デジタルアクター試論 14. 「群像劇化」が原点を重くする逆説
デジタルアクター試論 目次
1. 発想の出発点——肖像権を払ってCGで作るという可能性
2. 最初の突破口は誰が開けるか
3. ブルース・リーという最有力候補
4. アイコンと役柄のバランス問題
5. 完全オリジナルのCGキャラによるスターシステム
6. 契約のパーセンテージ化
7. 仮面ライダー1号という日本の特殊事例
8. ルパン三世・クレヨンしんちゃんとの対比
9. 違う人が本郷猛を演じても定着しなかった理由
10. 今の仮面ライダーがほぼCGという逆説
11. 一文字隼人と佐々木剛氏
12. 美空ひばりとの違い——役を演じるか否か
13. 性格の可変性という基準——ブルース・ウェイン、長谷川平蔵、車寅次郎
14. 「群像劇化」が原点を重くする逆説
15. 特撮主演というキャリアの賭け——村上弘明、長谷川初範、細川茂樹、オダギリジョー
16. 西島秀俊という稀有な存在——シン・ウルトラマンからBLACK SUNへ
17. 西島秀俊と木村拓哉——芸能人としての格と俳優としての評価
18. 30代・40代の本郷猛を描くという可能性
19. 総3Dアニメ化という選択肢
20. フランケンシュタインの被造物として
21. 唯一無二性を生んだ三つの偶然
22. 撮影現場の一体感、という最後の鍵
23. ブルース・ウェインとクラーク・ケント——比較対象の精緻化、そして本郷猛の特異性のまとめ
24. 最初のデジタル化に生じる微妙な変更
25. 『ボヘミアン・ラプソディ』が示した「受け手の補完」
26. マイケル・ジャクソンの伝記映画
27. 『ワイルド・スピード』のブライアン・オコナーと、ドミニクたちの老い
28. 乱用するプロデューサーへの懸念
29. 「コモディティ化」と「民主化」という言葉の歪み
30. 政治権力による技術の独占とプロパガンダ
31. ゲリラ的パロディというもう一つの危険
32. 結語

仮面ライダーの企画段階のタイトル『十字仮面』では、近藤正臣氏が本郷猛役に配役されていたが、最終的には別のドラマに出演していた藤岡弘、氏が起用された経緯が残っている。
近藤氏は後年、知的で都会的な、内省的な役柄を得意とする俳優として知られていく。もし近藤正臣版の本郷猛だったら、改造人間としての孤独は、もっと理知的に処理されていただろう。藤岡版が持っていた「言葉よりも先に肉体が出る」という野生味、そして現場で本物の大怪我を負った男という生のドキュメンタリー性は、近藤氏のキャラクター性とは結びつきにくい。
もう一つの「もし」は、事故そのものである。もし藤岡氏の大怪我というアクシデントがなければ、『仮面ライダー』はおそらく1年で予定どおり完結し、ハリマオやナショナルキッドと同じように「あの年に放送された、よくできた一本の特撮ヒーロー番組」として記憶される、しかし55年続くフランチャイズには発展しなかった可能性が高い。
ところが撮影中の事故が、結果的に「一文字隼人=2号」という、もう一人が同じマスクを被るという前例を、シリーズの初期段階で強制的に作ってしまった。これは苦肉の策だったが、結果として「ライダーというマスクは複数の人間が受け継ぐことができる」という事実を、シリーズ自身が証明し、後のV3、X、アマゾン、ストロンガーと続く、毎年新しいライダーが登場するフォーマットを可能にする構造的な証明を、最初の年に打ち立ててしまった。
つまり藤岡氏の事故は、「本郷猛=藤岡弘、」という個人への結びつきをさらに強烈に神話化することと、「ライダーは交代可能である」という後の歴代ライダーシリーズを可能にする証明を同時に行うという、本来矛盾する二つのことを同時に成し遂げてしまった。
配役が近藤正臣ではなく藤岡弘、になったことと、撮影中に事故が起きてしまったこと——この二つの「予定外の出来事」が、どちらも起きたことで、今のシリーズが成立している。
そして、シリーズが毎年新しいライダーを生み出し、最終的には何十人もの仮面ライダーが並び立つ群像劇的なフランチャイズになっていくと、本来なら1号もその他大勢のうちの一人に薄まってもおかしくない。
しかし実際に起きたのは逆の現象である。
後続のライダーが増えるたびに、それぞれが「1号という原点に対して、自分はどう違うか、どう続くか」という参照点を持つことになり、1号は数の中の一人ではなく、すべてが派生していく原点という、別格の位置に押し上げられていく。
これは神話学的に言えば、創世神話における「最初の存在」の機能そのものである。
水戸黄門が7人いたことで誰か一人が特別に重くなることがなく、007もボンドが代わるたびに「今回の解釈」として並列に語られるのに対し、仮面ライダーだけが、群像劇化していく過程で、むしろ最初の個体への愛着と重みを増幅させていった。
群像劇としての繁栄が、結果的に「原点をどう永遠に残すか」という、シリーズにとって最も切迫した課題を、自ら作り出してしまったことになる。
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