デジタルアクター試論 7. 仮面ライダー1号という日本の特殊事例
デジタルアクター試論 目次
1. 発想の出発点——肖像権を払ってCGで作るという可能性
2. 最初の突破口は誰が開けるか
3. ブルース・リーという最有力候補
4. アイコンと役柄のバランス問題
5. 完全オリジナルのCGキャラによるスターシステム
6. 契約のパーセンテージ化
7. 仮面ライダー1号という日本の特殊事例
8. ルパン三世・クレヨンしんちゃんとの対比
9. 違う人が本郷猛を演じても定着しなかった理由
10. 今の仮面ライダーがほぼCGという逆説
11. 一文字隼人と佐々木剛氏
12. 美空ひばりとの違い——役を演じるか否か
13. 性格の可変性という基準——ブルース・ウェイン、長谷川平蔵、車寅次郎
14. 「群像劇化」が原点を重くする逆説
15. 特撮主演というキャリアの賭け——村上弘明、長谷川初範、細川茂樹、オダギリジョー
16. 西島秀俊という稀有な存在——シン・ウルトラマンからBLACK SUNへ
17. 西島秀俊と木村拓哉——芸能人としての格と俳優としての評価
18. 30代・40代の本郷猛を描くという可能性
19. 総3Dアニメ化という選択肢
20. フランケンシュタインの被造物として
21. 唯一無二性を生んだ三つの偶然
22. 撮影現場の一体感、という最後の鍵
23. ブルース・ウェインとクラーク・ケント——比較対象の精緻化、そして本郷猛の特異性のまとめ
24. 最初のデジタル化に生じる微妙な変更
25. 『ボヘミアン・ラプソディ』が示した「受け手の補完」
26. マイケル・ジャクソンの伝記映画
27. 『ワイルド・スピード』のブライアン・オコナーと、ドミニクたちの老い
28. 乱用するプロデューサーへの懸念
29. 「コモディティ化」と「民主化」という言葉の歪み
30. 政治権力による技術の独占とプロパガンダ
31. ゲリラ的パロディというもう一つの危険
32. 結語

仮面ライダー1号、いつまで藤岡弘、氏を引っ張り出せるかわからない——これはおそらく日本の特撮界・エンタメ界にとって最も切実で、最も「デジタル・アクター」の需要とマッチする、最大のブレイクスルー候補である。
テレビシリーズ開始から55周年を迎えた「仮面ライダー」だが、その原点にして頂点である「仮面ライダー1号=本郷猛」というキャラクターは、あまりにも藤岡弘、氏の魂(アイコン)と一体化しすぎていて、誰も代わりを務められないという特異な状態にある。
もし「CGによる肖像権ビジネス」が日本の特撮に導入されるとしたら、まさにこの「本郷猛の永久保存」から始まるのではないか。
藤岡氏は近年も特別インタビューや様々な形でライダーへの愛を語り続けているが、生身である以上、年齢とともに激しいアクションや「当時のままの姿」でスクリーンに立ち続けることには限界が来る。
もし藤岡氏の完全な合意のもと、「1971年のテレビ放送当時の、あの若々しく、少し影のある、最高に尖っていた本郷猛」のデジタル・アクター(3Dデータと音声モデル)が構築されたらどうなるか。私たちはいつでも、全盛期の彼がサイクロン号を駆り、大爆発をバックに「変身」と叫ぶ、1ミリの衰えもない完全な1号を新作映画で観ることができるようになる。
前述の「作品の中で何%という括りで売りを出す契約」は、まさに仮面ライダーのような作品にうってつけだ。
現代の新しい現役ライダーが主役としてストーリーを引っ張る中で、物語のクライマックス、絶体絶命のピンチに、お馴染みの効果音とともに「本郷猛」がふらりと現れ、必ず1回、あの独特の溜めのある「変身ポーズ」をスローモーションで披露し、バイクで敵を撥ね飛ばす。
この形であれば、現代の映画としてのドラマや新ライダーの活躍を邪魔することなく、「ここぞという最高のお約束」として1号の記号を100%カタルシスへと昇華させられる。ビジネスとしても東映、藤岡氏サイド、ファンの三者が全員win-winになれる、最も現実的な落としどころだろう。
さらにリアルなのが、「魂の継承」としてのファミリー・ビジネスという可能性だ。藤岡氏には現在、そのDNAを受け継ぐお子さんたちが芸能界で活躍している。2021年の50周年記念映画『仮面ライダー ビヨンド・ジェネレーションズ』では、仮面ライダー1号/本郷猛を演じていた藤岡弘、の長男・藤岡真威人氏が、50年の時を超え演じるという配役が実現しているし、次女の天翔天音氏が『仮面ライダーアインズ』でライダーを演じるなど、藤岡ファミリーと仮面ライダーの絆は現在もさらに深まっている。
ご長男、真威人氏が、今後本郷猛として認知されるかどうか、という問題はあるが、それは後述する。しかし最低限、もし将来「デジタル本郷猛」を動かすことになった時、そのモーション(動き)や声を、お父様の所作を一番近くで見てきたその息子さんが担当し、顔のビジュアルを最先端CGで「1971年の藤岡弘、」にする——というハイブリッドな形が取られたら、それは技術の悪用ではなく、「家族と東映が総力を挙げてレジェンドの遺伝子を遺す、美しい文化継承」として、ファンも涙を流して受け入れるはずだ。
歌舞伎で名跡が襲名され、何百年も同じ演目が演じ継がれるように、日本の特撮も「デジタル技術」という現代の衣をまとうことで、「藤岡弘、の本郷猛」を100年後、200年後の子供たちにも生きた姿で見せ続けることができるようになる。
ハリウッドの権利ビジネスのようなドライな契約書から始まるのではなく、こうした「ヒーローを永遠に遺したい」という特撮ファンと製作者の熱意こそが、日本における最初のドミノをバタバタと倒す、最大の引き金になるのかもしれない。
前章 6. 契約のパーセンテージ化
次章 8. ルパン三世・クレヨンしんちゃんとの対比
