温故知新(101)唐人駄場遺跡 石野遺跡 軍艦岩(サンニヌ台) 氷川女體神社 アテナ
金山巨石群(岩屋岩蔭遺跡) スカラ・ブレイ 押戸石の丘 彦島杉田岩刻画 ペトログリフ アテネ 女體神社 モン・サン・ミシェル マラケシュ 棚畑遺跡 氷川神社 アレクサンドリア
唐人駄場遺跡、金山巨石群(岩屋岩蔭遺跡)
高知県土佐清水市の足摺岬にある唐人駄場遺跡は、縄文時代早期(紀元前5000年頃)から弥生時代にかけての遺跡で、多くの石器や土器片が出土していますが、大分県姫島産の黒曜石製の石鏃が大量に表面採取されています(市史編さん便り)。唐人駄場遺跡にある巨石群は、同時期と推定される岐阜県下呂市にある金山巨石群(岩屋岩蔭遺跡)にある巨石群と同様に、人為的に移動されていることがわかっています。金山巨石群(岩屋岩蔭遺跡)は、ブラウロン(Brauron)遺跡とレイラインでつながっていますが、同様にブラウロン遺跡とつながっている水窪遺跡(紀元前600年頃と推定)から、古代フェニキア文字で刻まれているペトログリフが見つかっています。
岩屋岩蔭遺跡(岐阜県下呂市金山町岩瀬)と姫島村(大分県東国東郡)を結ぶラインは、唐人駄場遺跡とスカラ・ブレイを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図1)。このラインから、唐人駄場遺跡は、岩屋岩蔭遺跡と関係があると推定されます。

石野遺跡、軍艦岩(サンニヌ台)、押戸石の丘、彦島杉田岩刻画
アメリカの言語学者ジェームス・ホータック氏は、与那国島の軍艦岩(サンニヌ台)の近くの崖に彫りこまれている古代文字を見て「フェニキア文字」ではないかと指摘したそうです(日本古代史ミステリーコミュの沖縄海底ピラミッドとフェニキア人)。姫島村と軍艦岩(サンニヌ台)を結ぶラインは、ペトログリフが見つかっている押戸石の丘(熊本県阿蘇郡南小国町)の近くを通り、このラインは、ペトログリフが描かれた巨石が見つかっている1世紀頃のものと推定される北硫黄島にある石野遺跡と「アトランティス」の都市があったと推定されるアテネを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図2)。石野遺跡と姫島村を結ぶラインの近くに唐人駄場遺跡があり、石野遺跡とアテネを結ぶラインの近くに彦島八幡宮や彦島杉田岩刻画(下関市)があります(図2)。このラインは、ペトログリフを指標としている他のレイラインと同様と推定されるので、唐人駄場遺跡や姫島村にもペトログリフがあるかもしれません。

また、このラインは、唐人駄場遺跡の巨石群に、灯台としての役割があったのではないかとする説を支持しています。アテネのパルテノン神殿とレイラインでつながっている棚畑遺跡で見つかった「縄文のビーナス」はアテナと関係があると推定されますが、これらのラインから、縄文人や弥生人はアテナを信仰していたと推定されます。
女體神社、モン・サン・ミシェル、マラケシュ、棚畑遺跡、氷川神社
伊邪那美命を祀る女體神社(神奈川県川崎市)と「アトランティス」と関係があると推定されるモン・サン・ミシェルを結ぶラインは、女體神社(千葉県松戸市)と女體神社(愛知県田原市)を結ぶラインとほぼ直角に交差し、「アトランティス」と関係があると推定されるマラケシュと女體神社(川崎市)を結ぶラインは、奇稲田姫命を祀る武蔵国一宮 氷川女體神社(埼玉県さいたま市)と女體神社(田原市)を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図3)。これらのラインから、女體神社の名前は、レイラインの指標となっていると推定され、安産や子孫繁栄を願う祭祀に使われたと考えられている縄文時代のビーナス像と関係があるのではないかと思われます。

女體神社(愛知県田原市)と「縄文のビーナス」が見つかった棚畑遺跡(長野県茅野市)を結ぶラインの延長線付近に八海神社(新潟県南魚沼市山口)があり、このラインは、氷川女體神社とアレクサンドリアを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図4)。後者のラインの近くには、「アトランティス」の都市があったと推定されるクサール・ヌアイラとつながる武蔵一宮 氷川神社や善光寺(長野市長野元善町)があります(図4)。このラインは、女體神社が「縄文のビーナス」と関係があると推定されることと整合します。

