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【病院幹部のための診療報酬改定完全解説】病院経営の未来を読む 第28回

第28回 「数字はあるのに決められない病院」──意思決定が遅い組織の共通点


数字は揃っている。会議もしている。それでも病院は動かない。

病院の経営相談に入っていると、何度も同じ光景に出会います。

経営資料は整っている。
毎月の会議も開かれている。
院長も事務長も問題を理解している。
それでも、何も決まらない。
半年後に再訪すると、同じ議題をまた話している。

私は事業再生の現場で、この「決められない病院」を何度も見てきました。

病床稼働率が落ちている。
紹介患者が減っている。
赤字診療科が続いている。
医師の退職が見えている。
設備更新も迫っている。

問題は分かっている。 数字にも出ている。

それでも会議では、
「もう少し様子を見よう」 「次回の会議でまた議論しよう」
となる。

私は病院経営で本当に怖いのは、間違った判断ではないと思っています。

間違いなら修正できます。
怖いのは、何も決めないまま、時間だけが失われること。
では、なぜ病院は決められないのでしょうか。

問題は「数字がないこと」ではない

私はこれまで管理会計、予算管理、部門別採算について書いてきました。
数字を見える化することは重要です。
しかし、ここで一つ大きな誤解があります。

数字を見えるようにしただけでは、病院は変わらない。

例えば、ある診療科が3年連続で赤字だとします。
原因も分かっている。
患者数が減っている。
常勤医の確保も難しい。
設備投資も必要になる。

経営的には、何らかの見直しが必要です。

しかし会議では、
「地域に必要な診療科だから」
「医局との関係もあるから」
「もう一年様子を見てからでも」
となる。

もちろん理解できます。 医療は利益だけで決められません。
しかし、その結果として何も決めなければ、赤字は翌年も続きます。

つまり問題は、
数字がないのではなく、数字を意思決定に変える仕組みがないこと。
ここにあります。

病院は「始める判断」より「やめる判断」が圧倒的に難しい

新しいことを始める判断は比較的しやすいものです。

新しい診療科を作る。
医療機器を導入する。
病棟機能を強化する。
新しいシステムを入れる。

前向きな話なので、組織内でも説明しやすい。

難しいのは逆です。

診療科を縮小する。
病床を減らす。
設備投資を見送る。
長年続けた事業から撤退する。
人員配置を変える。

こうした判断には必ず痛みがあります。

私は事業再生の現場で、
経営とは「何を始めるか」ではなく、「何をやめるか」を決める仕事だ
と感じるようになりました。

そして病院は、この「やめる判断」が特に難しい。

病院には「正論だけでは動かない事情」がある

一般企業であれば、採算性を基準に事業撤退を判断できます。
しかし病院は違います。
赤字でも地域に必要な診療科があります。

救急をやめれば地域が困る。 小児医療を縮小すれば患者の行き場がなくなる。 産科を閉じれば地域全体に影響する。

さらに、
医局との関係。
医師同士の関係。
看護部門との調整。
理事会の意向。
行政との関係。
地域住民への説明。

複数の力学が絡みます。

医療関係者と話していて感じるのは、病院経営の難しさは「正解がないこと」ではなく、
正解が分かっていても、実行できないこと
にあるということです。

だから私は、決められない病院を単純に「経営力が弱い」とは考えません。
むしろ長く地域医療を支えてきた病院ほど、背負っているものが多い。
それが意思決定を難しくしていることがあります。

「全員が納得してから決める」は、実は危険な考え方

病院は専門職の集団です。
医師。 看護師。 薬剤師。 リハビリ職。 MSW。 事務職。
それぞれに専門性があります。
だから合意形成は重要です。

ただ、私は一つ疑問があります。
全員が納得するまで待つことは、本当に経営なのか。

例えば病床再編。
ある部門にはメリットがある。 別の部門には負担が出る。
全員が100%納得する案など、ほとんどありません。

それでも、
「反対意見があるから」
「もう少し説明してから」
「次回の会議でまた議論しよう」
となる。

気づけば一年が過ぎている。

その間にも、
患者は減る。
職員は辞める。
現金は減る。
設備は古くなる。

時間だけは戻りません。

私は、経営者の仕事は全員を満足させることではないと思っています。
納得はさせられなくても、プロセスに透明性を持たせること。
そして必要な説明を尽くした上で、最後は決めること。
厳しいですが、それが経営です。

決められない病院には三つの共通点がある

私が見てきた中で、意思決定が遅い病院には共通点があります。

① 誰が決めるのか曖昧

院長なのか。
理事長なのか。
事務長なのか。
経営会議なのか。

責任の所在が曖昧です。

② 判断基準がない

病床稼働率が何%まで落ちたら見直すのか。
赤字がいくら続いたら撤退を検討するのか。
現預金がどこまで減ったら投資を止めるのか。

基準がないため、毎回議論が感情論になります。

③ 期限がない

「検討する」 「協議する」 「様子を見る」
この言葉で終わります。

私は会議で「検討します」と聞くと必ず確認します。
「いつまでに決めますか」
この一言だけで、組織の動きは大きく変わります。

外から見ると、意外に単純なことがある

ここまで読むと、
「外部コンサルを入れれば解決するのか」
と思われるかもしれません。

私は、そんなに単純ではないと思っています。
外部の人間が病院のすべてを理解できるわけではありません。

地域事情もある。 医局との歴史もある。 職員同士の関係もある。
外から来た人間には見えないものが確実にあります。

一方で、逆もあります。
中にいるからこそ見えないものもある。

長年続けてきた診療科。
過去に投資した設備。
以前の成功体験。
特定の医師との関係。

これらを知りすぎているからこそ、判断できないことがあります。

私は事業再生の現場で、第三者の役割は「正解を教えること」ではないと考えています。
数字を整理する。 選択肢を並べる。 それぞれの影響を示す。 決めなかった場合の未来も示す。
その上で、経営者が判断できる状態をつくる。
それが外部の人間にできる仕事です。

本当に危ないのは「まだ大丈夫」と言える病院

経営危機が明確になれば、病院は動きます。
資金が足りない。
銀行から指摘された。
赤字が続いている。
ここまで来れば、嫌でも決断します。

難しいのは、その前です。
まだ現金はある。
まだ黒字。
まだ職員もいる。

だから、
「今すぐ変えなくてもいい」
となる。

しかし事業再生の立場から見ると、実はこの時期が最も重要です。

なぜなら、選択肢が残っているからです。

病床を変えられる。 投資を選べる。 採用戦略を変えられる。 金融機関とも冷静に話せる。 M&Aも含めて考えられる。

危機になってからでは、選択肢は急速に減ります。

私は、
「まだ相談するほどではない」と思える時期こそ、経営を見直す価値がある
と考えています。

最後に──病院経営で最も高いコストは「決めない時間」かもしれない

病院経営では、人件費が高いと言われます。 材料費も上がっています。 設備投資も重い。
どれも事実です。

ただ、私はもう一つ、決算書には出ない大きなコストがあると思っています。

それが、決めない時間です。

半年間、判断を先送りする。 一年間、赤字部門を放置する。 二年間、病床再編を検討し続ける。
その間に失うものは、利益だけではありません。

職員の意欲。
地域からの信頼。
投資余力。
金融機関からの評価。
そして、経営の選択肢です。

数字はある。
会議もしている。
問題も分かっている。

それでも動けない。

もし自院にそんな感覚があるなら、必要なのは新しい資料ではないかもしれません。
院内だけで答えを出そうとせず、一度、利害関係のない視点から経営全体を見直してみる。
私は、それも立派な経営判断だと思っています。

病院経営で本当に怖いのは、間違った判断ではありません。
間違いなら修正できます。

しかし、何も決めないまま失った時間は、取り戻せません。

経営とは、未来を予測する仕事ではない。 不確実な中でも、期限を決め、選択する仕事です。

そして今後、病院間の差を生むのは、設備の新しさでも病床数でもなく、
必要なときに、必要なことを決められるか。
その力なのかもしれません。

まずは次の会議で『いつまでに決めるか』を確認することから始めてみてはどうでしょうか。


次回 第29回病院再生で最初に変えるべきもの──削減より「構造」を見る
再生は何かを削減することではないということをお伝えします。


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