温故知新(81)宇佐神宮 下山環状列石 猪群山 米神山 アルテミス神殿 御許山 高山寺 ジェベル・イルード遺跡 財前家宝塔 紀氏 スカラ・ブレイ 覚苑寺 毛利氏 ローマ 薦神社 真木大堂 琴崎八幡宮 鯉喰神社遺跡
沖縄市とサギノー湾を結ぶラインの近くに、下山環状列石(大分県杵築市)があり、ハドソン湾と上野原遺跡を結ぶラインの近くに猪群山(大分県豊後高田市)があります。猪群山の北峰の頂上付近には巨石群があり、神体石は、伝承によれば、山幸彦と海幸彦神話で知られる山幸彦(孝元天皇と推定)が、龍宮から持ち帰った潮盈珠(しおみちのたま)、潮乾珠(しおひのたま)を置いた場所であるとされます。
猪群山と米神山(大分県宇佐市)を結ぶラインは、下山環状列石と孝元天皇とつながりのあるアルテミス神殿を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図1)。下山環状列石とアルテミス神殿を結ぶラインは、八幡古表神社(福岡県築上郡吉富町)の近くを通ります(図1)。また、下山環状列石と猪群山を結ぶラインの近くには高山寺(大分県豊後高田市)があります(図1)。

高山寺と米神山を結ぶラインや、猪群山と宇佐神宮(大分県宇佐市)を結ぶラインは、下山環状列石とジェベル・イルード遺跡(Jebel Irhoud、Grotte ighoud)を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図2)。宇佐神宮と下山環状列石を結ぶラインの近くには御許山(おもとさん)があります(図2)。御許山の山頂には宇佐神宮の奥宮である大元神社が鎮座しています。大元神社は、神代に比売大神(多岐津姫命・市杵嶋姫命・多紀理姫命)が降臨した神域とされ、『宇佐八幡弥勒寺建立縁起』によると、八幡大神がはじめて姿を現した場所ともされています。拝殿の真向かいに、御許山を拝する形で須佐之男命を祀る大元八坂神社があります。

財前家宝塔(大分県杵築市)と御許山を結ぶラインは高山寺の近くを通り、このラインは、下山環状列石とオークニー諸島にあるスカラ・ブレイを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図3)。財前家は、紀氏の血を引くと言われることから、これらの遺跡やレイラインは、紀氏と関係があると推定されます。

下山環状列石とローマを結ぶラインは、大元神社と、「南極ピラミッド」や押戸石とレイラインでつながっている彦島八幡宮(山口県下関市)の近くを通ります(図4)。クサール・ヌアイラと下山八幡宮を結ぶラインの近くに宇佐神宮があり、このラインは、毛利家の菩提寺の覚苑寺(下関市)と彦島八幡宮を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図4)。

下山環状列石と押戸石(熊本県阿蘇郡南小国町)を結ぶラインは、網代島(大分県津久見市)とオリンポス山を結ぶラインとほぼ直角に交差し、網代島とオリンポス山を結ぶラインは、白山神社(大分市市尾)や宇佐神宮の祖宮といわれる薦神社(大貞八幡宮)(中津市)の近くを通ります(図5)。

薦神社(大貞八幡宮)と最初の八幡神(須佐之男命と推定)が祀られていると推定される阿字八幡宮(岡山県瀬戸内市)を結ぶラインは、大山津見神(須佐之男命と推定)が祀られている大山祇神社(愛媛県今治市)の近くを通ります(図6)。このラインは、真木大堂(大分県豊後高田市)とスカラ・ブレイを結ぶラインとほぼ直角に交差し、琴崎八幡宮(山口県宇部市)の近くを通ります(図6)。このレイラインから、最初の八幡神は、須佐之男命(孝霊天皇)だったと推定されます。

阿字八幡宮は、稲都神社の縁記によると、真徳八幡山の麓に王金明徳阿字八幡を奉還す、とあり、御内陣裏に阿字八幡大菩薩、社僧、真徳山、明王院と記されているようです。真木大堂の収蔵庫内には、大威徳明王像を含む9体の平安仏が残されています。大威徳明王の梵名ヤマーンタカは、「ヴァジュラバイラヴァ(金剛怖畏)」ともいい、「バイラヴァ」は、インド神話のシヴァ神のことを表すようなので、阿字八幡宮の祭神が須佐之男命とすると、須佐之男命はシヴァ神と同一視されたと推定されることと整合します。
薦神社(大貞八幡宮)と須佐之男命(孝霊天皇)の墓と推定される鯉喰神社遺跡を結ぶラインは、大山祇神社と、神武天皇社とレイラインでつながる聖ミカエルの山を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図7)。大山祇神社と聖ミカエルの山を結ぶラインの近くには、大神神社(広島県安芸高田市)、大屋姫命神社(島根県大田市)、韓神新羅神社(大田市)があります(図7)。このラインは、鯉喰神社遺跡が孝霊天皇(須佐之男命)の陵墓と推定されることと整合します。

