見出し画像

デジタルアクター試論 18. 30代・40代の本郷猛を描くという可能性

デジタルアクター試論 目次

1. 発想の出発点——肖像権を払ってCGで作るという可能性
2. 最初の突破口は誰が開けるか
3. ブルース・リーという最有力候補
4. アイコンと役柄のバランス問題
5. 完全オリジナルのCGキャラによるスターシステム
6. 契約のパーセンテージ化
7. 仮面ライダー1号という日本の特殊事例
8. ルパン三世・クレヨンしんちゃんとの対比
9. 違う人が本郷猛を演じても定着しなかった理由
10. 今の仮面ライダーがほぼCGという逆説
11. 一文字隼人と佐々木剛氏
12. 美空ひばりとの違い——役を演じるか否か
13. 性格の可変性という基準——ブルース・ウェイン、長谷川平蔵、車寅次郎
14. 「群像劇化」が原点を重くする逆説
15. 特撮主演というキャリアの賭け——村上弘明、長谷川初範、細川茂樹、オダギリジョー
16. 西島秀俊という稀有な存在——シン・ウルトラマンからBLACK SUNへ
17. 西島秀俊と木村拓哉——芸能人としての格と俳優としての評価
18. 30代・40代の本郷猛を描くという可能性
19. 総3Dアニメ化という選択肢
20. フランケンシュタインの被造物として
21. 唯一無二性を生んだ三つの偶然
22. 撮影現場の一体感、という最後の鍵
23. ブルース・ウェインとクラーク・ケント——比較対象の精緻化、そして本郷猛の特異性のまとめ
24. 最初のデジタル化に生じる微妙な変更
25. 『ボヘミアン・ラプソディ』が示した「受け手の補完」
26. マイケル・ジャクソンの伝記映画
27. 『ワイルド・スピード』のブライアン・オコナーと、ドミニクたちの老い
28. 乱用するプロデューサーへの懸念
29. 「コモディティ化」と「民主化」という言葉の歪み
30. 政治権力による技術の独占とプロパガンダ
31. ゲリラ的パロディというもう一つの危険
32. 結語

Sin Cyclone (CB250R)
Hayato Ichimonji (Tasuku Emoto)
Takeshi Hongoh (Sohsuke Ikematsu)
”シン仮面ライダー”

 本郷猛問題への一つの迂回路として、これまで一度も描かれたことのない時間——30代・40代の本郷猛——を描くという案がある。

 1971年という特定の瞬間は、すでに占有済みの聖域だが、その後の時間は、そもそも忠実に再現すべき正典が存在しない空白地帯である。

 これはバットマンが「最初から複数の作家が描いてきた、固定された個人のいない神話」だったのと同じ理屈で、コスプレ判定が発生する条件——既存の、誰かが既に演じ切った領域に、別人を当てはめること——を構造的に回避できる。


 この手法には、すでに実証済みの前例がある。『仮面ライダーBLACK SUN』では、若き南光太郎を中村蒼氏が、現在の南光太郎を西島秀俊氏が演じる、年代別キャスティングが採用されている。

 同じ手法を本郷猛にも適用できれば、30代・40代の彼を別の俳優が演じても、藤岡弘、氏の代わりとしてではなく、これまで誰も描かなかった年代の新しい肖像として受け取られる余地が生まれる。

 ただし、これが安全に機能するのは「1971年の本郷猛という聖域には一切触れない」という前提を守った場合だけであり、あくまで聖域の迂回であって、聖域への侵入(デジタルアクターによる凍結)とは別の解決ルートである。


 さらにこれを「大人向けドラマ」という形で作るなら、村上弘明氏やオダギリジョー氏が直面した「子供番組からの卒業」という重荷自体が、最初から存在しなくなる。仮面ライダーの核にあった「改造人間としての孤独」というテーマも、毎週の怪人退治の裏に隠れることなく、正面から描ける。

 改造手術を受けてから十年、二十年経った肉体がどう老いるのか、戦う以外の人生を築こうとして何度も失敗してきた男の半生、次の世代のライダーたちが現れる中で自分の社会的な役割が希薄になっていく中年の焦燥——これらは、『教場』の風間公親のように、感情表現を凍結させた厳格な佇まいの本郷猛、というイメージにも繋がる。


 この発想には、すでにアニメのジャンルで成功した先例がある。

 ガンダムは、1988年の『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』で、ファースト・ガンダム放送時に15歳だったアムロ・レイを29歳の、軍人として部下も持つ責任ある立場として描いた。声優の古谷徹氏自身もこのアムロを「アダルトアムロ」と呼び、劇中のアムロと自分の実年齢が近くなったことで今の自分を重ねて演じられたと語っている。

 重要なのは、声優は交代しなかったという点で、これは「変えなかった部分(声)」と「大きく変えた部分(年齢・社会的立場)」の組み合わせによって成熟を成立させた例である。

 古谷氏自身も安易なシリーズ化に否定的で、富野由悠季監督も「テレビシリーズを引き継いで作った、一本の読み切りの話にする」という方針を貫いた。

 ガンダムはもはや子供向けロボットアニメという出自に縛られず、『閃光のハサウェイ』のような政治的暗殺やテロリズムを真正面から描く作品まで作り続けている。


 つまり30代・40代の本郷猛を大人向けドラマで描くという発想は、前例のない実験ではなく、ガンダムが声優を変えずに証明した手法を、特撮という別ジャンルに輸入する、すでに地ならしされた道である。違いは、ガンダムが声というメディア(顔が見えない)だからこそ年齢の壁を超えやすかったのに対し、特撮は「顔」という一番デリケートな要素を、どう処理するかという課題がなお残ることである。


前章 17. 西島秀俊と木村拓哉——芸能人としての格と俳優としての評価

次章 19. 総3Dアニメ化という選択肢


いいなと思ったら応援しよう!