慰安婦論26)慰安婦関連公文書の解釈論争
概説:軍慰安所従業婦等募集に関する件
「軍慰安所従業婦等募集に関する件」とは、1938年3月4日付で日本の陸軍省が北支・中支の軍参謀長宛てに発出した公文書(副官通達案)のことである。
この通達は、日本軍の公式資料の一つとして、特に1992年に朝日新聞によって「慰安所に日本軍が関与した」証拠として報じられたことで広く知られるようになった。

通達が出された背景:
1930年代、中国大陸に駐留する日本軍の宿営地には慰安所が設けられ、日本国内や朝鮮で募集された慰安婦がいた。この通達は、公娼制度の下での違法な斡旋業者の取り締まりや、当時の朝鮮における人身売買・誘拐事件といった社会問題を背景に発出された。
通達の主な内容:
この通達は、慰安所のために日本国内で従業婦などを募集する際に、以下のような事態を防ぐことを目的としていた。
軍の威信を傷つけるような、軍部による許可(諒解)といった名目を不正に利用すること。
統制されていない募集活動が社会問題を引き起こすこと。
そのため、通達では、派遣軍が募集活動を統制し、適切な人選を行い、憲兵や警察当局と密接に連携するよう指示していた。これは、慰安婦募集における混乱や不正を防止し、社会的な批判を避けるためのものであった、とされる。
詳説・本文:

受領番号:陸支密受第二一九七号 起元庁(課名):兵務課
・決裁指定:局長委任(印)
・決行指定:櫛淵(陸軍省大臣官房副官) 押印・次官 梅津(陸軍省次官) 押印
・高級副官 櫛淵(陸軍省大臣官房副官)押印
・主務局長 今村均(陸軍省兵務局長) 押印
他、主務副官・主務課長・主務課員 押印陸支密副官ヨリ北支方面軍及中支
(現代文)
副官より北支(北部中国)方面軍および中支(中部中国)派遣軍参謀長宛通牒案
支那事変の地における慰安所設置のため、内地においてこの従業婦等を募集するにあたり、ことさらに軍部了解等の名儀を利用し、そのため軍の威信を傷つけ、かつ一般民の誤解を招くおそれあるもの、あるいは従軍記者・慰問者等を介して不統制に募集し、社会問題を引き起こすおそれあるもの、あるいは募集に任ずる者の人選に適切を欠いたために募集の方法が誘拐に類し、警察当局に検挙取調を受けるものがある等、注意を要するものが少なくないことについては、将来これらの募集等にあたっては派遣軍において統制し、これに任ずる人物の選定を周到適切にし、その実施に当たっては関係地方の憲兵及び警察当局との連係を密にすることにより、軍の威信保持上並びに社会問題上手落ちのないよう配慮していただきたく命令に依り通知する。
詳説・通達が出された背景
日本の公娼制による違法斡旋業者の取り締まり
1930年代の日本は公娼制を採用しており、売春行為自体は特定の条件下で合法とされていた。しかし、その運営には厳格な規則(娼妓取締規則など)が設けられ、刑法182条によって制限されていた。具体的には、売春に従事する女性は自ら警察署に出頭し、娼妓名簿に登録する必要があった。
このような状況下で、淫行の常習がない女性を騙して売春を勧誘する営業行為は、明確な刑法犯罪とされていた。1937年には、その典型的な事例として、大審院(現在の最高裁)での判決が出ている。これは、1932年に長崎県の女性を「カフエーで働くいい仕事」と偽り、中国上海の日本軍慰安所に連れて行った日本人斡旋業者(村上富雄)が、刑法に基づき有罪とされた事件である。
当時の中国大陸に駐屯していた日本軍の宿営地にはすでに慰安所が設置されており、抱主と呼ばれる経営者によって運営されていた。被告の村上富雄もその一人。この事件では、第一次上海事変によって日本軍の駐屯数が増加したことに伴い、業容を拡大しようとした村上らが、十数名の女性を騙して中国へ移送したことが問題となった。
判決では、女性たちが上海の海軍指定慰安所で「醜業(売春)」に従事させられる目的であったことが明記され、その事実を隠して「女給」や「女中」と偽って騙したことが認定された。これは、婦女誘拐海外移送の罪に問われたものであり、当時の公娼制度下においても、女性を騙したり強制したりして売春に従事させることは許されない違法行為であったことを明確に示している。
1930年代の朝鮮における人身売買と誘拐事件
1930年代の朝鮮では、女性を騙したり誘拐したりして売春宿に売り飛ばす人身売買や誘拐事件が頻発し、日本の警察によって多数の朝鮮人が逮捕・報道されていた。これらの事件は、貧困に苦しむ農村の女性や少女が「良い仕事がある」という甘言に乗せられ、あるいは強制的に連れ去られ、満州や中国本土の売春宿に売却されるというものだった。
具体的な事例:
1933年には、少女たちを誘拐して売春宿に売っていた朝鮮人誘拐団のトップが逮捕された。
1936年には、農村の女性を騙して満州で娼妓として売却しようとした朝鮮人が逮捕されている。
1938年には、17歳の少女2人に満州での就職を持ちかけて誘拐し、親権があるかのように委任状を偽造して遊郭に売った朝鮮人紹介業者が逮捕された。
1939年には、日本人女性を騙して中国へ売り飛ばそうとした朝鮮人が逮捕された。
また同年には、1932年から各地の農村で「生活難にあえぐ貧しい農夫たち」に良い仕事があると騙し、約150人を満州や中国本土などに売っていた朝鮮人が逮捕される「朝鮮南部連続少女誘拐事件」が発生した。この事件では、逮捕された朝鮮人から50名ほどの女性を買った京城(現ソウル)の遊郭業者が警察に呼び出されるのを察知し、その女性たちを中国に転売していたことも明らかになった。
慰安所設置と「支那渡航婦女」問題
1938年に入ると、中国大陸で日本軍慰安所が次々と設置され始めた。これらの慰安所は、兵站部や直轄部隊によって設営されたり、指定されたりしたものであり、中央大学教授の吉見義明によれば、軍公設の慰安所の経営にも軍が参画していたとされた。
華中だけでも80軒を超える軍慰安所が設置され、1100人以上の慰安婦が集められたが、その多くは朝鮮人女性であった。吉見によれば、慰安婦の集め方には主に二通りの方法があった。一つは派遣軍が占領地で女性を集める方法、もう一つは日本、朝鮮、台湾での徴集で、後者については軍が自ら選定した業者を各地に送り込む形がとられた。
このような状況下で、「軍の依頼を受けた」と称する業者が活動を始めたが、内地(日本国内)では警察に取調べを受ける事案が発生するようにあった。和歌山県や群馬県など複数の地元警察は、「軍の依頼だ」という業者の言い分に対し、当初は「皇軍の威信を失墜するも甚しきもの」として信じがたいと感じ、各上位機関に問い合わせを行った。
しかし、1937年8月31日付の外務次官通達により、民間人の中国渡航が厳しく制限されていたにもかかわらず、公娼の渡航については制限を緩和するよう上海日本総領事館警察署から依頼(「皇軍将兵慰安婦女渡来ニツキ便宜供与方依頼ノ件」)が出ていたことなどから、警察はこれが確かに陸軍に関連する募集であると確認するに至った。永井和の解説によると、警察は内務省の指導のもと、やがて慰安婦募集への協力を受容するようになったという。
その後の1938年2月23日、内務大臣の決裁を経て「支那渡航婦女の取扱に関する件」が内務省警保局長から各庁府県長官宛に通達された。この通達は、中国戦線の現地事情を考慮し、以下の7項目にわたる命令を含んでいた。
海外での売春目的の婦女の渡航条件として、現在内地で娼婦をしており、満21歳以上で性病や伝染病のない者で、華北・華中に向かう場合に限り、当分の間黙認し、外務省の身分証明を発行する。
身分証明発行時に、契約期間満了時や営業が不要になった際には速やかに帰国するよう諭すこと。
婦女本人が警察に出頭し、身分証明書の申請をすること。
承認者として、同一戸籍内の最近尊属親、または戸主、それが明らかな者がいること。
身分証明書発行前に、娼婦営業に関する契約などを調査し、婦女売買や略取誘拐がないよう特に注意すること。
婦女の募集斡旋について、軍との了解や連絡があるなどと称する者は厳重に取り締まること。
広告宣伝や虚偽・誇大な話をする者は厳重に取り締まり、募集斡旋にあたる者がそれをしている場合は、国内の正規の認可業者か、在外公館などの認可業者かを調査し、証明書のない者は活動を認めないこと。
さらに、この通達を受けて「軍慰安所従業婦等募集に関する件」という文書が出され、北支・中支(華北、華中)参謀長に対し、関係地方の警察や憲兵隊と密接に連携し、軍の威信保持および社会問題上の手抜かりがないよう配慮することが通知された。
通達の解釈
吉見義明による日本軍関与説
吉見義明は、1938年2月23日の内務省発警第5号「支那渡航婦女の取扱に関する件」に応じて作成された通達(通牒)を発見し、これを旧日本軍が慰安婦の募集や慰安所の運営・管理に関与していた決定的な証拠だと主張した。彼は、この通達が北支那方面軍および中支那派遣軍参謀長宛てに出されていること、また兵務局が立案し、当時の陸軍大臣杉山元が委任し、後の戦艦ミズーリでの降伏文書の署名者であった梅津参謀総長(当時次官)が決裁していることから、慰安所の設置が軍上層部が関与する組織的なものであったと主張した。
この通達は、「派遣軍が選定した業者」が日本内地で誘拐まがいの方法で「強制徴集」をしていた事実を陸軍省が知っていたことを示しており、日本軍に対する国民の信頼が崩れることを防ぐため、業者の選定を厳しくするよう指示した。具体的には、募集などを派遣軍が統制し、人選を周到に行うこと、そして募集実施の際は関係地方の憲兵・警察と密接に連携することの2点を挙げている。吉見は、この文書を、業者の犯罪行為を陸軍や内務省が取り締まっていたとする「良い関与論」に対して、「厳罰に処する」といった記述が一切ないことを指摘している。
吉見はまた、軍の威信や社会問題を危惧したこの通達が「内地において従業婦を募集するにあたり」と記していることから、日本国内にのみ適用され、植民地である朝鮮や台湾では適用されなかったと指摘している。そのため、朝鮮や台湾ではその後も誘拐や人身売買によって女性が集められた可能性を指摘し、内地では違法行為が起きないよう統制したが、植民地ではそのような措置がとられなかったか、あるいは植民地では軍や警察が選定した業者であれば違法行為を黙認しつつ徴募を推進させた、という二つの可能性を提示した。
朝日新聞報道から河野談話へ
1992年1月11日、朝日新聞は吉見義明が防衛庁防衛研究所図書館で発見した「陸支密大日記」からの6点の公文資料をもとに、「慰安婦募集に関する日本軍の関与についての新資料が発見された」、「この通達を日本軍が朝鮮の少女を強制連行した証拠」と一面で報道した。この新資料に関する吉見氏のコメントの見出しは「軍の関与は明白であり 謝罪と補償を」となっており、また、「従軍慰安婦の解説」では「約八割が朝鮮人女性」「主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した。その人数は八万とも二十万ともいわれる」と報じた。
この報道以前、日本政府は従軍慰安婦について「国家総動員法に基づく徴用の対象ではなかった」という見解を示していましたが、この新資料の公開によって、政府は従来の「関与はなかった」という見解を大きく変える必要に迫られた。その結果、同日、加藤官房長官は「当時の軍の関与は否定できない」と初めて国の責任に触れ、渡辺副総理・外相も「何らかの関与があったと認めざるを得ない」と発言した。
加藤内閣官房長官発表
平成4年7月6日
『朝鮮半島出身のいわゆる従軍慰安婦問題については、昨年12月より関係資料が保管されている可能性のある省庁において政府が同問題に関与していたかどうかについて調査を行ってきたところであるが、今般、その調査結果がまとまったので発表することとした。調査結果については配布してあるとおりであるが、私から要点をかいつまんで申し上げると、慰安所の設置、慰安婦の募集に当たる者の取締り、慰安施設の築造・増強、慰安所の経営・監督、慰安所・慰安婦の街生管理、慰安所関係者への身分証明書等の発給等につき、政府の関与があったことが認められたということである。調査の具体的結果については、報告書に各資料の概要をまとめてあるので、それをお読み頂きたい。なお、詳しいことは後で内閣外政審議室から説明させるので、何か内容について御質問があれば、そこでお聞きいただきたい。
政府としては、国籍、出身地の如何を問わず、いわゆる従軍慰安婦として筆舌に尽くし難い辛苦をなめられた全ての方々に対し、改めて衷心よりお詫びと反省の気持ちを申し上げたい。また、このような過ちを決して繰り返してはならないという深い反省と決意の下に立って、平和国家としての立場を堅持するとともに、未来に向けて新しい日韓関係及びその他のアジア諸国、地域との関係を構築すべく努力していきたい。
この問題については、いろいろな方々のお話を聞くにつけ、誠に心の痛む思いがする。このような辛酸をなめられた方々に対し、我々の気持ちをいかなる形で表すことができるのか、各方面の意見も聞きながら、誠意をもって検討していきたいと考えている。』
吉見説への批判と反論
西岡力:
この朝日の報道について「吉見はこの時に資料を発見したわけではない」と指摘し、「元慰安婦の金学順による裁判や、宮沢喜一首相(当時)が韓国を訪問としようとしたタイミングで朝日新聞が意図的に報道した」と主張した(朝日新聞は否定)。
元朝日新聞記者・植村隆が訴えた名誉毀損裁判
また西岡は、この記事を執筆した植村隆の義理の母親が慰安婦に対する賠償を日本政府に求めた裁判の控訴人であった韓国太平洋戦争犠牲者遺族会の会長であったことも指摘している(これに対して植村は名誉毀損裁判を起こしたが、西岡は無罪判決を受けている)。
吉見の「軍の関与の決定的証拠である」とする説に対して、以下のように複数の論者から反論や異なる解釈が提出された。
高橋史朗:
1996年5月の『文藝春秋』で、この文書は軍の威信を保護するため、悪質な業者を極力排除するよう通達したものであり、「日本軍の関与」は悪質な業者が不統制に募集して「強制連行」しないように軍が関与した、つまり「良い意味での関与」であると主張した。
小林よしのり:
1997年の『新ゴーマニズム宣言 第3巻』で、この通達は「内地で誘拐まがいの募集をする業者がいるから注意せよという『関与』を示すものだ。フツーの国語力で読めばそれ以外の意味はない」と主張した。また、吉見が「しかし朝鮮や台湾では違っていたのです。違法であっても現地の軍の強い要求があるので、目をつぶって送り出したというのが実情」とするのは恣意的な見解もしくは推測にすぎないと批判した。彼は、「これは違法な徴募を止めさせるものだ」と主張している。
西尾幹二・小林よしのり・藤岡信勝・高橋史朗:
1997年の共著『歴史教科書との15年戦争』で、「内地で軍の名前を騙って非常に無理な募集をしている者がおるから、これを取り締まれ」と書かれていると述べた。藤岡信勝も同書で、「強制連行せよという命令文書ではなくて、強制連行を業者がすることを禁じた文書」と主張した。
秦郁彦、水間政憲、西岡力:
彼らは、この通達は「慰安婦の誘拐まがいの募集を行う業者がいるから注意せよ」という「関与」を示すものだとし、日本軍の関与は「良い関与論」であると反論した。彼らは、軍が戦地での民心離間を心配するはずであり、植民地朝鮮で慰安婦強制連行を行い、朝鮮における民心離間を誘発するはずがないと指摘し、吉見教授の文書は強制連行を証明するものではなく、むしろそれがなかったことを示唆するものだと述べている。
吉見説反論への再反論
上杉聡:
小林よしのりの説に対して、1997年の『脱ゴーマニズム宣言』で、この文書こそが「強制連行」の事実があったことを示す史料であるとした。彼は、「そのような悪質な業者の背後に軍部があることを「ことさら言うな」と公文書が記しているのであり、強制連行だけでなく、その責任者もここにハッキリ書かれている」と主張した。
永井和:
京都大学教授の永井和は、2000年の論文「陸軍慰安所の創設と慰安婦募集に関する一考察」で、藤岡信勝や小林よしのりの歴史解釈を検討し、彼らの反論を「日本政府の謝罪と反省の意志表明といった、一連の動きに対する反発、反動」と捉えた。永井は、吉見の主張する日本軍の関与を踏まえつつ、同論文で「副官通牒と密接に関連する1938年2月23日付の内務省警保局長通牒(内務省発警第5号)「支那渡航婦女ノ取扱ニ関スル件」とそれに付随する県警察部長からの内務省宛報告書を根拠に「そもそもが強制連行を業者がすることを禁じた取締文書などではない」」と解釈した。さらに、「軍の依頼を受けた業者は必ず最寄りの警察・憲兵隊と連絡を密にとった上で募集活動を行えとするところに、この通牒の眼目があるのであり、それによって業者の活動を警察の規制下におこうとしたのである」と結論付け、「この通牒を強制連行を業者がすることを禁じた文書などとするのは、文書の性格を見誤った、誤りも甚だしい解釈と言わざるをえない」と主張した。
永井和:日本軍の慰安所政策について
林博史:
『教科書に書かれなかった戦争Part27「日本軍慰安婦」をどう教えるか』(梨の木舎1997年)p120-121
1997年12月に警察大学校から出てきた資料を根拠に、業者を裏で操っているのが内務省と軍であるとした。彼は、日本軍が中国各地に大量に軍慰安所を設置し始めた背景に、日中戦争の全面化と中国大陸における大規模な軍駐留があると指摘し、こうした背景から警察の元締めである内務省警保局が、業者の犯罪行為を「黙認」する通達を府県知事に出したと主張した。さらに、警察は「黙認」しただけでなく、軍と共謀して「慰安婦」集めを組織したとし、これは1938年11月8日付で内務省警保局長から5府県知事に出された「南支方面渡航婦女の取扱に関する件」を根拠に、軍の参謀、陸軍省、警保局らが女性を「慰安婦」として狩り出すことがばれると困るので、業者が勝手にやっている振りをしろと知事に指示を出しているのだ、とした。
参考文献
吉見義明編『従軍慰安婦資料集』大月書店、1992年
中山成彬・議員国会質疑動画2013年、英語音声・字幕付き Nariaki NAKAYAMA 2013_08-2_bilingual YouTube video; "It was not true that comfort women were yanked forcibly."
中山成彬・議員国会質疑動画2013年3月8日-従軍慰安婦編、英語音声・字幕付き
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