【病院幹部のための令和8年度診療報酬改定「病院選別」シリーズ】第4回
第4回 賃上げできない病院から人が消える──令和8年度改定が突き付けた現実
2026/6/23リライト
令和8年度診療報酬改定が公表されたとき、病院経営者の多くが最初に確認したのは、
「賃上げ原資がどこまで確保できるのか」
という点だったと思います。
ここ数年、医療現場を取り巻く環境は明らかに変わりました。
看護師の応募数は、地域によって前年比▲20〜40%
薬剤師・リハ・検査技師も採用競争が激化
物価は上昇し、委託費も上がり続ける
医療機器の更新費用は“以前の倍近い”という声もある
病院を訪問していて感じるのは、
「求人を出せば応募が来る時代は完全に終わった」
という現実です。
改定では賃上げを後押しする評価が盛り込まれました。
しかし、改定から数か月が経った今、現場で聞こえてくる声はむしろ逆です。
「給与は上げたい。でも原資が続かない。」
「人件費だけが増えて、利益が残らない。」
では、今回の改定は失敗だったのでしょうか。
私はそうは思いません。
むしろ厚労省が伝えたかったのは、
「賃上げをしなさい」ではなく「賃上げを続けられる病院に変わりなさい」
というメッセージだったのではないでしょうか。
■賃上げは“特別な判断”ではなく、病院経営の前提条件になった
以前は、給与改定は年に一度の経営判断でした。
しかし今は違います。
他産業の賃金上昇
人材の流動性の高まり
医療職の採用難
医療だけが賃金を据え置けば、採用はさらに厳しくなります。
今回の改定で賃上げ評価が設けられたのは、
「医療提供体制を維持するための投資」
という考え方への転換です。
つまり、賃上げは“経営判断”ではなく、
病院経営の前提条件になったと言えます。
■賃上げできる病院と、できない病院の決定的な違い
同じ改定を受けても、病院ごとに結果は大きく異なります。
その差を生んでいるのは、点数ではなく経営構造です。
●賃上げを続けられる病院の特徴
医療DXで事務作業を削減(1人あたり月5〜10時間の削減例も)
病床稼働率が安定(90%前後を維持)
救急・紹介患者の受け入れが安定
入退院支援が機能し、在院日数が短縮
DPCデータを経営に活用
多職種の業務分担が明確
こうした病院では、賃上げを“コスト”ではなく“投資”として扱っています。
一方で、従来の運営を続けている病院では、
人件費の増加がそのまま経営を圧迫しています。
令和8年度改定は、その差をより鮮明にしたように感じます。
■採用できない病院は、病院機能そのものが縮む
採用難の影響は、単なる欠員では終わりません。
看護配置基準を維持できない
病床を休止せざるを得ない
手術件数が減る
救急受け入れを制限
地域包括ケア病棟の稼働が落ちる
こうした連鎖は、収益に直結します。
実際、ある地域では
看護師の応募数が5年前の半分以下
というデータもあります。
採用できないことが、
病院機能そのものを縮小させる時代になっています。
だからこそ、賃上げは「人件費」ではなく、
病院機能を守るための戦略と捉える必要があります。
■賃上げの原資は、診療報酬だけでは生まれない
ここが最も誤解されやすいポイントです。
「診療報酬が上がれば賃上げできる」
──そんな単純な構造ではありません。
賃上げを継続できている病院ほど、
診療報酬以外の改善に取り組んでいます。
●賃上げを支える“経営改善の実務”
医療DXによる業務効率化
多職種の業務分担の見直し
紹介・逆紹介の強化
病床稼働率の改善
入退院支援の強化
救急受け入れの安定化
DPCデータを使った経営分析
こうした積み重ねによって生まれた“余力”が、
賃上げの原資になっています。
診療報酬は、その後押しに過ぎません。
■賃上げを続けられる病院かどうかを見極めるチェックリスト
現場を歩いていて、賃上げを継続できる病院には明確な共通点があります。
【賃上げを続けられる病院のチェックリスト】
DXで事務作業が削減されている
病床稼働率が安定している(85〜90%)
救急・紹介患者の受け入れが安定
入退院支援が機能し、在院日数が短縮
多職種の業務分担が明確
人材育成の仕組みがある
職員の離職率が低い
経営指標を毎月モニタリングしている
5つ以上当てはまる病院は、賃上げを“継続できる体質”に近いと感じます。
■院長が今、本当に考えるべき3つの問い
今回の改定を踏まえ、私が院長・理事長に問いかけたいのは次の3つです。
今の給与水準で、3年後も人材を確保できますか。
賃上げを続けられるだけの経営改善が進んでいますか。
職員が“この病院で働き続けたい”と思える環境をつくれていますか。
給与は重要です。
しかし、それだけでは人は定着しません。
働きやすさ
教育体制
業務負担
将来への安心感
これらを含めた“職場づくり”が、これからの病院経営には欠かせません。
■最後に──令和8年度改定は「人への投資」を迫る改定だった
令和8年度診療報酬改定は、賃上げのための改定ではありませんでした。
賃上げを“続けられる病院経営”へ転換するための改定だったと、私は感じています。
人材不足が続く中で、
職員を確保し、育て、定着させることは、
医療の質だけでなく、病院経営そのものを左右します。
賃上げは、福利厚生でも、人件費でもありません。
地域医療を維持するための経営戦略です。
診療報酬改定は2年ごとに行われますが、
人材を育てるにはもっと長い時間が必要です。
だからこそ今回の改定で問われたのは、
「給与を上げたかどうか」ではなく、
「人材に選ばれ続ける病院になる覚悟があるか」
だったのではないでしょうか。
数年後に振り返ったとき、令和8年度改定は、
“人への投資が最も重要な経営資源である”
という現実を突きつけた改定として記憶されるように思います。
医療・介護の経営支援やM&A支援について発信しています。 フォローいただけると新着記事が届きます。
病院幹部のための令和8年度診療報酬改定
「病院選別」シリーズ
第1回 令和8年度改定で始まった「病院の選別」──勝ち残る病院と苦しくなる病院の違い
第2回 初診料は上がった。それでも病院経営が苦しくなる本当の理由
第3回 物価対応料では足りない──病院経営が迎えた静かな限界
第4回 賃上げできない病院から人が消える──令和8年度改定が突き付けた現実
第5回 地域包括医療病棟で病院格差が広がる──伸びる病院、苦しくなる病院
第6回 医療DX加算に目を奪われる病院が見落としていること
第7回 看護師が採れない時代に病院はどう生き残るのか
第8回 AIを使う病院と使わない病院──5年後に開く経営格差
第9回 紙文化が病院を苦しめる──令和8年度改定が求める病院運営
第10回 「手術ができる病院」が生き残る時代へ──外科機能が分岐点になる
第11回 高齢者救急を受けられない病院は取り残される
第12回 地域包括ケア病棟の経営が突然苦しくなる理由
第13回 2040年まで残る病院、消える病院──「特に中小病院の院長に読んでほしい」今回改定はその予告編だった
第14回 急性期病院であり続けることが最大のリスクになる日
第15回 病床は満床なのに利益が出ない──犯人は“出口渋滞”だった
第16回 回復期リハ病棟は「成果」で選ばれる時代へ
第17回 DPC標準病院群1・2で何が変わったのか──係数差が収益格差を生む
第18回 介護連携できない病院は選ばれなくなる──退院先を持つ病院の強さ
第19回 病院完結型医療の終焉──令和8年度改定が在宅へ舵を切った理由
病院幹部のための診療報酬改定完全解説 病院経営の未来を読む
第20回 病院は何で稼ぐ時代になったのか──診療報酬改定より重要な「利益の構造改革」
第21回 「利益が出ない病院」には共通点がある──私が事業再生で最初に見る数字
第22回 病院再生は「赤字になってから」では遅い──危険信号は数字に出ている
第23回「黒字なのに危ない病院」がある理由──キャッシュフローで見る病院経営
第24回決算書が読めない院長ほど病院は危ない──黒字でも潰れる理由
第25回 院長が知らない「管理会計」の威力──病院経営は部門別採算で変わる
第26回 病院経営に「予算」がないのはなぜか──毎年同じ失敗を繰り返す本当の理由
第27回 その経営会議、本当に必要ですか──数字を報告するだけの病院が変われない理由
第28回 「数字はあるのに決められない病院」──意思決定が遅い組織の共通点
第29回 病院再生で最初に変えるべきもの──削減より「構造」を見る
最終回(第30回) 令和8年度改定後、病院経営はどこへ向かうのか──30回書いて見えた「生き残る病院」の条件
いいなと思ったら応援しよう!
この記事は noteマネー にピックアップされました

