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デジタルアクター試論 21. 唯一無二性を生んだ三つの偶然

デジタルアクター試論 目次

1. 発想の出発点——肖像権を払ってCGで作るという可能性
2. 最初の突破口は誰が開けるか
3. ブルース・リーという最有力候補
4. アイコンと役柄のバランス問題
5. 完全オリジナルのCGキャラによるスターシステム
6. 契約のパーセンテージ化
7. 仮面ライダー1号という日本の特殊事例
8. ルパン三世・クレヨンしんちゃんとの対比
9. 違う人が本郷猛を演じても定着しなかった理由
10. 今の仮面ライダーがほぼCGという逆説
11. 一文字隼人と佐々木剛氏
12. 美空ひばりとの違い——役を演じるか否か
13. 性格の可変性という基準——ブルース・ウェイン、長谷川平蔵、車寅次郎
14. 「群像劇化」が原点を重くする逆説
15. 特撮主演というキャリアの賭け——村上弘明、長谷川初範、細川茂樹、オダギリジョー
16. 西島秀俊という稀有な存在——シン・ウルトラマンからBLACK SUNへ
17. 西島秀俊と木村拓哉——芸能人としての格と俳優としての評価
18. 30代・40代の本郷猛を描くという可能性
19. 総3Dアニメ化という選択肢
20. フランケンシュタインの被造物として
21. 唯一無二性を生んだ三つの偶然
22. 撮影現場の一体感、という最後の鍵
23. ブルース・ウェインとクラーク・ケント——比較対象の精緻化、そして本郷猛の特異性のまとめ
24. 最初のデジタル化に生じる微妙な変更
25. 『ボヘミアン・ラプソディ』が示した「受け手の補完」
26. マイケル・ジャクソンの伝記映画
27. 『ワイルド・スピード』のブライアン・オコナーと、ドミニクたちの老い
28. 乱用するプロデューサーへの懸念
29. 「コモディティ化」と「民主化」という言葉の歪み
30. 政治権力による技術の独占とプロパガンダ
31. ゲリラ的パロディというもう一つの危険
32. 結語

極初期のサイクロン号のベースであり、それを元ネタにシンカメでは森山未來氏演じる0号の騎乗機となった。

 本郷猛が唯一無二のキャラクターになった経緯は、三つの要素が、特定の順序とバランスで同時に起きたことによって生まれた、後から取り返しのつかない必然である。


 第一に、最初に「一人で背負う」期間があったこと。

 『仮面ライダー』は最初の数十話を本郷猛一人の物語として走らせ、観客の中に「この番組の顔は、この一人の男だ」という単一の焦点を、まず先に作ってしまった。これがなければ、後から増えていく群像も、原点を神格化する力学を持ち得なかった。


 第二に、代役が「本郷猛」ではなく「一文字隼人」になったこと。

 もし製作陣が単純に別の俳優に本郷猛を演じさせていたら、その瞬間に「本郷猛は代替可能である」という事実が、シリーズの初期段階で証明されてしまっていたはずである。

 ところが製作陣は「本郷猛という個体には誰も触れない」という不可侵性を保ったまま、「一文字隼人という、まったく新しい人格」を立てるという選択をした。

 これは、「仮面ライダーという称号・マスクは複数の人間が担える」という継承可能性と、「本郷猛という個人は誰にも代替できない」という唯一性を、たった一つの製作判断で同時に確立してしまったことを意味する。


 第三に、「期間の塩梅」という、誰にもコントロールできなかった偶然。

 一文字隼人が画面に出ていた期間が短すぎれば単なる「つなぎの代役」として忘れられ、長すぎれば本郷猛の復帰自体が不要なものになっていたかもしれない。実際には、一文字隼人は2号として十分に愛されるキャラクターに成長し、しかし本郷猛が復帰した後は、1号・2号が並び立つダブルライダーという、両者がそれぞれ独立した魅力を保ったまま共存する形に落ち着いた。

 この「ちょうどいい長さ」は、誰かが計算して設計したものではなく、視聴率や脚本の都合、撮影スケジュールといった、無数の偶然の積み重ねの結果だった。


 この三つのうち、どれか一つでも違っていたら——最初から群像劇だったら、代役が本郷猛として演じられていたら、一文字隼人の登場期間が極端に短いか長すぎたら——本郷猛は、これだけの重みを持つキャラクターには、決してならなかったはずである。


 デジタルアクターで凍結するという技術的な解決策の必要性そのものが、実はこの三つの偶然の積み重ねによって、後から作り出された必然だったことになる。


前章 20. フランケンシュタインの被造物として

次章 22. 撮影現場の一体感、という最後の鍵


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