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温故知新(114)宗像三女神(豊玉姫命 丹生都比売命 八上比売命) 玉﨑神社 吉野ケ里遺跡 纒向遺跡 伊都国

高良大社 志登神社 海神神社 姫島神社 古代都市セリヌス 丹生都比売神社 元伊勢籠神社 玉比咩神社 賣沼神社 パレルモ 皇大神宮(伊勢神宮内宮) 日前神宮・國懸神宮 天岩戸神社 天王山古墳群 スカラ・ブレイ 車塚古墳 古峯神社 オリンポス山 クサール・ヌアイラ 埼玉古墳群 箸墓古墳 水主神社 静神社 鹿島神宮 モン・サン・ミシェル 笠間稲荷神社 倭文神社 清瀧神社 セリヌンテ 網戸神社 宗像大社 江島神社 ヴェストラホルン山 筥崎宮 三雲・井原遺跡 聖ミカエルの山 田村神社 岡山城 七夕神社 伊予国 スケリッグ・マイケル

豊玉姫命(多岐都比売命、高良玉垂命)
 豊玉姫と玉依姫を海人の氏族である安曇氏の女性で、奴国国王の姫と推定しているブログがあり(豊玉姫と玉依姫の正体)、豊玉姫命を祀る神社として姫島神社(福岡県糸島市)と糸島唯一の延喜式内社として知られる志登神社(糸島市)が紹介されていました。姫島には豊玉姫命が生まれたとされる「産の穴」という場所があります。志登神社と海神神社(長崎県東彼杵郡川棚町)を結ぶラインは、高良大社(福岡県久留米市)と玉比咩神社や豊玉姫神社などとレイラインでつながる古代都市セリヌス(Selinus Ancient City)を結ぶラインとほぼ直角に交差し、後者のラインは姫島神社の近くを通ります(図1)。このラインは、海神(わたつみ)の娘の豊玉姫命が、高良玉垂命で、宗像三女神の多岐都比売命と推定されることと整合します。

図1 高良大社、志登神社、海神神社を結ぶ三角形のライン、高良大社と古代都市セリヌス(Selinus Ancient City)を結ぶラインと姫島神社

宗像三女神(丹生都比売命、豊玉姫命、八上比売命)
 丹後一宮 元伊勢 籠神社(京都府宮津市)と豊玉姫命を祀る玉比咩神社(岡山県玉野市)を結ぶラインは、丹生都比売命を祀る丹生都比売神社(和歌山県伊都郡かつらぎ町)とパレルモを結ぶラインとほぼ直角に交差し、後者のラインは、丹生都比売命と瓊瓊杵尊の墓があると推定される天王山古墳群(神戸市西区)や八上比売命を祀る賣沼神社(鳥取市河原町)の近くを通ります(図2)。このラインは、丹生都比売命、豊玉姫命、八上比売命を関係付けていて、それぞれ宗像三女神の市杵島姫命多岐都比売命多紀理毘売命と推定されることと整合します。

図2 丹生都比売神社、元伊勢 籠神社、玉比咩神社を結ぶ三角形のライン、丹生都比売神社とパレルモを結ぶラインと天王山古墳群、賣沼神社

玉﨑神社と豊玉姫命(倭迹迹日百襲姫命、高良玉垂命、多岐都比売命)
 図2の三角形で、元伊勢 籠神社と丹生都比売神社を結ぶラインと直角になるように、玉比咩神社からラインを引くと、天王山古墳群の近くを通り、千葉県旭市飯岡にある玉依毘売命を祀る下総国二宮 玉﨑神社に到達します(図3)。玉﨑神社(写真1~3)の由緒によると、日本武尊が、海上平安・夷賊鎮定のために玉の浦の東端「玉ケ崎」に海神玉依毘売命を祀ったことによるとされます。

図3 玉比咩神社、丹生都比売神社、元伊勢 籠神社を結ぶ三角形のライン、玉比咩神社と玉﨑神社(千葉県旭市)を結ぶラインと天王山古墳群
写真1 玉﨑神社と御神木(夫婦木)
写真2 玉﨑神社の龍の彫刻
写真3 玉﨑神社の「玉取り」狛犬
写真4 玉前神社 御朱印

 玉﨑神社(下総国二宮)と天岩戸神社 西本宮(宮崎県西臼杵郡高千穂町)を結ぶラインは、皇大神宮(伊勢神宮 内宮)の近くを通り、このラインは、和歌山県日高郡みなべ町にある蝙蝠岩(こうもりいわ)とスカラ・ブレイを結ぶラインとほぼ直角に交差します。後者のラインは、日前神宮・國懸神宮と天王山古墳群の近くを通ります(図4)。これらのラインは、玉﨑神社に祀られている玉依毘売命と、天照大神や瓊瓊杵尊の関係を示していると推定されます。

図4 蝙蝠岩(和歌山県日高郡みなべ町)、玉﨑神社(下総国二宮)、天岩戸神社 西本宮を結ぶ三角形のラインと皇大神宮(伊勢神宮 内宮)、蝙蝠岩とスカラ・ブレイを結ぶラインと日前神宮・國懸神宮、天王山古墳群

 玉﨑神社とオリンポス山を結ぶラインは、最勝寺、壬生車塚古墳、古峯神社の近くを通り、このラインは、埼玉古墳群住吉三神(孝霊天皇と推定)と神功皇后を祀る安住神社(栃木県塩谷郡高根沢町)を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図5)。クサール・ヌアイラと玉﨑神社を結ぶラインの近くに、安住神社、西念寺(茨城県笠間市)、西蓮寺(行方市)があり、玉﨑神社と埼玉古墳群を結ぶラインの近くに清瀧寺 (守谷市)があります(図5)。清瀧寺は「仏法の守護龍・清龍権現善女竜王」に由来します。

図5 玉﨑神社とオリンポス山を結ぶラインと最勝寺、車塚古墳、古峯神社、クサール・ヌアイラと玉崎神社を結ぶラインと安住神社、西念寺、西蓮寺、玉﨑神社と埼玉古墳群を結ぶラインと清瀧寺、埼玉古墳群と安住神社を結ぶライン

 埼玉古墳群や壬生車塚古墳は、孝元天皇の第一皇子の大彦命と関係があると推定されるので、レイラインでこれらと関係付けられている古峯神社や玉﨑神社に祀られている日本武尊(倭建命)は孝元天皇と推定されます。また、玉﨑神社に祀られている玉依毘売命は、龍と関係付けられていて、玉﨑神社と高良玉垂命(豊玉姫命と推定)を祀る高良大社を結ぶラインの近くに、箸墓古墳や倭迹迹日百襲姫命を祀る水主神社があることから(図6)、豊玉姫命(倭迹迹日百襲姫命、高良玉垂命、多岐都比売命と推定)と推定されます。

図6 玉﨑神社と高良大社を結ぶラインと箸墓古墳、水主神社

 玉﨑神社の境内には、平田篤胤の「磐楠(いわくす)に常磐(ときわ)の松より副(そ)ひて千世を契りしことの畏(かしこ)さ」という歌碑があります。玉﨑神社の御神木(写真1)が「夫婦木(めおとぎ)」と呼ばれるのは、祭神の玉依毘売命(倭迹迹日百襲姫命と推定)と日本武尊(孝元天皇と推定)が夫婦であるためと思われます。これは、三輪明神 大神神社の卯槌守の「卯」が大国主命(孝元天皇と推定)、「槌」が建葉槌命(倭迹迹日百襲姫命、多岐都比売命と推定)を表していると推定されることと整合します。

 玉﨑神社と建葉槌命を祀る静神社(那珂市)を結ぶラインの近くには、景行天皇の時代の創建と伝わる東大社や鹿島神宮があります(図7)。このレイラインは、建葉槌命が豊玉姫命や倭迹迹日百襲姫命と推定されることと整合します。埼玉古墳群と静神社を結ぶラインは、玉﨑神社とモン・サン・ミシェルを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図7)。玉﨑神社とモン・サン・ミシェルを結ぶラインの近くには、大山祇神社御本社(福島県耶麻郡西会津町)や、大友稲荷奥の院(新潟県新発田市)があります(図7)。

図7 玉﨑神社、埼玉古墳群、静神社を結ぶ三角形のラインと鹿島神宮、東大社、玉﨑神社とモン・サン・ミシェルを結ぶラインと大山祇神社御本社、大友稲荷奥の院

 静神社(那珂市)と静岡県富士宮市にある倭文神社を結ぶラインは、笠間稲荷神社(茨城県笠間市)の近くを通り、このラインは、玉﨑神社と古代都市セリヌスのあったセリヌンテ(シチリア島)を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図8)。後者のラインは、空海ゆかりの清瀧神社(栃木県日光市)の近くを通ります(図8)。このラインは、セリヌンテのセロリ(三つ葉)と倭迹迹日百襲姫命を結び付けていると推定されます。

図8 玉﨑神社、静神社、倭文神社(静岡県富士宮市)を結ぶ三角形のラインと笠間稲荷神社、玉﨑神社とセリヌンテ(シチリア島)を結ぶラインと清瀧神社

網戸神社、宗像大社辺津宮、江島神社中津宮
 田心姫命を祀る網戸神社と、市杵島姫命を祀る宗像大社 辺津宮(福岡県宗像市)を結ぶラインは、市杵島姫命を祀る江島神社 中津宮(神奈川県藤沢市)とスカラ・ブレイを結ぶラインとほぼ直角に交差し、網戸神社と宗像大社 辺津宮を結ぶラインの近くに宗像三女神を祀る嚴島神社(広島県廿日市市)があります(図9)。また、宗像大社 辺津宮と江島神社 中津宮を結ぶラインの近くに豊玉姫命(多岐都比売命)を祀る豊玉姫神社(香川県高松市)があります(図9)。これらのラインも、宗像三女神を関係付けていると推定されます。

図9 江島神社 中津宮、網戸神社、宗像大社 辺津宮を結ぶ三角形のラインと嚴島神社、豊玉姫神社、江島神社 中津宮とスカラ・ブレイを結ぶライン

吉野ケ里遺跡、纒向遺跡、伊都国
 吉野ケ里遺跡(佐賀県神埼郡吉野ヶ里町、神埼市)は、弥生時代の大規模な環濠集落跡で、3世紀にはすでに衰え、遺跡内にある3基の前方後方墳は、弥生時代の集落が消滅した跡に造られたと考えられています。

 宗像三女神が生まれたのが、吉野ヶ里遺跡と推定されるので、吉野ヶ里遺跡倭迹迹日百襲姫命(多岐都比売命と推定)の墓とされる箸墓古墳のある纒向遺跡(奈良県桜井市)、丹生都比売神社(和歌山県伊都郡かつらぎ町)をラインで結んでみました(図10)。

 纒向遺跡と吉野ヶ里遺跡を結ぶラインは、丹生都比売神社とヴェストラホルン(Vestrahorn)山を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図10)。丹生都比売神社と纒向遺跡を結ぶラインの近くには高天彦神社(奈良県御所市)があり、丹生都比売神社とヴェストラホルン(Vestrahorn)山を結ぶラインの近くには、補陀洛山 觀音寺(京都府福知山市)があります(図10)。このラインは、丹生都比売神社のある「伊都」という地名は伊都国と関係があるといわれていることと整合します。

図10 丹生都比売神社、纒向遺跡、吉野ヶ里遺跡を結ぶ三角形のラインと高天彦神社、丹生都比売神社とヴェストラホルン(Vestrahorn)山を結ぶラインと補陀洛山 觀音寺

 吉野ケ里遺跡の北西約25.5kmのところに伊都国の中心地と考えられている三雲・井原遺跡があり、吉野ケ里遺跡と聖ミカエルの山を結ぶラインは、三雲・井原遺跡や志登神社の近くを通ります(図11)。このラインは、アレクサンドリアとレイラインでつながる筑前国一之宮 筥崎宮(福岡県福岡市)と宮地嶽神社(長崎県佐世保市)を結ぶラインとほぼ直角に交差し、交点付近に三雲・井原遺跡があります(図11)。これは、豊玉姫命と吉野ケ里遺跡や伊都国の関係を示していると推定されます。

図11 吉野ケ里遺跡、筥崎宮、宮地嶽神社(佐世保市)を結ぶ三角形のラインと三雲・井原遺跡、吉野ケ里遺跡と聖ミカエルの山を結ぶラインと三雲・井原遺跡、志登神社

吉野ケ里遺跡と田村神社、岡山城、伊予国
 讃岐国一之宮 田村神社(香川県高松市)は、倭迹迹日百襲姫命の他、天隠山命(高倉下命、大国主命、孝元天皇と推定)も祀っています。邪馬台国難升米(大国主命、孝元天皇と推定)と卑弥呼(須勢理毘売命、倭迹迹日百襲姫命と推定)の宮があったと推定される「岡山」にある岡山城と吉野ヶ里遺跡を結ぶラインは、田村神社とスケリッグ・マイケルを結ぶラインとほぼ直角に交差し、織女神(丹生都比売命と推定)と媛社神(饒速日命(瓊瓊杵尊と推定))を祀る七夕神社(媛社神社)(福岡県小郡市)の近くを通ります(図12)。吉野ヶ里遺跡と田村神社を結ぶラインは、愛媛県今治市国分にある伊予国分寺(第五十九番札所)の近くを通ります(図12)。

図12 田村神社、岡山城、吉野ケ里遺跡を結ぶ三角形のラインと七夕神社(媛社神社)、伊予国分寺(第五十九番札所)、水主神社、田村神社とスケリッグ・マイケルを結ぶライン