温故知新(58)葦嶽山 チチェン・イッツァ アグアダ・フェニックス遺跡 黒又山 五葉山 早池峰山 姫神山 靄山 ナスカ ドコノ森 大石神ピラミッド 冠山 富神山 神峰山 位山 日輪神社 尖山 皆神山 笠置山 東谷山 石鎚山 剣山 久住山 多良岳 八面山
黒又山、五葉山、早池峰山、姫神山、靄山
秋田県鹿角市の黒又山はピラミッドといわれていますが、五葉山、早池峰山、姫神山、靄山など東北のピラミッドといわれる山々はレイラインで結ばれていることが知られています(日高見国と岩手の伝承の内緒話)。
五葉山(釜石市)とマラケシュを結ぶラインの近くに、早池峰山(宮古市、遠野市、花巻市)、姫神山(盛岡市)、靄山(もややま)(青森県五所川原市)があります(図1)。靄山山頂には、岩木山神社を勧請した脇元岩木山神社 が鎮座しています。磯前神社(秋田県山本郡三種町)と駒形神社(青森県三戸郡新郷村)を結ぶラインは黒又山を通り、五葉山とマラケシュを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図1)。駒形神社と五葉山を結ぶラインの近くには、三戸大神宮(青森県三戸郡三戸町)があります(図1)。

同志社大学の辻維周(つじまさちか)氏は、黒又山の東西南北に神社があり、南北ラインが西に5度ほど偏っていることを見つけ、さらに、アメリカのスミソニアン研究所が作成したソフトを用いて、時間軸を遡ると紀元前2,011年に5度の偏位が無くなることを見つけています1)。この頃に東北ピラミッドゾーンがつくられたと推定されますが、出雲大社、氣比神宮、鹿島神宮を結ぶ東西のラインの偏りとも一致しています。紀元前2000年頃の中期ミノア期にクノッソス宮殿が建てられています。この頃のエジプトは、メンフィスを拠点とした古王国の権力が失われ、上流のテーベに成立した中王国時代(紀元前2,040年~紀元前18世紀頃)になっていました
磯前神社とナスカの地上絵で知られる南米のナスカを結ぶラインは、黒又山、駒形神社の近くを通り、靄山と五葉山を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図2)。

五葉山と早池峰山を結ぶラインの近くには、六角牛山(岩手県遠野市青笹町)や不動明王尊(遠野市土淵町)があります(図3)。このラインは、続石(遠野市綾織町)とナスカを結ぶラインとほぼ直角に交差し、続石とナスカを結ぶラインの近くには乳神様(金勢様)(綾織町)、馬頭観音(上閉伊郡大槌町)があります(図3)。五葉山と続石を結ぶラインの近くには日出神社(上郷町)があり、続石と早池峰山を結ぶラインの近くには石上山(綾織町)があります(図3)。

ナスカが黒又山や続石とつながるレイラインの指標となっているのは、ナスカの地上絵の近くに巨大ピラミッドが見つかっていることと関係があると思われます。
ドコノ森、大石神ピラミッド
葦嶽山などの「日本ピラミッド」の発見者である酒井勝軍(さかいかつとき)2)によれば、ドコノ森(田子町・三戸町)もピラミッドで、並木伸一郎氏は、三内丸山人が東北ピラミッドゾーンにかかわっていると推定しています1)。
ドコノ森とマラケシュを結ぶラインは三内丸山遺跡の近くを通り、オリンポス山とドコノ森を結ぶラインは、亀ヶ岡石器時代遺跡を通ります(図7)。オリンポス山とドコノ森を結ぶラインは、青森県弘前市にある弁天神宮と三内丸山遺跡を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図4)。

姫神山とパレルモを結ぶラインの近くには、護國山 観音院 久渡寺(青森県弘前市)、岩木山、日照田観音(高倉神社)(西津軽郡鰺ヶ沢町)があります(図5)。岩木山の「岩木」とは「魂の往来(いゆき)する山」に由来するといわれています3)。太陽礼拝所として古代から使われていたと考えられている大石神ピラミッド(青森県三戸郡新郷村)と大台神社(秋田県南秋田郡井川町)を結ぶラインは、大湯環状列石の近くを通り、姫神山とパレルモを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図5)。

大石神ピラミッドとパレルモを結ぶラインの近くに環状列石のある小牧野遺跡があり、オリンポス山と大石神ピラミッドを結ぶラインの近くに石神神社(青森市入内駒田)があります(図6)。大石神ピラミッドとパレルモを結ぶラインは、大和山不動滝(青森県東津軽郡平内町)と石神神社を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図6)。

千貫森
千貫森(福島市飯野町)もピラミッドといわれますが、千貫森とパレルモを結ぶラインの近くには環状列石(山形県長井市)があり、このラインは、千貫森と同緯度にある彌彦神社と早池峰山を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図7)。彌彦神社と早池峰山を結ぶラインの近くには、成島三熊野神社・毘沙門堂(岩手県花巻市)があります(図7)。

図7の彌彦神社と早池峰山を結ぶラインは、彌彦神社とチチェン・イッツァを結ぶライン(図8)と重なり、このラインは、月山、早池峰山、不動神社・平片の滝(岩手県宮古市)の近くを通ります(図8)。千貫森と大山祇神社(新潟県村上市岩石)を結ぶラインは、環状列石(長井市)の近くを通り、彌彦神社とチチェン・イッツァを結ぶラインととほぼ直角に交差します(図8)。

葦嶽山、冠山
岐阜県揖斐郡揖斐川町と福井県今立郡池田町との境界上にある冠山は揖斐川及び九頭竜川支流の足羽川の源流となる山で、冠山の名は、山頂部に露出した岩の形が烏帽子(えぼし)に似ていることに由来します。冠山と「太古日本のピラミッド」説1)のある葦嶽山(広島県庄原市)を結ぶライン上には、古くは「木山牛頭天王」と呼ばれた木山神社(岡山県真庭市)があり、ラインの近くには元伊勢内宮皇大神社や美作國一之宮中山神社があります(図9)。

冠山と葦嶽山を結ぶラインは、孝元天皇の陵墓と推定される備前車塚古墳とスカラ・ブレイを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図10)。備前車塚古墳と冠山を結ぶラインの近くには、兵庫県丹波市の白毫寺(びゃくごうじ)や加茂神社(福井県大飯郡おおい町)があり、備前車塚古墳とスカラ・ブレイを結ぶラインの近くには伯耆稲荷神社(鳥取県東伯郡琴浦町)があります(図10)。

備前車塚古墳とラス・ダシャン山を結ぶラインは、葦嶽山や八咫烏の伝説が残っている石見國二之宮 多鳩神社(島根県江津市)の近くを通ります(図11)。アレクサンドリアやロドス島ともつながっている葦嶽山は、これらのレイラインの指標のために造られた、自然の山を加工したピラミッドと推定されます。冠山も同様なピラミッドかもしれません。

図11の備前車塚古墳と多鳩神社を結ぶラインと、多鳩神社とアイヌの聖地の藻岩山を結ぶライン、藻岩山と備前車塚古墳を結ぶラインで三角形を描くと、多鳩神社と藻岩山を結ぶラインは備前車塚古墳とアルテミス神殿を結ぶラインとほぼ直角に交差し、交点付近に奥宇賀神社があります(図12)。藻岩山と備前車塚古墳を結ぶラインの近くには、三柱神社(兵庫県豊岡市)があります(図12)。

酒井勝軍は、葦嶽山と東北ピラミッドゾーンのつながりを示していますが2)、縄文時代の三内丸山遺跡と葦嶽山を結ぶラインは、大湯環状列石とオリンポス山を結ぶラインとほぼ直角に交差し、大湯環状列石とオリンポス山を結ぶラインの近くには、岩木山神社があります(図13)。

チチェン・イッツァと葦嶽山を結ぶラインは、図13の三内丸山遺跡と葦嶽山を結ぶラインとほぼ重なり、葦嶽山とアグアダ・フェニックス遺跡を結ぶラインは、図13の葦嶽山と大湯環状列石を結ぶラインとほぼ重なります(図14、15)。


富神山
環状列石(山形県長井市)に比較的近い富神山(山形市)は三角錐の山で、麓には富神明神社があり、同神社周辺はかつて環状列石があったことでも知られています。
環状列石(長井市)と富神山を結ぶラインは、熊野神社(熊野大社)(南陽市)とモン・サン・ミシェルを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図16)。熊野神社(熊野大社)(南陽市)とモン・サン・ミシェルを結ぶラインの近くには、水上八幡神社(鶴岡市)があります(図16)。富神山はピラミッドかもしれません。

神峰山
茨城県日立市にある神峰山(かみねさん)とマラケシュを結ぶラインの近くには徳善院明王寺(山本不動尊)や守屋神社(会津若松市)があり、このラインは、陰陽神社(常陸大宮市)と皇祖皇太神宮(北茨城市)を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図17)。陰陽神社と皇祖皇太神宮を結ぶラインの近くには巨石や奇岩がある竪破山(高萩市)や花貫渓谷(高萩市)があります(図17)。天津教において、皇祖皇太神宮は、神武天皇以前の太古天皇が祭主を務めていた神社であるとされ、『竹内文書』を執筆した竹内巨麿の養家である竹内家は孝元天皇の第4皇子・彦太忍信親王を祖とする家系とされます。御神宝である「天照大神の日鏡」の周囲の文字は、備前市にある大内神社の古代文字と似ています。酒井勝軍は、日本のピラミッドを発見する以前の1929年に皇祖皇太神宮を訪問しています。

位山、日輪神社
酒井勝軍に感化され、飛騨地方にあるピラミッドの発見・調査を精力的に行った上原清二は、位山(岐阜県高山市)、日輪神社(高山市丹生川町大谷)などをピラミッドとしています1)。
日輪神社と伊吹山を結ぶラインは、岩屋岩蔭遺跡とパレルモを結ぶラインとほぼ直角に交差し、岩屋岩蔭遺跡、伊吹山、日輪神社を結ぶラインの近くに、三輪神社(岐阜県揖斐郡揖斐川町三輪)、巨石群のある位山、飛騨一宮水無神社(岐阜県高山市一之宮町)があります(図18)。

図18の伊吹山と日輪神社を結ぶラインは、伊吹山と環状列石(山形県長井市)を結ぶラインとほぼ重なり、このラインは富士山とパレルモを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図19)。富士山とパレルモを結ぶラインの近くには、穂高岳や雨の宮古墳群があります(図19)。

また、図19の伊吹山と環状列石を結ぶラインは、伊吹山とチチェン・イッツァを結ぶラインとほぼ重なります(図20)。

尖山
富山大学の教授が実地調査の結果ピラミッドであると結論した尖山(とがりやま)(富山県中新川郡立山町)1)と冠山を結ぶラインは、位山とオリンポス山を結ぶラインとほぼ直角に交差し、これらのラインの近くには九頭竜湖(福井県大野市)、石仏と奇岩群(岐阜県高山市)、猿ヶ馬場山(岐阜県大野郡)、御堂山(石川県金沢市)があります(図21)。

皆神山、笠置山
科学的調査の結果、人工造山(ピラミッド)であることが確認され2)、世界最大で最古のピラミッド説のある皆神山(長野市松代町)には、熊野出速雄神社や富士浅間神社があります。
黒又山と葦嶽山を結ぶラインは、皆神山とパレルモを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図22)。

富士山とチャタル・ヒュユクを結ぶラインの近くに大山祇神社(岐阜県飛騨市)、日輪神社があり、モン・サン・ミシェルと富士山を結ぶラインの近くに聖山(長野市)、権現岳(山梨県北杜市)があります(図23)。富士山と皆神山を結ぶラインの近くに甲斐善光寺(山梨県甲府市)があり、皆神山と日輪神社を結ぶラインは、モン・サン・ミシェルと富士山を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図23)。

「ピラミッド・ストーン」や「ペトログラフ(古代岩刻文字)」で知られる岐阜県恵那市の笠置山は、静岡市の登呂遺跡とギョベクリ・テペを結ぶラインの近くにあり、このラインは、笠置神社(恵那市)、岐阜県大和町三柱鳥居、九頭竜湖、白龍神社(福井県大野市)、永平寺(福井県吉田郡)の近くを通ります。また、このラインは、皆神山と豊受大神宮(外宮)を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図24)。

東谷山
酒井勝軍がピラミッドとする東谷山(名古屋市)とパレルモを結ぶラインは、尾張國二ノ宮 大縣神社(愛知県犬山市)や冠山の近くを通り、このラインは、多賀大社(滋賀県犬上郡多賀町)と日輪神社を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図25)。

石鎚山、剣山
愛媛・高知県境にあり、日本七霊山の1つに数えられる石鎚山は、見る方向によって山容がさまざまに変化し、南の石鎚スカイラインからは、先端のとがったピラミッド型に見えます。
石槌山とおのころ島神社を結ぶラインは、剣山とスケリッグ・マイケルを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図26)。剣山とスケリッグ・マイケルを結ぶラインの近くには、九頭龍神社(香川県丸亀市)、備中松山城(岡山県高梁市)があり、石槌山とおのころ島神社を結ぶラインの近くには賢見神社(徳島県三好市)、おのころ島神社と剣山を結ぶラインの近くには、劔山本宮 槇渕神社(徳島県美馬市)があります(図26)。

石鎚山と香取神宮(千葉県香取市)を結ぶラインは、大麻比古神社(徳島県鳴門市大麻町)、多坐弥志理都比古神社(奈良県磯城郡田原本町)、富士山の近くを通り、このラインは、豊受大神宮(外宮)とスカラ・ブレイを結ぶラインとほぼ直角に交差します(図27)。豊受大神宮(外宮)とスカラ・ブレイを結ぶラインの近くには、劔神社(福井県丹生郡越前町)があり、豊受大神宮(外宮)と石鎚山を結ぶラインの近くには、丹生川上神社 上社(奈良県吉野郡川上村)があります(図27)。石鎚神社は石鎚山を神体山とする神社で、山頂に頂上社、中腹(7合目)に成就社と土小屋遥拝殿、国道近くの本社の四社をあわせて石鎚神社といいます。石鎚山は、大麻比古神社と同じく中央構造線上にあり(中央構造線と神社)、地殻変動によって形成された山です。

久住山、多良岳
ピラミッドともいわれる九州の久住山、多良岳と葦嶽山をラインで結び三角形を描くと、多良岳と葦嶽山を結ぶラインは、久住山とマラケシュを結ぶラインとほぼ直角に交差し、久住山とマラケシュを結ぶラインの近くには、宗像大社(辺津宮、中津宮、沖津宮)があります(図28)。
多良岳と葦嶽山を結ぶラインの近くには、須佐能袁神社(福岡県久留米市)、英彦山神宮(福岡県田川郡添田町)があり、葦嶽山と久住山を結ぶラインの近くには八幡竈門神社(大分県別府市)があります(図28)。

久住山とクサール・ヌアイラを結ぶラインは、ペトログリフ(紀元前2,000年頃~紀元300年頃)が安置されている彦島八幡宮(山口県下関市)の近くにある彦島杉田岩刻画と筑前国一之宮 住吉神社(福岡市博多区)を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図29)。宗像大社は、久住山とクサール・ヌアイラ、久住山とマラケシュを結ぶラインの間にあり、久住山とマラケシュを結ぶラインは、彦島杉田岩刻画と筥崎宮(福岡県東区)を結ぶラインとほぼ直角に交差し、筥崎宮と久住山を結ぶラインの近くには、宝満宮 竈門神社(福岡県太宰府市)があります(図29)。

八面山
大分県中津市本耶馬渓町にある八面山は、四方八方のどの方角からみてもほぼ同じ姿をしているところからそう呼ばれていますが、ピラミッドも八面体なので、もしかすると関係があるかもしれません。
古代から聖地だったと思われる網代島とアルテミス神殿を結ぶラインは、御祖神社(大分県宇佐市麻生)、八面山 山頂、和与石(中津市三光原口)の近くを通ります(図30)。このラインは、多良岳とペトログラフのある彦島八幡宮(山口県下関市)を結ぶラインとほぼ直角に交差します(図31)。


いするぎ(隕石)とベンベン石
先史時代の氷河期の最後の数千年間に、地球には高度な世界文明が存在していたが、12,800年前のヤンガードリアス彗星の衝突によって滅亡し、アメリカの先住民はその文明から知識や思想、信仰という遺産を受け継いでいった、という説があります4)。その証拠として、アメリカ先住民のオリオン座や隕石への信仰があげられています。古代エジプトのピラミッドの配置はオリオン座を模っていますが、日本にもオリオン座の三ツ星信仰や「いするぎ(隕石)」の信仰があります。ピラミッドやオベリスクの原型とも言われる「ベンベン石」は、もとは円錐型の鉄隕石だったという説もあります4)。
紀元前7世紀のフリュギア(フリギア)人も円錐型の鉄隕石を崇拝していたといわれます4)。日本にピラミッドがあることは、音羽古墳群から、フリュギア人の武具に見られるような双渦巻文の刻まれた太刀が見つかっていることと整合します。
文献
1)並木伸一郎 1998 「不思議発掘! 縄文超文明と日本ピラミッドの謎」 二見書房
2)酒井勝軍、素波英彦(編) 2020 「太古日本のピラミッド」 復刻新訂版 知玄舎POD書籍
3)荒俣 宏 1997 「神聖地相学世界編 風水先生レイラインを行く」 集英社文庫
4)グラハム・ハンコック 大地舜/榊原美奈子(訳) 2020 「人類前史 下」 双葉社
