慰安婦論16)公娼制度の歴史と遊郭文化
タイトル画像:べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜より
公娼制度の歴史
日本における公娼制度は、近代以前から存在していたが、特に制度として明確化されたのは江戸時代である。
江戸時代(遊廓):
江戸の吉原、京の島原、大坂の新町などが有名だ。幕府や藩によって特定の場所に遊廓が設けられ、営業が公認・管理された。これは都市政策や防犯、財政的な目的も含まれていた。遊女は借金などによって年季奉公に出されることが多く、人身売買的な側面が強くあった。一方で、遊廓文化という側面もあり、独自の階級や習慣が存在した。
明治時代以降:
明治新政府も当初は公娼制度を継続・近代化し、警察による管理を強化した。これは外国人居留地周辺での性病対策や、国家財政への貢献(税金)といった側面が重視されたためである。しかし、欧米からの人道的な批判(奴隷的慣習として)もあり、国際的な圧力にさらされるようになった。廃娼運動(公娼制度廃止を求める運動)も起こった。
第二次世界大戦後:
連合国軍総司令部(GHQ)は、日本の公娼制度を非人道的で封建的な制度であるとして廃止を指令した(1946年)。これにより、公的な管理売春制度は形式上廃止さた。しかし、実態としての売春がなくなったわけではなかった。
遊郭文化
江戸時代の遊郭、特に江戸の吉原は、単なる売買春の場所ではなく、独自の文化、規則、階級が存在する特異な社会空間であり、当時の庶民文化である落語や歌舞伎にとって格好の題材となった。
1) 江戸時代の遊郭文化(特に吉原)
江戸幕府によって公認・管理された遊郭は、江戸の吉原(元吉原から明暦の大火後に新吉原へ移転)、京の島原、大坂の新町などが有名だが、中でも吉原は規模、格式、文化において最も影響力があった。
階級制度: 遊郭には厳格な階級制度が存在した。頂点に立つのは太夫(たゆう):最高位の芸妓や花魁(おいらん):最高位の遊女だった。彼女たちは美貌だけでなく、教養(書、和歌、茶道、華道、三味線、舞踊など)も求められ、一流の文化人や粋人との交流が許された。

その下には格子戸越しに客を取る格子の内の者、さらに下級の者たちがいた。

「揚屋(あげや)」と「引手茶屋(ひきてぢゃや)」: 最高級の遊女に会うには、まず「揚屋」という格式ある料亭で宴席を設け、そこに遊女が呼ばれるという複雑で費用のかかる手続きが必要だった。揚屋は社交と宴の場であり、遊女はそこで客と初めて対面した(初会)。馴染みになると二度目(二会)、三度目(三会)となり、ようやく店へ呼ぶことができるようになる。客は直接遊女屋に行くのではなく、「引手茶屋」がその仲介役を務めた。
揚げ代・・・・花魁は一晩160万円
惣仕舞・・・・遊郭すべての借り上げ2億4000万円
身請け・・・・四~五億円

独自の慣習と「廓詞(くるわことば)」: 遊郭には独特のルールやしきたりが多く、また、遊女たちが使う「廓詞」という特別な言葉遣いがあった(例:「~ありんす」「~ざんす」など)。これは一種の秘密言語であり、外部との区別化や、独特の雰囲気を醸成する役割があり、遊女のお国訛りを隠す役目も果たした。
文化の発信地: 遊郭は当時の最先端のファッション、髪型、化粧、音楽、舞踊といった流行文化の発信地でもあった。高級遊女の豪華な衣装や派手な装いは、庶民の憧れの的となり、浮世絵などの題材にもなった。
人工的な世界: 吉原は周囲を堀で囲まれ、大門で出入りが厳しく制限された「遊郭」という非日常的な空間であった。そこは、現実の社会とは異なる時間と論理が流れる人工的な世界であり、客は現実逃避を楽しむ場でもあった。
2) 落語の廓物
落語には、遊郭、特に吉原を舞台にした噺が多くあり、「廓物(くるわもの)」という一ジャンルを形成した。
人気の理由:
落語の主な聴衆であった江戸庶民にとって、吉原は憧れや好奇心の対象でありつつも、誰もが気軽に行ける場所ではなかった。落語の廓物は、その独特な世界の内側を垣間見せるエンターテイメントとして人気を博した。また、その独特の規則や言葉遣いが、笑いの源泉となった。
主なテーマと笑い:
規則や言葉遣いを巡る滑稽: 吉原の複雑なシステムや廓詞を知らない田舎者や野暮な客が引き起こす勘違いや騒動。
見栄と失敗: 吉原で粋がろうとしたり、金持ちを装おうとしたりする客が失敗する様。
遊女と客の人間模様: 建前と本音、打算と情といった、遊女と客、あるいは客同士や遊廓の従業員との間で生まれる様々な人間ドラマ。必ずしも明るい話だけでなく、切なさや哀愁を帯びたものもある。
独特の雰囲気描写: 廓の賑わいや色模様、そこで暮らす人々の生態を活写することで、聴衆を吉原の世界に引き込みます。
代表的な廓物の噺:
『明烏(あけがらす)』: 遊郭を知らない箱入り息子が粋な遊び方を仕込まれる噺。廓物の入門編とされる定番。
『五人廻し(ごにんまわし)』: 一人の太鼓持ちが複数の客に次々と呼び出され、吉原の忙しさをユーモラスに描く噺。
『お見立て(おみたて)』: 田舎から出てきた男が吉原で遊女を選ぶ様子を描く噺。
その他にも、『羽織の遊び』『付き馬』『品川心中』(品川は宿場町の飯盛女だが、心中というテーマで廓物と関連付けられることがある)など、様々な廓物が演じられた。
3) 歌舞伎の舞台になった遊郭
歌舞伎にとっても、遊郭は魅力的な舞台であり、数多くの作品の題材となった。
ドラマの宝庫:
遊郭には、美しさ、儚さ、経済的な困窮、人間関係の愛憎、義理と人情、裏切り、悲恋、そして心中といった、歌舞伎のドラマティックな要素が豊富に詰まっていた。
視覚的な魅力:
花魁道中と呼ばれる最高級の遊女の絢爛豪華な行進や、揚屋での華やかな宴の様子など、視覚的に非常に映える場面が多く、観客を惹きつけた。遊女や客の衣装、舞台装置なども豪華に作られた。
主なテーマと登場人物:
悲恋と心中: 遊女と客が身分違いや経済的理由で結ばれず、悲劇的な結末(心中)を迎える物語は定番だった。
侠客と遊女: 江戸の侠客(男伊達)が遊郭で騒動を起こしたり、高級遊女と心を通わせたりする物語。
復讐や忠義: 遊郭が物語の舞台や、登場人物が身を隠す場所として使われることもあった。
キャラクター: 華やかでありながら深い悲しみを湛える高級遊女(太夫、花魁)、遊女に惚れ込み破滅する客、厳しい女将、幇間といった、遊郭特有の人物が登場し、それぞれの役割を演じた。
代表的な歌舞伎の演目・場面:
『助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)』: 歌舞伎十八番の一つ。江戸一番の侠客・助六が吉原で大暴れする話で、最高級の花魁である揚巻が登場し、その美しさや心意気が描かれる。吉原の華やかさ、江戸の粋、男伊達が詰まった代表的な廓物の演目である。
『籠釣瓶花街酔醒(かごつるべくるわのえいざめ)』: 美しい花魁・八ツ橋(やつはし)に惚れた男が、振られたことから悲劇を引き起こす物語。遊郭での出来事が惨劇に繋がる様を描いている。
その他、多くの世話物(世話物、 contemporary life plays)と呼ばれる、当時の庶民生活を描いた演目の中に、遊郭の場面が取り入れられた。
特記)吉原猥歌
まとめ
江戸時代の遊郭は、厳しい管理と独自のルールを持つ社会制度であると同時に、当時の文化や経済が交錯する独特な空間であった。落語においては、その独特な世界や人間模様が笑いや哀愁を伴って庶民に届けられ、歌舞伎においては、ドラマティックな愛憎や義理人情、そして視覚的な華やかさが強調されて演じられた。これらの文化を通じて、遊郭は江戸の人々にとって身近でありながら非日常的な、強く印象に残る存在であり続けた。
しかし、これらの文化作品に描かれた遊郭像は、そこで働く多くの女性たちが直面した厳しい現実や人権問題といった側面を必ずしも十分に伝えているわけではない点には留意が必要である。
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