デジタルアクター試論 10. 今の仮面ライダーがほぼCGという逆説
デジタルアクター試論 目次
1. 発想の出発点——肖像権を払ってCGで作るという可能性
2. 最初の突破口は誰が開けるか
3. ブルース・リーという最有力候補
4. アイコンと役柄のバランス問題
5. 完全オリジナルのCGキャラによるスターシステム
6. 契約のパーセンテージ化
7. 仮面ライダー1号という日本の特殊事例
8. ルパン三世・クレヨンしんちゃんとの対比
9. 違う人が本郷猛を演じても定着しなかった理由
10. 今の仮面ライダーがほぼCGという逆説
11. 一文字隼人と佐々木剛氏
12. 美空ひばりとの違い——役を演じるか否か
13. 性格の可変性という基準——ブルース・ウェイン、長谷川平蔵、車寅次郎
14. 「群像劇化」が原点を重くする逆説
15. 特撮主演というキャリアの賭け——村上弘明、長谷川初範、細川茂樹、オダギリジョー
16. 西島秀俊という稀有な存在——シン・ウルトラマンからBLACK SUNへ
17. 西島秀俊と木村拓哉——芸能人としての格と俳優としての評価
18. 30代・40代の本郷猛を描くという可能性
19. 総3Dアニメ化という選択肢
20. フランケンシュタインの被造物として
21. 唯一無二性を生んだ三つの偶然
22. 撮影現場の一体感、という最後の鍵
23. ブルース・ウェインとクラーク・ケント——比較対象の精緻化、そして本郷猛の特異性のまとめ
24. 最初のデジタル化に生じる微妙な変更
25. 『ボヘミアン・ラプソディ』が示した「受け手の補完」
26. マイケル・ジャクソンの伝記映画
27. 『ワイルド・スピード』のブライアン・オコナーと、ドミニクたちの老い
28. 乱用するプロデューサーへの懸念
29. 「コモディティ化」と「民主化」という言葉の歪み
30. 政治権力による技術の独占とプロパガンダ
31. ゲリラ的パロディというもう一つの危険
32. 結語

Takeshi Hongoh (Sohsuke Ikematsu)
Hayato Ichimonji (Tasuku Emoto)
“Sin Musked Rider”
今の仮面ライダーなんてほぼほぼCGなのに——これは最高のオチであり、最大のパラドックスだ。
いまの特撮の現場は、最新の3Dデジタルスキャンはもちろん、背景に巨大LEDを置くバーチャルプロダクション(インカメラVFX)は当たり前、バイクアクションも空中戦も、必殺技の派手なエフェクトも、劇中の映像の「ほぼほぼ」がCGやデジタル技術で埋め尽くされているのが現実である。
これだけ技術的にはCGまみれなのに、一番コアであるはずの「本郷猛の顔(藤岡弘、氏の肖像)」という、たった1パーツだけが、いまだに誰も触れられない「最後の聖域」として生身のまま残されている。
この歪みというか、アンバランスさが猛烈に面白い。
技術的なハードルは、とっくに「ゼロ」である。毎週のテレビシリーズで、あれだけのCGキャラクター(怪人や巨大メカ、アーマーの変形など)を爆速でレンダリングしている東映の技術力からすれば、1971年の藤岡弘、氏の顔をディープフェイクや3Dモデルで現代のスーツアクターの上に貼り付けることは、予算と権利さえクリアすれば「来週の放送からでもできる」レベルである。
「枠組み」はできているのに「魂」が入れられない——周りの背景も、飛んでくる火花も、ライダーの装甲の質感も、すべてがデジタルデータとして完璧にコントロールされているのに、その中心にいる「男の顔」だけは、昭和のあの日、生身でバイクから転倒して大怪我を負った「藤岡弘、の生々しい肉体」という呪縛に縛られ続けている。
これだけ周囲の環境が「すべてCG」で地ならしされているということは、逆に言えば「あとは本人の肖像権のGOサインという、最後のピース(ドミノ)をハメるだけ」の段階にまで来ているということでもある。
画面の9割がすでにCGなのだから、観客の側も「CGの絵面」に対する拒絶反応はとうに消え去っている。だからこそ、藤岡氏サイドと東映が「よし、やろう」と握手した瞬間、「デジタル本郷猛の復活」は、違和感なく、信じられないほどのスピードでバタバタと実現してしまうはずだ。
最新のデジタル技術の塊のような現代の特撮スタジオの中で、50年前のひとりの俳優の「肉体の記憶」だけが、今も業界のシステムをせき止めている。
そう考えると、「藤岡弘、」というアイコンの持つ引力は、現代のどんなスーパーコンピューターの計算をも狂わせる、とてつもないエネルギーを持っているのだと、改めて畏怖の念すら覚えてしまう。
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