【病院幹部のための令和8年度診療報酬改定「病院選別」シリーズ】第15回
第15回 病床は満床なのに利益が出ない──犯人は“出口渋滞”だった
2026/6/24リライト
満床なのに赤字、あるいは利益率が横ばいの病院。その原因は『入口』ではなく『出口』にあるかもしれません。
令和8年度診療報酬改定で大きく報じられたのは、賃上げ対応や医療DX、高齢者救急への評価でした。
一方で、ほとんど注目されなかった項目があります。
入退院支援です。
「地域連携室の話でしょう」 そう思われた院長先生や事務長も多いかもしれません。
しかし改定内容を何度も読み返していると、私はまったく違う印象を持ちました。
入退院支援は、もはや地域連携部門だけの仕事ではありません。
病床稼働率
平均在院日数
救急受入
紹介患者
在宅復帰
病床回転率
これらすべてに直結する、病院経営の中心業務になりつつあります。
最近、医療関係者と話していて特に増えた言葉があります。
「退院が決まらない」
治療は終わっている。
しかし受け入れ先が見つからない。
家族調整が難しい。
介護サービスが間に合わない。
結果として病床が埋まり、新たな救急患者を受けられない。
これはもう“珍しい話”ではありません。
今回の改定は、入退院支援という一部門の見直しではなく、 「病院全体の流れ」を変える改定だったのではないか。 私はそう感じています。
■ 病院経営は「入口」より「出口」が難しい時代へ
──現場データが示す“出口詰まり”の深刻さ
以前は、病院経営といえば「患者を集めること」が中心でした。
紹介患者を増やす
救急搬送を受ける
手術件数を伸ばす
こうした“入口”の強化が経営改善につながっていました。
もちろん今でも重要です。
しかし最近、現場で聞く声は明らかに変わりました。
「入院させるより、退院させるほうが難しい」
これは単なる感覚ではありません。
● 現場データ(全国平均)
75歳以上の入院患者比率:約55%
認知症合併率:約30〜40%
退院調整に要する日数:平均3〜5日
退院先が決まらず在院日数が延びるケース:年々増加
医療だけでは退院は決まりません。
介護
福祉
家族
地域資源
すべてが関係します。
つまり退院支援は、 医療行為ではなく“地域との調整能力”が問われる仕事になっているのです。
■ 今回の改定で見えてきた方向性
──「入院した患者を適切な場所へつなぐ」ことが評価の中心に
令和8年度改定では、入退院支援加算そのものだけでなく、 地域連携・在宅復帰・退院支援を含めた評価体系が整理されました。
一貫しているのは、
「入院した患者を適切なタイミングで、適切な場所へつなぐ」
という視点です。
これは単なる加算の話ではありません。
病床をどう回すかという“経営思想”そのものの転換です。
退院支援が遅れれば在院日数は延びます。 在院日数が延びれば病床回転率は下がります。 病床が埋まれば救急患者を受けられません。 救急を断れば紹介件数にも影響します。
つまり、
一人の退院が遅れることは、一病院の問題ではなく“地域医療の流れ”を止める。
今回の改定は、その現実を制度として明確に示したと言えます。
■ 「地域連携室に任せている」が危ない
──退院支援は“病院全体の仕事”へ
個人的に最も気になっているのは、
「退院支援は地域連携室の仕事」
という考え方です。
もちろん専門部署は必要です。
しかし実際の退院支援は、一部署だけでは完結しません。
主治医
病棟看護師
医療ソーシャルワーカー
リハビリスタッフ
薬剤師
管理栄養士
ケアマネジャー
訪問看護
施設担当者
家族
これだけの人が関わります。
つまり退院支援とは、 病院全体で取り組む“チーム医療の中心業務”なのです。
今回の改定は、 連携が機能している病院を評価する方向性をより明確にしました。
■ 病床稼働率だけでは経営は見えない
──“満床=良い経営”の時代は終わった
以前であれば、病床稼働率90%という数字だけでも安心感がありました。
しかし今は違います。
病床が満床でも、
退院待ちの患者が多い
救急患者を断っている
紹介依頼を受けられない
こうした状況では、経営効率が高いとは言えません。
● 最近増えている経営指標
病床回転率
退院調整に要する日数
救急受入率
在宅復帰率
地域包括ケア病棟の稼働
これらの数字のほうが、 病院の“流れ”を正確に示す指標になっています。
私はこの流れは今後さらに加速すると感じています。
■ 入退院支援は“採用力”にも影響する
──退院が詰まる病院は、現場が疲弊する
あまり語られませんが、入退院支援がうまく機能している病院は、 職員の負担感が明らかに違います。
退院先が決まらない
病床が空かない
救急患者を断る
こうした状況が続けば、現場の疲弊は避けられません。
逆に退院支援が円滑に進む病院では、
病棟の流れが整う
看護師の残業が減る
医師のストレスが減る
事務部門の調整負担も減る
結果として、 「働きやすい病院」になり、人材が定着しやすくなる。
人材不足の時代だからこそ、 入退院支援は“採用力を支える仕組み”でもあるのです。
■ 2040年を見据えると避けて通れない
──高齢者増加 × 人材不足で“退院支援の重要度”はさらに上がる
2040年に向けて、
高齢者はさらに増える
独居高齢者も増える
認知症患者も増える
介護人材は不足する
医療従事者も不足する
つまり、
退院支援は今より確実に難しくなる。
一方で、 病院の人員は増えない。
だからこそ、
入院から退院までをどう設計するかが、病院経営そのものになる。
令和8年度改定は、その未来を先取りした制度設計だったように思います。
■ なぜ今、退院支援が病院経営の中心になったのか
医療関係者と話していて感じるのは、
退院支援が「地域連携室の仕事」から「病院経営そのもの」に変わりつつあることです。
背景にあるのは、高齢者救急の急増です。
現在、救急搬送患者の多くは高齢者です。
肺炎。
心不全。
尿路感染症。
転倒骨折。
こうした患者は治療だけでは終わりません。
介護。
在宅医療。
施設入所。
家族支援。
次の療養先が決まらなければ退院できません。
つまり、
高齢者救急が増えるほど退院支援の重要性は高まる。
これが今の医療現場で起きていることです。
DPC病院ほど「出口」が重要になる
今回のDPC改定では、
標準病院群1と標準病院群2に再編されました。
標準病院群1に求められるのは、
・救急搬送実績
・全身麻酔手術実績
・急性期機能
です。
しかし救急患者を受けても、
退院が進まなければ病床は埋まったままです。
病床が埋まれば、
救急を断る。
紹介患者を受けられない。
手術予定を調整する。
結果として急性期機能そのものが低下します。
つまり、
入口(救急)と出口(退院支援)は一体
なのです。
私は今回の改定で、
国が評価しようとしているのは救急件数そのものではなく、
患者の流れを止めない病院
なのではないかと感じています。
病床稼働率95%でも危険な病院がある
以前であれば、
病床稼働率90%超は優良病院の象徴でした。
しかし今は少し違います。
例えば、
病床稼働率95%
平均在院日数長期化
救急応需率低下
紹介患者受入制限
という病院があります。
数字だけ見れば満床です。
しかし実態は、
病床が回っていない。
つまり、
病床が埋まっているのではなく、
病床が詰まっている状態です。
私はこれを
「出口渋滞型経営」
と呼んでいます。
今後は病床稼働率よりも、
病床回転率。
退院調整日数。
在宅復帰率。
救急応需率。
こうした指標の重要性が高まると思います。
院長が今見るべき数字
もし私が病院経営者なら、
病床稼働率より先に次の数字を確認します。
① 退院調整平均日数
何日退院待ちが発生しているか。
② 救急応需率
退院遅延が救急制限につながっていないか。
③ 在宅復帰率
地域への出口が機能しているか。
④ 病床回転率
病床が流れているか。
⑤ 地域包括医療病棟・地域包括ケア病棟の稼働
高齢者医療との接続ができているか。
これらの数字は、
2040年に向けて病院の競争力を左右する指標になるはずです。
医療・介護の経営支援やM&A支援について発信しています。 フォローいただけると新着記事が届きます。
病院幹部のための令和8年度診療報酬改定
「病院選別」シリーズ
第1回 令和8年度改定で始まった「病院の選別」──勝ち残る病院と苦しくなる病院の違い
第2回 初診料は上がった。それでも病院経営が苦しくなる本当の理由
第3回 物価対応料では足りない──病院経営が迎えた静かな限界
第4回 賃上げできない病院から人が消える──令和8年度改定が突き付けた現実
第5回 地域包括医療病棟で病院格差が広がる──伸びる病院、苦しくなる病院
第6回 医療DX加算に目を奪われる病院が見落としていること
第7回 看護師が採れない時代に病院はどう生き残るのか
第8回 AIを使う病院と使わない病院──5年後に開く経営格差
第9回 紙文化が病院を苦しめる──令和8年度改定が求める病院運営
第10回 「手術ができる病院」が生き残る時代へ──外科機能が分岐点になる
第11回 高齢者救急を受けられない病院は取り残される
第12回 地域包括ケア病棟の経営が突然苦しくなる理由
第13回 2040年まで残る病院、消える病院──「特に中小病院の院長に読んでほしい」今回改定はその予告編だった
第14回 急性期病院であり続けることが最大のリスクになる日
第15回 病床は満床なのに利益が出ない──犯人は“出口渋滞”だった
第16回 回復期リハ病棟は「成果」で選ばれる時代へ
第17回 DPC標準病院群1・2で何が変わったのか──係数差が収益格差を生む
第18回 介護連携できない病院は選ばれなくなる──退院先を持つ病院の強さ
第19回 病院完結型医療の終焉──令和8年度改定が在宅へ舵を切った理由
病院幹部のための診療報酬改定完全解説 病院経営の未来を読む
第20回 病院は何で稼ぐ時代になったのか──診療報酬改定より重要な「利益の構造改革」
第21回 「利益が出ない病院」には共通点がある──私が事業再生で最初に見る数字
第22回 病院再生は「赤字になってから」では遅い──危険信号は数字に出ている
第23回「黒字なのに危ない病院」がある理由──キャッシュフローで見る病院経営
第24回決算書が読めない院長ほど病院は危ない──黒字でも潰れる理由
第25回 院長が知らない「管理会計」の威力──病院経営は部門別採算で変わる
第26回 病院経営に「予算」がないのはなぜか──毎年同じ失敗を繰り返す本当の理由
第27回 その経営会議、本当に必要ですか──数字を報告するだけの病院が変われない理由
第28回 「数字はあるのに決められない病院」──意思決定が遅い組織の共通点
第29回 病院再生で最初に変えるべきもの──削減より「構造」を見る
最終回(第30回) 令和8年度改定後、病院経営はどこへ向かうのか──30回書いて見えた「生き残る病院」の条件
