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デジタルアクター試論 15. 特撮主演というキャリアの賭け——村上弘明、長谷川初範、細川茂樹、オダギリジョー

デジタルアクター試論 目次

1. 発想の出発点——肖像権を払ってCGで作るという可能性
2. 最初の突破口は誰が開けるか
3. ブルース・リーという最有力候補
4. アイコンと役柄のバランス問題
5. 完全オリジナルのCGキャラによるスターシステム
6. 契約のパーセンテージ化
7. 仮面ライダー1号という日本の特殊事例
8. ルパン三世・クレヨンしんちゃんとの対比
9. 違う人が本郷猛を演じても定着しなかった理由
10. 今の仮面ライダーがほぼCGという逆説
11. 一文字隼人と佐々木剛氏
12. 美空ひばりとの違い——役を演じるか否か
13. 性格の可変性という基準——ブルース・ウェイン、長谷川平蔵、車寅次郎
14. 「群像劇化」が原点を重くする逆説
15. 特撮主演というキャリアの賭け——村上弘明、長谷川初範、細川茂樹、オダギリジョー
16. 西島秀俊という稀有な存在——シン・ウルトラマンからBLACK SUNへ
17. 西島秀俊と木村拓哉——芸能人としての格と俳優としての評価
18. 30代・40代の本郷猛を描くという可能性
19. 総3Dアニメ化という選択肢
20. フランケンシュタインの被造物として
21. 唯一無二性を生んだ三つの偶然
22. 撮影現場の一体感、という最後の鍵
23. ブルース・ウェインとクラーク・ケント——比較対象の精緻化、そして本郷猛の特異性のまとめ
24. 最初のデジタル化に生じる微妙な変更
25. 『ボヘミアン・ラプソディ』が示した「受け手の補完」
26. マイケル・ジャクソンの伝記映画
27. 『ワイルド・スピード』のブライアン・オコナーと、ドミニクたちの老い
28. 乱用するプロデューサーへの懸念
29. 「コモディティ化」と「民主化」という言葉の歪み
30. 政治権力による技術の独占とプロパガンダ
31. ゲリラ的パロディというもう一つの危険
32. 結語

“凱火” (Valkyrie Rune)
“Hibiki” Hitoshi Hidaka (Shigeki Hosokawa)
”仮面ライダー響鬼”

 本郷猛のように個人として書き込まれすぎたキャラクターを継承する難しさとは別に、もう一つ現実的な問題がある。

 特撮の主演という経験そのものが、長らく日本の俳優業界の中で、その後のキャリアにとってのリスクとして扱われてきたことだ。


 村上弘明氏は1979年の『仮面ライダー(新)』(スカイライダー)で主演デビューしたが、番組終了後、本人が「2年目もやってくれ」と言われその気になっていたにもかかわらず、所属事務所から「色がつくからやめた方がいい」とNGを出された。

 それから20年あまり、ライダー関連の仕事は本人がOKしても事務所に一切やらせてもらえず、その沈黙の長さから「黒歴史なのか」という都市伝説まで生まれた。

 公の場でライダーの話ができるようになったのは1990年代後半からで、その間に必殺シリーズやNHK大河ドラマで重厚な演技派としての地位を確立した。

 事務所の判断は本人の意志に反するものだったが、結果的には彼を完全に解放し、時代劇という格式の高いジャンルでの成功に道を開いた。ネット上では「この人が成功してなかったら、倉田てつをもオダギリジョーも水嶋ヒロもチャンスを与えられることはなかったかも知れんよ」と評され、「仮面ライダーは人気俳優への登竜門」というキャリアパスそのものの創始者として位置づけられている。


 ウルトラマン側にも、似た出発点を持つ俳優がいる。

 長谷川初範氏は1980年の『ウルトラマン80』で矢的猛役に主演したが、当時は俳優としてまともにギャラをもらえない苦難の中にいた新人で、起用の経緯も「ウルトラマンだよ」と言われて初めて何の番組か知るという、偶然性の強いものだった。

 本人も当初は「シリアスな演技者になりたいから、ウルトラマンとのギャップに考えさせてください」と迷いを見せている。

 しかし長谷川氏の場合、村上氏のような断絶のドラマはなく、101回目のプロポーズやNHK大河ドラマへと比較的スムーズに移行し、現在はサスペンスドラマでエリートの悪役を演じるベテランとして活躍している。

 2007年の『ウルトラマンメビウス』への客演に際しては、円谷プロのプロデューサーから届いた「矢的先生への同窓会の招待状」という手紙に感動して出演を快諾し、以後もウルトラマン80の声を担当し続けている。


 村上氏が「封印してから誇りとして取り戻す」という断絶を経た回復のパターンであるのに対し、長谷川氏は「特撮を否定も封印もせず、シリアスな仕事と並行して持ち続ける」という、断絶のないパターンであり、二人は同じ出発点から、対照的な二つの「卒業の作法」を見せている。


 細川茂樹氏は逆に、すでにキャリアのある俳優が、若手の登竜門という枠組みを逆向きに突破した例である。

 2005年、すでに俳優としての実績を持つ33歳で『仮面ライダー響鬼』に主演し、当時話題となった。一方で彼自身は2016年以降、所属事務所との激しい契約トラブルに巻き込まれ、ネット上に「引退」を含む不正確な情報が流布されたが、2022年に最高裁で勝訴し、現在も活動を続けている。


 オダギリジョー氏のケースも、この文脈で正確に見ておく価値がある。

 「クウガをプロフィールから消している」という都市伝説が広まったが、本人は番組プロデューサーとの交流を続け、25周年の展覧会ナビゲーターも務めるなど、これを明確に否定している。

 一方で、オーディションの段階から「変身して戦うヒーローは気持ち悪い」「オファーを受けた際は俳優を辞めるか死ぬか悩んだ」と語っていたのも事実で、つまり「隠している」のではなく「最初から特撮ヒーローという枠組みそのものに、俳優としての強い抵抗感を持っていた」というのが実態に近い。


 これらの事例が示すのは、歌舞伎の世界では当たり役を継ぐことが家系の誇りであり、芸の格を上げる行為として扱われるのに対し、特撮の主演経験、とりわけ変身者本人の役は、長らく「子供向け番組の顔」として、その後のキャリアの幅を狭めかねないと見なされてきたという、業界の構造的な非対称である。

 藤岡氏の長男・真威人氏が2021年の50周年記念映画で若き日の本郷猛を演じたことは、まさに鬼平型の血族継承を特撮で実現する萌芽だが、もし彼がこれから俳優としてキャリアを積んでいくなら、鬼平的な「継承は誇りである」という論理と、特撮的な「ヒロイックな変身役はキャリアの幅を狭めるリスクがある」という業界の空気の間で、本人が立ち止まって考えざるを得ない立場に置かれる。

 これは技術の問題ではなく、業界の評価体系そのものが変わらなければ解決しない課題である。


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