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温故知新(134)イエス・キリスト 新郷村キリストの墓 猿田彦命 聖母マリア

三ツ子塚古墳群 佐渡金山 音羽古墳群 セリヌンテ 多胡碑 エフェソス遺跡 皇祖皇太神宮 竹駒神社 オリンポス山 千提寺天主堂跡 白髭神社 猿田彦神社 パレルモ大聖堂 天草四郎 摩耶山天上寺 モン・サン・ミシェル 聖ミカエル 音羽山 京都御所 清水寺 ジェッダ アレクサンドリア 貝鞍稲荷神社 大石神ピラミッド 早池峰山 フェロー諸島 日月神社 ジブチ 羽黒山神社 高皇産霊神社 エルサレム

新郷村キリストの墓と伝説の森公園(モーゼパーク)
 青森県三戸郡新郷村には、竹内巨麿が発見した「キリストの墓」があります。新郷村キリストの墓と伝説の森公園(モーゼパーク)を結ぶラインは、史跡 佐渡金山の近くを通り、このラインは、天香山命(大国主命、孝元天皇と推定)を祀る越後一宮 彌彦神社(新潟県西蒲原郡弥彦村)とオリンポス山を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図1)。「モーセの墓(三ツ子塚古墳群)」と「キリストの墓」は、レイラインで関係付けられているようです。竹内巨麿の養家である竹内家は孝元天皇の第4皇子・彦太忍信親王(崇神天皇と推定)を祖とする家系で、武内宿禰の代に「竹内」に姓を改めたとされています。

図1 彌彦神社、新郷村キリストの墓、伝説の森公園(モーゼパーク)を結ぶ三角形のラインと史跡 佐渡金山、彌彦神社とオリンポス山を結ぶライン

 竹内家に伝わる竹内文書があった茨城県磯原町(現北茨城市)にある皇祖皇太神宮オリンポス山を結ぶラインは、会津三十三観音弘安寺中田観音(福島県大沼郡会津美里町)の近くを通り、このラインは、新郷村キリストの墓と伝説の森公園(モーゼパーク)を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図2)。また、オリンポス山と竹駒神社(宮城県岩沼市)を結ぶラインは、秋保神社(宮城県仙台市)の近くを通ります(図2)。伊達家ゆかりの竹駒神社は、皇祖皇太神宮と新郷村キリストの墓を結ぶラインの近くにあることから、丹生氏と関係があったと推定される仙台藩主伊達政宗は、「キリスト」と関係があると推定されます。伊達政宗は、1613年にスペイン国王およびローマ教皇のもとに慶長遣欧使節を派遣しています。

図2 皇祖皇太神宮、新郷村キリストの墓、伝説の森公園(モーゼパーク)を結ぶ三角形のラインと竹駒神社、皇祖皇太神宮とオリンポス山を結ぶラインと会津三十三観音弘安寺中田観音、オリンポス山と竹駒神社を結ぶラインと秋保神社

新郷村キリストの墓と鯉喰神社遺跡、音羽古墳群
 新郷村キリストの墓と孝霊天皇の陵墓と推定される鯉喰神社遺跡(岡山県倉敷市)を結ぶラインの近くには、孝霊天皇を祀っていると推定される須須神社 高座宮(石川県珠洲市)があり、このラインは、音羽古墳公園とシチリア島の古代都市セリヌス(セリヌンテ)を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図3)。このラインは、神皇産霊尊(天鈿女命)の墓があると推定される音羽古墳群が、古代都市セリヌスの王族と関係がある墓ではないかと推定されることと整合します。このレイラインから、イエス・キリストは第7代孝霊天皇と関係付けられていると推定されます。

図3 音羽古墳公園、新郷村 キリストの墓、鯉喰神社遺跡を結ぶ三角形のラインと須須神社 高座宮、蓬莱山 普光寺、音羽古墳公園とセリヌンテを結ぶライン

 第七十三世・武内宿禰とされる竹内睦泰氏は、著書『古事記の宇宙』で「猿田彦神はイエス・キリスト」であると述べているようです1)。また、神武天皇の即位は紀元57年と推定し、猿田彦神の活動期間が合致するとしています1)。神武天皇の崩御年は65年頃と推定されるので、もしかすると、神武天皇の両親は、神皇産霊尊(天鈿女命)とキリスト(猿田彦命)かもしれません。

新郷村キリストの墓と多胡碑
 戦後、GHQ(進駐軍)は、仁徳天皇陵や剣山を発掘調査したといわれていますが、丹生氏の「宇胡閉」と関係があると推定される「多胡碑」(群馬県高崎市)は、終戦直後一時的に、GHQによる接収や破壊を恐れた文部省(当時)の指示により、地元住民の手で地中に埋められて隠されていました。

 江戸時代の平戸藩主、松浦静山の随筆『甲子夜話』では、多胡碑の近くから「JNRI」と書かれた銅板が見つかったという話が紹介されていますが、「JNRI」は、ローマ帝国時代の言葉「ラテン語」で「ユダヤ人の王ナザレのイエス」を表す頭文字「INRI(Iesus Nazarenus Rex Iudaeorum)」と解釈されているようです。これは、多胡羊太夫(宇胡閉と推定)とキリストの関係を示しているのかもしれません。

 新郷村キリストの墓と音羽古墳公園(音羽古墳群)を結ぶラインは、聖徳太子神社(秋田県由利本荘市)の近くを通り、多胡碑と「聖母マリアの家」があるエフェソス遺跡を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図4)。また、多胡碑と新郷村キリストの墓を結ぶラインの近くには、如法寺鳥追観音(福島県耶麻郡西会津町)や、キリシタンかくれ穴(秋田県仙北郡美郷町)があり、音羽古墳群と多胡碑を結ぶラインの近くには、諏訪大社 上社 前宮(長野県茅野市)があります(図4)。これらのレイラインは、丹生氏と推定される多胡羊太夫が、キリストと関係があると推定されることと整合し、丹生氏の祖の神皇産霊尊もキリストと関係があると推定されます。

図4 多胡碑、新郷村キリストの墓、音羽古墳公園を結ぶ三角形のラインと如法寺鳥追観音、聖徳太子神社、諏訪大社 上社 前宮、多胡碑とエフェソス遺跡を結ぶライン

 聖徳太子神社(由利本荘市)の祭神の聖徳太子(豊美々命)は、第10代崇神天皇(彦太忍信命)と推定されるので、武内宿禰の祖父と推定されます。このラインは、墓の形式から音羽古墳群が聖徳太子と関係があると推定されることと整合します。また、新郷村キリストの墓は、竹内巨麿が発見したこととも関係があると推定されます。

猿田彦命と千提寺天主堂跡
 千提寺天主堂跡(大阪府茨木市)は、1920年代に隠れキリシタンの遺物が発見されたことを受けて建立された昭和初期の天主堂跡地です。この発見により、茨木市の千提寺地区と下音羽地区は、安土桃山時代から続く隠れキリシタンの里と明らかになりました。

 白髭神社(滋賀県高島市)と千提寺天主堂跡を結ぶラインは、猿田彦神社(三重県伊勢市)とパレルモ大聖堂(正式名称:聖処女マリア被昇天メトロポリタン首座大司教聖堂)を結ぶラインとほぼ直角に交差し、前者のラインは、崇神天皇が孝霊天皇や孝元天皇を祀ったと推定される上賀茂神社(京都市北区)の近くを通り、後者のラインは天之御影命を祀る御上神社(滋賀県野洲市)の近くを通ります(図5)。これらのラインは、猿田彦命がキリストと推定されることと整合します。

図5 猿田彦神社(伊勢市)、白髭神社(高島市)、千提寺天主堂跡を結ぶ三角形のラインと上賀茂神社、猿田彦神社(伊勢市)とパレルモ大聖堂を結ぶラインと御上神社

神皇産霊尊(天鈿女命)と天草四郎
 天草四郎は、江戸時代初期のキリシタンで、島原の乱(1637年~1638年)における一揆軍の中心人物とされます。神皇産霊尊(天鈿女命)の墓があると推定される音羽古墳群の近くにある音羽古墳公園と天草四郎ミュージアム(熊本県上天草市)を結ぶラインは、千提寺天主堂跡とモン・サン・ミシェルを結ぶラインとほぼ直角に交差し、前者のラインは阿蘇山(阿蘇市)を通り、後者のラインは安産祈願で知られる大原神社(京都府福知山市)、静御前が祀られている静神社(京丹後市)の近くを通ります(図6)。天草四郎ミュージアムと千提寺天主堂跡を結ぶラインの近くには、摩耶山天上寺(兵庫県神戸市)があります(図6)。

図6 千提寺天主堂跡、音羽古墳公園、天草四郎ミュージアムを結ぶ三角形のラインと阿蘇山、摩耶山天上寺、千提寺天主堂跡とモン・サン・ミシェルを結ぶラインと大原神社、静神社(京丹後市)

 天草四郎が、神皇産霊尊(天鈿女命)や釈迦の生母(摩耶夫人)とつながっているのは、マリア信仰(聖母マリア崇拝)と関係があると推定されます。マリア信仰は、縄文人や弥生人のアテナ信仰とつながっていると推定されます。

音羽古墳群と音羽山、音羽の滝
 音羽古墳公園と清水寺の音羽の滝(京都市東山区)を結ぶラインは、延暦寺阿弥陀堂(滋賀県大津市)を通り、このラインは、音羽山アレクサンドリアを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図7)。音羽山アレクサンドリアを結ぶラインは、京都御所を通り、護王神社(京都市上京区)の近くを通ります(図8)。また、音羽山とジェッダを結ぶラインは、清水寺の音羽の滝の近くを通ります(図8)。

図7 音羽山とジェッダを結ぶラインと清水寺の音羽の滝、アレクサンドリアと音羽山、音羽古墳公園、音羽の滝を結ぶラインと延暦寺阿弥陀堂
図8 図7と京都御所、護王神社

 「音羽」という名前は、ウル語、シュメール語の「太陽を見る」に由来するともいわれます。カトリック教会における日本の守護聖人は、かつてはミカエルであるとされたようです。聖ミカエルには羽があるので「音羽」と関係があるかもしれません。「音羽」「キリスト」「教会」で検索すると、東京都文京区の「音羽」エリアにある東京カテドラル聖マリア大聖堂旧軽井沢礼拝堂/旧軽井沢ホテル音羽ノ森静岡教会音羽町礼拝所なども見つかりました。

キリストと宗像三女神
 新郷村キリストの墓とジェッダを結ぶラインは、観音像(青森県十和田市奥瀬黄瀬)の近くを通り、このラインは、十和田神社(十和田市奥瀬十和田湖畔休屋)と観音像を結ぶラインとほぼ直角の関係にあります(図9)。十和田神社には、祭神として日本武尊が祀られていますが、江戸時代には十和田山青龍大権現が祀られていて、現在も奥の院に祀られています。青龍大権現八大龍王で、孝元天皇の后で宗像三女神多岐都比売命(豊玉姫命)と推定されます。古墳時代以降の朝鮮半島からの渡来人には、女神信仰はなかったと推定されるので、孝霊天皇の皇女の倭迹迹日百襲姫命(多岐都比売命と推定)が「卑弥呼」とされている理由がわかります。

図9 観音像(青森県十和田市奥瀬黄瀬)、十和田神社、新郷村キリストの墓、ジェッダを結ぶライン

 イエス・キリストが八戸に上陸後に宿泊した場所が、貝鞍稲荷神社(青森県八戸市石堂)といわれています。貝鞍稲荷神社と大石神ピラミッド(青森県三戸郡新郷村戸来雨池)を結ぶラインは、五葉山(釜石市)とつながる早池峰山(宮古市、遠野市、花巻市)とフェロー諸島を結ぶラインとほぼ直角に交差し、交点付近に新郷村キリストの墓があります(図10)。

図10 早池峰山、貝鞍稲荷神社、大石神ピラミッドを結ぶ三角形のラインと新郷村キリストの墓、早池峰山とフェロー諸島を結ぶライン

 早池峰山のほぼ東西南北の山麓には、四社の早池峯神社があり、山の南方にあたる遠野郷の早池峯神社は、早池峰大権現こと瀬織津姫神を最初にまつったとされています。瀬織津姫命は、孝元天皇の母と推定される宗像三女神の市杵島姫命(丹生都比売命)と推定されるので、キリストは、宗像三女神と関係があると推定され、孝霊天皇と関係があると推定されます。そうすると、図3のレイラインと整合します。

キリストと聖トマス
 新郷村キリストの墓と、ベルベル語で「神の国」を意味しアトランティスの都市があったと推定されるマラケシュを結ぶラインの近くに日月神社(十和田市大不動)があり、大石神ピラミッドと日月神社を結ぶラインは、新郷村キリストの墓とジブチを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図11、12)。日月神社のある月日山は、オリンポス山や恐山とつながり、霊山として知られていました。

図11 新郷村キリストの墓とマラケシュを結ぶラインと日月神社、ジブチと新郷村キリストの墓、大石神ピラミッド、日月神社を結ぶライン
図12 新郷村キリストの墓とジブチを結ぶライン

 ジブチ共和国(通称 ジブチ)の国名は、「ダウ船は着いたのか」という意味で、ジブチ港には、アラビアのダウ船の出入りが多かったことからこの名前が付けられたようです。アラビア海・インド洋で活躍した伝統的な帆船のダウ船が登場したのは紀元前1世紀から1世紀頃ともいわれています。もしかすると、キリストは、ダウ船でジブチ港を出港して八戸に渡来したのかもしれません。十二使徒の一人である聖トマス(聖トーマス)は、イエス・キリストの復活と昇天の後にインドに渡り、布教を行ったと伝えられています。インドのチェンナイ(マイラポール)にあるサントメ聖堂の地下に聖トマスの墓があります。

キリストとシュメール、アトランティス
 羽黒山神社(岩手県久慈市)とエルサレムを結ぶラインの近くに新郷村キリストの墓や高皇産霊神・神皇産霊神を祀る高皇産霊神社(青森県つがる市)があります(図13)。このレイラインは、イエス・キリスト(猿田彦命)と神皇産霊尊(天鈿女命)の関係を示していると思われます。

図13 羽黒山神社(岩手県久慈市)とエルサレムを結ぶラインと新郷村キリストの墓、高皇産霊神社(青森県つがる市)

 エルサレムの近くには、紀元前1万年前から人類が暮らしていたテル・アッスルターン遺跡(古代エリコ)があります。青銅器時代(紀元前3000年代初期〜紀元前2000年代後半)にかけてはカナン人(イスラエル人が住む前にカナンの地で暮らした人々)の都市国家となりました。カナンは、多神教社会で、カナン人は、旧約聖書に現れる異教の神の、雷、雨、そして穀物の死と復活を体現する豊穣を司る主神バアルを熱心に信仰していました。

 シュメール人はメソポタミア南部で最古の都市文明を築いた非セム系の民で、カナン人はレバント地方(現在のレバノンやパレスチナ周辺)に居住していたセム系の先住民族です。両者は交易を通じて深い関わりがあり、シュメール人の都市マリの文書にはカナン人が政治的共同体として記録されています。考古学者や歴史家は一般的に、前1200年以前の青銅器時代のレバント諸民族をカナン人と呼び、鉄器時代の末裔、特に沿岸部に住んでいた人々をフェニキア人と呼んでいます(Wikipedia :カナン)。

 高皇産霊神社には、猿田彦大神を祀る庚申塔があります。羽黒山神社(久慈市)や高皇産霊神社(つがる市)の狛犬は、獅子舞の獅子や水神エンキの神殿を守護する獅子像に似ているようにも思われます。伊予三島神社の祠官・三島敦雄が著した日本シュメール起源説の『天孫人種六千年史の研究』によると、猿田彦神の「サルタ」は「神の王」という意味で、日本に伝わった最古の海神のエンキ神と同じ神のようです1)。シュメール人の血を引くと推定される縄文人にとっては、キリストは猿田彦命(海神)だったのではないかと思われます。

 出雲国二宮 佐太神社(島根県松江市)には、猿田彦神が祀られています。新郷村キリストの墓と佐太神社を結ぶラインは、白鬚神社(滋賀県高島市)とアトランティスの都市や高天原、エデンがあったと推定されるクサール・ヌアイラを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図14)。また、伝説の森公園(モーゼパーク)と佐太神社を結ぶラインは、白鬚神社とスケリッグ・マイケルを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図14)。このラインは、モーセが猿田彦命だったと推定されることや、キリストも猿田彦命だったと推定されることとも整合します。

図14 白鬚神社(高島市)、新郷村キリストの墓、佐太神社を結ぶ三角形のライン、白鬚神社(高島市)とクサール・ヌアイラを結ぶライン、スケリッグ・マイケルと白鬚神社(高島市)、伝説の森公園(モーゼパーク)、佐太神社を結ぶライン

 孝霊天皇(須佐之男命と推定)も、シュメールの海神エンキ神(猿田彦命)と見なされたとすると、孝霊天皇が、アトランティスの海神ポセイドンと見なされたと推定されることとも整合します。

 音羽古墳群に神皇産霊尊(天鈿女命)の墓があるとすると、神皇産霊尊(天鈿女命)はモーセと血縁関係があり、モーセは聖ミカエルとつながっていると推定されます。また、これらのラインから、モーセやイエス・キリストは、釈迦牟尼と同様に「アトランティス」と関係があると推定されます。

 Y染色体DNAハプログループからみても、日ユ同祖論には否定的で、モーセやキリストの墓といわれる場所が、レイラインにのることは当初全く予想していませんでした。

文献
1)二宮 翔 2024 「猿田彦神はイエス・キリスト 高天原の黙示録」 郁朋社