ……」
かすかな音の歯車が、
部屋の空気をふるわす。
頁が一枚、また一枚と開かれ、
針が、静かに、時を刻みはじめる。
窓が開き、
風が流れ、光が満ちた。
誰も知らない場所で。
誰も気づきもしない中、
それは動き出した。
世界のどこかで、
光と闇が、静かに呼吸を始めた。
歯車が動いた理由を、誰も知らない。
その先に何が待っているのか、
まだ誰も気づいてはいない。
ただひとつ、
「世界はもう、止まったままではいられない」
それだけを、
その部屋は、静かに告げていた。

《終》
