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デジタルアクター試論 20. フランケンシュタインの被造物として

デジタルアクター試論 目次

1. 発想の出発点——肖像権を払ってCGで作るという可能性
2. 最初の突破口は誰が開けるか
3. ブルース・リーという最有力候補
4. アイコンと役柄のバランス問題
5. 完全オリジナルのCGキャラによるスターシステム
6. 契約のパーセンテージ化
7. 仮面ライダー1号という日本の特殊事例
8. ルパン三世・クレヨンしんちゃんとの対比
9. 違う人が本郷猛を演じても定着しなかった理由
10. 今の仮面ライダーがほぼCGという逆説
11. 一文字隼人と佐々木剛氏
12. 美空ひばりとの違い——役を演じるか否か
13. 性格の可変性という基準——ブルース・ウェイン、長谷川平蔵、車寅次郎
14. 「群像劇化」が原点を重くする逆説
15. 特撮主演というキャリアの賭け——村上弘明、長谷川初範、細川茂樹、オダギリジョー
16. 西島秀俊という稀有な存在——シン・ウルトラマンからBLACK SUNへ
17. 西島秀俊と木村拓哉——芸能人としての格と俳優としての評価
18. 30代・40代の本郷猛を描くという可能性
19. 総3Dアニメ化という選択肢
20. フランケンシュタインの被造物として
21. 唯一無二性を生んだ三つの偶然
22. 撮影現場の一体感、という最後の鍵
23. ブルース・ウェインとクラーク・ケント——比較対象の精緻化、そして本郷猛の特異性のまとめ
24. 最初のデジタル化に生じる微妙な変更
25. 『ボヘミアン・ラプソディ』が示した「受け手の補完」
26. マイケル・ジャクソンの伝記映画
27. 『ワイルド・スピード』のブライアン・オコナーと、ドミニクたちの老い
28. 乱用するプロデューサーへの懸念
29. 「コモディティ化」と「民主化」という言葉の歪み
30. 政治権力による技術の独占とプロパガンダ
31. ゲリラ的パロディというもう一つの危険
32. 結語

作った物がスゴすぎて、勿論誇りではあるんだけど、正直扱いに困ってる、というところでR35を思い出した。

 本郷猛というキャラクターは、フランケンシュタインが作った生命体が、知能と感情と自意識を持ってしまったような存在として捉えると、その悲劇の核がよく見えてくる。

 フランケンシュタインの生命体が悲劇的なのは、怪物として恐れられること自体ではなく、知能・感情・自意識を持ってしまったがゆえに、自分がなぜこの姿でこの世に存在しているのかを、ずっと一人で問い続けなければならないことにあった。

 本郷猛も同じ構造を持っている。ショッカーに改造され、人間としての肉体を一方的に作り変えられた存在でありながら、感情も知性も人間のまま残されてしまった。だからこそ彼は、怪人たちのように本能のままには戦えず、常に「自分は何者なのか」という自意識の重さを背負い続けることになる。


 フランケンシュタインの物語の本質は、怪物自身よりも「作った人間が、作った後に責任を放棄した」という点にある。本郷猛を改造したショッカーという組織も、彼を忠実な戦闘員にしようとして失敗し、彼の自意識と良心を奪いきれなかった。本郷猛は、創造主の意図を裏切って生まれた、不完全な被造物である。


 これまで検討してきた、記号化(ルパン方式)、役職化(水戸黄門・007方式)、血族による継承(鬼平方式)といった解決策が、本郷猛にはどこか的外れに感じられてしまうのは、彼が背負っているのが「役」ではなく「意識を持って生まれてしまったことの罰」だからである。

 そして藤岡弘、氏自身の事故が、この比喩をさらに強くしている。フランケンシュタインの生命体は作家の想像力の中だけの存在だが、本郷猛の場合、撮影中の本物の大怪我という、現実の肉体の改造(手術、リハビリ、現場復帰)が、フィクションの「改造人間」というテーマに、文字通り重なってしまった。

 藤岡氏自身も「本郷はショッカーによって改造人間にされてしまいますが、彼を演じた藤岡さんも『改造(骨折部分に針金を埋め込んでいる)』したと思うと、不思議にもそれぞれに重なる部分があって面白いものがあります」と振り返っている。

 記号でも役職でもなく、実際に痛みを伴って作り変えられた、一人の人間の自意識——これを別の俳優、別のメディアに移し替えようとするたびに、その移し替え自体が、本郷猛という存在の実存の重さを裏切っているように感じられてしまう。


 フランケンシュタインの生命体に最後まで救いがなかったのと同じように、本郷猛というキャラクターにも、技術がどれだけ進化しても、完全な救済は訪れないのかもしれない。


前章 19. 総3Dアニメ化という選択肢

次章 21. 唯一無二性を生んだ三つの偶然


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