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【病院幹部のための診療報酬改定完全解説】病院経営の未来を読む 第29回

第29回 病院再生で最初に変えるべきもの──削減より「構造」を見る


赤字になると、病院は「削る話」から始めてしまう

経営が苦しくなると、必ず出てくる言葉があります。

「人件費を見直そう」
「委託費を削れないか」
「採用を止めよう」
「設備投資を延期しよう」

気持ちは分かります。
赤字が続けば、まず支出を減らしたくなる。
しかし私は事業再生の現場で、何度も同じ構造を見てきました。

赤字は原因ではなく、結果であることが多い。

病床が回っていない。
紹介患者が減っている。
診療科構成が地域需要と合っていない。
救急を断っている。
退院が詰まっている。
医師配置と患者数が合っていない。
経営会議で何も決まらない。
予算が機能していない。

その結果として赤字になる。
にもかかわらず、赤字だけを見て人件費を削る。

すると現場が疲弊し、退職が増え、病床が閉じ、救急が断られ、患者が減り、さらに赤字になる。

私はこれを、病院再生で最も避けるべき悪循環だと考えています。

■ 私は最初に「利益」を見ない

再生支援に入ると、まず損益計算書を見る──と思われるかもしれません。
もちろん見ます。

しかし、私が最初に確認するのは別の数字です。
この病院には、あとどれくらい時間が残っているのか。
つまり、資金です。

帳簿上は黒字でも、現金がなければ病院は止まります。 逆に赤字でも、資金と金融機関の支援があれば打ち手があります。

再生では、この「残された時間」が極めて重要です。

現預金はいくらか。
毎月いくら減っているか。
借入返済はいくらか。
賞与月に何が起きるか。
設備更新はいつ必要か。
金融機関との関係はどうか。

三年ある病院と、三か月しかない病院では、使える手はまったく違います。

■ 次に見るのは「どこで稼ぎ、どこで失っているか」

病院全体が赤字──私はこの言葉を信用しません。
病院は複数の事業の集合体だからです。

外来、入院、 救急、 手術、 リハビリ、 在宅、 診療科、 病棟

全体では赤字でも、利益を出している部門があります。 逆に全体では黒字でも、長年赤字を垂れ流している部門があります。

だから私は、
「病院が赤字」ではなく、「どこが赤字なのか」
を見ます。

ここで必要なのが管理会計です。
診療科別、 病棟別、 部門別、 患者群別
可能な範囲で分解します。

すると、
患者数は多いのに利益が出ない。
病床稼働率は高いのに赤字。
手術件数はあるのに収益性が低い。
外来は混んでいるのに利益が残らない。

こうした構造が見えてきます。

ここで初めて、
何を伸ばすか。 何を直すか。 何を縮小するか。
という議論ができます。

■ コスト削減より先に「患者の流れ」を見る

病院再生で私が特に重視するのが、患者の流れです。

どこから来るのか。
なぜ入院するのか。
どの病棟に入るのか。
何日いるのか。
どこへ退院するのか。

例えば病床稼働率が低いと、
「営業を強化しよう」
「紹介患者を増やそう」
となりがちです。

しかし本当に入口の問題でしょうか。

退院が遅れている。
病棟間転棟がうまくいかない。
救急から入院につながらない。
紹介患者の受入判断が遅い。

原因は別の場所にあるかもしれません。

逆に満床でも安心できません。

退院待ち患者が多い。
新規入院を断っている。
救急を受けられない。
高単価患者が入れない。

病床は埋まっていても、経営は強くありません。

病院経営は単純な「患者数」では見えない。
患者がどう流れているか。
ここを見る必要があります。

■ 再生初期の90日で何をするのか

ここからは実務の話です。
再生では最初の90日が重要です。

● 最初の30日:事実を集める

決算書、試算表、 資金繰り、 借入金、 病床稼働率、 平均在院日数、 救急受入、 手術件数、 紹介率、 人件費、 診療科別収益、 病棟別収益

この段階では動きません。 まず事実を集めます。
経営会議の説明と数字が一致しているかを確認します。

● 次の30日:原因を絞る

症状と原因を分けます。

赤字の原因が人件費に見える。
しかし実際は病床稼働率の低下。
さらに掘ると紹介患者の減少。
さらに見ると特定診療科の医師退職。

本当の原因は採用ではなく、地域連携の弱体化かもしれない。

● 最後の30日:優先順位を決める

何をやるか。
誰がやるか。
いつまでにやるか。
どの数字で成果を見るか。

ここまで落とします。

改革案を大量に並べる方法は取りません。
現場が動けなくなるからです。

最初は三つでいい。

重要なのは、施策の数ではなく、
実行されること。

■ 再生で最も危険なのは「全部やる」

経営が苦しくなると、病院は焦ります。

紹介を増やす、 救急を増やす、 採用を強化する、 DXを進める、 コストを削る、 病床を再編する、 在宅を始める

全部やろうとする。
しかし人が足りない病院で改革だけ増やせば、現場が壊れます。

再生とは仕事を増やすことではありません。
むしろ、やらないことを決めること。

■ 「まだ危機ではない病院」ほど再生しやすい

ここが最も重要です。
病院再生は、危機になってから始めるものではありません。

まだ現金がある。
まだ職員が残っている。
まだ金融機関と話せる。
まだ投資を選べる。
まだ病床機能を変えられる。

この段階なら、選択肢があります。
資金が尽きれば、選択肢は急速に減ります。

■ 最後に──病院再生は「赤字を消す仕事」ではない

病院再生という言葉を聞くと、多くの人は「赤字を黒字にすること」だと考えます。

もちろん、赤字を解消することは重要です。 しかし私は、事業再生の現場で何度も痛感してきました。

赤字を消すだけでは、病院は再生しない。

再生とは、もっと広い概念です。

患者が来る。
職員が残る。
必要な投資ができる。
金融機関から信頼される。
地域で役割を持つ。
そして、次の五年を描ける。

ここまで戻して初めて、病院は「再生した」と言えます。
だから再生の初動で最初にやるべきことは、コスト削減ではありません。

まず、

  • あとどれだけ時間があるのか

  • どこで稼いでいるのか

  • どこで失っているのか

  • 患者はどう流れているのか

  • 何をやめるべきなのか

この“構造”を見ることです。
そのうえで、優先順位を決める。

私は、病院再生とは特別な魔法ではないと思っています。
むしろ逆です。

数字を見る、 現場を見る、 原因を絞る、 順番を決める、 実行する

極めて地道な仕事です。

■ 「まだ赤字ではない病院」こそ、最も多くの選択肢を持っている

もし今、
「まだ赤字ではない」
「資金繰りには困っていない」
「相談するほどではない」
そう思っているなら、それは良いことです。

同時に、最も多くの選択肢が残っている時期でもあります。

病院再生は、危機になってから始めるものではありません。
危機になる前に、経営の構造を変える。
私は、それが本当の再生だと考えています。

再生とは「未来を取り戻す仕事」である

病院再生とは、赤字を埋める作業ではありません。
未来を取り戻す仕事です。

その未来を取り戻せるかどうかは、 削減のスピードではなく、 構造を見抜く力と、 正しい順番で動く力にかかっています。

そしてその最初の90日こそ、 病院の未来を決める“分岐点”なのだと、 私は事業再生の現場で何度も感じてきました。

そして令和8年度診療報酬改定後の病院経営では、この
「早く気づき、早く変える力」
が、これまで以上に重要になるはずです。


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病院幹部のための令和8年度診療報酬改定

「病院選別」シリーズ

第1回 令和8年度改定で始まった「病院の選別」──勝ち残る病院と苦しくなる病院の違い
第2回 初診料は上がった。それでも病院経営が苦しくなる本当の理由
第3回 物価対応料では足りない──病院経営が迎えた静かな限界
第4回 賃上げできない病院から人が消える──令和8年度改定が突き付けた現実
第5回 地域包括医療病棟で病院格差が広がる──伸びる病院、苦しくなる病院
第6回 医療DX加算に目を奪われる病院が見落としていること
第7回 看護師が採れない時代に病院はどう生き残るのか
第8回 AIを使う病院と使わない病院──5年後に開く経営格差
第9回 紙文化が病院を苦しめる──令和8年度改定が求める病院運営
第10回 「手術ができる病院」が生き残る時代へ──外科機能が分岐点になる
第11回 高齢者救急を受けられない病院は取り残される
第12回 地域包括ケア病棟の経営が突然苦しくなる理由
第13回 2040年まで残る病院、消える病院──「特に中小病院の院長に読んでほしい」今回改定はその予告編だった
第14回 急性期病院であり続けることが最大のリスクになる日
第15回 病床は満床なのに利益が出ない──犯人は“出口渋滞”だった
第16回 回復期リハ病棟は「成果」で選ばれる時代へ
第17回 DPC標準病院群1・2で何が変わったのか──係数差が収益格差を生む
第18回 介護連携できない病院は選ばれなくなる──退院先を持つ病院の強さ
第19回 病院完結型医療の終焉──令和8年度改定が在宅へ舵を切った理由

病院幹部のための診療報酬改定完全解説 病院経営の未来を読む

第20回 病院は何で稼ぐ時代になったのか──診療報酬改定より重要な「利益の構造改革」
第21回 「利益が出ない病院」には共通点がある──私が事業再生で最初に見る数字
第22回 病院再生は「赤字になってから」では遅い──危険信号は数字に出ている
第23回「黒字なのに危ない病院」がある理由──キャッシュフローで見る病院経営 
第24回決算書が読めない院長ほど病院は危ない──黒字でも潰れる理由
第25回 院長が知らない「管理会計」の威力──病院経営は部門別採算で変わる
第26回 病院経営に「予算」がないのはなぜか──毎年同じ失敗を繰り返す本当の理由
第27回 その経営会議、本当に必要ですか──数字を報告するだけの病院が変われない理由
第28回 「数字はあるのに決められない病院」──意思決定が遅い組織の共通点
第29回 病院再生で最初に変えるべきもの──削減より「構造」を見る
最終回(第30回) 令和8年度改定後、病院経営はどこへ向かうのか──30回書いて見えた「生き残る病院」の条件




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