温故知新(82)天照大神(大日孁尊 倭国香媛 意富夜麻登玖邇阿礼比売命) 楯築遺跡 オリンポス山 大御神社 皇大神宮(伊勢神宮 内宮) 天岩戸神社西本宮 元伊勢内宮皇大神社 日前神宮・國懸神宮 意富比神社(船橋大神宮)
天照大御神を祀る大御神社(宮城県日向市)と、天照大神(倭国香媛、意富夜麻登玖邇阿礼比売命(おおやまとくにあれひめのみこと)と推定)の墓と推定される楯築遺跡を結ぶラインは、楯築遺跡を通る大麻比古神社とオリンポス山を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図1)。大御神社と楯築遺跡を結ぶラインの延長線付近には八大龍王権現大野神社(鳥取県八頭郡若桜町)があり、大麻比古神社と大御神社を結ぶラインの近くには、土佐一之宮 土佐神社(高知県高知市)や弘法大師空海が開いた観自在寺(愛媛県南宇和郡愛南町)があります(図1)。

和珥氏の墓と推定される雨の宮古墳群と天岩戸神社 西本宮(宮崎県西臼杵郡高千穂町)を結ぶラインは、浦嶋神社(京都府与謝郡伊根町)や楯築遺跡の近くを通ります(図2)。このラインは、三重県伊勢市の皇大神宮(伊勢神宮 内宮)とパレルモを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図2)。天岩戸神社 西本宮と皇大神宮(伊勢神宮 内宮)を結ぶラインの近くには龍宮総宮社(徳島県阿南市)があります(図2)。これらのレイラインは、楯築遺跡が天照大神(倭国香媛と推定)の墓と推定されることと整合します。

元伊勢 籠神社(京都府宮津市)と楯築遺跡を結ぶラインは、元伊勢外宮 豊受大神社(福知山市)と高天原と関係があると推定されるクサール・ヌアイラを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図3)。

元伊勢内宮 皇大神社(福知山市)と楯築遺跡を結ぶラインは、天照大神の御神体とされる二体の鏡を祀る日前神宮・國懸神宮(和歌山市)とベルベル語で「神の国」を意味するマラケシュを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図4)。楯築遺跡が、日前神宮・國懸神宮や元伊勢内宮 皇大神社と関係付けられていることも、楯築遺跡の被葬者が、天照大神と推定されることと整合します。

大御神社と、天照皇大御神(倭国香媛、意富夜麻登玖邇阿礼比売命と推定)を祀る意富比神社(船橋大神宮)(千葉県船橋市)を結ぶラインは、須佐之男命を祀る熊野本宮大社(和歌山県田辺市)と聖ミカエルの山を結ぶラインとほぼ直角に交差し、熊野本宮大社と聖ミカエルの山を結ぶラインは、丹生都比売神社(和歌山県伊都郡かつらぎ町)の近くを通ります(図5)。このラインは、須佐之男命(孝霊天皇と推定)と天照大神(倭国香媛と推定)や、須佐之男命(孝霊天皇)と丹生都比売命(市杵島姫命、稚日女尊と推定)の関係を示していると推定されます。

